「iROO」対「AROO」商標事件の第二審判決から見る、ドメイン名・SNSアカウントにおける「商標の使用」の境界と市場調査の証明力

Vol.159(2026年9月30日)

 近年、電子商取引(EC)やSNSマーケティングは、企業のブランド戦略における中核的な場となっている。その一方で、同業者間において類似する文字を商標、ドメイン名、または各種プラットフォームのアカウント名として使用した場合、権利侵害をめぐる紛争が生じやすくなっている。

 著名なアパレルブランド「iROO」が後発の機能性アパレルブランド「AROO」に対して商標権侵害行為の差止めを求めた事件において、第一審は当初、商標権侵害が成立するとして、被告に対してドメイン名の登録抹消を命じた。しかしながら、本件が控訴され第二審に移った後、判決は大きく転換した。

 台湾知的財産及び商事裁判所は、112(2023)年度民商上字第8号民事判決1において、被告にドメイン名の登録抹消およびアカウント名としての使用禁止を命じた原判決を取り消し、原告による当該部分の請求を棄却した。この判決は、第一審判決の一部が覆される重要な判断となった。

 第二審では、「ドメイン名およびSNSアカウント名の使用が商標の使用に該当するか」、「著名商標として認定されるための基準」、「当事者間の合意に基づく鑑定と一方の当事者が独自に委託した市場調査との証拠力の相違」といった重要な法律上の争点について、厳格かつ今後の実務において重要な指針となる見解を示した。

 これらの判断は、今日の企業におけるオンライン上のブランド戦略や、商標訴訟における攻撃・防御の実務を検討するうえで、大変注目に値する。

事件経緯

 

 原告(被控訴人)であるIROO INTERNATIONAL CO., LTD.(依洛国際開発股份有限公司、以下「IROO社」)は、1999年に「iROO」アパレルブランドを創設し、「iROO」の文字からなる3件の登録商標(登録第00889945号、第00121826号、第01501234号。以下、総称して「本件商標」)を有している。また、台湾各地に多数の店舗または販売チャネルを展開しており、台湾の消費者に広く知られている。

 一方、被告(控訴人)であるWEI I INTERNATIONAL DEVELOPMENT CO., LTD.(偉溢国際開発有限公司、以下「WEI I社」)は、類似したデザイン文字「AROO」を用いて機能性フィットネスウェアブランドを展開していた。同社は、第01995972号および第01996371号の2件の商標(以下、総称して「被告商標」)を有するほか、2018年に「aroo.com.tw」のドメイン名を登録し、「AROO」機能性フィットネスウェアのウェブサイトを開設した。さらに、Shopeeのオンラインショップ、Facebook、InstagramおよびYouTube等のSNSプラットフォームにおいて、「AROO」をECプラットフォーム上のアカウント名およびSNSアカウント名として使用していた。

 これに対し、IROO社は、WEI I社の行為が商標法第68条第1項第3号に定める商標権侵害、および同法第70条第2号に定める著名商標の希釈化に該当すると主張し、訴訟を提起した。

 第一審は、WEI I社による商標権侵害の成立を認め、同社に対してドメイン名の登録抹消を命じたが、WEI I社はこれを不服として控訴した。

 第二審は、WEI I社が商品および商品の陳列場所において「AROO」を単独で使用した行為については商標権の侵害に該当すると判断した。一方で、本件商標は商標法上の「著名商標」に該当する程度には達していないと認定し、WEI I社にドメイン名の登録抹消等を命じた原判決の当該部分を取り消し、原告の請求を退けた。

本件商標

商標図

商標権者

IROO INTERNATIONAL CO., LTD.(依洛国際開発股份有限公司)

登録番号 00889945 00121826 01501234

指定商品/役務

第25類

下着、パジャマ、水着、ワイシャツ類及びシャツ、スーツ、コート、ジャケット、スポーツウェア、履物及び運動用特殊靴。

第35類

織物、被服、服飾品の小売。

第35類

広告の企画、デザイン、制作、代理、宣伝および宣伝物の配布等。

引用元:台湾特許庁検索システム

 

被告商標

商標図

商標権者

陳泓翰

登録番号 01995972 01996371

   指定商品/役務

第25類

スポーツウェア、婦人服、紳士服、衣服。

第35類

広告宣伝、広告、小売を目的とした通信媒体上での商品展示、輸出入代理サービス、オンラインショッピングによる衣服の小売・卸売等。

引用元:台湾特許庁検索システム

裁判所の見解

 

1.ドメイン名およびSNSアカウントにおける「商標の使用」の判断

 本件の主な争点の一つは、被告であるWEI I社が「aroo.com.tw」というドメイン名、Shopeeのユーザー名、およびSNSプラットフォーム(Facebook、Instagram、YouTube)のアカウント名として「AROO」を使用したことが、商標法上の「商標の使用」に該当するか否かという点にある。この点について、裁判所は以下のように明確な基準を示した。

  • 商標の使用に該当する場合

 WEI I社がウェブサイト、ShopeeのショップページおよびSNSページの目立つ位置に、比較的大きな字体でデザイン化された「AROO」の文字を表示していたこと、陳列された商品の名称の前に「AROO」を付していたこと、さらに衣料品の正面に「AROO」の文字を表示していたことについては、客観的にみて、消費者が商品または役務の出所を識別することができる態様であるため、明確に商標の使用に該当する。

  • 商標の使用に該当しない場合

 一方、「aroo.com.tw」を単にドメイン名として登録する場合や、「AROO」をShopeeショップのユーザーアイコン、SNSページのアカウント名として使用するにとどまる場合については、一般的な社会通念上、その目的は営業主体を区別し、企業主体または各アカウントの違いを示すことにあるにすぎない。よって、関連する消費者がこれらの表示を、商品または役務の出所を区別するための識別標識として認識するとは考えにくく、商標の使用には該当しない。

 

2.市場調査報告を証拠として採用する際の判断基準

 本件において当事者双方が提出した市場調査について、裁判所は、証拠として採用するにあたり極めて参考となる判断基準を以下のように示した。

  • 双方の合意により選任された鑑定機関による鑑定報告の信用性を認める

 本訴訟では、原告・被告双方が第三者鑑定機関としてTEDR(台湾経済科技発展研究院)を選定することに合意し、インターネット上および台湾北部・中部・南部の各地域において、関連する消費者を対象にアンケート調査を実施した。

 その結果、「分からない」または「回答できない」との回答を除くと、オンライン調査および実地調査のいずれにおいても50%を超える回答者(実地調査では60%超、オンライン調査では70%超)が、本件商標と被告商標が付された商品について、同一または関連する出所からのものである可能性があると判断した。

 上記の調査結果を踏まえると、2つの商標は類似しており、消費者に混同誤認を生じさせる虞がある。

  • 「時と場所を異にする離隔的観察」の原則

 WEI I社は、前記調査報告が「時と場所を異にする離隔的観察」の原則に沿った調査方法ではないと主張した。

 しかしながら、「時と場所を異にする離隔的観察」の原則は、審査者に対し、曖昧な記憶や印象をもとに繰り返し商品を選択・購入するという消費者の一般的な購買行動を念頭に置くよう求める趣旨のものであり、調査そのものを文字どおり異なる時点・異なる場所で実施しなければならないことを意味するものではない。

 また、当該調査は台湾北部・中部・南部の成人を対象とし、さらにオンラインアンケートも併用していることから、十分な代表性を有し、信用できるものである。

  • 一方が独自に委託した市場調査の証明力には限界がある

 前記鑑定報告とは別に、被告はCICR(中華工商研究院)へ独自に市場調査を委託しており、その調査報告では、回答者の90%以上が原告と被告の商標を異なる出所のものとして識別できると回答していた。

 しかしながら、被告側が提出したこの報告は、裁判所の手続的関与を経ておらず、双方が合意した調査方法ではないうえ、さらに調査地域が台北市および新北市に限定されていた。

 また、その作成過程に双方による検証や意見陳述の機会が設けられておらず、報告書においても、離隔的観察が行われたか否かが十分に明らかにされていないことから、客観性および代表性に欠けるため、証拠として採用できない。

 

3.著名商標の認定基準

 WEI I社が「AROO」をドメイン名およびアカウント名として使用した行為が、商標法第70条第2号にいう商標の希釈化に該当するか否かについて、裁判所は以下のように指摘した。

 著名商標であることを主張する者には厳格な立証責任が課されており、広告量、売上高、市場占有率および市場における認知度等の客観的データを総合的に考慮すべきである。

 IROO社が提出したメディア報道、イベントへの協賛実績および自社作成の売上報告書等の証拠資料だけでは、関連市場の消費者全体において「著名商標」として認識される水準に達していることを具体的に証明するには不十分である。

 さらに、双方の合意の上で実施された市場調査によれば、当該商標を認知していた回答者は約3割にとどまっており、広く一般に認識されている程度に達しているとは認め難い。

 したがって、前記行為が商標の希釈化に該当すると認定することはできず、IROO社によるWEI I社の使用するドメイン名およびアカウント名の抹消等を求める請求は認められない。

弊所コメント

本判決は、企業のEC運営およびブランド法務実務において、以下の重要な示唆を与えるものである。

1.「商標の使用」と「事業主体の識別」の境界を明確にすること

 本判決は、重要な区別基準を示している。すなわち、類似する文字表示が「商品そのもの」や「商品陳列の目立つ位置」に表示されている場合には、商標の使用に該当すると認定されやすい。

 これに対し、単に企業または事業主体を表示することを目的としてドメイン名やプラットフォーム上のアカウント名に使用され、消費者がアカウントやウェブサイトの出所を区別するためのものにとどまる場合には、商標の使用には該当しない。

 したがって、企業がECやSNSにおけるブランド展開を企画する際には、実際の使用態様に即して、類似する文字表示の使用方法および表示位置を慎重に検討する必要がある。

2.市場調査報告は、中立的かつ双方の合意に基づいた調査手続に従うべきである

 本件からは、裁判所が、一方が独自に委託して作成した市場調査報告について、比較的慎重な姿勢をとっていることが伺える。その主な理由としては、相手方が調査の検証に関与しておらず、調査地域や調査方法について双方の確認がなされていないことから、証明力が弱い点が挙げられる。

 これに対し、双方の合意に基づき、中立的な第三者機関に委託して実施された調査については、報告書において、調査方法、サンプル数および調査対象地域の範囲等について客観性が明確に示されていれば、裁判所に証拠として採用されやすくなる。

 企業が市場調査の結果を訴訟上の証拠として利用しようとする場合には、できる限り早い段階で相手方との合意形成を図り、信頼性の高い第三者機関を選定するとともに、調査方法に関する記録を完全な形で保存しておくことが望ましい。

3.著名商標の立証は「客観的な市場の定量的指標」に基づくべきである

 たとえブランドが市場において相当程度の知名度を有していたとしても、裁判所は、著名商標の認定について依然として厳格な審査基準を採用している。

 そのため、自社商標の著名性を主張し、より強い保護(例えば、商標の希釈化の防止)を求める企業は、将来的な訴訟における立証に備え、広告出稿の記録、メディア報道、著名人等とのタイアップ実績、販売拠点および売上高など、商標の継続的な使用実績を示す証拠を継続的に蓄積し、ブランドに関する証拠資料を体系的に整備しておく必要がある。

[1] https://judgment.judicial.gov.tw/FJUD/Default_AD.aspx

 

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