台湾・中国における権利化後の訂正についての制度及び運用実態

Vol.68(2020年5月15日)

先日、日本特許庁において「米欧中韓における特許の有効性判断、権利化後のクレームの訂正についての制度、運用実態及び統計分析に関する調査研究」報告書(以下、報告書と呼ぶことがある)が公表された(詳細はこちら)。この調査研究は一般社団法人日本国際知的財産保護協会AIPPI・JAPANより作成されたものであり、米欧中韓の4か国におけるクレーム訂正について、基本的な制度から活用実態及び評価について詳細にまとめられている。

当該調査研究は米欧中韓の4ヶ国が対象であるが、今回は台湾に関し同様の内容を想定した回答を以下に紹介する。また台湾の制度や実態は中国と比較されることが多いため、中国の内容についても合わせて紹介することとする。

特許の訂正審判に類する制度

台湾では日本でいう訂正審判という制度は存在せず、「訂正(中国語:更正)」という手続きに一本化されている。ただし、無効審判の継続中は一定期間内に限り、訂正を行うことができる(詳細は後述)。

また中国においても訂正審判という制度は存在しない。無効審判審理中の一定期間内に「補正」を行うことができる(以下では便宜上、中国における無効審判審理中の補正を「訂正」と呼ぶ)。

無効審判手続き中における訂正

無効審判手続き中における訂正について、台湾と中国の制度内容比較を以下に示す。なお、中国の内容は上記報告書の内容を基としている。

台湾 中国
訂正の対象
クレーム、明細書と図面を訂正することができる。
(専利法第67条)
クレームは訂正することができるが、明細書と図面は訂正してはならない
専利法実施細則第69条第1項)
訂正の機会
  1. 答弁通知の期間内
  2. 補充答弁の期間内(請求人が理由補充した際)
  3. 訂正請求を認めない旨の通知で指定された期間内
ただし、訴訟係属中は上記制限を受けない。(専利法第74条第3項)
クレームの削除又はクレームに含まれる技術方案の削除
専利復審委員会が審査決定を下す前なら訂正を行うことができる。

クレームの削除又はクレームに含まれる技術方案の削除以外の訂正
以下の三つの答弁期間内に限り、訂正を行うことができる。
  1. 無効宣告請求書に対する答弁期間。
  2. 請求人が追加した無効宣告理由又は請求人が補充した証拠に対する答弁期間。
  3. 請求人は言及していないが専利復審委員会から追加された無効宣告理由又は証拠に対する答弁期間。
(2017年4月1日施行、審査指南第4部第3章4.6.3)
訂正の目的
  1. クレームの削除
  2. 特許請求の範囲の減縮
  3. 誤記又は誤訳の訂正
  4. 明瞭でない記載の釈明
(専利法第67条)
  1. クレームの削除
  2. 技術方案の削除
  3. クレームの更なる限定
  4. 明らかな誤りの訂正
技術方案の削除とは、同一のクレームにおいて並列している 2 種以上の技術方案から 1 種或いは 1 種以上の技術方案を削除することを言う。また、クレームの更なる限定とは、クレームに、その他のクレームに記載の 1 つ又は複数の技術特徴を補足することによって、保護範囲を縮小することをいう。
(2017年4月1日施行、審査指南第4部第3章4.6.2)
訂正時のライセンシーの承諾
クレームの削除又は特許請求の範囲の減縮を目的とする場合、承諾が必要。
(専利法第69条第1項)

ライセンシーの承諾を証明する書面が提出されなかった場合、訂正は不受理となる。
(専利審査基準 5-1-14 )
不要。
(特段の規定なし)
クレームの訂正の認否と有効/無効の結論との関係
クレームの訂正の認否と有効/無効の結論とは関係なく、訂正が認められた上で特許が無効になることもある。 クレームの訂正の認否と有効/無効の結論とは関係なく、訂正が認められた上で特許が無効になることもある。

訂正の認否の判断(事例)

報告書に記載の3つの事例について、台湾の場合の回答を以下に示す。また、報告書記載の中国の回答も合わせて示す。

事例(i)

クレームの発明特定事項を下位概念化する訂正が、当初明細書等に明示的に記載された事項又は当初明細書等の記載から自明な事項までは下位概念化しない場合(いわゆる中間概念化(Intermediate Generalisation))であっても、この訂正により新たな技術上の意義が追加されないことが明らかな場合。

<クレーム訂正例>

  • 訂正前のクレーム:「・・・であることを特徴とする記録又は再生装置」
  • 訂正後のクレーム:「・・・であることを特徴とするディスク記録又は再生装置」

<補足説明>

当初明細書等に具体例として記載されているのはCD ROMを対象とする再生装置である。一方、当初明細書等のその他の記載では、クレームに係る発明が記録及び/又は再生装置が動作指令を受けない場合の給電を調節することによりバッテリの電力消費を低減することを目的とした発明であること等が記載されている。

台湾 中国
訂正が認められる可能性は高い。

当初明細書等には「ディスク記録又は再生装置」と具体的に記載されているわけではないが、 CD ROM を対象とする再生装置が記載されていること、及び当初明細書等のその他の記載では、クレームに係る発明が記録及び/又は再生装置が動作指令を受けない場合の給電を調節することによりバッテリの電力消費を低減することを目的とした発明であること等の記載から、当業者であれば当初明細書等の記載事項から「ディスク記録又は再生装置」を直接的かつ一義的に知ることができると考えられ、当該訂正が認められる可能性は高い。
訂正は認められない。

審査指南第4 部第3 章4.6.2 の「クレームの更なる限定(クレーム に、その他のクレームに記載の1 つ又は複数の技術特徴を補足することによって、保護範囲を縮小すること」に該当しないため、及び権利付与時のクレームに記載のない技術的特徴を追加してはならないため。

 

事例(ii)

「除くクレーム(Disclaimer/Negative limitation)」とする訂正が、新たな技術的事項を導入するものではないケース。

<クレーム訂正例>

  • 訂正前のクレーム:「陽イオンとしてNaイオンを含有する無機塩を主成分とする鉄板洗浄剤」
  • 訂正後のクレーム:「陽イオンとしてNaイオンを含有する無機塩(ただし、陰イオンがCO3イオンの場合を除く。)を主成分とする鉄板洗浄剤」

<補足説明>

引用発明には、陰イオンとしてCO3イオンを含有する無機塩を主成分とする鉄板洗浄剤が開示されており、具体例として陽イオンをNaイオンとした例が記載されている。

台湾 中国
訂正は認められる

一般的に、クレームから引用発明と重なる部分を削除する場合、当該除外された内容は当初明細書、特許請求の範囲及び図面から直接的かつ一義的に知ることができるものではないことから、新規事項追加に該当する。」

「しかし、引用発明と重なる部分を削除するとクレームの残りの発明対象が正面的(positive )な表現方法により明確、簡潔に特定できなくなる場合、当該部分を除外する(disclaimer )表現方法で記載することができる。この場合、訂正後のクレームにおいて出願時の明細書で開示されていない発明特定事項が記載されていることになるが、新規事項追加に該当しないと例外的に見なすことができる。
(専利審査基準2-9-9)

審査基準には上記のような規定がされているが、実務上除くクレームによる訂正(及び補正)の判断基準はそれほど厳格ではなく、一般的には認められる場合が多い。
訂正は認められない。

審査指南第4部第3章4.6.2の「クレームの更なる限定(クレームに、その他のクレームに記載の1 つ又は複数の技術特徴を補足することによって、保護範囲を縮小すること」に該当しないため、及び権利付与時のクレームに記載のない技術的特徴を追加してはならないため。
(新規事項追加に該当するという意見もあり。)

 

事例(iii)

マーカッシュ形式等の択一形式で記載されたクレームにおいて、一部の選択肢を削除する訂正が、残った発明特定事項で特定されるものが新たな技術的事項を導入するものではないケース。

<クレーム訂正例>

<補足説明>

当初明細書等に化学物質が多数の選択肢群の組合せの形で記載されている(R=アルキル、アルケニル、フェニルアルコキシ、シクロアルキル、ハロゲン、アミノのいずれでもよいことが記載されている)。

台湾 中国
訂正は認められる

一部の選択肢を削除する訂正は、当初明細書等の記載範囲を超えることはなく、認められる。

なおマーカッシュ形式で記載されたクレームにおいて、 明細書に記載された一の選択肢を追加する訂正は、実質上特許請求の範囲の拡張に該当し、認められない(専利審査基準2-9-6)。
訂正は認められない。

専利審査指南(第2部分第10章8.1) によると、1 つのマーカッシュ構成要素を削除することは同等の技術的解決手段の削除とみなされ、一般的に無効化手続ではこのような訂正は認められない。 最高人民法院の行政再審判決No.41(2016)によると、マーカッシュ形式クレームは、複数の化合物の集合体ではなく、むしろ組み合わされた技術的解決手段を1つのものとして一般化する、複数のマーカッシュ構成要素の集合体とみなすべきである。したがってマーカッシュ形式クレームの訂正は厳格に制限されなければならない。
弊所コメント

上述した比較内容から、台湾と中国では訂正に関する制度内容、運用実態(事例検討)は大きく異なることがわかる。台湾の訂正制度及び実務は、どちらかといえば日本に近いと言えるが、細部においては日本の訂正制度及び実務とも相違が存在するのも事実である。こうした国ごとの制度や実態の相違を理解することで、それぞれの国における適切な対応を採ることが可能となる。

中国では訂正の要件が非常に厳格である。クレームの訂正において、他のクレームに記載されていない特徴により限定する訂正は認められず、また明細書や図面の訂正も行うことができない。この点について、海外からは訂正の制限緩和を望む声も出ているが、当該報告書によればCNIPA(国家知識産権局)が訂正の制限緩和をする可能性は低いとされている。

キーワード:特許  台湾  中国  無効審判  訂正
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