台湾・中国 特許「誤記の訂正」の判断標準

Vol.66(2020年3月19日)

特許登録後に明細書、特許請求の範囲又は図面を訂正する手続きとして、日本には訂正審判と訂正の請求が存在する。無効審判又は異議申立ての継続中は訂正審判の請求ができず、代わりに訂正の請求という手続きを行うことになる。また、訂正審判又は訂正の請求は、特許請求の範囲の減縮、誤記又は誤訳の訂正、明瞭でない記載の釈明及び請求項間の引用関係の解消を目的とする場合に限って認められる。

台湾では日本でいう訂正審判という制度は存在せず、「訂正(中国語:更正)」という手続きに一本化されている。ただし、無効審判の継続中は一定期間内に限り、訂正を行うことができる1。目的要件は日本と類似しており、請求項の削除、特許請求の範囲の減縮、誤記又は誤訳の訂正、明瞭でない記載の釈明を目的とする場合に限って認められる。

中国の場合、「訂正」という手続き自体は存在しないが、無効審判審理中の一定期間内に「補正」を行うことができる(以下では便宜上、中国における無効審判審理中の補正を「訂正」と呼ぶ)。また中国では訂正は特許請求の範囲に対してのみ行うことができ、明細書及び図面に対する訂正は認められない。そして目的要件として、請求項の削除、技術方案の削除、請求項の更なる限定及び明らかな誤記の訂正を目的とする場合に限って認められる2

一般的に、明細書に誤記があるため権利行使や権利有効性の主張の際に問題が生じる場合、明細書の内容を訂正する必要性が生じる。これは「誤記の訂正」を目的とする訂正に属し、三国いずれの目的要件にも存在する。そこで今回は、「誤記の訂正」を目的とする訂正について、台湾と中国の判断基準はどうなっているのかを比較し、また台湾についてはその判断が示された最新の判例を紹介する。

台湾

誤記の訂正に関する規定

専利審査基準において次のように規定されている。「誤記事項とは、当業者が出願時の通常知識を基礎として、外部文書に頼ることなく直接に明細書、特許請求の範囲又は図面の全体内容及び前後の文脈により、明らかに誤りがあることを直ちに察することができる内容であり、且つ、訂正すべきであること及びどのように訂正すれば本来の意味に戻るかを、深く考えることなく知ることができる事項を言う。当該本来の意味は明細書、特許請求の範囲又は図面において実質的に開示されていなければならず、解読する際に本来の実質的な内容に影響を及ぼさないものでなければならない。」(専利審査基準第二編第九章2-9-2)

関連判例

(1) 事件概要

第I504698号特許「ワニス及びこれから作られたプレプレグおよび積層品」(以下、本件特許)に対して無効審決が請求され、台湾特許庁による審理を経て請求認容審決(無効)が下された。特許権者(原告)は訴願を提起するも棄却されたため、台湾知的財産裁判所に行政訴訟を提起した事件である。特許権者は無効審判審理中に明細書の訂正を請求したが、台湾特許庁及び知的財産裁判所のいずれも訂正請求を認めないと判断した。最終的に知的財産裁判所は原告の請求を棄却する判決(無効審決維持)を下した3

(2) 主な争点

請求項19に係る発明はワニス組成物であり、当該ワニス組成物はシアヌル酸トリアリルを一定割合含むことを特徴の1つとしている。審判請求人が提出した証拠には、シアヌル酸トリアリル(以下、TAC)及びイソシアヌル酸トリアリル(以下、TAIC)を反応性単量体として用いることが示されていた。特許権者はこれに対し、本件明細書記載の実施例2の内容により、TACを添加したワニスは、従来から用いられるTAICを添加したワニスに比べ、誘電正接(DF)及び銅剥離強度において良好な結果を示すという点を主張の1つとして行った。

ここで、本件明細書実施例2に関する段落において誤記が存在していた。具体的には、特許権者としては、TAICを含有させたワニス組成物に比べ、TACを含有させたワニス組成物の評価の方が良好である、という点を示すために実施例2を記載したつもりであった。しかし、明細書当該段落には誤記があり、TACを含有させたワニス組成物に比べ、TAICを含有させたワニス組成物の評価の方が良好である、と読み取れる内容が記載されていた(当該段落内容及び表4を以下に示す)。

関連段落内容 表4
この実施例では本発明の2種類のワニス組成物を評価したが、1番目のワニス組成物(組成物C)にはイソシアヌル酸トリアリルTAICを反応性単量体として含有させ、2番目のワニス組成物(組成物D)にはシアヌル酸トリアリルTACを反応性単量体として含有させた。

(略)

ワニスC及びDを用いて調製した積層品が示したDF及び剥離強度は、シアヌル酸トリアリルTACを含有させたワニスDの方が、ワニスDを用いて調製しイソシアヌル酸トリアリルを反応性単量体として含有させた積層品に比べて低いDF及び良好な剥離強度を示したことを表している。

(上記明細書内容は中国語の内容をそのまま日本語に訳している。よって内容の不明確や矛盾、誤記はそのまま日本語でも表されている)

(3) 知的財産裁判所の見解

知的財産裁判所は台湾特許庁と同じく、当該訂正の請求は誤記の訂正を目的としたものには該当しないと認定した。その理由は以下のとおりである。

  • 無効審決が下された請求項に対する訂正請求手続きについて

    専利審査基準において次のように規定されている4。「原処分の審決結果は無効審決が下された請求項に対し特許権を無効とする拘束力を有するため、無効審判が行政救済の段階にある期間における特許権者による訂正は、原処分において維持審決が下された請求項に対してのみ行うことができる。訂正は特許請求の範囲全体について行わなければならないことから、訂正の内容が原処分において無効審決が下された請求項に関わる場合、当該訂正の請求を却下しなければならない。」。本件特許実施例2の内容は請求項19に関わるものであり、請求項19については原処分において無効審決が下されている。よって、原告は実施例2の内容を訂正することで本件請求項19に係る発明が予期できない効果を奏することを証明しようとするが、本件における当該訂正は却下されるべき理由を有する。

  • 誤記事項の該当性について

    誤記事項に該当するためには、当該箇所の訂正前内容の意義と訂正後内容の意義が同一でなければならない。

    本件明細書及び特許請求の範囲全体の内容及び前後の文脈を総合的に検討すると、TAIC及びTACに関する内容は、実施例2のける説明の他には、明細書第5頁最後の2段落「…適用する反応性単量体の例には、スチレン系単量体、例えばスチレン、ブロモ-スチレン、ジブロモスチレン、ジビニルベンゼン、アクリル酸ペンタブロモベンジル、トリビニルシクロヘキサン、イソシアヌル酸トリアリル(TAIC)、シアヌル酸トリアリル(TAC)、トリアクリレートイソシアヌレート及びこれらの組み合わせ等が含まれる。…」に記載されているのみである。上記内容からは、TAIC及びTACは選択可能な反応性単量体として並列されたものであることがわかるに過ぎない。ここで、選択可能として並列されているものは、類似する本質(nature)を有するはずである。よって、ワニス組成物の調製に際して、反応性単量体としてTAIC又はTACのいずれも選択することができる、と理解できる。

    対象特許実施例2の記載内容によれば、誤記の訂正を目的とした訂正態様として次の2種のものが考えられる。①実施例に関する明細書内容は正しく、表4の内容が誤りである態様、即ち組成物CはTAICを反応性単量体とし、組成物DはTACを反応性単量体とする態様。②表4の内容は正しく、実施例に関する明細書内容が誤りである態様、即ち組成物CはTACを反応性単量体とし、組成物DはTAICを反応性単量体とする態様(弊所注:特許権者は②の態様であると主張)。

    上述したように本件明細書の内容からは、TAIC及びTACは選択可能な反応性単量体として並列されたものであることがわかるに過ぎない。よって、当業者は出願時の通常知識、及び直接に明細書又は特許請求の範囲の全体内容及び前後の文脈に基づいても、どちらの訂正態様が訂正前の内容と同一の意義を有するか確認することができない。よって、本件訂正の請求は専利法第67条第1項第3号規定の「誤記の訂正」を目的としてものとは認められない。

中国

誤記の訂正に関する規定

無効審判の審理中における訂正は、請求項の削除、技術方案の削除、請求項の更なる限定及び明らかな誤記の訂正を目的とするものに限られるが、それに加えて一般的内容制限として(1)請求項の主題の名称を変更してはならない(2)権利付与時の請求項と比べて、元の専利の保護範囲を拡大してはならない(3)元の説明書及び権利要求書に記載された範囲を超えてはならない(4)一般的には、権利付与時の権利要求書に含まれていない技術的特徴を追加してはならない、というものが課される。

専利審査指南の無効審判審理中における訂正に関する部分では、「明らかな誤記の訂正」に関しては上述した一般的内容制限の他には、特に規定はされていない。しかし、専利審査指南の初歩審査及び実体審査の補正についての規定部分において、「明らかな誤記」に関する規定が記載されており、無効審判審理中における「明らかな誤記の訂正」においてもこの規定が用いられることになる。

専利審査指南初歩審査の部分において、「明らかな誤りとは、不正確な内容であることが原明細書、特許請求の範囲の前後の文脈から明確に判断でき、他の解釈又は修正が考えられないものをいう」と規定されている(第一部分第二章8.)。また専利審査指南実体審査の部分において、補正可能な態様として「当業者が認識することができる明らかな誤り、即ち文法の誤り、文字の誤り及び印刷の誤りに対する補正。これらの誤りに対する補正は、当業者が明細書の全体内容及び前後の文脈から見出せる唯一の正確な答えでなければならない。」と規定されている(第二部分第八章第5.2.2.2)。

弊所コメント

台湾の本件判旨が示した重要な点は2つある。まず、無効審判の審決取消訴訟の期間中は訂正の請求を行うことができるが、その対象は審決において維持審決が下された請求項に対するものでなければならず、ここでいう「請求項に対するもの」とは請求項の訂正のみならず、請求項に記載された発明に関わる明細書に関する訂正も含まれる、という点である。すなわち、無効審判の審決取消訴訟の期間中における訂正は、明細書に対する訂正であれば必ずしも認められるというわけではない。本件のように無効審決が出た後の訴訟期間中に、無効審決が下された請求項に対応する実施例についての説明箇所を訂正した場合、認められない可能性がある。仮に本件特許権者が行政訴訟(審決取消訴訟)期間中ではなく、無効審判審理中に実施例2に関する記載について訂正の請求を行っていれば、少なくともこの手続き要件は満たしていたことになる。また、本件明細書の訂正は無効審判審理中にも行うことができたにもかかわらず、訴訟段階になって初めて訂正の請求を行ったという点は、裁判官の心証にも一定の影響を与えたと思われる。よって、特許権者側として無効審判が請求された場合は、審決が出た後の訂正の請求はこうしたリスクがあることを念頭において、訂正の請求を行う適切な時期を検討しなければならない。

台湾の本件判旨が示した重要な点の二つ目は、「誤記の訂正」は訂正前内容の意義と訂正後内容の意義が同一でなければならない、という点である。本件の場合、実施例の評価結果を示した表の記載と、実施例の内容説明の記載とが矛盾しており、またTACを添加することはTAICを添加した場合に比べ顕著な効果を奏するという内容が記載された箇所は実施例2の説明箇所のみであったことから、客観的に見てどちらの記載を基準として訂正する方が正しいのか一意に定まらない状況であったため、裁判所は本件の訂正の請求は誤記の訂正を目的としたものとは認められないと判断するに至った。よって、誤記の訂正は明らかな誤記、即ち訂正前と訂正後の意義が同一でなければ認められないという点を考慮し、明細書や請求項の内容についての誤記の発生は当然ながら極力避けなければならず、誤記が見つかった場合は早期段階での対応が必要である。

中国の訂正に関する規定は日本や台湾の規定に比べ厳格である(訂正に限らず補正の要件も厳格である)。ただ、「(明確な)誤記の訂正」に関する判断基準は台湾と類似しており、他の解釈又は修正が考えられないもの等といった制限が規定されている。2017年の専利審査指南改訂により、他の請求項に記載された発明特定事項を別の請求項に追加する訂正態様が認められるようになった(請求項の更なる限定)。そこで中国では、出願後の補正や訂正内容を事前に考慮し、実施例記載の下位概念の発明内容をあえて請求項に記載するという方法も考えられる。

[1] 2019年改正後専利法下では、第74条第3項の規定により答弁通知の期間内、補充答弁の期間内、訂正請求を認めない旨の通知で指定された期間内に限られる(ただし、特許権が訴訟に係属している場合は上記制限を受けない)。

[2] 2017年4月1日施行の専利審査指南第四部分第三章4.6.2。

[3] 知的財産裁判所108(2019)年行専訴字第17号判決。

[4] この規定内容は本件特許査定時(2014年)の内容である。現行審査基準では表現が少々変更されたが、実質内容に相違はない。

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