中国・台湾 クレーム解釈原則に関する近年の判決

Vol.64(2020年2月18日)

特許請求の範囲の解釈(以下、クレーム解釈)は、出願後の審査段階及び権利化後の侵害訴訟段階のいずれにおいても重要な論点である。このうち侵害訴訟段階におけるクレーム解釈の原則について、台湾では台湾特許庁公布の「専利侵権判断要点」に規定されており、中国では北京市高級人民裁判所公布の「専利侵権判定指南」に規定されている。上記のいずれにおいても、クレーム解釈においては外部証拠より内部証拠を優先して考慮するという原則が明記されている。しかし、実際の事件においてこの解釈原則がどのように運用されるかは、各事件によって相違が見られる。この点に関して近年台湾及び中国で出された判決を紹介する。

台湾判決

事件経緯

本件は2018年に判決が出された、実用新案の無効審判に係る事件である。「調整可能な握力器具」(M330845、以下本件実用新案)の実用新案権者である許光前(原告)は、台湾迪卡儂有限公司(被告)の販売する製品が当該実用新案権を侵害しているとして提訴した。原審判決 及び控訴審判決 の結論に変わりはなく、本件実用新案は進歩性を有しないため無効理由が存在するため権利行使は許されないと認定し、敗訴という旨の判決を下した。しかしクレーム解釈の点では両者の見解に相違がみられ、控訴審判決では、原審における実用新案登録請求の範囲の解釈方法及び論理は不当であると指摘した。

本件考案の内容

本件実用新案の請求項1(本件考案1)の内容は以下のとおりである。

「第一グリップ、第二グリップ、調整ボルト、調整座及び引張バネから構成され、…… 第二グリップの下段には柄部が延伸され、上段には横方向のアーム段があり、アーム段の内側端部には回転軸部が設けられ、……、調整可能な握力器具。」。

請求項に記載されている「横方向のアーム段」をどう解釈するかについて、原審と控訴審で異なる見解が見られた。

原審(民事一審)の見解

本件考案1と引用考案とを比較すると、その相違点は本件考案1におけるアーム段と柄部の延伸方向はほぼ垂直であるのに対し、引用考案におけるアーム段と柄部の延伸方向は垂直ではない(鈍角)点、のみである。

本件実用新案の請求項に記載されている「横方向のアーム段」という用語を解釈する際には、文字通りの意味に従い、バネを縦方向に変位させる傾きのある軸の構成を一切含まず、「完全に水平な」軸方向の構成に限定して解釈すべきである。また、先行技術である引用考案と区別するために、本件考案1の均等範囲からもバネを縦方向に変位させる傾きのある軸の構成は完全に排除される必要がある。仮に「横方向のアーム段」を完全に水平な軸方向の構成へと限定して解釈しない場合、本件考案1は引用考案1の範囲内に含まれ本件考案1は無効理由を有することになり、これは専利権有効推定原則に従ったものとは言えない。

本件考案 引用考案

控訴審(民事第二審)の見解

専利侵害鑑定要点2.4によれば、クレーム解釈の原則には衡平原則、専利権有効推定原則、折衷解釈(請求項を準原則とし、明細書及び図面を参酌する原則)があるが、いずれであっても、請求項を解釈する証拠は、内部証拠及び外部証拠に基づいて解釈しなければならない。内部証拠には明細書、請求の範囲、図面及び包袋(出願経過情報)が含まれ、外部証拠には専門用語辞典、辞書、工具書、教科書、発明者の他の論文などが含まれるが、内部証拠を優先的に採用して解釈しなければならない

そして専利権有効推定原則は、「完全な包袋」に基づき専利権が有効である方向に向かって解釈することであるが、ここでいう「完全な包袋」は内部証拠であって、訴訟において専利権の無効の証明に用いられる引用文献のことではない。引用考案1は内部証拠ではなく外部証拠でもない。

原審の解釈方法によれば、別の争訟において、相手方から提出された引用文献が異なる場合、異なる先行技術を回避するために同一請求項で用いられる用語の解釈も相違することになり、請求項に記載されていない限定や、場合によっては明細書にさえ記載されていない限定が不当に追加されてしまうことになる。このような解釈を認めると、引用文献を回避する解釈方法によって専利の有効性が維持されるようになってしまい、極端な結果として専利権を無効にする可能性がほぼ存在しなくなってしまう。このような解釈方法は、「専利権有効推定原則」の本意に背いていると言わざるを得ない。

本件明細書において、「上段には横方向のアーム段22があり、当該アーム段22は当該柄部21に対しておよそ垂直となっている。」という記載がある。つまり、内部証拠である明細書を参酌すれば、請求項記載の「横方向のアーム段」とは「柄部の延伸方向とほぼ垂直なアーム段」と解釈しなければならない。

中国判決

事件経緯

本件は2016年に判決が出された、特許出願に係る事件である。納幕爾杜邦公司(以下、杜邦公司)は「E-1,3,3,3-テトラフルオロプロペンとフッ化水素とを含む共沸混合物組成物およびその使用」という発明について特許出願をしたところ、初審で進歩性違反により拒絶査定となり、その後の復審においても同様の理由で出願は拒絶された。そして、北京知的財産裁判所による審理の結果、専利復審委員会の決定は取り消された 。しかし、北京市高級人民裁判所は北京知的財産裁判所の判決を取消し、専利復審委員会の決定を維持する判決を下した 。

本件の争点

本件特許請求項1(本件発明1)の内容は以下のとおりである。

「約62.4mol%~89.4mol%のE-HFC-1234zeとフッ化水素とを含む共沸混合物または擬共沸混合物組成物であって、露点圧力と沸点圧力との差が、沸点圧力を基準として3%以下または3%であることを特徴とする共沸混合物または擬共沸混合物組成物。」

本件明細書において、「本明細書で用いるE-HFC-1234zeとは、異性体E-HFC-1234ze(CAS登録番号29118-24-9)又はZ-HFC-1234ze(CAS登録番号29118-25-0)の混合物を意味する。その中の多数を占める異性体はE-HFC-1234zeである。」と記載されている。また引用文献1(EP1067106A1)において、1,3,3,3-テトラフルオロプロペン(つまりHFC-1234ze)とフッ化水素との共沸混合物組成物が開示されている。

本件の争点は、請求項1に記載の「E-HFC-1234ze」をどのように解釈すべきか、という点である。

専利復審委員会の見解

請求項1に記載のE-HFC-1234zeは、その属する技術分野において一般的な意味を有し、特に1,3,3,3-テトラフルオロプロペンの構造における二重結合がE配置である単一な異性体のことを指す。よって、本件発明1は引用文献1に対して進歩性を有しない。

北京知的財産裁判所の見解

請求項を解釈する際は、外部証拠より先に内部証拠を考慮するという規則を厳格に守らなければならない。本件明細書ではE-HFC-1234zeについて「本明細書で用いるE-HFC-1234zeとは、異性体E-HFC-1234ze(CAS登録番号29118-24-9)又はZ-HFC-1234ze(CAS登録番号29118-25-0)の混合物を意味する。その中の多数を占める異性体はE-HFC-1234zeである。」という特別な限定がされている。この場合、請求項1に記載のE-HFC-1234zeの解釈においては、明細書において特別に限定されている内容を考慮して、意味を決定しなければならない。専利復審委員会は請求項1に記載のE-HFC-1234zeについて誤った理解をしており、その決定は取消されるべきである。

北京市高級人民裁判所の見解

外部証拠より先に内部証拠を考慮するという規則を絶対化させてはならない。内部証拠によっては請求項の意味を確定させるに足らない場合、外部証拠を用いて解釈しなければならない。請求項1に記載の用語E-HFC-1234zeは本分野において一般的な意味、即ち「1,3,3,3-テトラフルオロプロペンの構造における二重結合がE配置である単一な異性体」という意味を有する。当業者はこの化学名称を見れば当該名称に対応する化学物質の正確な分子式及び構造式を確定できる。

明細書において当該用語について特別な限定がされているが、「E-HFC-1234zeとは、異性体E-HFC-1234ze……又はZ-HFC-1234ze……の混合物を意味する。その中の多数を占める異性体はE-HFC-1234zeである。」という内容について、当該段落で示される意味は不明確であり、当業者はその具体的な意味を明確に理解することができない。原審において杜邦公司は、当該段落に記載されている「又は」は「及び」として解釈すべきと主張するが、このような主張と明細書中の他の部分における当該用語の説明とは内容が矛盾する。例えば、実施例の表3、4においてE-HFC-1234zeと、Z-HFC-1234zeとは別々に挙げられており、この場合、E-HFC-1234zeがE-HFC-1234zeとZ-HFC-1234zeの混合物を指すわけがない。明細書の前後の文脈を総合的に見れば、請求項に記載の用語E-HFC-1234zeについて明細書に記載された特別な限定の意味が不明確であり、当業者は明細書に基づいて当該特別な限定の具体的な意味を確定できない。この場合、内部証拠では請求項の意味を確定させるに足らないため、外部証拠を用いて請求項の意味を確定させるべきである。

弊所コメント

特許請求の範囲の解釈原則に関し、各国で異なる関連規定が定められてはいるものの、実際の事件においては審査官や裁判官に自由裁量の余地が与えられ、各事件の情況に応じて柔軟に運用されているのが実情である。よって、各事例の見解を検討し最新の動向を継続的に観察することはかなり重要である。

上記2つの判決のいずれにおいても、クレーム解釈の際は原則として外部証拠より内部証拠を優先して考慮することが改めて示されている。そして台湾判決では、専利権有効推定原則の趣旨に鑑みれば、「内部証拠」とは争訟手続きにおいて専利の無効性を証明するために相手方によって提出された引用文献ではなく、「完全な包袋」のことを指す、とされた。この見解は内部証拠優先の原則に沿った解釈として特に異論のないものと思われる。

一方中国判決では、内部証拠優先の原則を示しつつ、例外的に当該用語が明細書において限定されていないか又は限定されているがその意味が不明確であるものの、その属する技術分野において一般的な意味を有する場合は、当該一般的な意味を採用してその意味を確定させる、つまり外部証拠をもって当該術語の意味を確定させる、という見解が示されている。すなわち、クレーム解釈の際に明細書が参酌されるわけだが、明細書記載の内容に矛盾がある又はその意義が不明確である場合には、属する技術分野における一般的意味(外部証拠)が採用され、解釈がされることになる。

 

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