台湾特許 医薬関連発明の進歩性判断に関する判例(セレコキシブCELECOXIB組成物事件)

Vol.55(2019年2月27日)

医薬関連発明について、明細書において発明が予期できない効果を奏することを証明するに足る実施例の記載は非常に重要である。一方、明細書に不要な内容を記載したことにより、発明は日常業務などの一般的な手段により得られるものであり進歩性を有しないと認定される場合もある。

よって、明細書の記載は極めて慎重に行わなければならない。台湾知的財産裁判所2016(105)年度行専訴字第19 号行政判決では、医薬関連発明に係る明細書の記載と進歩性との関係について、その判断基準が具体的に示された。以下に紹介する。

 

【事件経緯】

  「米国G.D.サール有限責任会社(G.D. SEARLE LLC)」(特許権者、原告)の有する第579295 号特許「セレコキシブ(CELECOXIB)組成物」(以下、対象特許)に対し、2012 年1 月12 日、進歩性違反を理由に無効審判が請求された。台湾特許庁(被告)による審理の結果、無効審決が下された。
 
     特許権者はその審決を不服とし訴願を提起したが、経済部より棄却裁定が下されたため、知的財産裁判所に対し行政訴訟を提起し、経済部による棄却裁定及び台湾特許庁による無効審決の取消しを求した。しかし、知的財産裁判所は台湾特許庁の原審決を維持し、原告請求棄却判決を下した。
 
 

【対象特許の内容及び争点】

     対象特許請求項1 に係る発明(以下、対象発明1)の内容は以下のとおりである。「一種以上の個別な固体の経口運搬可能な単位投与量を含む薬学剤型であって、各単位は一種以上の薬剤学的に許容な賦形剤と密に混合させた10mg 乃至1000mg の量の微粒子セレコキシブ(Celecoxib)を含み、
 
     当該粒子の最長寸法において、当該粒子のD90 が200μm 未満であるセレコキシブ粒子のサイズ分布を有し、当該薬学剤型は等剤量のセレコキシブを含有する経口運搬された溶液と比較して、約50%以上の相対的生物学的利用能を有する、生物学的利用能を向上させるための薬学剤型。」
 
     本件の争点は、証拠2、4 の組合せは対象特許請求項1~7、10~13 が進歩性を有しないことを証明するに足るか否か、である。
 

【特許権者の主張】

1. 対象発明1 に係る発明特定事項の要点について
 
       対象発明1 に係る発明特定事項の要点は、「賦形剤の選択」及び「セレコキシブ粒子のサイズがD90<200μm であること」により、人体におけるセレコキシブの薬剤機能の程度を向上させることにある。証拠2 及び証拠4 が対象特許の内容に対して上位概念の公知技術を開示していることを認めたとしても、当業者は依然として証拠2 又は証拠4 から対象発明1 の技術内容を導出することはできない
 
2. 証拠2 について
 
       証拠2 の内容は、セレコキシブと類似する構造を有する系列化合物の製造方法に関するものであり、セレコキシブというこの特定化合物の物理・化学特性については何ら検討がされていないのみならず、セレコキシブの特別な物理・化学特性が固体の経口運搬製薬組成物を製造する際に困難をもたらすことも認識していない。
 
3. 証拠4 について
 
       証拠4 は、薬物の粒子サイズを減少させることで表面積を増大させることで生物的利用能が向上することを一般的に開示しているに過ぎず、セレコキシブの特性についての検討が示されているものではない。また製薬において薬物の粒子サイズを減少する工程は当業者が一般的に採るものではないし、証拠4 には「粒子サイズを減少する」という技術発想をどのようにセレコキシブ分野に応用するかについて、何ら示唆が示されていない。
 
 
 

【裁判所の見解】

1. 対象発明1 と証拠2、証拠4 との比較
 
        
 
2. 原告の主張「対象発明1 に係る発明特定事項の要点」について
 
       「賦形剤の選択」について、対象特許請求項1 では「一種以上の薬剤学的に許容な賦形剤」としか記載されておらず、「賦形剤の選択」に関する具体的な技術手段は記載されていない。一方、証拠2 では、セレコキシブを「一種以上の薬剤学的に許容な賦形剤」と混合させることにより固体の経口運搬の薬物を製造する技術が開示されている。故に、対象特許請求項1 に記載の「一種以上の薬剤学的に許容な賦形剤と密に混合させたセレコキシブ」という特徴は証拠2で開示され、公知技術の範疇に属する。つまり、先行技術と区別できる重要な発明特定事項としては不足である。
        また、「セレコキシブ粒子のサイズがD90<200μm であること」について、対象特許明細書記載の第18 例「カプセル調合に対する懸濁液の薬物速度論」の実施例においては、経口用の微細な懸濁液1 種と、セレコキシブを含有する経口用カプセル2 種についての評価が行われているが、経口用カプセル2 種に含まれるセレコキシブの平均粒子サイズの分布は記載されていない。よって、対象特許請求項1 で限定する「当該粒子の最長寸法において、当該粒子のD90 が200μm未満である」ことで、カプセル全体のセレコキシブの吸収程度を経口運搬の微細懸濁液全体のセレコキシブの吸収程度に接近させ得るという効果は、第18 例の実験結果からは確認できない。
 
3. 原告の主張「証拠2 について」について
 
       証拠2 の実施例2 によれば固体結晶粒子のセレコキシブの製造は可能であり、また経口投与のための製薬組成物に製造でき、その製薬組成物は錠剤、カプセル等の固体の経口剤型を含むことも開示されている。セレコキシブが特殊な物理・化学特性を有することは認めるが、だからといって当業者が対象特許出願前に証拠2 で開示されている技術に基づきセレコキシブの固体経口薬物を製造できないことを証明することはできない。
 
4. 原告の主張「証拠4 について」について
 
       証拠4 で開示されている、薬物の粒子サイズを減少させることで表面積を増大させることで生物的利用能が向上するという通常知識に基づき、当業者は生物的利用能を向上させる薬剤(特に固体剤型)を製造しようとする際、粒子のサイズ減少を最優先に考慮して当然である。また、対象特許明細書第10 頁第20 行から第21 行にも「上述したとおり、セレコキシブ粒子のサイズを減少すると、一般的には、セレコキシブの生物的利用能が向上する」と記載されていることから、セレコキシブの粒子サイズを小さくすることは、証拠4 で開示されている薬剤学基本常識に反するものではないことが証明できる。
 

【弊所分析】

          本事件において原告が敗訴となった主な原因は以下にある。
          対象特許の発明に含まれる「セレコキシブ」は既知成分であるのみならず、「賦形剤の選択」及び「セレコキシブ粒子のサイズがD90<200μm である」という数値限定により対象発明が予期できない効果を奏し得ることを証明できる実施例が不足していた。
          現行審査基準によれば、医薬組成物の成分の組合せは新規なものであり且つ予期できない効果を奏するものでなければならない。逆に、当業者が2 種以上の成分の最良の組合せを試みることができるもので、日常業務などの一般的な手段により得られるものである場合、当該発明は進歩性を有しないことになる。
          本事件の場合、「セレコキシブを含む製薬組成物」及び「セレコキシブと賦形剤との混合」のいずれも証拠2 により開示されていたことから、対象特許に係る成分の組合せは新規ではない。「セレコキシブ粒子のサイズがD90<200μm」について、数値限定特徴が臨界的意義を有することで当該発明は予期できない効果を奏し得ることを証明し得る実施例が不足していた。よって、裁判所は対象発明が進歩性を有しないと判断するに至った。
          まとめると、本件では対象特許明細書において「D90<200μm」という特徴は一般的な手段に過ぎないと記載されていたことが、特許権者を敗訴に導く主因となった。従って、特別な事情がない限り、明細書には不要な内容を記載すべきではない。さもなければ、発明特定事項は当業者が日常業務などの一般的な手段により得られるものであると判断され、当該発明の進歩性が否定されるおそれがある。
 
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