台湾 「混同誤認」と「商標希釈化」の判断基準に関する判例(劍橋Cambridge事件)

Vol.8(2013年8月30日)

事件の概要

本件は、Xの登録商標「劍橋小院士」(指定商品第25類「キャップ、ハット、スポーツキャップ、ニット帽」等、本件商標)について、商標法第30条第1項11号(当時商標法第23条第1項第12号)に該当するとされた無効審決の審決取消訴訟事件である(知的財産裁判所2011年行商訴字第89号)。無効審判請求人は英ケンブリッジ大学(Y)であり、本件商標は自身の3件の著名商標、「劍橋」商標、「CAMBRIDGE」商標及び「UNIVERSITY OF CAMBRIDGE」商標に類似し、混同誤認又は識別力の希釈化が生じると主張した。なお、「劍橋」とはケンブリッジ(Cambridge)の中国語訳である。

本件商標 引用商標
劍橋小院士 劍橋 CAMBRIDGE UNIVERSITY OF CAMBRIDGE
第25類:
キャップ、ハット、スポーツキャップ、ニット帽など
第41類:
職業能力訓練、学習塾における教授など
第9類:
コンピュータ用ディスケットなど
第16類:
書籍、雑誌など
第41類:
職業能力訓練、学習塾における教授など
第25類:被服、帽子、ネクタイ、靴下など

商標法第30項第1項第11号は、「他人の著名な商標又は標章と同一又は類似であり、関連公衆に混同誤認を生じる恐れ、又は著名商標若しくは標章の識別力若しくは信用名誉を希釈化する恐れがあるもの。」と規定されている。本号の規定は従来から、前段の規定「関連公衆に混同誤認を生じる恐れがある」と後段の規定「著名商標若しくは標章の識別力若しくは信用名誉を希釈化する恐れがある」に分けて判断される。判旨でも前段と後段のそれぞれについて、適用可否を述べている。

判旨

第11号前段規定について

Yが提出した証拠資料により、引用商標3件は「教育、書籍等商品の又は出版、英語検定当役務」を示す標章として台湾において著名であることが認められる。そして引用商標はいずれも、関連事業又は消費者の間のみならず、関連消費者において普遍的に認知されており、高い著名性を有すると認められる。また、引用商標3件の著名性については、Xも争っていない。

引用商標の著名性は非常に高いこと、本件商標と引用商標3件は高度に類似すること、指定商品役務も類似すること、引用商標権利者は多角化経営を行っていること(1986年から定期刊行物、書籍、帽子、ネクタイ、衣服等において商標権を取得しており、使用権者を通じて当該商品を販売して15年以上経過している)等に基づき、本件商標は商標法第30条第1項第11号前段の規定に該当する。

第11号後段規定について

識別力の希釈化とは、著名商標が継続的に第三者より模倣使用された結果、関連消費者の認知において当該著名商標と商品役務の出所との関連性が希釈化することを指す。原告は引用商標は帽子を販売していない等を理由として、引用商標は帽子商品においては著名商標ではないと主張する。しかし本件商標と引用商標の類似度は高く引用商標は著名商標であることから、本件商標が帽子関連商品に使用された場合、関連消費者による職業能力訓練、学習塾における教授等役務における引用著名商標への認識は弱くなり、引用商標の識別力は希釈化されるおそれがある。

信用名誉の希釈化とは、他人が質の劣悪な商品役務を提供することで、商標権者の社会評価に影響を与えることを指す。引用商標はイギリス、中国、台湾、香港、アメリカ及び欧州等で登録されており、台湾での第25類の引用商標は1993年に登録されている。これは本件商標の登録日よりも7年先である。よって、関連消費者は両商標が付された商品の出所が同一である、又は何らかの関連性を有すると誤認する可能性が極めて高い。よって本件商標は、引用商標の信用名誉を希釈化する恐れがある。

弊所コメント

著名商標の保護を目的とする30条1項11号の条文内容には、商品役務の類似という文言は存在しない。しかし、11号前段の判断移管しては、11号前段に「混同誤認を生じる恐れ」と記されていることから、台湾特許庁公布の「混同誤認の恐れ審査基準」に従って判断されることになる。そして当該審査基準には混同誤認の恐れの判断にあたり、商品役務の類否程度が考慮要素として挙げられている。したがって、11号の条文の文言上は商品役務の類似という要件は課されていないように見えるが、実際の判断においては多かれ少なかれ商品役務の類否程度は考慮される(ただし他人の先願登録商標と類似する商標の登録を規制する30条1項10号と比べると、商品役務の類否程度はそれほど考慮されない)。

30条1項11号後段について、こちらは混同誤認の恐れではなく、著名商標の希釈化を問題としている。後段の規定は30条1項10号や30条1項11号前段では有効に保護できない著名商標の保護、即ち商品役務の制限を取り除いて著名商標を保護しようとする規定である。よって理論的には商品役務が非類似の場合に限って11号後段の規定が適用されるべきではあるが、行政や司法実務において統一した見解は形成されていなかった。

こうした状況の中、2013年司法院知的財産法律座談会において、次のような決議がなされた。「商標法第30条第1項第11号前段と後段の規定は、商品役務の類否関係によって区分するわけではない」。これはつまり、商標法第30条第1項第11号後段の規定は、商品役務が非類似/競争関係を有しない場合に限って適用するわけではなく、商品役務が類似の場合であっても後段の規定を適用することができる、ということを意味する。そして、この決議は現在まで有効なものである。ただ学者からは本決議に対する反対の声も存在し、決議の採択後も11号前段と後段の規定を商品役務の類否関係で区分している判例も存在する(知的財産裁判所2019年行商訴字第24号など)

なお、本件の原告は本件判決を不服とし最高行政裁判所に上告しているが、最高行政裁判所は上告を棄却している(最高行政裁判所2012年裁字第772号)。

 

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