中国 マーカッシュクレームの訂正に関する判例(薬物組成物の製造方法事件)

Vol.24(2015年3月13日)

無効審判において権利者は「同一の請求項において並列している2種以上の技術方案から1種又は1種以上の技術方案を削除すること」(中国専利審査指南第四部分第三章第4.6.2)ができる、と中国専利審査指南で規定されている。しかし、この点についてより具体的な記述がないため、実務においてマーカッシュ形式のクレームの訂正方法をめぐり論争が起きていた。

北京市高級人民裁判所は(2012)高行終字第833号行政判決書においてマーカッシュ形式クレームの性質、特徴について分析し、マーカッシュ形式クレームとは技術法案を並列した集合であるという観点を打ち出し、「全体技術方案論」という誤った認識を正し、権利者によるマーカッシュ形式クレームを削除する訂正を認めた。その詳細を以下に紹介する。

 

【事件経緯】

「万生薬業有限責任公司(以下、万生公司)」は「第一三共株式会社」が有する発明特許「高血圧症の治療又は予防に用いる薬物組成物の製造方法(97126347.7号)」(以下、係争専利)に対し無効審判を請求した。これを受け「第一三共株式会社」はクレームの訂正を行うも、専利復審委員会はクレームの一部削除を認めず、係争専利は進歩性を有しないと認定した。北京市第一中級人民裁判所も専利復審委員会の見解を維持する判決((2011-中知行初字第2403号行政判決書)を下した。しかし、北京市高級人民裁判所は、北京市第一中級人民裁判所及び専利復審委員会の決定を覆し、「第一三共株式会社」によるクレームの削除訂正を認めるという判決を下した(北京市高級人民裁判所(2012)高行終字第833号行政判決書)。

 

【係争専利の訂正内容】

「第一三共株式会社」が請求項1に対して行った訂正の内容は以下の通りである。

  1. 請求項1「又は薬用可能な塩若しくはエステル」から「若しくはエステル」を削除
  2. 請求項1R4定義「1から6個のカーボン原子を有するアルキル基」を削除
  3. 請求項1R5定義の「カルボキシルと式COOR5aR5aは(5-メチル-2-オキソ-1,3-ジオキソラン-4-イル)メチルである)」以外のその他の定義を削除

 

しかし、専利復審委員会は上記(2)及び(3)の訂正を認めなかった。

 

【北京市高級人民裁判所見解

北京市高級人民裁判所の見解は次の通りである。権利化後のマーカッシュ式クレームを全体技術法案とみなし、ある変数の一つの選択項削除を認めないとした場合、権利者が取得した特許権は他人から請求された無効審判請求に対抗することが難しくなる。自らの特許権に属する出願日より前の具体的先行技術が存在するか否かを予期できず、無効になりやすくなってしまい、マーカッシュ形式クレームはその存在意義を失う。よって、審査段階であれ無効審判段階であれ、出願人又は権利者によるある変数の一つの選択項削除を認めるべきである。この削除は技術法案の削除に属するものである、さもなければ専利法実施細則第68条の立法主旨に反することになる。最終的に、北京市高級人民裁判所は北京市第一中級人民裁判所及び専利復審委員会の決定を取消し、専利復審委員会に対し改めて決定を下すよう命じた。

 

【本所分析及び評論】

生物医薬特許分野においては、クレームの記載にマーカッシュ形式を用いることが良く見られる。しかし、権利者がマーカッシュ形式クレームを削除訂正することが認められるか否かについて、中国実務では長らく問題となっていた。過去の実務では専利復審委員会はある事件では削除訂正を認め、別の事件では削除訂正を認めないというように、基準が一致しないため実務界を混乱させることになっていた。本件では、北京市高級人民裁判所はマーカッシュ形式クレームの性質、特徴を通じ分析を行い、「全体技術法案論」という誤った認識を正し、マーカッシュ形式クレームは技術方案を並列した集合であるという観点を確立したうえで、権利者による削除訂正を認めた。本件は北京裁判所が選定する2013年専利商標権行政事件10大事件の1つに選ばれている。さらに北京市高級人民裁判所は本件の影響を受け、後の別の事件においても権利者にマーカッシュ形式クレームの削除訂正を認めるという北京市一中裁判所の見解を維持する見解を示した(北京市高級人民裁判所(2013)高行終字第2046号行政判決書)。これを受け、中国実務では無効審判時にマーカッシュ形式クレームを削除訂正することができるかという点についての見解は徐々に共通認識が固まりつつあり、権利人が無効審判時に防御を行う際に有利となっている。


 

 

登入

登入成功