台湾 拡大先願の判断基準に関する判例(構造改良マンホールカバー事件)

Vol.30(2016年12月21日)

新規性擬制喪失(拡大先願)とは、先願が後願の出願日より前に公開又は公告されていないが、先願の発明と同一の後願の発明は特許を受けることができないという先願主義に基づき、後願は新規性を喪失したものと擬制し、後願は特許権を取得することができないことを指す。新規性擬制喪失と新規性の両者の判断原則における最大の相違点は、新規性擬制喪失の判断原則には新規性判断原則にはない「相違点が通常知識に基づいて直接的に置換できる技術的特徴のみである」という基準が含まれている点である(台湾専利審査基準第二編第三章第2.6.4節)。ここで「直接的に置換」は容易に解釈できない法律概念であり、実務においてもこの「直接的に置換」と進歩性判断における「等効果置換」を混用する事例が時折見られる。「知的財産裁判所1042015)年行専訴字第85号行政判決」は「知的財産裁判所1032014)年民専訴字第68号民事判決」を覆し、「新規性擬制喪失」の認定における「直接的に置換」に関し、厳格な判断基準を採用した。以下にその分析を行う。

 

【事例経緯】

 

「堅正金属公司」(民事訴訟及び行政訴訟の原告)は、2009821日に出願し設定登録された自己のM375090号実用新案「構造改良マンホールカバー」(以下、係争専利)に基づき、「上展金属公司」(民事訴訟の被告及び行政訴訟の参加人)に対し民事侵害訴訟を提起した。「上展金属公司」は民事訴訟において、M369972号実用新案「ほぞ組み式マンホールカバー構造」(証拠2)を引用文献とし係争専利は無効であると主張し、合わせて台湾特許庁へ無効審判を請求した。証拠2は係争専利の先願ではあるが、証拠2の公告日が係争専利の出願日より後であることから、証拠2は「新規性擬制喪失」に係る証拠としてしか用いることができない。

 

知的財産裁判所(民事)では、係争専利が無効であると認定し原告敗訴の判決を下した。後の台湾特許庁においても民事訴訟の結果を受け、無効審判容認審決を下した。「堅正金属公司」は台湾特許庁の審決を不服とし、訴願を提起するも棄却されたため、知的財産裁判所に行政訴訟を提起した。知的財産裁判所において、証拠2では係争専利が新規性擬制喪失により無効であると認定することはできないと判断し、訴願決定及び台湾特許庁による無効審決を取消す処分を下した。最終的に、台湾特許庁は知的財産裁判所の処分に従い、係争専利に対する無効審判の請求棄却審決を下した。

 

本件の攻防のポイントは、証拠2が新規性擬制喪失を証明できるか否かにある。

【係争専利と証拠2の主要技術特徴】

 

  1. 係争専利請求項1の内容

台部及び蓋体を備え、

前記台部は、道路の穴の下に設けられ、マンホ-ルと、2つのフランジが設けられた支持部(図面の黄色部分)と、を有し、

前記蓋体は、連続曲がり部が設けられた2つの挿入部を有し、前記挿入部は前記フランジに対応し、前記蓋体を前記台部の前記支持部上に被せた際に、前記フランジが前記連続曲がり部に沿って前記挿入部にかみ合い嵌合することを特徴とする構造改良マンホ-ルカバー。

 

  1. 証拠2請求項1に係る技術内容

主に台部と蓋板からなるマンホ-ルカバー構造であって、

前記台部は中央に開口部が形成され、前記開口部の周縁にリンクエッジが突き出て設けられ(図面の赤色部分)、リンクエッジの内側の壁に係合孔が設けられ、その係合孔には突出する係合部が取り付けられ、さらに、リンクエッジの内径に階面が設けられ(図面の黄色部分)、階面と台部の深さは蓋板の厚さにほぼ等しい。

前記蓋板は、盤体として、盤体の周縁に嵌合溝が設けられ、蓋板上に貫通する摘み穴が設けられる。これにより、台部の内側の壁に設けられた係合部件と蓋板の周縁に設けられた嵌合溝により、嵌合することができ、回転固定することができることを特徴とするほぞ組み式マンホ-ル蓋係合構造。

 

係争専利

証拠2

 

 

 

本件の争点は、係争専利の「2つのフランジが設けられた支持部」と、証拠2の「リンクエッジの内側の壁に係合孔が設けられ、その係合孔には突出する係合部が取り付けられ」、この両者が直接的に置換可能な技術特徴に属するか否かである。

 

 

【裁判所見解】

項番

係争専利請求項1

技術特徴

証拠2技術内容

証拠2が係争専利請求項1の技術特徴を開示しているか否か

民事

行政

1A

構造改良マンホ-ルカバー

ほぞ組み式マンホールカバー構造

1B

前記台部は、道路の穴の下に設けられ、マンホ-ルと、2つのフランジが設けられた支持部と、を有し

前記台部は、環形状として、中央に開口部が形成され、前記開口部の周縁にリンクエッジが突き出て設けられ、リンクエッジの内側の壁に係合孔が設けられ、その係合孔に突出する係合部が取り付けられ、さらに、リンクエッジの内径に階面が設けられ

×

1C

前記蓋体は、連続曲がり部が設けられた2つの挿入部を有し、前記挿入部は前記フランジに対応し

前記蓋板は、盤体として、盤体の周縁に嵌合溝が設けられ

1D

前記蓋体を前記台部の前記支持部上に被せた際に、前記フランジが前記連続曲がり部に沿って前記挿入部にかみ合い嵌合する

組み合わせ時に、蓋板の嵌合溝と台部の係合部が合わさり嵌めこまれる

 

 

【知的財産裁判所(民事)見解】

 

証拠2の台部、開口部、リンクエッジ、階面、係合孔、係合部等部品は、係争専利の台部、マンホール、支持部、フランジ等部品に相当する。よって証拠2における、リンクエッジの内側の壁に係合孔・係合部を設ける技術も、係争専利の支持部はフランジを有するという技術特徴に相当する。従って、証拠2は係争専利の「2つのフランジが設けられた支持部」という技術内容を開示している。

 

【知的財産裁判所(行政)見解】

 

民事とは相反する次のような見解を示した。係争専利のフランジは機能面では証拠2の係合孔・係合部に対応し、係争専利の支持部は証拠2のリンクエッジではなく、階面に対応する。ただし、係争専利のフランジは、第一接触部ではなく支持部に設けられるのに対し、証拠2の係合孔・係合部はリンクエッジの内側の壁に設けられる。よって、係争専利と証拠2の両者において、フランジと係合孔・係合部の設置位置は同一ではなく、対応する構造も異なり、直接的に置換可能な技術特徴ではない。従って、証拠2は係争専利請求項1の「2つのフランジが設けられた支持部」という技術特徴を開示していない。

 

【本所分析及び戦略提案】

 

台湾の裁判所では実務上これまで新規性擬制喪失について「通常知識を有する者にとって、係争専利全体に対し異なる効果(明細書記載のもの)が生じないのであれば、直接的に置換できる技術に属する」という判断基準を示していた(「知的財産裁判所99年行専訴字第43号行政判決」及び「最高行政裁判所100年度判字第1490号判決」、以前の「WisdomニュースVol.25」参照)。

 

本件では、証拠2は確かに係争専利と同一の効果を有し、両者の相違点は設けられた位置が異なるのみであるため、「知的財産裁判所99年行専訴字第43号行政判決」及び「最高行政裁判所100年度判字第1490号判決」の見解に従うのであれば、両者は「直接的に置換」できる技術に属し、係争専利は新規性擬制喪失したことが証明できる。

 

知的財産裁判所(行政)では、これと反対の見解を示した(知的財産裁判所1042015)年行専訴字第85号行政判決)。この判決から、近年裁判所は新規性擬制喪失の判断において厳格に解釈する傾向、即ち「等効果置換」と「直接的に置換」の判断基準がは異なる、が見られる。従って、無効審判請求人及び権利者は新規性擬制喪失による攻防においては、今回の実務見解変更に特に留意し、戦略の調整を図らなければならない。


 

 

キーワード:特許 ;新規性、進歩性 ;判決紹介 台湾 機械 
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