有名ブランド企業は如何にして「先取り登録防止」規定を利用し、登録前に商標を保護するのか(ダニエル・ウェリントン v 王世昌事件)

Vol.136(2023年12月5日)

様々な情報を瞬時に入手できる便利な時代となった現在、ブランドが長年築き上げてきた商業的価値に便乗して、模倣しようとするものがいる。このような悪徳業者は、現地の知的財産権に関する法律に精通しており、真の商標権者が出願する前に商標を先取りしてしまう。たとえ大手グローバル企業であっても、このような商標の先取りを完全に防ぐことはできない。台湾を例に挙げると、ブランドの権利者は異議申立や無効審判を提起し、先取りされた登録商標の取消や無効化を図ることができるが、台湾特許庁や裁判所に取消事由や無効事由があると認定されるには、商標を使用した証拠を完全な形で記録しておく必要がある。そして、自分こそが真の商標権者であることを証明するために、各審理における重要な考慮要素が上記記録を通じて明確に示されることも重要である。

本編では、知的財産及び商事裁判所111年度行商訴字第43号行政判決を例に取り、国際的なブランドが如何にして厳密的な因果関係かつ豊富な資料から立証することにより、台湾の裁判所に登録商標が先取りされたものであることを認定させ、悪意のある先取り商標権者の企みを頓挫させることに成功したかを解説していく。

事件の概要

スウェーデンの有名な腕時計ブランドである「ダニエルウェリントン(Daniel Wellington)」は、その腕時計「DW」が世界的に有名である。ダニエルウェリントン社(Daniel Wellington AB、以下「DW社」)は、2014年から台湾において当該商標を積極的に使用しており、新聞や雑誌に当該商標を含む広告を頻繁に掲載し、同年には「DANIEL WELLINGTON」商標を登録している(登録第01661572号、以下「引用商標1」)。

台湾人の王世昌(以下、「原告/上訴人」)は、2019年7月に第14類の腕時計等を指定商品とする「DW」商標(以下、「本件商標」と表記)の先取り出願を行い、同年12月に登録された。DW社が本件商標の出願を発見した後、2019年10月に「 」及び「DW」商標の出願を直ちに行い、また翌年3月には本件商標に対して、異議申立を行った。その後、台湾特許庁の審理を経て、2021年11月に本件商標の登録を取り消す決定がなされた。

原告はこの処分を不服として、経済部訴願審議会に対して、訴願を提起するも訴願棄却決定が下され、その後知的財産及び商事裁判所(以下、「知財裁判所」)に行政訴訟を提起した。しかし、知財裁判所も台湾特許庁の見解を支持し、2023年2月に111年度行商訴字第43号行政判決をもって原告敗訴の判決を下した。これを受けて、原告は最高行政裁判所へ上訴した。最終的に、2023年7月に当該上訴は棄却され1、原判決を維持する判決が下された。

本件商標

引用商標1

引用商標2

(登録第02029048号)

 

 

 

(登録第01661572号)

14

腕時計、懐中時計、ブレスレット型時計、時計バンド、時計の文字盤、デジタル時計、等……

9

サングラス、眼鏡ケース等……

14

時計バンド、時計の機器、時計の指針、腕時計、腕時計バンド、革製の時計バンド、時計の文字盤(時計、小型時計製造用)等……

35

宝飾品関連の小売り役務、時計及び時間測定機器の小売り、進出口代理等……

引用商標3

 

本件商標の実際の使用態様

引用商標の実際の使用態様

2

3

4

5

知財裁判所(第一審)の見解

1. 引用商標の台湾及び外国における先使用の事実がある

(1) DW社は、本件商標の出願日である2019年7月24日以前に、引用商標をアメリカで登録している。また、引用商標1は2014年8月16日に台湾で登録されている。

(2) DW社が提出した使用証拠には、「Marie Claire(マリ・クレール)で2014年~2016年にかけて継続的に報道していた、引用商標のブランドの台湾進出や旗艦店開店などの情報」及び「2017年にELLE(エル)のウエブサイトに掲載・宣伝した、同年の引用商標のブランドに係る販売促進イベントの情報」が含まれていた。これらより、DW社が引用商標を商品に関連する商業的な文章又は広告に使用していたと認定することができ、引用商標が本件商標の出願日前に腕時計の商品に先使用された事実があると認められる。

2. 本件商標と引用商標は非常に類似しており、且つ、指定商品が同一又は類似している

(1) 原告は「引用商標2、3は鏡文字の『 』が商標の主要部分にあり、『DW』とは類似していない。」と主張した。しかし、上記引用商標の使用証拠で示されるように、宣伝及び独占インタビューの報道等の文章では、「DW」を用いて引用商標のブランドが示されており、関連消費者はアルファベット「D」の発音で引用商標2、3の「 」を称呼していることから、引用商標2、3の外観、観念も本件商標に類似していることが分かる。

(2) 本件商標は、引用商標1「DANIEL WELLINGTON」の略称であり、外観はあまり類似していないが、観念や呼称は類似している。これらから、本件商標と引用商標は類似している。

(3) この他、本件商標は第14類の「腕時計、懐中時計、ブレスレット型時計、時計バンド、時計の文字盤、デジタル時計」等を指定商品としており、これらは引用商標が先使用された腕時計等の商品と同一又は高度に類似している。そのため、本件商標は3件の引用商標と指定商品で類似している。

3. 原告は引用商標の存在を知っており、本件商標の登録出願には模倣しようとする意図がある

(1) DW社が提出した台湾の使用証拠には、販売店の一覧表、2015年~2019年の販売額の一覧表が含まれ、販売業者は全国各地(原告が住んでいる都市を含む)に点在しており、相当な販売規模と販売量を有していることがわかる。

(2) また、DW社が提出した「腕時計卸売業者」という資料が示すように、原告は1990年から現在まで時計の代行販売業を続けている。台湾の時計市場で正式に販売されるようになった引用商標の腕時計商品に対して、他者と比べて関心を持っていたり、又は熟知していたはずであり、同業者との関係及び関連する発売情報から引用商標の存在を知ることは困難ではない。

(3) 原告は本件商標以外に「Daniel Wang」商標及び「DW Daniel Wang」商標も出願している。これら計3件の出願の順番は、DW社がアメリカで類似する商標を出願した順番と完全に一致しており、いずれも引用商標の登録後に出願が行われている。そのため、原告が本件商標の出願時に引用商標の存在を知らなかったとは言い難い。

原告が出願した順番

DW社が出願した順番

1

(台湾での出願日:2015/12/22)

(米国での登録日:2013/8/20)

2

(台湾での出願日:2019/7/24)

(米国での登録日:2018/8/7)

3

(台湾での出願日:2017/3/16)

(米国での登録日:2016/5/3)

(4) この他に、DW社が提出した商品対照表によれば、原告も以前に引用商標と類似または同一の「 」及び「Dream Wellington」の文字商標を付したものを販売しており、また、その包装箱、タグ及びアクセサリー等もDW社が採用している外観デザインと極めて類似していた。このことから、原告は自身が出願した本件商標を使用せずに、故意に腕時計の商品に引用商標と類似する「DW Dream Wellington」を付していることから、引用商標の存在を知っていたと推定でき、模倣の意図があったことが分かる。

以上より、知財裁判所は「原告は、同一又は類似の商品において先使用されている引用商標の存在を知っており、模倣する意図に基づいて本件商標を出願しているため、台湾特許庁が下した処分は妥当である」と認定し、原告敗訴の判決を下した。

最高行政裁判所(第二審)の見解

1. 商標法第30条第1項第12号が適用される状況について

(1) 本号の規定は、台湾において未登録で、台湾以外の場所において先使用されている商標を保護するものであり、登録主義及び属地主義の例外規定である。更に言えば、先使用の商標が台湾で既に台湾で登録されている場合(つまり、先取り出願に遭っていない場合)、本号規定は適用されない。

(2) さらに、引用商標1は本件商標の出願日前に台湾で登録されているため、本号規定は適用されない。しかし、原審では引用商標1に基づき、本件商標が本号規定に違反していると認定された。当該認定は妥当性に欠けるが、原審の判決で示された結論には影響しない。

2. 引用商標2、3に基づき、本件商標が上記規定に違反していると認定した原判決に誤りはない

(1) 本件商標の出願前、引用商標2、3はすでにアメリカで登録されていたが、台湾では登録されていなかった。また、DW社が提出した証拠資料に基づくと、本件商標の出願日前に、引用商標2、3を腕時計の商品に先使用していたことを十分に証明できる。

(2) 原判決では、どのようにして上訴人が業務経営又はその他の関係により参加人(DW社)が先使用していた引用商標2、3の存在を知ったのか、また本件商標登録の出願には模倣しようとする意図があり、当該出願にあたり参加人(DW社)の同意を得ていなかった等の事情が詳細に説明・証明されている。

(3) 原判決では、本件商標及び引用商標2、3を比較し、いずれも消費者に与える視覚的印象に「DW」が含まれていると指摘されている。上訴人は、鏡文字のアルファベット「 」を使用する引用商標2、3と本件「DW」商標は類似していないと主張したが、原審において、DW社が提出した証拠資料を挙げ、関連消費者が引用商標2、3を見た時、アルファベット「D」の発音で読むことが証明されているため、引用商標と本件商標の読みは完全に同一である。2つの商標を比較すると、外観・観念が互いに似ているため、類似する商標と見なすことができるはずである。

以上より、最高行政裁判所は原判決は法に違反していないとし、上訴人が主張する原判決は違法であり、破棄されるべきであるという旨の請求を棄却した。

弊所コメント

商品やブランドの宣伝、普及をより効果的にするために、多くの企業ではブランドの名称が決まってすぐの段階、又は特定商品の量産・販売を行う準備の段階において、新たなブランドや商品が市場に参入した時にその人気や購買意欲を十分に高められるよう、ソーシャルメディア又は新聞・雑誌を通して発表を行う。しかしながら、現在のインターネットの発達及びソーシャルメディアの活躍により、関連する宣伝広告が消費者に閲覧されると同時に、悪徳業者にも知られてしまう可能性があり、さらに彼らは現地の市場及び知的財産法を熟知している点を利用し先行的に販売を行ったり、ひいては、そのブランドの商標を先取り登録してしまうケースもある。このような先取り登録に対応するために、台湾市場への参入に関心のある海外ブランド企業に対して、以下のようなアドバイスを提案する。

1. 早期段階から意識的に使用証拠をできるだけ多く保存しておく

本件において、先取り登録の事実の主張に成功した大きな要因は、DW社が十分且つ有効な使用証拠を提出したことにある。台湾における新聞雑誌での報道、店頭での販売、販売額、又は時計・腕時計の卸売業者の資料、原告の使用状況、及びアメリカにおける登録商標の情報等は、いずれも十分にDW社が引用諸商標を先に使用していた事実、及び原告が引用諸商標の存在を知りながら模倣しようとする意図を持っていたことを十分に証明することができるものであった。本件から分かるように、相当量の使用証拠を準備してやっと、台湾特許庁ないしは裁判所で主張が認められる可能性が高まる。したがって、相当量の使用証拠を蓄積するために、できるだけ早期から台湾での使用証拠(例えば、紙媒体及び電子媒体を介した宣伝、有名人を広告塔として起用したことについての記録、ポップアップストアを開いた記録、協力店舗及び年間販売額等)の収集を開始することを推奨する。

2. 「先使用」証拠の認定について

注意すべき点として、台湾商標法第30条第1項第12号における「先使用」とは、その証拠が台湾で発生したものに限られず、台湾以外での使用証拠も含まれる点である。しかし、相手が商標に接触して模倣したということを効果的に証明するためには、やはりできる限り台湾での使用証拠、又は先取り商標権者が特定の関係を有し、当該先使用商標を知り得たことを証明できる証拠を収集すること推奨する。

3. 先取り商標権者が引用商標の存在を確かに知っていたことを証明する証拠について

前述の通り、台湾商標法の規定によれば、他人の商標を知る原因には、例えば、契約、地理的関係、業務上の取引等、条文上で例示されている事由が含まれるが、法律で明らかに定められていない「その他の関係」を挙げることもできる。実務上よく見られる例としては、双方に業務上の取引はないが、どちらも台湾での経営において、競争関係にあったり又はその他の関連のある業界に属していたりする場合である。注意すべき点としては、単に使用頻度や範囲が限定的な使用証拠を提出する場合や、双方が近隣地域で経営を行う競合他社であることを証明するだけの場合、裁判所は「関連する事実が必ずしも相手に知られているとは限らない」と認定6する可能性がある。

4. 継続的な商標ウオッチングの実施

台湾商標法によれば、登録商標の先取りに対して異議申立ができる期間は登録公告日から3か月のみであり、無効審判が請求できる期間も通常は登録公告日から5年以内である。

さらに、台湾商標法において、先取り登録を防ぐ規定(即ち、商標法第30条第1項12号)が定められているが、当該規定は権利者が商標登録する前の最終手段としてしか利用できない。実際には、権利者が既に商標登録を済ませている場合であっても、類似商標の出願の動向を把握し、早期からできるだけ多くの使用証拠を確保するために、継続的な商標ウオッチングを実施することを推奨する。

この他に、本件における最高行政裁判所の説明にあるように、商標法の先取り登録を防止する規定は、登録主義及び属地主義の例外であるため、最も根本的な解決方法はやはりできる限り早めに商標登録出願を行い、実際に使用されている商標及び使用される可能性のある商標が商標権による保護で完全にカバーされるようにすることである。これによりはじめて、苦労して築き上げたブランドをより完全に保護することが可能となる。

キーワード:台湾 商標 商標類否 判決紹介

 

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