台湾知的財産裁判所の判決から「暗示的商標」と「記述的標識」の判断の重要点を分析(「a2」ミルク商標事件)

Vol.127(2023年5月9日)

台湾特許庁が公布する「商標識別力審査基準」において、識別力を有する又は識別力を有しない類型についてそれぞれ明確に定められている。特に、識別力を有する「暗示的商標」と、識別力を有しない「記述的標識」の2つを区別することは極めて難しい。商標の図や文字の「暗示」が過度に明確で直接的である場合、記述的標識であると認定される可能性が高いため、「暗示的商標」か「記述的標識」かの判断は重要な意義を有する。前述の審査基準において、「消費者が想像力を働かせる程度」、「辞書の定義」、「インターネットにおける使用状況」及び「同業者の使用状況」という個別事例の判断時に参酌できる4つの要素が挙げられている。しかし、インターネットが急速に発展し、情報がすぐに伝達される今、インターネットの利用状況が識別力の判断に影響を与える可能性があるかどうかは疑問がないわけではない。

これに対し、台湾知的財産及び商事裁判所は、近年判決を下した2件の事例(智慧財産及商業法院111年度行商訴字第32號行政判決、智慧財産及商業法院111年度行商訴字第52號行政判決)において、台湾特許庁及び経済部訴願審議委員会の決定を全面的に覆し、「台湾社会の大衆の立場」によって判断を行うべきであると明確に示した。また、本件の見解や判断では引用する証拠の重要性も示しているため、注意する必要がある。

事件の概要

ニュージーランドの有名な乳製品メーカー「a2牛奶公司(The a2 Milk Company Limited,以下「a2社」又は「原告」)」は、特別に選別された牛から牛乳を生産し、母乳のカゼインと似た構造の「A2-βカゼイン」のみを生成し人体に吸収されやすい独自の特許技術を有するA2ミルクを製造する。a2社は、2017年~2018年の間に台湾特許庁に「a2」及び「ATWO」の商標(以下「本件商標」)2件を出願し、2019年4月と6月に登録を得た。しかし、台湾の乳製品メーカー「慕渴股份有限公司(PURE MILK CO., LTD.)」及び国際的な乳製品メーカー「雀巢製品股份有限公司(Nestlé S.A.)」は同年、本件商標それぞれに対し異議申立てを行った。台湾特許庁は審理の後、「a2」商標については「乳製品」に関連する多数の指定商品・役務における登録を取り消し、「ATWO」商標については全ての指定商品役務における登録を取り消す審決を下した。

決定を受け、a2社は経済部訴願審議委員会に訴願を提起したが、審決維持の決定が下された。a2社はこれを不服とし、知的財産裁判及び商事裁判所(以下「知的財産裁判所」)に行政訴訟を提起した。2022年11月及び12月に下された判決において、裁判所は台湾特許庁及び経済部の見解を覆し、台湾特許庁による審決及び訴願決定を取り消す判決を下した。

  本件商標1 本件商標2
商標
登録番号 01991254 01983232
区分/指定商品・役務 第5類
乳児用粉ミルク等
第29類
動物のミルクを主原料とする乳飲料等
第32類
乳清飲料等
第35類
乳児用粉ミルク、粉ミルクの小売サービス等
第41、43類
(略)
第5類
乳児用粉ミルク等
第29類
動物のミルクを主原料とする乳飲料等

台湾特許庁の見解

1. 本件商標1「a2」商標は識別力を有しない

(1)「a2」は既存の英単語ではないが、異議申立人(PURE MILK CO., LTD.)が提出したインターネット辞書の検索ページ、インターネットニュースの報道、刊行物等の様々な証拠によれば、いずれも「A2ミルク」製品について言及しているため、「a2」の文字は牛乳に関連する商品及び役務について説明する文字であると認定できる。

(2)また、異議申立人が提出した海外の乳製品に関する資料から、「A2 Milk」が牛乳製品の成分の説明として用いられていることが分かった。よって、本件商標1は牛乳に関連する商品及び役務を説明する性質を有する。

2. 本件商標2「ATWO」は識別力を有しない

(1)異議申立人(Nestlé S.A.)が提出した台湾の有名な牛乳メーカーが発行した刊行物によれば、「A2」が牛乳製品において使用された場合、それは牛乳には「A1」とは異なるβ-カゼインが存在することを表すため、関連消費者は、「A2」を牛乳製品に含まれる特別なタイプの蛋白質の意味であるとみなすことが証明できる。

(2)「ATWO」は既存の英単語ではないが、台湾の一般消費者の知識水準に基づくと、「A」と「TWO」を合わせたものと理解できる。よって、その称呼や観念はいずれも「A2」と同一である。「ATWO」を商標とした場合、関連製品に「A2」タイプの蛋白質が含まれていると消費者に認識させるため、本件商標2は識別力を有さず、登録は取り消されるべきである。

3. 本件商標は使用による識別力を有しない

a2社は世界における実店舗数や売上高などの証拠を提出したが、使用による識別力を獲得したと認めるには不十分である。

知的財産裁判所の見解

1. 111年度行商訴字第32號(本件商標1「a2」)

(1)識別力を有するかどうかの判断基準は、台湾社会の一般消費者の立場に基づくべきである

  • 識別力は、商品又は役務の関連消費者に、商品又は役務の出所を認識させることを意味するが、その「関連消費者」とはすなわち台湾の消費者である。

  • 原審決において参酌された一部の証拠資料について、その内容は台湾国内のA2ミルクに関する資料ではなく、簡体字中国語又は外国語のものであるため、本件商標1が識別力を有しない証拠とすることはできない。

  • 外国の研究文書又は他国で生産された乳製品に関する資料を含む他の証拠資料について、社会の大衆が研究的な内容の資料に触れる機会は少なく、あえて他国の乳製品を調べることもあまりないため、台湾の関連消費者がこれらの資料にアクセスできると認定できない。

(2)本件商標1は識別力を有する「暗示的商標」である

  • 証拠資料によれば、業界では「A2-βカゼインを含有する牛乳」について、「A2β-カゼイン」、「100%A2」、「ORGANIC A2 MILK」のように様々な表示方法があることから、本件商標1は同業者がこの種類の牛乳製品を説明するためによく用いる又は必須の標識ではないことが分かる。

  • また、原審の審決に至った証拠は、台湾の小児科医師が「A2ミルク」を紹介する文章であるが、その内容から、当該医師はその文章を執筆するまでA2ミルクとは何かを知らなかったことは明白である。よって、台湾の消費者が「a2」の文字は「A2ミルク」を意味すると十分に認識していると証明できないことは明らかである。

  • 以上から、本件商標1「a2」は既存の言葉又は事物の引用ではなく、消費者が解読する際に「牛乳の一種」であると一般的に理解できるとは限らない。また、「a2」と「A2-βカゼイン」に使用されている文字は完全に同一ではなく、消費者はある程度の想像や推理を働かせ、「a2」とその指定商品及び役務を結び付けることで、はじめて本件商標1は「A2-βカゼインを含有する牛乳」を意味すると理解できるため、本件商標1は暗示的商標であることが分かる。

2. 111年度行商訴字第52號(本件商標2「ATWO」)

(1)商標が「直接的な説明」か「暗示的」かの判断は、辞書の定義、消費者が文字の意味を解読するために必要な想像力、同業者による使用の必要性等を参酌するべきである

(2)本件商標2は識別力を有する「暗示的商標」である

  • 原審の審決に至った証拠資料には、台湾の有名な牛乳メーカーの「A2ミルク」に関する論文及び台湾国内の消費者が執筆した「A2ミルク」の文章が含まれるが、前者の性質は関連消費者が容易に入手できない専門的な研究論文であり、且つ当該論文では「A2-βカゼイン」の別称として「ATWO」文字を用いていない。また後者は、文章内容において、当該消費者は本件商標2が登録される前において「A2ミルク」が表す意味を理解しておらず、「A2-βカゼイン」の成分についてもわかっていないことが示されている。

  • また、その他の証拠資料として、他国で「A2粉ミルク製品」の別称として「ATWO」文字が使用されていることを示す文書やニュースが提出されたが、これらは全て外国のマーケティング資料であり、台湾の関連消費者が容易に入手可能で熟知している情報ではないため、証拠として認められない。

  • 以上から、本件商標2は「A」、「T」、「W」、「O」の4つの英文字で構成されたあまり見られない外国語であり、対応する中国語もない。仮に台湾の消費者が「A」と「TWO」の2つの単語と解釈する可能性はあるが、牛乳のカゼインの成分について熟知していないという状況では、何段階もの推理(つまり「ATWO」⇒「A2」⇒「A2-βカゼイン(A2-β-casein)」⇒「純A2型β-カゼインミルク」⇒「A2ミルク」)を重ねて、はじめて本件商標と指定商品の粉ミルク等商品との関連性を理解し把握できるため、本件商標2は「暗示的商標」である。

弊所コメント

本文で紹介した知的財産裁判所の2つの判決について、その要点はいずれも、識別力及び記述性の判断基準は「台湾社会の大衆の観点」に基づくべきと詳細に説明した点にあり、各証拠に対する両判決の見解は、証拠選択の重要性も表している。

まず、識別力の判断は台湾社会の大衆の観点に基づくべきであるため、裁判所は、台湾の消費者が熟知していることを証明できない外国の証拠資料をいずれも証拠として認めなかった。また、台湾国内のメディアが外国における使用状況等を報道した証拠であっても、これは外国のマーケティング資料であるため、証拠として認められなかった。

また、本件の両異議申立人は、台湾国内の関連業者又は消費者が作成した文章も証拠として提出したが、それらの文章内容は、執筆者が本件商標と「A2-βカゼイン」乳製品との関連性を熟知していなかったことを示していたことから、本件商標の登録前において、台湾の関連業者又は消費者が「a2」及び「ATWO」と「A2-βカゼイン」という牛乳成分との関連性を認識することはできない、と裁判所に認定される要因となった。従って、商標の識別力及び記述性に関する争議の際には、台湾国内の証拠資料を重視する以外に、その内容が適切であるかどうかも慎重に検討する必要がある。

一方、企業は、消費者の記憶に残すため又はマーケティングやプロモーションの強化のために、最新技術や新成分に関連する文字をよく商標とするが、新技術や新成分を用いた製品は広く宣伝・販売されていないため、消費者はこうした新技術や新成分に関連する文字や略称をまだ熟知しておらず、当該名称は識別力を有し商標登録を受けられる可能性が高い。

但し、標識が指定商品又は役務の説明であるかどうかは、社会環境の変遷、消費者の認知の変化、及び市場における実際の使用状況等の時代背景により異なるものとなる。企業やブランド所有者が新技術や新原料に関連する文字をブランド名として使用した際は当該ブランド名が識別力を有していたとしても、そのブランド製品が広く販売された又は同業他社もこれら新技術や新原料に関連する文字を使用して広く宣伝を始めた時には、当該文字は記述的文字、ひいては普通名称となっている恐れがある。従って、企業やブランド所有者はブランドのネーミングを行う際に、自己の権益を最大限に保護するためにも積極的に商標戦略を行う必要がある。

キーワード:台湾 商標 識別力  商標類否 判決紹介

 

登入

登入成功