台湾 進歩性判断における複数の引用文献を組み合わせる動機に関する判例(基板処理装置事件)

Vol.77(2020年11月3日)

台湾での進歩性判断において、「複数の引用文献を組み合わせる動機がある」という点は、「進歩性が否定される方向に働く要素」の中で最も頻繁に使用される要素と言える。複数の引用文献を組み合わせる動機に関し審査基準においては、技術分野の関連性、解決しようとする課題の共通性、機能又は作用の共通性、示唆又は教示という4つの事項を総合的に考量する、と規定されている。しかし、複数の引用文献を組み合わせる動機の判断については、その基準が統一されておらず審査官や裁判官の裁量によるところが大きい、特に理由や証拠も上げず恣意的に認定する、といった問題が従来から指摘されている。

今回紹介する事件においても、「複数の引用文献を組み合わせる動機」について裁判所はその基準をかなり緩やかに設定し、出願に係る発明は進歩性を有しないと判断した1

事件の概要

Xは発明の名称を「基板処理装置」とする特許第I394223号(本件特許)の特許権者である。Yは本件特許に対して進歩性不備を理由として無効審判を請求したところ、台湾特許庁は請求項2から11、13から14、16から20に係る発明は進歩性を有すると認定し、請求棄却審決を下した。本件はこの請求棄却審決の取消訴訟である。最終的に知的財産裁判所は審決を取消し、台湾特許庁に対し請求認容審決(無効審決)を下すよう命じる判決を下した。

以下では本件特許の請求項2に係る発明(本件発明)の進歩性判断に焦点を当て紹介する。

本件発明及び引用発明の内容

本件発明の内容

本件発明の課題及び目的は以下のとおりである。

「従来の装置では、基板に行う処理の工程を基板ごとに変更して、2以上の異なる工程の処理を並行して進めることは困難である。工程が異なれば、基板の搬送経路も変わるため、少なくとも主搬送機構の動作は工程の種類ごとに変わり、基板を効率よく搬送することができない。」「基板に行う処理の工程を基板ごとに変更して、2以上の異なる工程の処理を並行して進めることができる基板処理装置を提供することを目的とする。」と明細書に記載されている。

そして本件発明(請求項2に記載の内容)は以下のとおりである。

「基板に処理を行う基板処理装置において、

基板を略水平方向に搬送しつつ基板に複数種類の処理を行うことが可能な基板処理列を複数有するとともに(発明特定事項1)

基板に行う処理の工程を基板処理列ごとに変更する制御部を備え(発明特定事項2)

前記複数の基板処理列は上下方向に並べて設けられており(発明特定事項3)

前記基板処理列はそれぞれ、複数の処理ユニットと、これらの処理ユニットに対して基板を搬送する主搬送機構とを備え(発明特定事項4)

前記制御部は、一部の基板処理列について通常運転時における工程で基板に処理を行わせつつ、他の基板処理列については、基板に行う処理の工程を変更することで基板に行う処理の品質を試験、検査又は検証させるための試運転時における工程で処理ユニットに処理を行わせ(発明特定事項5)

前記複数の処理ユニットの種類は基板処理列間で同一である(発明特定事項6)ことを特徴とする基板処理装置。」

本件図1、図2(実施例に係る基板処理装置の概略構成を示す模式図)を以下に示す。

引用文献4(引用発明4)の内容

引用文献4は日本特開2004-87675「基板処理装置」であり、当該装置は処理ライン13を複数個備えること、基板を水平XY方向へ搬送すると同時に基板に対しBARC、SC、SD、HP、CP等處理を行うこと、搬送機構17、20及び22を備えること、2個の処理ライン13は同一の複数の処理ユニットを備え、当該複数の処理ユニットの種類(BARC、SC、SD、HP、CP等)は2個の処理ライン13において同一であること、が示されている。また明細書において、「2系統の処理ライン13で同一の基板処理を並列に行っているが、一方の処理ライン13で基板Wに対して第1の処理を行い、他方の処理ライン13で基板Wに対して第1の処理とは異なる第2の処理を行うようにしてもよい。」と記載されている。

引用文献5(引用発明5)の内容

引用文献5は日本特開2004-241319「成膜装置」であり、明細書において「一方の処理室と他方の処理室とで異なる条件での成膜を並行して実施でき、新規プロセスの条件出し等を、生産を止めずに機動的かつ効率良く行うことが可能となる」と開示されている(条件出し)。また「基板の搬送路から分岐して複数の処理室が設けられていることから、一方の処理室へ基板を搬送して処理している間、他方の処理室に関わるメンテナンスや条件変更を行うことができ、」とも開示されている。

引用文献6(引用発明6)の内容

引用文献6は日本特開平06-005689「半導体基板処理システム」であり、明細書において「各処理装置43~46の処理条件を決定するために、1枚ずつ或いは2~3枚ずつの半導体ウェーハを、処理条件を変えながら試験的に処理することが、通常行われている(以下、この処理を「条件出し」と記す)」と開示されている。また、「操作部20で、処理を行う半導体ウェーハの枚数、使用する処理装置の種類とその順序を入力し、さらに各処理装置の各処理についての処理条件を入力することにより、一回の入力作業で複数回の処理工程についての設定入力を行うことができ、さらに、これらの処理工程を連続的に行うことができる」とも開示されている。

引用文献7(引用発明7)の内容

引用文献7は日本特開2005-101078号「基板処理装置」である。明細書において「基板に所定の処理を行う基板処理装置においては、実稼動に先立ってその動作を確認するための試験的な運転(動作テスト)が行われる。例えば下記特許文献1では、基板処理装置に設定する基板の処理条件を修正する目的で、動作テストとして基板に対し実際にフォトレジストを塗布形成し、露光処理および現像処理を行う。」と開示されている。

台湾特許庁の見解

台湾特許庁は、次のように述べ本件発明は進歩性を有すると認定した。

「引用文献5における『制御装置からの指示に基づき』という記載は、基板をそれぞれ処理室12a、12bのいずれかの目的地へ送り出すことを意味するのであって、基板を処理する工程を変更する指示を行うものではない。つまり引用発明5の制御装置が行う動作は、本件発明のそれとは異なる。よって引用発明5における制御装置を引用発明4の基板処理列の動作に組み合わせることは困難である。また、引用発明6における半導体基板処理システム10は本件発明のように複数の処理列を有するものではなく、単一の生産ラインしか含まれない。単一生産ラインにおいても試運転を行うことはできると言えるが、引用発明6における制御部は本件発明の発明特定事項5の内容を開示していない。したがって、引用文献4から6の組み合わせは、本件発明が進歩性を有しないことは証明できない。」

「引用発明7においては生産前の試運転が開示されているに過ぎず、また本件発明における制御部、各基板処理列に基づき基盤を処理する工程を変更すること、及び一部の基板処理列について通常運転時における工程で基板に処理を行わせつつ、他の基板処理列については、基板に行う処理の工程を変更することで基板に行う処理の品質を試験、検査又は検証させるための試運転時における工程で処理ユニットに処理を行わせる、という発明特定事項5については全く開示されていない。」

「引用発明5の内容と引用発明4の装置は相容れないものであり、引用文献6及び引用文献7のいずれも本件発明の発明特定事項5について開示していないことから、引用文献4から7の組み合わせは本件発明の進歩性を否定するに足らない。

知的財産裁判所の見解

知的財産裁判所はまず本件発明における「試運転」という語の解釈について判断を示した上で、当業者であれば引用発明同士を組み合わせる動機を有すると認定し、台湾特許庁とは異なる見解を示した。

「試運転」という語の解釈について

参加人(特許権者)は外部証拠を挙げて本件発明における試運転と通常運転では採られる工程が異なると主張する。しかし、特許請求の範囲を解釈する際には、明細書及び図面を参酌することができると専利法第58条第4項に規定されている。ここで、特許請求の範囲に記載された用語の解釈においては、明細書中に特定の定義がされている場合を除き、当業者の一般的な習慣に基づいた意義を当該用語の意義としなければならない。また内部証拠(特許請求の範囲、明細書、図面及び審査経過)を優先的に適用することとし、内部証拠ではその意義が明らかにできない場合に限って、外部証拠を参酌して解釈することができる。

本件請求項に記載の「試運転」という語に関し、本件明細書の内容から本件発明における各工程では試運転又は基板処理という異なる目的により、それぞれ試運転工程又は通常運転工程へと分けて認定されることがわかる。つまり本件発明における「基板に行う処理の品質を試験、検査又は検証させる」とは、試運転の工程ではなく試運転の目的であり、本件発明の試運転とは、処理ユニットが基板に対して行う処理の品質を試験、検査又は検証することを目的とした運転のことを指すと認められる。そして処理ユニットが基板に対して行う処理の品質を試験、検査又は検証することとは、処理ユニットの動作が正常か否かを試験、検査又は検証することに相当する。つまり、本件発明における「試運転」という語の意義は、明細書及び特許請求の範囲の内部証拠により明らかにできることから、外部証拠を参酌する必要はない。

本件発明と引用発明4との比較

引用文献4で開示された内容から、引用発明4では基板処理装置、複数個の基板処理列、複数個の処理ユニット、主搬送機構及び複数個の処理ユニットの種類は基板処理列の間で同一という特徴を有する。また、「一方の処理ライン13で基板Wに対して第1の処理を行い、他方の処理ライン13で基板Wに対して第1の処理とは異なる第2の処理を行う」という開示内容から、引用発明4は実質的に本件発明の制御部の内容を開示しているといえる。次に「2個の処理ライン13は例えばy方向に並設されている。」「処理ユニットは1階部分と2階部分とからなる2段構成になっている」と引用発明4の内容から、本件発明における「前記複数の基板処理列は上下方向に並べて設けられており」という特徴は容易に完成させることができる。

しかし、引用発明4では基板Wが第1処理及び第2処理を行うことが開示されてはいるが、その処理の目的については開示されておらず、この処理が処理ユニットの動作が正常か否かを試験、検査又は検証することを目的とする運転か否かについて開示されていないことは言うまでもない。したがって、引用発明4では、本件発明における発明特定事項5、即ち試運転に関する内容は全く開示されていないと認められる。

本件発明と引用発明5との比較

引用発明5では異なる処理室において通常の成膜工程及び条件出しの工程を並行して行うことが開示されており、引用発明5における条件出しとは、処理ユニットの動作が正常か否かを試験、検査又は検証することを目的とする処理工程であると認められることから、引用発明5における条件出しは本件発明における試運転に相当する。

引用発明5は単一ラインの成膜装置であり、これを本件発明と比較するのは不当であり、引用発明5では試運転については開示されていない、と被告(台湾特許庁)は主張する。単一ラインの成膜装置はハードの構造上は本件発明のように複数の処理列を有する物とは異なるが、通常運転の前に行う試験性処理の性質を考えれば、引用発明5と本件発明の技術思想には実質的に相違は存在せず、引用発明5の条件出しは試験目的の処理であることは既に述べたとおりである。よって、被告の主張は採用できない。

本件発明と引用発明6との比較

引用発明6における操作部20は使用する処理装置の種類とその順序を入力することで、制御装置19において基板処理列が基板を処理する工程を変更することができるものであり、これはつまり本件発明の発明特定事項2「基板に行う処理の工程を基板処理列ごとに変更する制御部を備え」に相当する。

引用発明を組み合わせる動機について

引用発明4から7、及び本件発明は基板処理装置のメンテナンスや条件変更、試運転時の問題を解決するものであり、解決しようとする課題の共通性を有する。また、いずれも基板処理装置が基板に成膜、露光、現像を行う工程の発明であることから、機能又は作用の共通性を有する。したがって、当業者であれば引用発明4から7を組み合わせる動機を有する。

参加人(特許権者)は、本件発明は複数の基板処理列は上下方向に並べて設けられており、異なる基板処理列が通常運転及び試運転をそれぞれ同時に行うことができるという特徴は、引用発明からは予期できないものである、と主張する。しかし、引用発明4は本件発明の発明特定事項の多くを開示しており、両者の相違点である複数の基板処理列の配列方向について、これは当業者であれば容易に想到可能である。また本件発明の制御部が通常運転と試運転の工程により基盤を処理する部分について、本件発明と引用発明4の制御部は、その運転目的がどのようなものであるかを問わず、「基板が順に各処理ユニットに搬送され処理が行われる」ことを制御する機能からみれば、両者に異なる点は存在しない。また引用発明5~6の内容に基づき、引用発明4における第1処理及び第2処理の目的を簡易修飾(設計変更)して、1つの処理を通常運転目的とし、もう1つの処理を試運転目的の処理とすることに格別の困難性は存在しない

また参加人(特許権者)は、単一の処理列の基板処理装置を、複数処理列へと変更することを実現しつつ、面積増大や基板処理装置の高度増大を防止することには、相当の技術障壁が存在すると主張する。しかし引用発明4では「2個の処理ライン13は例えばy方向に並設されている。」「処理ユニットは1階部分と2階部分とからなる2段構成になっている」と開示されチエルことから、単一処理列から複数処理列を実現することは、本分野においては既に周知技術であったと言える。

弊所コメント

本件において知的財産裁判所と台湾特許庁の判断が相違した理由の1つは、本件請求項に記載の「試運転」という用語の解釈が両者で異なったことである。台湾特許庁(及び原告)は、試運転と通常運転は全く異なる意義を有し、両者で必要とされる工程も異なると認定しているのに対し、裁判所は本件明細書に記載の内容から、「通常運転」には「処理ユニットによる基板への処理の品質、又は処理ユニットの稼働は正常であるか否かを試験、検査、検証又は確認することを目的とする運転」が含まれると認定した。具体的には、試運転とは処理ユニットの動作が正常か否かを試験、検査又は検証することを目的とした運転のことを指すと認定した。

そして裁判所はこの解釈に基づき、本件発明における「試運転」という発明特定事項が原証5、6で開示されており、その開示内容に基づき引用発明4における第1の処理及び第2の処理の目的を、一方を「通常運転」、他方を「試運転」(処理の工程を変更する)とすることに格別な困難性はないと認定した。

次に裁判所は、引用発明(引用文献)同士を組み合わせる動機を有すると認定している。本件におけるこの認定は少々疑問が残ると言わざるを得ない。理由として、本件参加人(特許権者)が別途主張しているように、引用発明5と引用発明4では半導体製造における工程が異なる(成膜工程とフォトリソグラフィ工程)ことや両者の基板処理に求められる環境も全く異なることから、当業者が引用発明5と引用発明4を組み合わせる動機を有するとは言えないのではないかと考える。この点について裁判所は判旨において「両工程はいずれも前工程に属する」という理由のみで、当業者であれば組み合わせる動機を有すると判断している。

なお現行審査基準においては、「複数の引用文献を組み合わせる動機の有無を判断する際、後知恵を回避するために、引用文献と出願に係る発明の間の関連性又は共通性ではなく、『複数の引用文献間』の技術内容の関連性又は共通性を考量すべきである」と規定されている。しかし、台湾特許庁や裁判所が進歩性を判断する際に、出願に係る発明(本件発明)と引用発明との間における技術分野、課題及び作用効果の関連性や共通性について比較検討を加える例は少なくない2。よって特許権者側からすれば、台湾では進歩性判断においてこのような問題が存在することを念頭に置いて、審査や審判及び訴訟における対応(訴訟であれば技術審査官に如何に本件の技術内容を理解させるか等)を検討することが必要である。

[1] 知的財産裁判所2017年行専訴第58号。

[2] 裁判官の技術的理解を助ける技術審査官が、対象となる案件の技術内容にそこまで詳しくない場合に、このような認定がされる場合が多い。

 

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