中国 実施可能要件に関する判例(粉末状澄清剤及び混入方法事件)

Vol.27(2015年9月1日)

米国ミリケンは「粉末状澄清剤及びそれを半透明ポリオレフィン樹脂中に混入する方法」発明について日本、米国等10カ国で特許権を取得した。ミリケンの澄清剤関連特許製品は食品や医療機械等分野の多数の新型透明ポリプロピレン製品において広範に応用された。近年ミリケンは当該特許を用いアジアの複数の企業に対し侵害訴訟を提起し、被告企業も次々と反論を行った。中国専利復審委員会は2014年9月、上記特許を無効とする第23770号決定を下し、この決定は2014年専利復審無効10大事件に選ばれた。本事件において、専利復審委員会は、明細書が十分に公開されているか及び専利が解決しようとする技術課題をどのように確定するか、という点についてその判断を具体的に述べた。以下に紹介する。

【事例経緯】

1993年米国ミリケンは中国で「粉末状澄清剤及びそれを半透明ポリオレフィン樹脂中に混入する方法」発明を特許出願し、6年に渡る審査を経て1999年に特許査定された。特許権取得から3ヵ月後、新日本理化株式会社が当該特許の取り消しを求め異議申立てを行い、4年に及ぶ証拠追加提出や意見書提出を経て、メリケンが独立項の補正を行ったこと等を基に、専利復審委員会は最終的に特許権を維持する決定を下した。2013年、広州呈和科技有限公司(以下、広州呈和)、自然人陳、淄博潤源化工有限公司(以下、淄博潤源)等がメリケンが中国で取得した93105006.5号特許(以下、係争専利)に対し無効審判を請求した。2014年9月、専利復審委員会は、無効審判の請求に理由がなく係争専利は有効であるという決定を下した(第23770号決定)。

【無効審判請求人の主張】

無効審判請求人は主に請求項13及びその従属項である請求項14~請求項20に記載の発明は特許要件を満たさないという主張を行った。

即ち、請求項13~請求項20は開示が不十分であり、専利法第26条第3項の規定を満たさず、かつ専利法第22条第3項規定の進歩性を有しない、と主張した。

【専利復審委員會の見解】

  1. 係争専利は明細書で粒径の測定試験方法について十分に開示しており、専利法第26条第3項の規定に違反しない

    専利法第26条第3項は次のように規定する。説明書では、発明又は実用新案に対しその所属技術分野の技術者が実現できることを 基準とした明確かつ完全な説明を行わなければならない。

    無効審判請求人は、係争専利の明細書には「粒径測定は正確な科学ではない」と記載してあるが、保護を請求する粒径値はレーザー散乱により測定されると簡潔に記されたのみで、発明における粒径の具体的な測定条件を開示しておらず、本分野における通常知識を有する者がその技術法案を実施できないため、係争専利の明細書は開示不十分であり、専利法第26条第3項の規定に違反する、と主張した。

    専利復審委員会は、粉砕後の粉末状製品の粒径の大きさは客観的であり、何度も測定を繰り返した後の統計結果であり、レーザー散乱方法による粒径測定はよく知られ成熟した技術手段である。実験を行う者又は操作者からすれば、その測定条件の選択について既存機器の操作説明書に沿って行うことができ、またこれまでの操作経験も参考にすることができるため、係争専利明細書、レーザー散乱測定条件が記載されていないため、明細書の開示が不十分であるという無効審判請求人の主張は成立しない、と判断した。

  2. 先行文献は係争専利が解決しようとする技術課題についていかなる教示も開示していない、よって係争専利は専利法第22条第3項の進歩性に関する規定に違反しない

     (1) 係争専利が解決しようとする技術課題は何かを確定

          係争専利が進歩性を有するか否かを判断するポイントは、先行文献が係争専利が解決しようとする技術課題について何か教示を開示しているか、である。このためまずは係争専利が解決しようとする技術課題は一体何であるかを確定する必要がある。

          無効審判請求人は、本発明が解決しようとする技術課題は粒径の小さい粉末状澄清剤を得ることであると主張する。一方、権利者であるミリケンは、本発明が解決しようとする技術課題は澄清剤とポリオレフィン樹脂の配合過程で白点又は気泡が発生する問題及び配合温度の低下困難、そしてポリオレフィン樹脂の変色や変味するという問題である、と主張する。

          専利復審委員会は次のような見解を示した。明細書で開示されたその発明が解決しようとする技術課題及び言明しているその効果を、発明が実際に解決しようとする技術課題の依拠としなければならない。係争専利の明細書第4頁第19~22行の「本発明はソルビトールとキシリトールを生産するアセタール澄清剤の技術を提供する。こうした澄清剤はポリオレフィン樹脂と配合することができ、生産された製品には“白点”又は“気泡”が存在せず、使用する温度は変色や変味を起こす配合温度を超えることはない。」という記載によれば、即ち、係争専利が解決しようとする技術課題は澄清剤とポリオレフィン樹脂の配合過程で白点又は気泡が発生する問題及び配合温度の低下困難、そしてポリオレフィン樹脂の変色や変味するという問題である、と言明している。明細書の実施例4では超細澄清剤を使用することで製品における気泡形成が減少するか否かについて明確な実験結論が示されていないが、実施例3では超細化を経た澄清剤が鉱油中で過熱しても気泡が発生しないという結果、及び表2では超細化後の澄清剤が低温度(200℃)下で配合が許されるという結果が示されている。よって、本分野における通常知識を有する者は、超細化を経た澄清剤が加熱時に捕集する気体が減少又は消滅し製品中に白点又は気泡が発生することを抑止でき、配合温度の低下は熱量の流入を減少させ樹脂の変色又は変味という問題を解消できる、ということを予期可能である。これより、本分野における通常知識を有する者は明細書で開示された内容から係争専利の明細書が言明する解決しようとする技術課題及び奏する効果を理解することができる。したがって、係争専利が実際に解決しようとする技術課題とは、ポリオレフィンとソルビトールアセタール(又はキシリトールアセタール)型の澄清剤(DBS型澄清剤)の配合温度を低下させることで、ポリオレフィン樹脂製品の白点若しくは気泡及び変色若しくは変味の問題を現象又は解消することである。

     (2) 最も近い先行技術は係争専利が解決しようとする技術課題について何か教示を開示しているかを確定

          専利法第22条第3項では、創造性とは既存の技術と比べて当該発明に突出した実質的特徴及び顕著な進歩があり、当該実用新案に実質的特徴及び進歩があることを指す、と規定する。係争専利が進歩性を備えているかを判断するポイントは、最も近い先行技術において、超細化を経たDBS型澄清剤顆粒によりポリオレフィン樹脂と澄清剤との間の配合温度を低下させる技術の教示が存在しているか否かである。専利復審委員会は、最も近い先行技術のいずれも、係争専利が実際に解決しようとする技術課題についていかなる教示も示していないため、係争専利は進歩性を有しない、と判断した。

【本所分析及び戦略提案】

復審委員会の決定内容から、本件の無効審判請求人は係争専利が実際に解決しようとする技術課題を誤認し、その結果「最も近い先行技術」を誤って確定してしまい、最終的に進歩性主張の方向性を誤ることになったことがわかる。よって無効審判請求人にとって、係争専利が実際に解決しようとする技術課題を正確に確定し、実際に解決しようとする技術課題を具体的に開示している先行技術を見つけ出すことは、進歩性欠如を主張する際に非常に重要である。本件の無効審判請求人は復審委員会の決定を不服とし北京第一中級人民裁判所へ上告しており、現在のところ行政訴訟段階へ進んでいる。新たな進展があった場合は引き続き報告する予定である。

 

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