台湾 特許権侵害訴訟において包袋禁反言(審査経過参酌)が適用された事件(複方薬品の固体剤形事件)

Vol.75(2020年9月28日)

本件は、権利者が権利付与段階で行った主張と矛盾する主張を権利行使段階で行うことは許されないという包袋禁反言(審査経過参酌)の原則が適用された事件である。具体的には、権利者が審査時に進歩性不備を解消するために「本願発明はベナゼプリル及びアムロジピンが均一に混合されることを特徴とする。本願発明においてはベナゼプリル及びアムロジピンという活性成分を相互に分離される設計の固体剤形を採用する必要はない。」と意見書で主張していたところ、被告薬品は活性成分が相互に分離された二層錠であったため、本件侵害訴訟事件においてイ号製品(被告薬品)は本件発明の技術的範囲に属さないとされた事例1である。

事件の概要

「心血管疾患の治療における複方薬品の固体剤形」(第I357823号)の特許(以下、本件特許と称する)の特許権者であるX(原告、上告人)は、Y(被告、被上告人)が製造・販売する薬品「可得寧(Co-Amndiline)」(被告薬品)が同特許権を侵害するとして、侵害訴訟を提起した。知的財産裁判所一審及び二審のいずれにおいても、被告薬品は本件発明の技術的範囲に属さないと判断し、原告の訴えを棄却した。

本件発明及び被告薬品の技術内容

本件特許請求項1(本件発明)の内容は「ベナゼプリル(benazepril)又はその薬学的に許容される塩類、及びアムロジピン(amlodipine)又はその薬学的に許容される塩類からなる組成を活性成分として含まれ、それらの活性成分は均一に混合されることを特徴とする、心血管疾患を治療する複方薬品の固体剤形。」である。そして、本件発明及び被告薬品の比較は以下のとおりである。

表1 本件発明及び被告薬品の比較

番号 本件発明 被告薬品技術内容 比較
A ベナゼプリル(benazepril)又はその薬学的に許容される塩類、 ベナゼプリル塩酸塩(benazepril hydrochloride)、 同一
B 及びアムロジピン(amlodipine)又はその薬学的に許容される塩類からなる組成を活性成分として含み、 及びアムロジピンベシル酸塩(amlodipine besylate)を活性成分として含み、 同一
C それらの活性成分は均一に混合されることを特徴とする、 ベナゼプリル塩酸塩及びアムロジピンベシル酸塩の顆粒粉末が相互に分離された方式の二重錠 異なる?
D 心血管疾患を治療する複方薬品の固体剤形。 高血圧を治療する複方薬品の錠剤。 同一

本件の主な争点は、被告薬品におけるベナゼプリル塩酸塩及びアムロジピンベシル酸塩の顆粒粉末が相互に分離された方式の二重錠という特徴は、本件発明請求項1における「活性成分は均一に混合される」という特徴の範囲に入るか否か、である。ここで、本件明細書に記載の実施例について、実施例4はベナゼプリル及びアムロジピンベシル酸塩を加圧して二重錠剤とした態様であり、これはつまり被告薬品同様、成分が相互に接触する二重錠剤である。

原告(特許権者)の主張

審査時において、「引用発明のベナゼプリル及びアムロジピンは均一に混合された錠剤剤形ではない。これに対し本願発明ベナゼプリル及びアムロジピンは相互に均一に混合された固体剤形であり、含まれるベナゼプリル及びアムロジピンは安定して同時に存在し、これら活性成分が相互に分離された設計を採用する必要がないものであり、引用発明とは全く異なる。」と主張したに過ぎず、本件発明の範囲から成分が相互に接触する二重錠の態様を排除することや放棄することは明言していない。本件明細書の実施例1から4を参酌すれば、本件発明1に記載の「それらの活性成分は均一に混合されることを特徴とする」という特徴は、「固体剤形において、活性成分であるベナゼプリル及びアムロジピンは相互に接触し、相互に隔離されていない構造」と解釈すべきである。本件実施例4に記載の、成分が相互に接触する二重錠剤について、本件発明の請求範囲に属さないとは主張したことがない。

知的財産裁判所の見解

請求項解釈(内部証拠及び外部証拠)について

特許権の範囲は特許請求の範囲を基準とし、明細書及び図面の内容を参酌することができると専利法第58条第4項に規定されている。明細書及び図面の内容によっては、請求項の用語の意義に疑義が生じる場合、審査経過内容即ち内部証拠によって、解釈を加えることができる。つまり特許の権利範囲は、内部証拠の制限を受ける。そして内部証拠によって特許権の範囲が明確に解釈できない場合に限って、外部証拠又はその他の解釈原則を参酌することができる。即ち、内部証拠によって特許請求の範囲の解釈が明確にできる場合には、外部証拠又はその他の解釈原則を考慮する必要はない。

「活性成分は均一に混合される」について

本件明細書において、「それらの活性成分は均一に混合されることを特徴とする」という特徴に対する特別な定義はされていない。よって当業者による当該特徴に対する理解は、「二つの活性成分ベナゼプリル及びアムロジピンからなる組成が均一に分散された状態になり得る」である。また本件明細書には、ベナゼプリル及びアムロジピンを同時に混合器に入れ、混合器により両成分が均一に分散された状態、即ち任意にサンプリング分析して得られた混合物の各成分の組成は同一である状態、という内容が記載されている。これより、本件発明における活性成分ベナゼプリル及びアムロジピンは、物理的に不均一、分離又は分層された状態は示さないものであることがわかる。

審査経過(包袋禁反言)について

本件明細書の内容をみると、本件明細書では「それらの活性成分は均一に混合される」という特徴に対する特別な定義、即ち活性成分が均一に混合されるとは、全部混合を指すのか部分混合を指すのか、また相互に分離されていない構造であるのか、という点について特に定義はされていない。

そして本件実施例4はベナゼプリル及びアムロジピンベシル酸塩を加圧して二重錠剤としているが、両活性成分が直接接触するのか否か、直接接触する場合は「均一に混合される」という範囲に属するのか否かについて、認定する必要がある。上述したように当業者による「均一に混合される」という内容に対する理解は、「二つの活性成分ベナゼプリル及びアムロジピンからなる組成が均一に分散された状態になり得る状態であり、物理的に不均一、分離又は分層された状態は示さない」というものである。

本件の審査時の意見書内容によれば、原告が審査時において明確に示した内容は次の通りである。「本件発明は引用発明とは全く異なり、ベナゼプリル及びアムロジピンが相互に均一に混合され、両活性成分が相互に分離された設計を採用する必要がない固体剤形である。本件明細書の実施例1から3によれば、本件発明は所望の安定性を奏する。」。ここでもし原告は実施例4の態様が「それらの活性成分は均一に混合される」の範囲に属すると考えるのであれば、審査時の意見書において本件発明として実施例1から3のみではなく、実施例4についても挙げるはずである。つまり、原告は実施例4の態様についてはベナゼプリル及びアムロジピンが相互に均一に混合されたものではないと認めていたことを意味する。本件発明は意見書提出を経て特許権を取得したのであるから、特許権の範囲は内部証拠の制限を受ける。

弊所コメント

「専利侵害判断要点」の規定によれば、特許請求の範囲の解釈においては内部証拠を優先して参考としなければならない。内部証拠とは明細書、特許請求の範囲、図面及び審査経過内容である。そして、内部証拠によれば請求項が明確に解釈できる場合は、外部証拠は参考とされない。裁判所は審査経過内容を参考とすることで「それらの活性成分は均一に混合される」という内容の解釈は十分にされたとし、原告が引用文献1における二重錠剤の意味を説明するために訴訟中に提出した引用文献1に関する米国訴訟裁定について、これは外部証拠と認定され、解釈の参考とはされなかった。

本件において、原告は審査時に提出した意見書(即ち内部証拠)において、本願発明は引用発明(二重錠剤)とは「全く違う」技術特徴を有するものであると明確に主張していた。本件明細書の実施例4では、被告薬品と同様の二重錠剤が記載されていたため、仮に意見書において二重錠剤とは異なるという内容が記載されていなかった場合、被告薬品に対する権利主張が認められていた可能性がある。もちろん、審査時において進歩性の拒絶理由克服のために引用発明との差別化は必須であるが、将来の権利行使も考慮し、後に過度な限定と認められるような主張は避けることも必要である。

[1] 知的財産裁判所2018年民専上字第26号判決、知的財産裁判所2017年民専訴上字第84号判決。

 

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