台湾特許 動機付け判断に関する判例(工具事件)

Vol.59(2019年7月25日)

台湾特許庁は進歩性の判断においていわゆる「後知恵」による認定を避けるために、2017年7月1日に専利審査基準を改訂し、引用文献を組合わせる動機付けの認定においては引用文献と対象発明との間における技術分野の関連性や解決しようとする課題の共通性があるか否かを考慮するのではなく、複数の引用文献間における関連性や共通性を考慮しなければならないという内容が明記された。「知的財産裁判所2018(107)年度行専訴字第4号行政判決」では進歩性判断において「後知恵」と思われる認定が見られた。よって今後も無効審判や訴訟において、こうした「後知恵」による認定がされないような意見・反論の展開が非常に重要である。

事件経緯

「極點股份有限公司」(特許権者、訴訟参加人)の有する「工具及びその製造工程」(第I369274号特許、以下、対象特許)に対して、請求項11~17は進歩性を有しないという理由で無効審判が請求された。台湾特許庁(被告)による審理の結果、対象特許は進歩性を有すると認定され、請求棄却審決が下された。その後審判請求人(原告)は訴願を経て知的財産裁判所に対し行政訴訟を提起したところ、知的財産裁判所は対象特許請求項11~13、16及び17についての台湾特許庁原審決を破棄する判決を下した。

対象特許の内容及び争点

対象特許請求項11に係る発明(以下、対象発明11)の内容は以下のとおりである。

「棒状の作業端及び扁平状の接続端を有し、前記接続端はジョイント部を形成するように湾曲され、前記ジョイント部の厚さは前記作業端の厚さより小さく、前記ジョイント部の両側と前記作業端の対応する両側とは相互に延伸していることを特徴とする、工具。」

対象発明11の主な技術特徴は、接続端の厚さを作業端の厚さよりも小さくすることで、工具本体の接続端ジョイント部の厚さが大幅に小さくなり、且つ複数の工具を並べて組み立てた後に組み合わせた工具全体の厚さが60%小さくなり、平準化が達せられることである。

対象発明11(上)及び先行技術(下)の図面を以下に示す。

引用文献の内容

証拠2

証拠2は米国7020923B1「FASTENER REMOVAL TOOL」である。少なくとも4つの折畳可能工具を含み、前記折畳可能工具は枢動可能に槽型保持器の一端に設置される工具が開示されている。

証拠3

証拠3は台湾実用新案M272641「工具及び工具を用いた折畳工具組」である。1つの工具は前工具と後工具を有し、両工具の軸の頭端には耳突部が設けられている。前工具と後工具の幅は同一であるが、前工具と後工具が組合わさった後における耳突部の幅は各工具の幅を超えない。各耳突部の幅は組み合わせ後の工具の幅の半分であってもよいし、一方の耳突部の幅は組み合わせ後の工具の幅の三分の一でもう一方の耳突部の幅は組み合わせ後の工具の幅の三分の二であってもよい。こうすることで、複数の工具をまとめた工具組において体積の減少という効果を奏する。

証拠4

証拠4は米国5970553「WRENCH HAMMER SET」である。各種機能を有する工具が組合わされた工具のセットで、最小化が達せられたものが開示されている。

本件の争点

  対象発明11 開示されている証拠
特徴1 棒状の作業端及び扁平状の接続端を有し、前記接続端はジョイント部を形成するように湾曲され 証拠2、証拠4
特徴2 前記ジョイント部の厚さは前記作業端の厚さより小さく、前記ジョイント部の両側と前記作業端の対応する両側とは相互に延伸している 証拠3

証拠2及び証拠4において特徴2「前記ジョイント部の厚さは前記作業端の厚さより小さく」が開示されていないという認定は、台湾特許庁及び知的財産裁判所で一致している。

しかし、「当業者は証拠3で開示された幅の変更という思想を厚さに転換し、工具の厚さを減少させるという目的を達するために当該思想を証拠2に応用することに想到するか否か」という点に関しては、台湾特許庁及び知的財産裁判所で異なるものとなった。

台湾特許庁の主張

成型方法及び構造の面から見て、対象発明11、証拠2、証拠3で採用される成形方法は同一ではない。証拠3の耳突部は鍛造又はプレス加工により耳突部の厚さを減少している。証拠2では湾曲加工でジョイント部を形成している。一方、対象発明11では鍛造により棒材の厚さを減少させた後、ジョイント部を形成するように湾曲されるものである。また解決しようとする課題において、証拠2は本体に収納される工具をどのように保護するかという点にあるのに対し、証拠3は工具組の幅をどのように減少させるかという点にあり、両者の課題に共通性はない。機能又は作用においても、証拠2では工具を収納位置に置いたときにもう一方の工具でかぶせることだが、証拠3では耳突部の厚さを減少させることにあり、両者の機能又は作用も異なる。

  成形方法 課題(目的) 技術手段
対象発明1 鍛造により棒材の厚さを減少させた後、ジョイント部を形成するように湾曲される 接続端ジョイント部の厚さをどのように減少させるか ジョイント部の厚さを軸半径方向に沿って減少させる
証拠2 湾曲加工でジョイント部を形成 本体に収納される工具をどのように保護するか 湾曲加工でジョイント部を形成
証拠3 鍛造又はプレス加工により耳突部の厚さを減少 工具組のをどのように減少させるか 耳突部の厚さを軸方向に沿って減少させる

知的財産裁判所の見解

証拠3では耳突部の幅を減少させることで工具組の幅に関する課題を解決する内容が開示されている。こうした証拠3の開示により、当業者は証拠2の工具における湾曲端の厚さの問題に直面した際に、技術分野が同一且つ解決する課題が類似する証拠3の内容を参考にする動機を自ずと有し、工具組の厚さ減少という目的を達するために、証拠3で開示されている幅の概念を厚さへと転換した上で証拠2へと応用するはずである。よって、証拠2及び証拠3において対象発明11のすべての発明特定事項が開示されており、また対象発明11は証拠2、証拠3に比べて予期せぬ効果も奏しない。したがって、対象発明11は進歩性を有しない。

弊所コメント

現行専利審査基準では進歩性の判断における複数の引用文献を組み合わせる動機の認定について次のように規定されている。「『技術分野の関連性』『解決しようとする課題の共通性』『機能又は作用の共通性』及び『示唆又は提案』を総合的に検討しなければならず、引用文献と対象発明との間における技術分野の関連性や解決しようとする課題の共通性があるか否かを考慮するのではなく、複数の引用文献間における関連性や共通性を考慮しなければならない。」。従来から進歩性判断において特に機械分野において「後知恵」による認定が散見されていたこと受け、「後知恵」による認定をなくすために専利審査基準が上記規定のように改訂された。しかし現在においても、動機付けに関して安易に認定される事件が依然として存在している。

本件も「後知恵」により進歩性が否定された事例の一つである。知的財産裁判所は証拠2及び証拠3において解決しようとする課題、作用や機能が異なるにもかかわらず、当業者にとって両者の組み合わせは容易であると認定した。権利者側から見れば、裁判所からこのような安易な認定がされるリスクを意識する必要があることになる。よって無効審判や訴訟においては、引用文献間における技術分野、解決しようとする課題等に関する主張を重点的に且つ明確に行わなければならず、引用文献単体と対象特許との間の比較に関する主張のみでは、「後知恵」による認定がされるリスクが高まってしまうので注意が必要である。

 

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