台湾 明確性、実施可能要件の判断原則に関する判例(横吹き式送風機事件)

Vol.38(2017年4月26日)

無効審判の無効理由は多岐にわたるが、単に明確性、実施可能要件違反のみを理由として無効審判を請求する事例は、台湾では稀であり、無効審判請求が認められる可能性も高くない。本件では無効審判において、台湾特許庁は係争専利が明確性要件を満たさないとして係争専利を取消したが、知的財産裁判所は台湾特許庁の見解を覆し無効審決を取消す判決を下した(なお、無効審判請求人は無効審判において係争専利は進歩性を有しない点も主張していたが、台湾特許庁は係争専利は進歩性を有すると認定し、また裁判段階においても進歩性については争わなかったため、知的財産裁判所は進歩性については審理を行っていない)。今回は、裁判所による明確性、実施可能要件の判断基準及び明確性を無効理由とする無効審判の困難性について、以下に分析、紹介する。

 

【事件経緯】

「台達電」(特許権者、原告)は20071116日に台湾特許庁へ「横吹き式送風機」について特許出願を行い、I346744号発明特許(以下、係争専利)として登録された。2013322日に無効審判が請求され、台湾特許庁による審理の結果、明確性及び実施可能要件(専利法第26条第2項及び第3項)に違反するとし、請求容認審決が下された。「台達電」は審決に不服とし、訴願を提起するも認められず、行政訴訟を提起した。知的財産裁判所は係争専利の記載は明確であり且つ実施可能要件を満たすとし、訴願決定及び原処分(無効審判請求容認審決)を取消した。

 

【係争専利の主な技術特徴】

空気の流入量を大幅に増加させると同時に、運転時の騒音を減らすことができる横吹き式送風機を提供する。

  1. 請求項1の内容

メイン吸気口と少なくとも1つのサブ吸気口を備えるハウジングと、

ハブと、前記ハブの周縁に環状に設置される複数の羽根、及び少なくとも1つのリングプレートを含み、前記ハウジング内に設置される羽根車、

とを備える横吹き式送風機において、

前記リングプレートと前記羽根とが連接されて、前記リングプレートがサブ吸気口を部分的に覆うように構成されることを特徴とする、

横吹き式送風機。

  1. 請求項7の内容

前記リングプレートの数が2又は2以上のとき、それらリングプレートが共に又は別々に、サブ吸気口を部分的に覆うように構成されること特徴とする、

請求項1に記載の横吹き式送風機。

【主な争点】

  1. 明細書の記載は明確且つ十分か、実施可能か、請求項の記載は明確か。
  2. 請求項1記載の「前記リングプレートがサブ吸気口を部分的に覆う」において、「部分的」はどのように解釈すべきか。サブ吸気口のどのくらい広い範囲が覆われれば騒音が低下するのか。当業者はこの意義を明確に理解できるか。
  3. サブ吸気口はどのように配置すべきか。対応するリングプレート及び複数のリングプレートはどのように配置すべきか。当業者は「過度な実験」を行わなければ実施できないか。

 

【知的財産裁判所の見解】

明確性の争点

台湾特許庁見解

知的財産裁判所見解

請求項1記載の「前記リングプレートがサブ吸気口を部分的覆う」における「部分的」という語は明確か否か

各実施例態様においてどれくらいの範囲のサブ吸気口を覆えば運転騒音が大幅に低下するのかに関し、明細書及び図面には如何なる説明も例示も存在せず、その効果を比較する数値もない。当業者は多数の試みを経なければ適切な設置方法を見つけることはできず、当業者の合理的予期範囲を超えているため、不明確であり実施できない。

「部分的」という語そのものは明確で確定した意義を有し、全体の中の一部又は全体におけるいくつかの個体を指すものである。当業者からすれば、この語の意義を明確に理解できるはずであり、疑問は生じない。

複数のリングプレートの配置が不明確なため過度な実験を要し、当業者は実施できないか否か

リングプレートの数が2又は2以上の場合、リングプレートをどのように設置すればリングプレートが同時又は別々にサブ吸気口を部分的覆うように構成され騒音が低下するのかに関し、如何なる説明も例示も存在せず、その効果を比較する数値もない。よって不明確であり実施できない。

当業者は、当該リングプレートが多数に重なって設置されるとき、共にサブ吸気口を部分的に覆うことができ、当該リングプレートが2個で直径が異なるとき、それぞれ別にサブ吸気口を部分的に覆うことができ、騒音を低下させる目的を実現できることを理解できるはずであり、当該実施例で開示された技術特徴は十分に明確且つ十分であり、実施可能な程度に達している。

 

  1.         係争専利明細書第7頁には「サブ吸気口を増設した送風機構造により、空気の流入量を増加させることができる。さらに、本発明の横吹き式送風機ではリングプレートをも設け当該リングプレートを利用しサブ吸気口を部分的に覆うことで、サブ吸気口の流れ場を変化させ、運転騒音を大幅に低下することが可能となる。」と記載されている。これより、サブ吸気口を有する送風機構造では空気の流入量が増加するが、相対的に騒音量も増加する。ここでリングプレートを設けサブ吸気口を部分的に覆うことで、運転騒音を大幅に低下する効果を奏する。従って、係争専利明細書では課題を解決するための技術手段(サブ吸気口を増設しリングプレートでサブ吸気口を部分的に覆う)及び達せられる目的、効果(空気流入量の増加及び騒音の低下)が明確に且つ十分に開示されており、当業者はその意義を容易に理解し実施することができる。加えて当業者であれば吸気口の面積が増加すれば送風機の空気流入量が増加することは理解できる。

さらに、送風機の運転時はモーター又は羽根が動くことで生じる気流によりハウジングが振動し騒音量が増加する、特に吸気口の特定の区域で高い頻度の振動が起きるが、当業者はリングプレートでサブ吸気口の一部を覆うことで流れ場を変化させ、高頻度の振動を乱すことで騒音を低下させることは知っているはずである。

  1. 「前記リングプレートがサブ吸気口を部分的に覆う」という点に関し、「部分的」という語そのものは明確で確定した意義を有し、全体の中の一部又は全体におけるいくつかの個体を指すものである。当業者からすれば、この語の意義を明確に理解できるはずであり、疑問は生じない。そしてリングプレートにより当該サブ吸気口を部分的に覆う技術手段により、騒音を低下する発明の目的が確かに達せられる。よって出願時の通常知識を参酌すれば、その意義を明確に理解でき、その範囲にも疑義は生じず、不明確な点は存在しない。従って、「前記リングプレートがサブ吸気口を部分的に覆う」という技術特徴は明確且つ十分であり、実施可能な程度に開示されている。
  2. 請求項7の「前記リングプレートの数が2又は2以上のとき、それらリングプレートが共に又は別々に、サブ吸気口を部分的に覆う」という記載に関し、明細書の実施例では対応する図面及び説明内容は記載されていないが、当業者からすれば、当該リングプレートが多数に重なって設置されるとき、共にサブ吸気口を部分的に覆うことができ、当該リングプレートが2個で直径が異なるとき、それぞれ別にサブ吸気口を部分的に覆うことができ、騒音を低下させる目的を実現できることを理解できるはずであり、当該実施例で開示された技術特徴は十分に明確且つ十分であり、実施可能な程度に達している。従って、当業者は明細書、特許請求の範囲及び図面の三者全体を基礎として、出願時の通常知識を参酌し、過度な実験を経ることなく、その内容を理解でき、その発明を実施し、課題を解決し効果が達せられるため、専利法第26条第2項の規定を満たす。

本発明の課題を解決するための手段は、リングプレートによりサブ吸気口を部分的に覆うという点であるが、当業者はその意義を容易に理解し実施することができる。従って、各実施態様においてサブ吸気口のどの程度の範囲を覆うかについて開示されていないが、これは当業者が実施できるか否か、発明の目的が達せられるか否かに影響を与えない。

 

【弊所評論及び分析】

本件は明細書において実施例の開示が少なく、発明の効果を証明する実験データが記載されていなかったため、台湾特許庁は不明確、不十分、実施不可能と認定した。しかし、裁判所は明細書記載要件について比較的緩やかな基準を用い、当業者の基準の立場から明細書の記載により実施可能か否かを判断すべきという見解を示した。出願人に対し全ての実施例の全体構造を一つずつ描写することは求めなかったのは、専利技術思想保護の精神を狭め、専利権により具体的な実施物しか保護されなくなり、文字で表された技術思想を保護するという専利制度の趣旨に合わなくなるためである、とした。本件は最高裁判所において審理中ではあるが、今回の裁判所見解は重要なものであり、注目すべきである。

本判決において、裁判官は係争専利の明細書は明確に発明内容が記載され、たとえ先行技術と比較した実験データが開示されていなくても、当業者はその発明内容を理解でき、達せられる効果も理解できる、と認定した。

本件の裁判官は当業者の立場を用いて認定したが、当業者は架空の人物であり、本件の裁判官の言う「当業者」は本件で任命された「技術審査官」のことを指すのではないかと疑わざるを得ない。従って、訴訟において技術審査官の心証をどのように探るかが非常に重要となる。

本件からわかるように、明確性のみを理由として無効審判を請求することは推奨できない。たとえ請求が認められたとしても、その後覆されるリスクがあるためである。逆に、出願人の立場からすれば、訴訟において明確性の疑いをかけられる事態を避けるためにも、明細書作成時には各請求項に対して少なくとも1つ以上の実施例を記載し、比較例を用いて発明の効果を証明することが懸命である。


 

 

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