台湾 医薬用途発明及びパラメータ限定物発明の進歩性判断原則に関する判例(デスロラタジン事件)

Vol.40(2017年6月21日)

医薬発明においては用途発明及びパラメータ限定物発明の形式で出願されることが多く、選択発明の主張は当該発明が進歩性を有することの依拠となることが度々ある。「知的財産裁判所99(2010)年行専訴字第6号行政判決」では、医薬用途発明及びパラメータ限定物発明が進歩性を有するか否かについて判断規則が明らかにされており、以下に分析、紹介する。

 

【事件経緯】

米国製薬会社シェーリング社(Schering AG、出願人、原告)は「アレルギー状態および炎症状態の処置のためのデスロラタジンの使用」について台湾特許庁(被告)へ出願を行うも、初審では拒絶査定となった。拒絶査定書では、本件発明は好ましい投与量及び特定投与期間により生ずるデスロラタジンの定常状態における最高血漿中濃度の相乗平均を開示するものであるが、この内容は薬物動態学の特性に過ぎず、デスロラタジンをアレルギー及び炎症症状治療に用いるという用途は引用文献(米国第4,659,716号特許)に開示されているため、進歩性を有しない、とされた。

その後、出願人は再審査を請求するも再び拒絶査定が下されたたため、これを不服として訴願を提起した。訴願も棄却されたことを受け、知的財産裁判所に行政訴訟を提起したが、訴えは認められず、最終的に最高行政裁判所へ上告した。しかし、最高行政裁判所も上告を認めない判決を下した(99年裁字第2539号行政裁定)。

 

【主な争点】

本件の主な争点は、係争特許請求項1に記載されたCmaxAUCtfTmax等の薬物動態パラメータが選択発明であり進歩性を有するか否か、である。

 

【請求項1の内容及び双方の主張】

  1. 請求項1の内容

定常状態のデスロラタジンの最大血漿濃度(Cmax)の相乗平均が約4μg/mlの範囲、

血漿中濃度の0時間から最終濃度の時点(tf)までの曲線下の面積(AUCtf)の相乗平均が53ng. hr/mL~290ng.hr/mLの範囲、

デスロラタジンの最大血漿濃度までの時間(Tmax)の相乗平均が投与後3時間、

を生じるために十分な量のデスロラタジンの投与による皮膚または気道のアレルギー状態および炎症状態の処置および/または予防が必要である12歳以上のヒトにおける皮膚または気道のアレルギー状態および炎症状態の処置および/または予防のための薬物の調製のためのデスロラタジンの使用であって、

投与量が1日当たり5.0mg~20mgであるデスロラタジンの使用。

 

  1. 原告の主張

引用文献はデスロラタジンの用途及び用量範囲(1日当たり5~100mg)を概略的に開示しているに過ぎず、係争特許はデスロラタジンが5mg20mgの用量範囲の下で薬物動態学の線形性及び定常状態を示し、デスロラタジンの薬物動態学における予測可能性及び線形性を示すものであるから、選択発明である。

 

  1. 台湾特許庁(被告)の主張

本発明は医薬用途の発明に属するため、予期できない効果を奏するはずである。しかし、明細書全体及び関連実験データによれば、予期できない治療効果が生じるものではない。デスロラタジンは公知の抗アレルギー剤であり、係争特許におけるアレルギー状態及び炎症状態の治療のためのデスロラタジンの使用は引用文献で開示されており、その用途は新規ではない。さらにその用量範囲(1日当たり5.0mg~20mg)についても引用文献で開示された内容に含まれる(1日当たり5~100mg、好ましくは1日当たり10~20mg)。係争特許に記載されたCmaxAUCtfTmax等の薬物動態パラメータは、デスロラタジンの更なる薬性追究に過ぎない。こうした薬性追究は薬物そのもの固有性質の実験証明に過ぎず、効果(皮膚または気道のアレルギー状態および炎症状態の処置または予防における効果)において予期できないものは生じない。したがって、本発明は公知の単一化合物の新しい用途ではなく、進歩性を有しない。

 

【知的財産裁判所の見解】

知的財産裁判所では係争特許は進歩性を有しないため、原告の訴えを退ける判決を下した。理由は以下の通り。

  1. 薬物動態パラメータの進歩性判断

公知の疾患、組成物に係る医薬用途発明に関し、その発明が、公知の組成物に対する用量、投与経路、投与間隔、異なる成分を前後して服用する等の技術特徴であり、当該技術特徴は当業者が慣行的に行う実験又は分析により得ることができ、且つ、先行技術と比較した有利な効果は当業者が予期できるものである場合、当該発明は進歩性を有しない。

係争特許に係るデスロラタジンの医薬用途及び用量範囲は引用文献で開示されている。また、この点は原告も争わないとしている。係争特許は公知の活性剤(デスロラタジン)の公知の医薬用途(アレルギー及び炎症の処置または予防)であり、その用量範囲も公知の範囲(1日当たり5.0mg~20mg)にあるため、進歩性を有するか否かについては、技術特徴が対照とする薬物動態パラメータにある。

しかし、係争特許の請求項1に記載されたデスロラタジンの投与量が1日当たり5.0mg~20mgにおける薬物動態パラメータは、引用文献で開示された用量範囲に沿ってデスロラタジンを投与した後の人体内における血漿濃度変化であり、これは投与後に人体で生じるデスロラタジン固有の薬剤作用である。引用文献ではデスロラタジンの薬物動態パラメータは開示されていないが、安全性試験及び人体臨床試験等は当該薬品が安全性及び有効性を有することを証明し販売許可がでるための依拠であり、薬物動態学の特性は薬品販売前に必要となる審査資料であることから、上記デスロラタジンの薬物動態パラメータは当業者が薬物を利用し臨床試験を行えばすぐに得ることができる資料である。

 

  1. 選択発明の進歩性判断

選択発明が、可能・有限な範囲から、具体的な大きさ、温度範囲又はその他のパラメータを単に選択するものであり、当該選択は当業者が慣行的に行う一般的な手段により得ることができるものである場合、当該発明は容易に完成できる発明であり進歩性を有しないと認定しなければならない。

原告は係争特許に係る発明は引用文献で開示された発明の選択発明であると主張する。しかし、係争特許に記載されたデスロラタジンの用量範囲が1日当たり5.0mg~20mgにおける薬物動態パラメータは、引用文献で開示された用量範囲に沿ってデスロラタジンを投与した後の人体内における血漿濃度変化であり、これは投与後に人体で生じるデスロラタジン固有の薬剤作用である。そして服薬者の反応及び薬物の特性と関連し、これは当業者が薬物臨床試験により得ることができる資料である。さらに、係争特許明細書には体内薬物濃度又は薬物動態パラメータと臨床治療効果との具体的関連性が記載されておらず、係争特許が引用文献に比べて治療効果上有利であることを証明することができない。したがって、係争特許に係る発明は進歩性を有しない。

 

【本所分析及び戦略提案】

本件において出願人(原告)敗訴の原因は、発明に係る用途が先行技術に比べ予期できない効果を有すること、及び薬物動態パラメータ及び選択発明の特徴(1日当たり5.0mg~20mg)が先行技術に比べ予期できない効果を有し臨界的意義を有すること、を証明できなかったことにある。数値範囲が先行技術に比べ予期できない効果を有し治療効果上有利であることを証明する十分な実施例を明細書において開示していれば、進歩性を有すると認定されていたと思われる。よって、用途発明やパラメータ限定物発明について出願しようとする場合は、本件のような進歩性認定の問題に直面することを意識し、進歩性主張を強化するための十分な実験データを記載・提供することが望ましい。


 

 

キーワード:特許 判決紹介 台湾 化学 医薬 
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