台湾 数値限定発明の記載要件に関する判例(合金線材事件)

Vol.35(2017年3月1日)

数値限定発明の明確性について、専利審査基準には「パラメータ(数値)をもって技術的特徴を限定する請求項の場合、当該パラメータの測定方法は当該発明の属する技術分野においてよく用いられ且つ明確な方法でなければならない。パラメータが周知でなく明細書にもその測定方法が記載されていない場合、又は記載された装置が当該パラメータを測定できない場合、請求する発明は先行技術と比較することができないため、当該該請求項は不明確であると認定しなければならない。」と規定されている(専利審査基準第二編第一章第2.4.1.6節)。以下に紹介する事件では、知的財産裁判所が数値限定発明の明確性判断について具体的な原則を示した(知的財産裁判所104(2015)年民専上字第28号民事判決)。

【事件経緯】

「楽金股份有限公司」(特許権者、原告、控訴人)は「光大応用材料科技股份有限公司」(被告、被控訴人、以下光大応用)が製造、販売する銀合金線材製品(以下「AG0E」銀合金線製品・「AG0F」銀合金線製品)が、自己の有するI384082号特許「合金線材およびその製造方法」(以下、係争特許)の請求項1及び請求項2に係る発明の技術的範囲に属するため特許権を侵害するとし、知的財産裁判所に侵害訴訟を提起した。知的財産裁判所一審では「AG0E」銀合金線製品及び「AG0F」銀合金線製品のいずれも係争専利請求項1及び請求項2に係る発明の技術的範囲に属しないと認定し、原告の訴えを退けた(知的財産裁判所103(2014)年民専訴字第59号民事判決)。原告・特許権者はこれを不服とし控訴したところ、知的財産裁判所二審では請求項1及び請求項2の記載は専利法第26条の明確性要件及びサポート要件に違反するため無効とされるべきであると認定し、控訴人敗訴の判決を下した(知的財産裁判所104(2015)年民専上字第28号民事判決)。

【主な争点】

「本件の主な争点は以下の通りである。

  1. 請求項1における「焼なまし双晶を含む前記結晶粒の数量が前記合金線材の前記結晶粒の総量の20パーセント以上である」の定義は何か?
  2. 明細書の記載は明確且つ十分に開示され実施可能要件を満たすか?
  3. 請求項1及び請求項2の記載はサポート要件を満たすか?

【係争専利請求項1の内容】

「銀-金合金、銀-パラジウム合金および銀-金-パラジウム合金よりなる群のうちの1つから選ばれる材料からなる合金線材であって、 前記合金線材が面心立方格子(face-centered cubic lattice)の多結晶構造を有するもので、かつ複数の結晶粒を含み、 前記合金線材の中心部は細長い結晶粒または等軸結晶粒を含み、前記合金線材のその他の部分は等軸結晶粒からなり、 焼なまし双晶を含む前記結晶粒の数量が前記合金線材の前記結晶粒の総量の20パーセント以上である、 合金線材。」

【知的財産裁判所二審の見解】

  1. 特許請求の範囲の解釈は、原則として係争専利の内部資料を優先しなければならない。

    請求項1の「焼なまし双晶を含む前記結晶粒の数量が前記合金線材の前記結晶粒の総量の20パーセント以上である」という技術特徴(以下請求項1の数値限定特徴)に関し、特許権者は「ランダムサンプリングした合金線材断面の金属組織図における」焼なまし双晶を含む前記結晶粒の数量が前記合金線材の前記結晶粒の総量の20パーセント以上である、と主張する。またその根拠について、係争特許出願日よりも前に存在した文献ASTM E3及びASTM E112の教示により、材料分野の者は以前から線材をランダムサンプリングし縦断面と横断面の金属組織図を分析するが、この二方向の断面分析結果は全体の性質を代表する、と主張する。一方、被控訴人である光大応用は文言解釈によるべきであり、これは合金線材の三方向(三次元)の性質を指し、合金線材全体において請求項1の数値限定特徴を満たすことが要求される、と主張する。

    知的財産裁判所は、「合金線材が面心立方格子(face-centered cubic lattice)の多結晶構造を有するもので、かつ複数の結晶粒を含み、合金線材の中心部は細長い結晶粒または等軸結晶粒を含み、前記合金線材のその他の部分は等軸結晶粒からなり」という請求項1の記載より、請求項1は合金線材の全体構造特徴に限定を加えており、当該技術を熟知する者は「合金線材全ての結晶粒数量」が「合金線材全体」における全ての結晶粒数量のことを指すと、自ずと理解できる。明細書及び図面を参酌したとしても、「合金線材断面の金属組織図」の意義は見つからず、「ランダムサンプリングした合金線材断面の金属組織図」については言うまでもない。よって上記外部証拠(ASTM E3及びASTM E112)を参考にする必要はない。

  2. 明細書の記載は明確性要件及び実施可能要件を満たさない
    1. パラメータ特徴の測定方法
    2. 係争専利のパラメータ特徴では、まず合金線材全体における「全ての結晶粒数量」及び「焼なまし双晶を含む結晶粒の数量」の2つの数値を求める必要があり、当該2つの数値を得て初めて、焼なまし双晶を含む前記結晶粒の数量と前記合金線材の前記結晶粒の総量の比率を計算できる。しかし、明細書及び特許請求の範囲では合金線材全体における上記2つの数値の測定方法、計算方法、認定準拠等に関する記載はない。

    3. 実施例について
    4. 係争専利明細書の実施例では、各図面(図8A、図8B、図9A、図9B、図10A、図11A、図15A)においてのみ、各実施例の合金線材の横断面の金属組織が開示されるとともに、結晶粒総数量における焼なまし双晶を含む結晶粒の数量の百分率が記載されている。しかし、「結晶粒総数量」、「焼なまし双晶を含む結晶粒の数量」それぞれの計算依拠又は比率を得る過程については記載されていない。係争特許の各金属組織図は、係争専利の金属組織構造の一部の特徴を示すために用いられているに過ぎず、各実施例で計算された「焼なまし双晶を含む前記結晶粒の数量と前記合金線材の前記結晶粒の総量の比率」が確かに各金属組織図に依って計算し得られたものであることを、金属組織図からは判断することができない。

      また、係争専利明細書には次の記載がある。「本発明の合金線材の特徴の1つは、当該合金線材が多結晶構造を有するもので、かつ複数の結晶粒を含むという点である。合金線材の中心部は細長い結晶粒を含み、合金線材のその他の部分は等軸結晶粒からなる。結晶粒の平均粒径は1μmから10μmであり、0.5μmから3μmである従来のワイヤボンディング用の線材の平均粒径よりも若干大きい。」。そして次の記載もある「本明細書全体においていう“合金線材の中心部”は、合金線材の軸心(axis)から合金線材の半径方向に沿って、合金線材の半径の軸心から30パーセントの距離の位置まで伸びる領域内にある合金線材の部分のことを意味する。」。これより、係争専利の合金線材の結晶粒の大きさには差異があり、また形成される焼なまし双晶も二つの結晶粒面で異なる。したがって、本技術に熟知する者が出願前の通常知識を運用し、合金線材全体の「結晶粒総数量」及び「焼なまし双晶を含む結晶粒の数量」を算出することは相当な困難を伴う。

      以上より係争専利に係る発明は、当業者が明細書、特許請求の範囲及び図面の全体を基礎とし通常知識を参酌したとしても実施することができないものである。

    5. 数値限定の臨界的意義
    6. 請求項1の数値範囲の下限値「20%」は先行技術と区別可能な臨界的意義を有して初めて進歩性の要件が満たされる。明細書にはパラメータ特徴の真の意義を明確にし先行技術の技術特徴と区別できるよう、パラメータ特徴の計測方法が記載されていなければならない。しかし、係争専利明細書の各実施例には「焼なまし双晶を含む結晶粒の数量は、本発明の合金線材の結晶粒の総量の30パーセントよりも多かった」、「焼なまし双晶を含む結晶粒の数量が、本発明の合金線材の結晶粒の総量の40パーセントより多いと見積もられる」と記載されているものの、その計測方法を明確に知ることはできない。従って、明細書の各実施例で「見積もられる」数値に客観性、正確性を有するとは認められず、請求項1で限定された「20%」という数値が先行技術に比べ臨界的意義を有すると認めることもできない。

    7. 明確性(過度の実験)

      係争専利の明細書には「焼きなまし処理前の冷間加工の変形量も重要な条件である。」と記載されている。そして冷間加工の変形量に関しては、「工程104において、N個の冷間加工成形工程により、…(略)…このうちNは3以上の正の整数である。」と記載されている。しかしこの「N」については上限に制限を設けていない。よって、当該技術に熟知する者は係争専利明細書に記載された内容を参酌し係争専利に係る発明である合金線材を使用及び製造しようとしたとき、これらパラメータ特徴、適切な冷間加工の変形量条件及び焼きなまし処理等を同時に確認、検証する必要があり、何度も繰り返し確認や検証作業を行ったり複雑な実験を行うことを避けることができない。したがって、係争専利の明細書の記載は明確且つ十分に開示されていると認めることはできない。

  3. 請求項の記載は不明確であり、かつ明細書及び図面で支持されていない

    物の発明に係る請求項において、特性により発明を限定する場合、当該特性は当業者が一般的に用いるものでかつ明確な性質でなければならない。当該特性が新たなパラメータを使用する必要がある場合、当該パラメータにより限定する物と先行技術が区別されなければならず、かつ発明の詳細な説明において当該パラメータの測定方法が記載されていなければならない。公知ではない特性によって請求項に係る発明を限定しながら発明の詳細にそのパラメータの測定方法が記載されていないか、又は記載された装置では測定できない場合、請求項に係る発明は先行技術と比較できないため、当該請求項は不明確と認定しなければならない。

    係争専利の発明の詳細な説明には形式的には実施例及び比較例が記載されているが、技術手段の記載が不明確等の状況があり、当業者が一般的名実験や分析方法を援用することもできず、或いは明らかな修飾を加えるだけで請求項のパラメータ特徴を直接に得られることもないため、請求項の記載は実質的には明細書で支持されていない。

【本所分析及び戦略提案】

これまで台湾実務では、単に専利法第26条の記載要件違反を理由として知的財産局又は裁判所より特許無効成立となることはかなり少数であり、記載要件違反と新規制又は進歩性違反を併せることで無効とされるものがほとんどであった。よって本件の出現は、台湾裁判所実務が専利法第26条の記載要件をより重視する傾向が強まったことを示している。

パラメータ限定発明について、審査基準では以下のように規定されている。 「請求項において技術的特徴がパラメータで限定されている場合、原則として請求項においてパラメータの測定方法を記載しなければならないが、以下に該当する場合記載する必要はない。

  1. 測定方法が唯一の方法である又は広く使用される方法であり、当該発明の属する技術分野において通常知識を有する者が理解する測定方法である。
  2. すべての周知の測定方法が皆同一の結果を生じる。
  3. 測定方法の記載が冗長で十分に簡潔でなく又は理解し難いことにより請求項が不明確となる場合、請求項の記載は明細書に記載された測定方法を参照すればよい。」 (専利審査基準第二編第一章第2.4.1.6)

パラメータ限定発明の明確性に対する要求及び認定の基準に関し、台湾裁判所実務は審査基準の規定と一致していることがわかる。即ち、当業者が当該パラメータ特徴の測定方法が如何なるものかきちんと理解できることが、パラメータ限定発明が明確性を満たすか否かの重要なポイントである。使用する測定方法が何か明瞭でないか、又は異なる結果を得られる測定方法が一種以上存在する場合、いずれも明確性の要件違反となる。パラメータの測定方法が明確に開示されているか否かの判断においては、請求項に記載されていることは必ずしも要求されていない。仮に明細書に記載されており、当該技術を熟知する者が特許請求の範囲、明細書、図面の三者全体を基礎とし出願時の通常知識を参酌することでその内容が理解できる場合、明確性の要件を満たすことになる。一方で、明細書には測定方法が記載されていない場合、その測定方法が周知である場合を除いて、明細書以外の証拠により測定方法が明細書で十分に開示されていると証明することはできない。本件と同様の見解は最高行政裁判所及び知的財産裁判所の別の判決でも認定されている(最高行政裁判所100(2011)年度判字第1463号判決、知的財産裁判所103(2014)年行専訴字第61号判決)。

本件において権利者敗訴となった最大の要因は、明細書においてパラメータ特徴の測定方法を詳細に記載していなかったこと、実施例からは比率の数値が計算できなかったことにある。パラメータを補うために実施例を補正や訂正によって明細書へ追加することはできない。これより、台湾出願において明細書及び特許請求の範囲を記載する際は、パラメータの特徴を明確且つ十分に開示しているか否かに留意すべきである。また、記載要件の問題について権利者は今後はより注視する必要があり、無効審判におえける攻防の中心となっていくと思われる。そしてこのような実務見解の変化に注意し、無効審判での戦略に活用する必要がある。

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