中国 AI特許審査の転換点:2026年1月1日施行『専利審査指南』改訂が示す新基準
Vol.155(2026年1月16日)
中国特許庁は、2026年1月1日より新たな『専利審査指南』を施行する。本改訂では、人工知能、ビッグデータ等の新技術分野に関する審査規定について、体系的な補充及び調整が行われており、本改訂における重要な焦点かつ注目点とされる。これらの変更は、現行のAI特許出願における曖昧な領域やよくある課題を正面から対応するものであり、より明確な審査方針を提供するものである。以下では、主な規範内容及び代表的な事例について説明する。
一、専利法第5条第1項の導入:倫理性及び合法性が特許性の判断要素に
(一)ショッピングモールにおけるマットレス精密マーケティングシステムの事例1——個人情報保護コンプライアンスは特許付与の前提条件
本改訂では、専利法第5条第1項に基づき、人工知能関連発明において、データの収集、分析又は意思決定メカニズムが法律、社会公徳又は公共の利益に違反する場合には、特許権を付与することができない旨が明確に規定された。
追加された事例の中で、「ビッグデータに基づくショッピングモールにおけるマットレス販売支援システム」が典型的な事例として挙げられる。当該発明は、ショッピングモール内に設置された撮影装置及び顔認識モジュールを介して、顧客が気付かない状態で顔の映像を収集し、身元識別及び嗜好分析を行い、精密なマーケティングの目的を実現するものである。
審査指南によれば、中国個人情報保護法の規定上、公共の場における顔認識設備の設置は、原則として公共の安全の維持に必要な場合に限られているところ、本件は商業マーケティング目的に属し、かつ、出願書類において顧客の個別同意の取得又はその他の合法的根拠が開示されていないため、違法な発明に該当し、特許付与の対象から直接排除されると判断された。
実務上の示唆
本事例は、個人情報の取り扱いに関するAI発明に関して、コンプライアンスの問題が将来の実施段階における法的リスクにとどまらず、特許審査段階においても拒絶理由となり得ることを示している。したがって、関連出願の書類作成にあたっては、明細書にデータ取得の合法性に関する背景を適切に記載する必要性を慎重に検討することが望まれる。
(二)無人運転緊急意思決定モデルの事例2——価値判断そのものも特許性を否定し得る
もう一つの追加事例は、無人運転車両における緊急意思決定モデルに関する発明が挙げられる。当該発明では、モデルの学習段階において、歩行者の性別及び年齢を意思決定パラメータとして導入し、事故が不可避な状況において、これらの要素に基づき車両の進行方向を判断する。
審査指南では、この技術的手段は、実質的に性別及び年齢を生命価値の差異の基準としており、高度な議論を呼ぶ価値判断を技術的意思決定に組み込んでいるため、すべての人間が生命に対して平等な権利を有するという基本的な社会公徳に反し、専利法第5条第1項に規定される社会公徳に反する発明に該当すると示している。
実務上の示唆
本事例は、人工知能特許に関する審査が、「意思決定ロジックそのもの」の価値判断にまで及んでいることを示している。自動化された意思決定、順位付け、リスク評価に係るAI発明においては、倫理的に高度な争議性を有する判断基準を技術的特徴として直接組み込むことは避けるべきである。
二、進歩性判断:応用分野の置換のみで特許性を裏付けるには不十分
本改訂では、事例を通じて人工知能発明における進歩性判断基準がさらに明確化された。
「船舶数識別方法」の事例3では、深層学習モデルが船舶画像の識別に適用されたが、引用文献には同一の処理プロセスによる果実の数量識別が既に開示されていた。審査指南では、識別対象が異なるのみで、モデル構造、学習方法又は特徴処理に実質的な調整が行われていない場合には、当業者が直接置換可能な応用に該当し、進歩性を有しないと示している。
これに対し、「鋼スクラップ等級分類ニューラルネットワーク」の事例4では、鋼スクラップが無秩序に堆積され、特徴が不明瞭であるという課題について、畳み込み層及びプーリング層に対して具体的な調整が行われ、識別精度の向上に直結する技術的効果を有することが証明されたため、進歩性を有すると認定された。
実務上の示唆
人工知能発明の進歩性のポイントは、「どの分野に適用したか」にあるのではなく、技術的課題に応じてアルゴリズム又はモデル自体に非自明な改良が施されているか否かにある。
三、明細書における記載要件基準の実質的な引き上げ
人工知能モデルの「ブラックボックス化」という特性を踏まえ、本改訂では、明細書の記載要件についても明確に引き上げられた。
「顔特徴を生成する方法」の事例5においては、空間変換ネットワークのモデルにおける具体的な配置について限定されていなかったものの、当該配置が本技術分野における通常の知識に属するものであるため、十分に開示されていると認定された。
一方、「生物情報に基づくがんの予測」の事例6では、どの血液指標や顔特徴ががん判定と実質的な関連性があるについて説明がなく、また、検証データも提供されていなかったため、技術的効果が推測の域にとどまり、開示が不十分と判断された。
四、結論:中国AI特許審査の今後の方向性
総合的に考えると、2026年に施行された新たな『専利審査指南』は、中国における人工知能特許審査が、「コンプライアンス重視」「実質重視」「開示重視」という高水準の段階に移行したことを示している。今後、出願人がAI関連発明の出願戦略を構築するにあたっては、技術革新自体に注目するだけでなく、その合法性、倫理リスク及び開示の完全性についても併せて検討することが求められる。これにより審査リスクを効果的に低減し、より安定性の高い特許権を取得することが可能となる。




