中国 数値限定発明の記載要件の判断に関する判例(空調圧縮機無効審判事件)

Vol.141(2024年6月24日)

 2023年12月7日、中国最高人民裁判所(以下、最高裁)は、珠海格力電器股份有限公司(グリー・エレクトリック。以下、グリー社)が国家知識産権局(以下、中国特許庁)及びAUX空調股份有限公司(以下、オックス社)に対して提起した特許無効審判の審決取消訴訟について、最終審判決(最高人民裁判所行政判決書、(2023)最高法知行終37号)を下した。同判決において、オックス社及び中国特許庁の上訴が棄却されたほか、一審判決における本件特許独立項1及び2を無効にすべきであるという認定が維持され、オックス社は以前一審段階で勝ち取った合計2.2億人民元以上の賠償金を失うこととなった。本件の最高裁判決書は78頁にも及び、数値限定発明の記載要件について細かく分析されているため、注目に値する。

事件経緯

グリー社とオックス社の今回の紛争の発端は、5年前に遡る。2018年12月、オックス社が日米合弁事業である東芝キヤリア株式会社から、特許権存続期間が当時の段階で残り2年未満の空調圧縮機に関する特許(第CN1168903C号中国特許。以下、本件特許)を購入した。2019年初め、オックス社が寧波、南昌、及び杭州の3つの地方でそれぞれグリー社に対して権利侵害訴訟を提起し、これを受け、グリー社が本件特許に対して無効審判を請求した。2021年8月、中国特許庁が、本件特許独立項1及び2は有効、その他は無効とする第51688号無効審判審決を下した。グリー社はこれを不服とし、前記審決に対して審決取消訴訟を提起した。2022年末、北京知的財産裁判所による一審判決において、同裁判所は本件特許の主な独立項である1及び2がサポート要件を満たさず、『専利法』第26条第4項の規定に適合しないため、無効にすべきであると認定し、中国特許庁による前記無効審判審決を取り消した1。最終審において、最高裁は特許権者(オックス社)及び中国特許庁の上訴を棄却すると共に、一審判決の結果を維持した。

本件特許の技術内容及び争点

 本件特許請求項1及び2の内容は以下の通りである。
 
【請求項1】
吸込み管及び吐出管が接続される密閉ケースと、
前記密閉ケース内に収容される圧縮機構部と、
前記圧縮機構部を駆動するためのステータ及びロータから構成され、密閉ケース内に収容されるモータ部と、を含む圧縮機において、
前記モータ部に、前記圧縮機構部から吐出されるガスが通過するためのガス通路を設け、前記ガス通路の全面積に対する前記モータ部のステータにおけるステータ鉄心のスロットと巻線との隙間であるスロット隙間部の合計面積の比を、0.3又はそれ以上に設定したことを特徴とする圧縮機。
 
【請求項2】
吸込み管及び吐出管が接続される密閉ケースと、
前記密閉ケース内に収容される圧縮機構部と、
前記圧縮機構部を駆動するためのステータ及びロータから構成され、密閉ケース内に収容されるモータ部と、を含む圧縮機において、
前記モータ部のステータにおけるステータ鉄心のスロットと巻線との隙間であるスロット隙間部の1スロットあたりの面積を、前記圧縮機構部に設けられ圧縮した高圧ガスを前記密閉ケース内に放出案内する吐出ポートの面積の、0.25倍以上に設定したことを特徴とする圧縮機。
 
 本稿では、本件特許請求項 1及び2がサポート要件を満たしているか否かという争点に対する裁判所の見解を紹介する。

最高裁の見解

 最高裁は、請求項 1及び2は明細書により支持されていないため、専利法第26条第4項規定のサポート要件を満たさないと認定した。詳細は以下の通りである。
 
本件特許請求項1について

本件特許明細書において、「ガス通路の全面積に対するスロット隙間部の合計面積の比」(以下、「k値」)が0.6を超えると、モータの効率低下及び圧縮機の性能低下が生じると明記されており、試験結果から、好ましいk値が0.3~0.6であることが分かる。これにより、本件特許請求項1におけるk値に上限値が必ず存在することが分かり、明細書で開示されている内容を、k値の上限値に対し限定を行っていない本件特許請求項1まで一般化することができない。

 
k値の上限値について

本件特許明細書において、k値が0.6を超えるとモータの性能低下が生じると記載されている。オックス社及び中国特許庁はいずれも、k値が0.6以上であっても本発明に係る圧縮機は依然としてその発明の目的を実現できるため、k値が0.6以上の部分も請求項1の保護範囲に属すると主張している。しかし、請求項1で限定されたk値は、対応関係が不明確な3つのパラメーターにより決められるため、当業者であっても限られた実験回数でk値の上限値を得ることは難しいと思われる。

 
請求項1で限定されたk値の実現方法について

請求項1で限定された計算式によれば、k値はスロット隙間部cの合計面積を増加させる方法のほかに、少なくとも、ステータの外周切欠aの合計面積又はステータとロータとの間隙であるエアーギャップbを減少させる方法等、複数の方法で実現することができる。オックス社及び中国特許庁は前記a及びbの値は変更できないと主張しているが、その主張には根拠がなく、かつ当業者の一般的な認識から逸脱していると思われる。当業者であれば、前記2つの値はいずれも固定値ではなく、一定範囲内での増加又は減少が可能であること、及びそれに伴う長所と短所を理解しているため、モータを実際に使用する際の需要に応じてa及びbの値を合理的に増加又は減少できることは明白である。これにより、請求項1で限定されたk値の実現方法は複数あることが分かる。

 
特許権の保護範囲と発明の技術的貢献との関係性について

発明の技術的貢献が単にある技術的課題を解決する方法の1つを提供するに過ぎず、その請求項が前記方法を実現できる製品の構造を限定することにより前記発明を保護するもので、かつ前記製品の構造が他の方法を通じても実現できる場合、前記請求項の保護範囲が前記発明によりもたらされる技術的貢献を超える可能性があるため、前記請求項はサポート要件を満たさない。

 

本件において、本件特許明細書で開示されている発明の目的を実現するための技術的教示は、スロット隙間部の面積を増加させることのみであるが、本件特許請求項1に係る発明はk値を有する製品である。本件特許に基づき提起された権利侵害訴訟において、人民裁判所は、被疑侵害製品が本件特許請求項1の保護範囲に含まれるか否かを判断する際、専利権侵害判定指南によれば、前記被疑侵害製品が対応するk値を有しているか否かのみを判断すればよく、どのような方法で実現したかまでは考慮に入れる必要はない、と認定している。そのため、特許権者が民事訴訟で得た保護が、その発明によりもたらされた技術的貢献を超えるものとなった。

 
本件特許請求項2について

前記請求項1とほぼ同様の分析に基づくと、本件特許請求項2も同様にサポート要件を満たさず、『専利法』第26条第4項の規定に適合しない。

弊所コメント
 本件は、最高裁が本件特許の数値限定特徴がサポート要件を満たすか否かに関する中国特許庁の認定を覆したため、注目に値する。
 数値限定発明の請求項は、通常、範囲又は上限値と下限値の限定がなされているが、明細書の実施例では、請求項で限定された範囲における複数の数値のみについて発明の技術的課題を解決でき、かつ対応する技術的効果を実現できることが検証されている場合が多い。請求項において、発明が解決しようとする課題を解決できない技術方案が含まれ、かつ当業者が通常の実験又は分析方法で上記技術方案を一義的に排除できない場合、当該請求項はサポート要件を満たさず、記載要件の規定に適合しないと認定すべきである。
 
 本件の場合、本件特許請求項1でk値の上限値は定義されていないが、明細書に記載の内容によれば、その上限値は必ず存在しており、最高裁は以下の通りに認定している。
 「本件特許明細書で開示されている内容から、k値の上限値をどのように確定するかについて導き出すことができない。その原因は、請求項1で限定されたk値が3つのパラメーター(a、b、cの値)により決められ、その3つのパラメーターの対応関係が明らかになっていないことにある。そのため、本件特許請求項1におけるk値の上限値を確定するために、当業者は過度の労力を費やさなければならない。したがって、本件特許請求項1及び2はサポート要件を満たさない。」
 
 一方、最高裁は、数値限定発明の「保護・貢献一致の原則」について、以下の見解を示している。
 「本件特許請求項1で限定されたk値の実現方法は複数あってもよく、そのカバーする範囲が明細書に記載の『スロット隙間部cの合計面積を増加させることのみでk値を実現する方法』を超えているため、本件特許請求項1及び2で限定された内容及び保護範囲は、明細書で開示されている技術的貢献を超えている。したがって、本件特許請求項1及び2はサポート要件を満たさない。」
 
 まとめると、数値限定発明の明細書を作成する際、特に実施例と請求項の内容との対応関係を留意しなければならない。よって、記載要件の要求を満たすために、明細書で開示されている技術的貢献が特許請求の範囲をカバーできるように十分な実施例を記載する必要があるほか、新規性及び進歩性要件を満たすために、数値限定特徴が予期せぬ効果を奏することを証明できる十分な実施例及び比較例を記載する必要がある。
 

[1] (2021)京73行初18560号行政判决

 

 

购物车

登入

登入成功