台湾知的財産裁判所が訴願委員会のクレーム解釈に対する見解を覆した判例(積層型パッケージ電子部品の圧力測定機構の無効審判事件)

Vol.135(2023年10月20日)

台湾専利法第58条第4項では「特許権の範囲は、特許請求の範囲を基準とし、特許請求の範囲の解釈時には明細書及び図面を参酌することができる。」と規定されている。実務上、特許請求の範囲の解釈において、明細書及び図面の記載を参酌することができるか否かについて、長年にわたり議論されてきた。

台湾知的財産及び商事裁判所は最近、積層型パッケージ電子部品の圧力測定機構に関する無効審判1において、台湾経済部訴願審議委員会(以下、訴願委員会)の訴願決定を覆し、「最も広く合理的な解釈(Broadest Reasonable Interpretation)」及び「請求項差異の原則(Doctrine of Claim Differentiation)」の適用基準を明らかにし、本件特許請求項1の技術的特徴に対する特許権者の解釈に誤りがあると指摘した。また、同裁判所は「特許請求の範囲の内容が実施例及び図面に限られるべきであるという旨が明細書に明確に示されている場合を除き、実施例又は図面により当該内容を制限すべきではなく、ましてや、特許権者自身が有利になるような解釈により、特許請求の範囲が大衆に公告される時に客観的に示された特許権の範囲を変更してはならない。」と具体的に指摘した。

事件経緯

ダミーと思われる自然人の胡自強氏(無効審判請求人)が、「鴻勁精密股份有限公司(HON. PRECISION, INC.)」(被請求人、特許権者)の有する第I607223号特許「積層型パッケージ電子部品の圧力測定機構及びそれを応用した測定分類設備」(以下、本件特許)に対して無効審判を請求した所、台湾特許庁は「請求項1~10は進歩性を有しない」として請求認容審決を下した。しかし、特許権者が当該審決を不服として訴願を提起し、訴願委員会は本件特許の進歩性を認め、台湾特許庁の審決を取消す決定を下した。無効審判請求人が当該決定を不服とし、知的財産及び商事裁判所に対して行政訴訟を提起した結果、同裁判所は訴願委員会の決定を覆し、本件特許は進歩性を有しないという判決2を下した。訴願委員会は当該判決に基づき改めて審議を行い、訴願棄却の決定を下した。特許権者は当該決定を不服とし、再度行政訴訟を提起したが、最終的に知的財産及び商事裁判所の第二審判決では第一審判決での見解が支持され、本件特許請求項1~10は進歩性を有しないと認定された。

本件特許と各証拠の主な技術的特徴について

1.本件特許の主な技術的特徴

本件特許請求項1(独立項)の内容は以下の通りである。

「少なくとも一つのキャリア部材を備えたキャリア(1A)と、
少なくとも一つの第一トランスミッション部材を有する第一測定器を備え、前記第一測定器は少なくとも一つの第一電子部品が載置され、前記第一トランスミッション部材の一端を用いて第一電子部品に電気的に接続され、もう一端は第二電子部品に電気的に接続される、前記キャリアの前記キャリア部材に取り付けられる測定ユニット(1B)と、
前記第一電子部品を予め設定された測定温度に維持するために、前記キャリア部材に少なくとも一つの第一温度制御器が取り付けられ、さらに前記第二電子部品を予め設定された測定温度に維持するために、前記第一温度制御器の下に設けられた少なくとも一つの第二温度制御器を含む、前記キャリアの前記キャリア部材に取り付けられる温度制御ユニット(1C)と、
を含む積層型パッケージ電子部品の圧力測定機構(1D)。」

2.本件特許請求項1と証拠1(TW201347062A、「半導体パッケージ積層チップ検査システム及びその半導体自動検査装置」)、証拠2(TW201543638A、「パッケージオンパッケージ熱強制デバイス」)における技術的特徴の対比

特徴 本件特許請求項1 証拠1 証拠2
1A 少なくとも一つのキャリア部材を備えたキャリアと、 明細書第6~7頁及び図1、2において、「検査機構43」が開示されている。  
1B 少なくとも一つの第一トランスミッション部材を有する第一測定器を備え、前記第一測定器は少なくとも一つの第一電子部品が載置され、前記第一トランスミッション部材の一端を用いて第一電子部品に電気的に接続され、もう一端は第二電子部品に電気的に接続される、前記キャリアの前記キャリア部材に取り付けられる測定ユニットと、 明細書第6~7頁及び図1、2において、「探針検査装置433の内部は積載面4331及び探針インターフェイス4332を有し、当該積載面4331は検査チップ5を収容するために使用され、当該積載面4331に収容される当該検査チップ5は電気的に接続しつつ、当該テストソケット411の方向に複数の検査探針4333を延伸することができる」ことが開示されている。 明細書【0019】において、「本発明は、熱試験の間に、通常はメモリである上部ICと、通常は論理(ロジック)である底部ICとに同時に接触し、また、…両方のICの温度を維持する、道具を用いたアダプタデバイスである」と開示されている。
1C 前記第一電子部品を予め設定された測定温度に維持するために、前記キャリア部材に少なくとも一つの第一温度制御器が取り付けられ、さらに前記第二電子部品を予め設定された測定温度に維持するために、前記第一温度制御器の下に設けられた少なくとも一つの第二温度制御器を含む、前記キャリアの前記キャリア部材に取り付けられる温度制御ユニットと、   明細書【0019】、【0028】、【0031】において、「PoP ICデバイス130の上部130は、サーマルデバイスプランジャ105によって熱的に制御される。より詳細には、前記プランジャ105は、前記上部IC130および前記インタポーザ115を共に制御し、前記インタポーザ115は、コンタクトを介して論理デバイス135を制御する。」と開示されている。
1D を含む積層型パッケージ電子部品の圧力測定機構。 明細書第6~7頁及び図1、2において、「半導体パッケージ積層チップ測定システム」が開示されている。 明細書【0019】において、「本発明は、熱試験の間に、通常はメモリである上部ICと、通常は論理(ロジック)である底部ICとに同時に接触し、…アダプタデバイスである」と開示されている。

【表1】

【図1】

本件の争点

本件の争点は以下の通りである。

1.証拠1及び証拠2において、本件特許の温度制御ユニット(1C)の技術的特徴が開示されているか否か。

2.本件特許請求項1の(1C)がどのように定義すべきか。

3.無効審判請求人及び特許権者の特許請求の範囲に対する解釈に誤りはないか否か。

無効審判請求人の主張

証拠2の「サーマルデバイスプランジャ」は本件特許請求項1の「第一温度制御器36」に対応し、上部IC(本件特許の第一電子部品に対応)の温度を維持することができる。また、証拠2の「サーマルインタポーザ」は本件特許請求項1の「第二温度制御器38」に対応し、論理デバイス(本件特許の第二電子部品に対応)の温度を維持することができる。

特許権者の主張

本件特許請求項1の第一、第二温度制御器は能動的、独立的に温度の高低を調整・制御する機能を有する。一方、証拠2のサーマルインタポーザ115の熱導体20は、熱伝導性及び電気絶縁性を有するように設計されており、能動的又は独立的に温度を制御する機能はない。このように、当該サーマルインタポーザ115は温度制御器に該当しないため、証拠2において本件特許(1C)の技術的特徴は開示されていない。

以上から、証拠1に本件特許(1A)、(1B)、(1D)の技術的特徴が開示されていたとしても、証拠1及び証拠2のいずれにおいても本件特許(1C)の技術的特徴が開示されていないため、証拠1及び証拠2の組み合わせでは本件特許請求項1の進歩性欠如を証明できない。

訴願委員会の見解

特許請求の範囲の解釈は特許権者の見解と同じで、証拠2において、本件特許(1C)の技術的特徴は開示されていないと認定した。その主な理由は以下の通りである。

  • 本件特許請求項1において、「前記第一電子部品を予め設定された測定温度に維持するために、前記キャリア部材に少なくとも一つの第一温度制御器が取り付けられ、さらに前記第二電子部品を予め設定された測定温度に維持するために、前記第一温度制御器の下に設けられた少なくとも一つの第二温度制御器を含む」と記載されている。出願時における当業者の認知に基づくと、前記「温度制御器」という用語は、対象物の温度を調整・制御できる装置を指す周知の技術用語である。また、本件特許請求項1は前記「第一、第二温度制御器」に対して「それぞれ第一、第二電子部品を予め設定された測定温度に維持する」という機能的な限定を行っているため、前記「第一、第二温度制御器」が能動的に温度の高低を調整・制御する機能を有することは明らかである。
  • 本件特許請求項1で限定されている「温度制御ユニット」について、その温源又は温度制御部材は第一、第二温度制御器のみであり、その他の温源又は温度制御部材は限定されていない。

知的財産及び商事裁判所の見解

知的財産及び商事裁判所は訴願委員会の認定を覆し、証拠1、2を組合せることにより本件特許請求項1の進歩性欠如を証明できると認定した。特許請求の範囲の解釈について、知的財産及び商事裁判所は以下の見解を示している。

用語によっては意味が複数あり誤解が生じやすいため、特許請求の範囲を解釈する際には、当然明細書及び図面を参酌することができ、その場合、発明の目的、機能及び効果を理解するために、明細書全体を観察しなければならない。しかし、特許請求の範囲は明細書に記載の実施形態や実施例を包括して特定するものであり、図面は明細書における記載不足を補うためのもの、つまり、当業者が明細書を読む際に、図面を見ることで発明の技術的特徴及びそれらが構成する技術的手段を直接的に理解できるようにさせるためのものに過ぎない。このため、明細書に記載の実施例及び図面を参酌してなされた特許請求の範囲の解釈は、最も広く合理的な解釈を基準とすべきである。明細書に特許請求の範囲の内容が実施例及び図面に限られるべきという旨が明確に示されている場合を除き、実施例又は図面により当該内容を制限すべきではなく、ましてや、当事者自身が有利になるような解釈により、特許請求の範囲が大衆に公告される時に客観的に示された特許権の範囲を変更してはならない(最高行政裁判所108(2019)年判字第486号判決趣旨を参照)。

本件特許請求項1の(1D)は「…少なくとも一つの第一温度制御器が取り付けられ、さらに前記第二電子部品を予め設定された測定温度に維持するために、前記第一温度制御器の下に設けられた少なくとも一つの第二温度制御器を含む温度制御ユニット」としか限定されておらず、また「温度制御器」の定義及びどのような種類の温度制御器に制限されるのかについて明確に説明されていない。

本件特許請求項1には、第一、第二温度制御器について「当該第一、第二電子部品を予め設定された測定温度に維持する」という記載しかなく、これ以上は特に細かく限定されていない。さらに、本件特許明細書又は図面においても、「第一、第二温度制御器にはどのように能動的に又は独立的に温度の高低を調整・制御する機能が具わっているか」に関する定義付け又は開示はされていない。これらから、「それぞれの対象物(第一、第二電子部品)を予め設定された測定温度に維持することができる温度制御器であればよい」という意味こそが本件特許請求項の文言上の意味であり、最も広く合理的な解釈である。

この他に、本件特許請求項1の特許請求の範囲によれば、「第二温度制御器」の機能について「第二電子部品を予め設定された測定温度を維持する」としか限定しておらず、本件特許請求項8(請求項1の従属項)でようやく「前記第二温度制御器は冷却チップ、加熱部材又は予熱された流体を有する本体である」という技術的特徴で限定しているため、本件特許請求項1と本件特許請求項8の第二温度制御器が同一であると解釈してはならず、また、明細書の記載(「前記第二温度制御器は冷却チップ、加熱部材又は予熱された流体を有する本体である」との記載)を本件特許請求項1に読み込み、勝手に解釈してはならない。以上から、特許権者は本件特許請求項1の第一、第二温度制御器には能動的、独立的に温度の高低を調整・制御する機能があると主張しているが、当該解釈は本件特許請求項の合理的解釈を越えており、自身に有利な解釈をすることにより、不当に特許請求の範囲を減縮していることは明らかであるため、当該主張は採用できない。

また、証拠2図2及び明細書【0008】~【0010】において、「前記システムは、垂直の配置における2つの別々のICの直接的な接触を可能にし、温度が加えられている(temperature forcing)間に、両方の温度を保つ。前記システムは、両方のICの均一の温度をもたらす。垂直の形式で配置された以前の解決法では、どの温度が到達しているかにより、1つのICが非常に低温かまたは非常に高温のいずれかになる結果となっていた。」と開示されている。上記から分かるように、証拠2の技術的特徴も本件特許と同様に、予め設定された測定温度を維持することを目的としている。よって、証拠2のサーマルインタポーザ115は本件特許請求項1の第二温度制御器38に対応し得る。

弊所コメント

本件において、特許権者側は「温度制御器」の解釈により、証拠2において本件特許の「第二温度制御器」が開示されていることを否定しようとした。しかし、「温度制御器」は予め設定された測定温度を維持する装置であるため、温度制御器の技術的手段が「能動的」又は「独立的」であるか否かに関係なく、予め設定された測定温度を維持する効果を奏するのであれば、当然「温度制御器」に該当するはずである。

また、本件特許明細書で開示されている実施例の中には「能動的」でない導熱部品が「第二温度制御器」の温度調整の補助として使用されているため、「前記第二電子部品を予め設定された測定温度に維持する」という目的を達成するにあたって、実質的に「受動的」と言える技術的手段も含まれている。そのことから、特許権者が矛盾を生じさせることなく主張を行うことは難しいと思われる。仮に本件特許の明細書及び図面を参酌したとしても、「温度制御器」の技術的手段は特に制限されておらず、「能動的」であってもよいし「受動的」であってもよいと解釈できる。

この他に、訴願委員会は技術文献を読み解く際に、先行技術文献が開示する実施例又は実施形態のある要素から機能の断定又は限定を行い、技術的手段の誤認を引き起こしている。これより、発明全体の構成要素を総合的に観察し、発明の目的及び機能を理解した上で、関連する技術的特徴がどのように置換できるか明確に判断する必要があることが分かる。

本件において、知的財産及び商事裁判所は「最も広く合理的な解釈」及び「請求項差異の原則(Doctrine of Claim Differentiation)」を適用し、次のような認定をした。
「特許請求の範囲の内容が実施例及び図面に限られるべきであるという旨が明細書に明確に示されている場合を除き、実施例又は図面により当該内容を制限すべきではなく、ましてや、特許権者自身が有利になるような解釈により、特許請求の範囲が大衆に公告される時に客観的に示された特許権の範囲を変更してはならない。」

最後に進歩性については、仮に特許権者が訂正を行い、本件特許の「温度制御器」を「能動的」に温度を制御する装置と限定したとしても、証拠2の「サーマルインタポーザ」は「温度制御器」の一種であると認定されているほか、上述のように、「受動的」な「温度制御器」からでも本件特許の発明を完成できる可能性がある。つまり、特許権者が「温度制御器」の技術的特徴に対して訂正請求を行い、当該訂正が認められたとしても、本件特許の進歩性が認められることは難しいと思われる。

[1] 知的財産及び商事裁判所109(2020)年行専訴字第46号行政判決、知的財産及び商事裁判所110(2021)年行専訴字第57号行政判決

[2] 知的財産及び商事裁判所109(2020)年行専訴字第46号行政判決

 

 

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