中国におけるマーカッシュ形式クレームの訂正の制限及びその戦略の提案

Vol.134(2023年9月25日)

マーカッシュ形式クレーム(Markush Type Claim)は、化学や医薬分野でよく用いられる請求項の記載方法であり、同一の請求項に同一のグループに属する複数の組成を含ませ、複数の組合わせの選択肢により当該請求項に係る発明を特定することができる。しかし、マーカッシュ形式クレームは、高度の概括性を有しており、特許権の公示作用の安定性の維持及び社会公衆と特許権者との間における利益のバランスのために、マーカッシュ形式クレームについての解釈や訂正段階でのマーカッシュ形式クレームの一部の要素を削除する訂正の合法性については、五大特許庁において異なった見解が存在している。

本記事では、いくつかの事例を例にとり、中国におけるマーカッシュ形式クレームについての解釈及び訂正の規定を検討していき、これらについての戦略を提案する。

中国において採用されるマーカッシュ形式クレームの解釈:概括論

以前から各国のマーカッシュ形式クレームの解釈方法は異なっており、マーカッシュ形式クレームの性質は「概括論」と「並列論」の2つの方法で解釈されてきた。

「並列論」とは、マーカッシュ形式クレームは多数の並列する具体的な化合物の集合体であるため、マーカッシュ形式クレームにおける並列する一部の選択肢を削除する形の訂正は新規事項追加と認定されない、という解釈方法である。

「概括論」とは、マーカッシュ形式クレームは一つの概括的な技術方案であるため、その新規性及び進歩性の対比対象は記載されている一般式の化合物、又は一般式範囲内の出願書類において明確に記載されている具体的な化合物でなければならず、マーカッシュ形式クレームに記載の一部の選択肢を削除する形の訂正は認められない、という解釈方法である。

中国の『専利審査指南』(2010)第二部分第十章 8.1.1において、単に「ある出願において、1つの請求項の中で複数の並列的な選択可能要素が限定されていれば、『マーカッシュ形式』の請求項となる。もし、あるマーカッシュ形式の請求項における選択可能要素が、相互に類似した性質を有するものであれば、これらの選択可能要素が技術的に相互関連しており、同一又は対応の特定の技術的特徴を有することを認めなければならない。当該請求項は単一性要件に適合すると認められてもよい。」と記載されている。

しかし、当該規定ではマーカッシュ形式クレームの範囲について具体的な説明がなされておらず、中国の裁判所が下した過去の判決においても、マーカッシュ形式クレームの解釈方法について、概括論又は並列論のどちらを採用すべきなのか見解の相違が生じていた。例えば、北京市高級人民裁判所で審理された第94115915.9号特許無効審判に関する行政訴訟において、北京市高級人民裁判所は「マーカッシュ形式クレームは並列論で解釈されなければならない」と認定した。これに対し、北京知的財産裁判所は第97197460.8号特許無効審判に関する行政訴訟において、「原則として、マーカッシュ形式クレームは全体として一つの概括的な技術方案と見なさなければならない」と認定した。

この点について、第一三共社v万生薬業社事件(2016最高法行再41号)において、中国最高人民裁判所は、第二審の判決を覆し、マーカッシュ形式クレームの解釈について見解を統一し「概括論」を採用し、マーカッシュ形式クレームは概括的な技術方案であることを詳細に説明した。また、その後のバスフ社v陝西美邦薬業集団股份有限公司事件(2018京73行初9342号)において、北京知的財産裁判所も同一の見解を採用している。

以下に上記両事件について詳細な内容を紹介する。

事例1:第一三共社v万生薬業社(2016最高法行再41号)

1.事件概要

本件は、万生薬業社(無効審判請求人)が、第一三共株式会社(特許権者)が有する中国第CN1121859C号特許「高血圧症の治療又は予防に用いられる薬物組成物の製造方法」(以下、859特許)に対して請求した無効審判事件である。

859特許は、無効審判段階で請求項1の訂正が請求されたが、当該訂正が新規事項追加になるか否かについて、中国専利複審委員会、北京市第一中級人民裁判所、北京市高級人民裁判所及び最高人民裁判所はそれぞれ異なった見解を示した。このうち、北京市高級人民裁判所の第二審では、「マーカッシュ形式クレームは技術方案を並列する特殊類型に属するため、訂正は認められる」と認定したが、最高人民裁判所は最終的に第二審の判決を覆し、「マーカッシュ形式クレームは概括的な技術方案であるため、訂正は認められない」と認定した。

859特許は、高血圧の治療又は予防に用いられる薬物組成物の製造方法に関するものであり、その発明に係る血圧降下剤は、以下で示される式(I)の化合物又はその薬理上許容される塩若しくはエステルの少なくとも1種である。

859特許の請求項1はマーカッシュ形式で記載されており、式(I)中のR1~R7で選択できる置換基群を限定している。第一三共社は無効審判段階で請求項1について訂正を請求し、当該訂正はR4及びR5を定義する一部の置換基の範囲を削除することを含んでいた。

2.最高人民裁判所の見解

マーカッシュ形式クレームにおいては、組み合わせ中の異なる変数を選択しても同一の効果を有する薬物が生成されるはずである。即ち、異なる分子式により生成された薬物の間で、相互に代替可能であるべきであり、奏される効果が同一であると予測できて初めて、マーカッシュ形式クレームの趣旨を満たす。したがって、マーカッシュ形式クレームは、複数の化合物の集合体ではなく、マーカッシュ要素の集合体であると見なさなければならない。

マーカッシュ形式クレームの補正又は訂正が認められる原則としては、補正又は訂正により新たな性能及び作用を有する一群又は単一の化合物が生じるものであってはならない。

特許権者による任意の変数における任意の選択肢を削除することを認めた場合、たとえ削除によって権利範囲が減縮され、社会公衆の利益が損なわれないとしても、当該削除により新たな権利の保護範囲が生じるかについて不確定性の問題が生じるため、社会公衆が不測の不利益を被る恐れがあるだけでなく、特許制度の安定の維持にも寄与しない。

本事件において、中国最高人民裁判所は明確かつ強力な基準を確立し、マーカッシュ形式クレームは概括論により解釈されなければならないと説明し、「通常の状況において、一部のマーカッシュ要素を削除することは、新たな組合わせの技術方案が生じるため、訂正の規定を満たさない」と認定した。この裁判所の見解は、その後の中国の判決においても引用されており、中国におけるマーカッシュ形式クレームの解釈方法についての見解を巡る論争は徐々に落ち着きを見せている。

事例2:バスフ社v陝西美邦薬業集団股份有限公司(2018京73行初9342号)

1.事件概要

本件は、陝西美邦薬業集団股份有限公司(無効審判請求人)が、バスフ社(原告、特許権者)が有する中国第CN1122442C号特許「殺菌剤混合物」(以下、442特許)に対して請求した無効審判事件である。専利複審委員会は、442特許の請求項は全て無効とすべきであるという決定を下した。特許権者はこれを不服とし、北京知的財産裁判所に対して起訴を行い、中国特許庁に対して、原告が無効段階で提出した請求項1の訂正案2、3を認めるように請求した。

442特許請求項1には、以下のように記載されている。

「重量比が10:1〜0.01:1となるa.1)構造式I.dのカルバマート又はそれらの塩若しくは付加体と、

[式中、XがCH及びNを表し、nが0、1又は2を表し、Rがハロゲン、C1〜C4アルキル及びC1〜C4ハロアルキルを表し、且つnが2である場合、Rが異なっていてもよい]

b)下記の化合物、
II.a:1−(ブチルカルバモイル)ベンズイミダゾール−2−イルカルバミド酸メチル
II.b:ベンズイミダゾール−2−イルカルバミド酸メチル
II.c:ベンズイミダゾール−2−イルカルバミド酸2−(2−エトキシエトキシ)エチル
II.f:4,4’−(o−フェニレン)ビス(3−チオアロファン酸)ジメチル
から選択されるベンズイミダゾール又はベンズイミダゾールを遊離する前駆体(II)類から得られる殺菌活性化合物と、
を含む殺菌剤混合物。」

バスフ社は訂正案2において、請求項1中の「XがCH及びNを表し」の「XがNを表し」を削除し、「XがCHを表し」とする訂正を請求した。

2.北京知的財産裁判所の見解

原告は、「XがCHを表し」及び「XがNを表し」は二つの並列する技術方案であり、当該削除は技術方案の削除に該当すると主張した。しかし、原告の当該主張が成立する前提としては、マーカッシュ形式クレームが並列する技術方案の集合体であること、即ち、マーカッシュ要素における選択可能な選択肢がいずれも単独の技術方案となり得ることである。しかし、原則として、マーカッシュ形式クレームは並列する技術方案の集合体ではなく、一つの技術方案として見なさなければならない。そのため、Xの選択可能な選択肢の数に基づき請求項1を2つの並列する技術方案に分けることができるという原告の主張は認められず、「XがNを表し」の削除が技術方案の削除に該当するという主張も認められない。

本事件では、事例1の裁判所の見解を明確に支持し、マーカッシュ形式クレームは概括的な技術方案であることを強調しており、無効審判段階でのマーカッシュ形式クレームについての解釈及び訂正が更に厳格なものになっているため、訂正は認められなかった。このことから、2016最高法行再41号の判決は、中国における統一的かつ確固とした見解になっており、当該判決以来、特許権者にはマーカッシュ形式クレームの訂正により厳しい制限が課されるようになっていることが分かる。

中国の見解の分析、及び欧州の見解との比較

上記をまとめると、中国におけるマーカッシュ形式クレームの訂正には非常に厳しい制限があり、以下の2つの条件を満たしてはじめて一部要素を削除する訂正が可能となる。
(1)訂正後において、新たな性能及び作用を有する一群又は単一の化合物が生じてはならない。
(2)訂正後の請求項の保護範囲に不確定性が存在してはならない。例えば、任意の変数における任意の選択肢を削除した場合、保護範囲が不確定になってしまう。

上記見解は欧州の考え方と類似しており、欧州特許庁は第T 1506/13号決定において一部要素を削除する訂正は以下の2つの条件を満たさなければならないと指摘している。
(1)削除によって、これまで特に言及されていなかった個々の化合物や化合物群が特定されてはならず、削除されなかった保護対象については、元の化合物群よりも権利範囲が狭い包括的な化合物群として維持される。
(2)削除によって、当初開示されていなかった特定の意味を持つ特定の組合せがもたらされてはならない。即ち、別の発明が生じてはならない。

以上から分かるように、中国におけるマーカッシュ形式クレームの訂正に関する考え方は欧州と類似しているが、中国ではより徹底的に厳格な訂正の審査が行われている。適法な訂正であるかの判断に当たって、欧州では、訂正により特定の化合物が「選出して特定」されてはならないことに重点を置いているが、中国では、通常の場合、マーカッシュ群中の任意の変数における任意の選択肢を削除するだけで、新規事項追加であると判断される可能性がある。

弊所コメント

上記のような訂正についての制限があるとはいえ、サポート要件及び進歩性要件を満たすために、特許権者がマーカッシュ群中の一部の要素を削除する必要がある場面によく遭遇する。しかし、このような削除は中国において新規事項追加であると判断され、当該訂正が認められず、サポート要件や進歩性要件等の問題が治癒できないという厳しい状況に陥ってしまう可能性がある。

このような状況に陥らないために、明細書及び特許請求の範囲を記載する時に、マーカッシュ群の各種要素の展開や具体例をあげると同時に、明細書においてマーカッシュ要素の変更が化合物の性能に与える影響を分析し、従属項において異なる要素を組合せたり、階層的に限定を行ったり、ひいては実際に使用する具体的な化合物を並列的に限定したりすることで、その後のマーカッシュ形式クレームの訂正に対応できるようにすることを推奨する。

キーワード:特許 判決紹介 中囯 訂正 化学 医薬

 

 

购物车

登入

登入成功