台湾 弊所が訴訟代理人を務める「健喬信元(Synmosa)」、パテントリンケージ訴訟の控訴審でも独バイエル(Bayer)に全面勝訴

Vol.131 (2023年8月8日)

2023年6月、知的財産及び商事裁判所は後発医薬品メーカーによるParagraph IV声明が初めて認められたパテントリンケージ訴訟の民事控訴審(第二審)判決を言い渡した(Bayer v. Synmosa、知的財産及び商事裁判所111(2022)年民専上字第6号民事判決 )。控訴審裁判所は第一審判決(詳細はWisdomニュースVol.102「台湾 裁判所がバイエル(Bayer)の抗がん剤ネクサバール®の特許を無効と判断(Bayer v. Synmosa)」をご参照ください。)を支持し、独バイエル(Bayer、以下「バイエル」)による控訴請求を棄却した。弊所所長・弁護士・弁理士の黄瑞賢は本件被控訴人である健喬信元医薬生技股份有限公司(Synmosa Biopharma Corporation、以下「健喬信元」)の依頼を受け、控訴審でも全面勝訴することに成功した。

本件はソラフェニブの後発医薬品に関する特許紛争である。第一審において、健喬信元はバイエルのソラフェニブトシル酸塩結晶形に係る特許(第I382016号特許、以下「本件特許016」)及びその医薬組成物に係る特許(第I324928号特許、以下「本件特許928」)の全ての請求項、計26項が無効であると主張し、第一審裁判所に当該主張が認められた。今回の控訴審では、バイエルが証人として専門家を召喚することを要求したため、健喬信元もそれに倣い同様の要求を行った。そのため、裁判所は同一公判期日に2名の専門家を召喚し、双方の弁護士により両専門家へ交互尋問が行われた。しかし、最終的に採用されたのは健喬信元側の専門家の証言のみであった。控訴審裁判所は判決において、当該専門家の資格及びその証言の信頼性の判断に対して細かな分析を行っており、参考に値する。結果として、控訴審裁判所もバイエルの上記2件の特許全ての請求項(計26項)が無効であると認定し、同社の控訴請求を棄却した。

また、控訴審裁判所は化合物結晶形における進歩性の判断方法、医薬品特許を組み合わせる動機などについても詳細な見解を述べており、本判決の意義や参考価値は非常に大きい。以下に本判決での要点を紹介する。

本件特許の主な技術的特徴

本件訴訟は、ソラフェニブトシル酸塩結晶形に係る特許及びその医薬組成物に係る特許に関するもので、各特許における主な技術的特徴は次の通りである。

本件特許016

【請求項1】

(1A) 式(I)化合物(ソラフェニブトシル酸塩)

(1B) X線回折において2シータ角のピーク最大値4.4、13.2、14.8、16.7、17.9、20.1、20.5、20.8、21.5及び22.9を示す、結晶多形Iの式(I)の化合物。

【請求項2~3】

結晶多形Iが有する特定のIRスペクトル、ラマンスペクトルの数値的特徴で更なる限定を行っている。

【請求項4~6】

異なる再結晶(Recrystallization)方法、具体的には不活性溶媒(請求項4~5)、溶解結晶(請求項6:特定の加熱・冷却条件)により、結晶多形Ⅱの式(I)の化合物を結晶多形Iに変換する、請求項1に記載の結晶多形Iの製造方法。

【請求項7~15】

請求項1に記載の結晶多形Iの医薬的用途及びその組成物。

本件特許928

【請求項1】

(1A) 組成物の少なくとも55重量%の分量の活性物質を含有する(高薬物負荷容量の特徴);

(1B) 前記活性物質はソラフェニブトシル酸塩である(活性物質の特徴);

(1C) 充填剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤及び界面活性剤からなる群から選択される少なくとも1種の医薬的に許容し得る賦形剤を含む(賦形剤の特徴);

(1D) 錠剤である(剤形の特徴)、組成物。

【請求項2】

組成物の少なくとも75重量%の分量の活性物質を含有する(請求項1(1A)の更なる限定)。

【請求項3】

少なくとも80%のソラフェニブトシル酸塩が結晶多形Iの形で存在している(請求項1(1B)の更なる限定)。

【請求項4~5】

特定の分量と種類の賦形剤を含む(請求項1(1C)の更なる限定)。

【請求項6】

該錠剤は即時放出錠剤剤形である(請求項1(1D)の更なる限定)。

【請求項7~8】

活性物質は微粉化され、微粉化形態が0.5ないし10µmの平均粒径を有する(請求項1(1B)の更なる限定)。

【請求項9~11】

組成物の水含有量、他の薬剤との組み合わせ、その組成物の医薬用途。

控訴審裁判所の見解

1.専門家の証言を採用するか否かの判断基準について

控訴審において、バイエルは方嘉佑教授を、健喬信元は林山陽教授を専門家証人として召喚することを裁判所に求めた。両専門家により作成された専門家意見書が提出された後、裁判所は同一公判期日に両専門家を召喚し、当事者双方の弁護士が両専門家に対して3時間に及ぶ交互尋問を行った。しかし、最終的に裁判所は健喬信元側の専門家証人である林教授の証言のみを採用した。

裁判所は判決において、両専門家による証言の採用にこのような差が生じたことに対して詳細な見解を述べている。以下にその要点を抜粋する。

■専門家の資格・経歴・研究分野は証言の信頼性に影響を与える

バイエル側の専門家・方教授は製薬メーカーの実務従業者ではなく、また同氏の研究分野も薬物結晶形と具体的な関連性がない。そのため、その証言が錠剤製造関連業界における技術の実態を正確に反映しているものか否か疑問が残る。一方、健喬信元側の専門家・林教授の研究分野には薬物結晶形の変化、薬物と賦形剤の相互作用、共晶などのテーマが含まれている。また、医薬品開発段階の処方前研究において結晶形を研究する必要性に関する同氏の証言と、被証2の薬物活性物質(有効成分)の結晶形を制御する重要性に関する記載内容は、互いに裏付け合っている。

■キャリアに差があったとしても、その証言内容が通常の知識と一致するものであれば、当該証人は当業者として認められる

バイエルは、健喬信元側の専門家・林教授は製薬業界での経験が豊富で、知識水準が他の当業者に比べ高いため、同氏の証言を当業者の意見を代表するものとすることはできないと主張している。

しかし、同氏の証言は被証49及び50の技術文献に記載されている内容と一致している。これに加え、被証49及び50の公開日が本件特許の優先日、即ち2005年より前であることから、「2005年当時」、当業者が医薬品開発段階において、最も安定した薬物結晶形を得るために研究を行う動機を有していることは明らかである。よって、同氏の証言は2005年以前の当業者の認識と一致している。

■裏付けのない証言又は証拠と矛盾している証言は採用すべきではない

バイエル側の専門家・方教授は、当業者が製薬時直ちに結晶形を分析することはないと証言しているが、当該証言を裏付ける他の証拠がないため、疑問の余地がある。さらに同氏の証言は、製薬工程において当業者が結晶形の安定性を自発的に検証する可能性を完全に排除するものでもない。

さらに同氏は、トシル酸塩が薬物塩の中でも非常に珍しい形態であり、単に化合物の製造工程からその化合物のトシル酸塩の製造方法を知り得ないため、当業者であっても慣行的実験を通じてソラフェニブトシル酸塩を製造することはできないと述べている。しかし、本件特許016明細書【背景技術】において、「式(I)の化合物は一般的なトシル酸塩の標準的方法に従い製造する」と記載されている。特許権者であるバイエルが業界大手であることを鑑みると、明細書に記載されている背景技術の内容が、錠剤製造関連業界における技術の実態に最も近いはずである。よって、当業者であっても慣行的実験を通じてソラフェニブトシル酸塩を製造することはできないとは言い切れない。

2.複数の証拠を組み合わせる動機付けの有無について

バイエルの主張は、下記の通りである。

第一審判決では、ほかの要素、例えば解決しようとする課題の共通性等も含めて総合的に考慮せず、単に証拠の間に技術分野の関連性があるという理由のみでそれらを組み合わせる動機付けがあると認定した。これは明らかに法に違反している。

しかし裁判所は、下記のように認定している。

複数の証拠の間に解決しようとする課題の共通性や、作用・機能の共通性、示唆又は教示等があるか否かは、当業者がこれらの証拠に基づき容易に想到できるものも含め、証拠において実質的に暗示されている技術内容で判断すべきである。被証1において、本件特許928に係る式(I)化合物が開示されており、且つ前記化合物により錠剤を製造することができると教示されているため、当業者であれば薬剤を製造する際には、活性成分の重量及びそれに対応する錠剤の総重量が課題になることを容易に想到できる。また、被証10において、当該課題を解決するための技術内容が開示されている。そのため、実質上第一審判決では、既に前記証拠の間における課題の共通性や、示唆又は教示等の組み合わせの動機を考慮している。

3.熱力学的に安定した多結晶形活性物質が機械的応力安定性も具えることは予期できる

バイエルの主張は、下記の通りである。

結晶多形の熱力学的安定性(長期現象)からは前記結晶多形が機械的応力安定性(短期現象)を具えることを推定できない。ソラフェニブトシル酸塩結晶多形Iは熱力学的安定性、機械的応力安定性、及び十分な溶解度を同時に表現するため、予期せぬ効果を奏する。よって、第一審判決に誤りがある。

しかし裁判所は、上記主張は採用することができないと認定した。裁判所の見解は、下記の通りである。

まず、本件特許明細書及び提出された試験データにおいて、「機械的応力安定性」について具体的かつ客観的な定義がなされていない。また、バイエルが提出した試験データでは、本件特許016の結晶多形が確かに機械的応力安定性を具えているか否かは確認できない。次に、原証18において、「通常」多結晶形活性物質は研磨することにより準安定型から安定型になることが開示されているため、当業者であれば、熱力学的に安定した多結晶形活性物質は多くの場合に機械的応力安定性も具えることを理解できる。原証18において例外も開示されているが、熱力学的に安定した多結晶形活性物質が機械的応力安定性も具えることを予期できない原因にはならない。

4.医薬分野の当業者であれば、明細書の記載によりある化合物を製造できる場合、通常の知識に基づいて前記化合物の塩類を製造することができる

バイエルの主張は、下記の通りである。

単に化合物の名称が開示されていることは、前記化合物が先行技術で開示されていることにはならないため、当業者は被証1からソラフェニブ化合物のトシル酸塩を製造又は使用する方法を知ることができない。また、専門家証人である方嘉佑教授からの意見書及び証言によれば、トシル酸塩は塩類医薬品においては希少であり、現在FDAの認証を受けているのは9種類のみである。

しかし裁判所は、下記のように認定している。

(1) 特許査定を受けた医薬化合物に係る特許の請求項には、一般的に「...化合物及びその塩類。」と記載されていることが多く、その明細書には通常、化合物の製造実施例のみが記載されており、前記化合物の塩類の製造実施例は記載されていない。したがって、当業者にとって、明細書の記載によりある化合物を製造できるのであれば、通常の知識に基づいて前記化合物の塩類を製造することができることは明らかである。被証1においてソラフェニブの製造プロセス及びそのトシル酸塩が開示されている以上、当業者は周知の製造方法によりソラフェニブ化合物のトシル酸塩を製造することができる。

(2) FDAの新薬承認審査と特許審査は異なることである。FDAの認証を受けているトシル酸塩医薬品が非常に少ないことは、その製造において技術上の困難があることと必ずしも関連していない。

5.バイエルは本件特許928における数値限定特徴である薬物負荷容量が予期せぬ効果を奏することを証明していない

バイエルの主張は、下記の通りである。

本件特許928に係る薬物負荷容量(loading capacity)が55%以上という技術的特徴により、100Nより高い硬度と15分でほぼ100%の薬物放出率を同時に実現するといった予期せぬ効果を奏する。また、原証58における調査によれば、高薬物負荷容量の市販薬は非常に希少である。

しかし裁判所は、上記主張は採用することができないと認定した。裁判所の見解は、下記の通りである。

本件特許928の明細書において、薬物負荷容量が80%である実施例は開示されているが、ソラフェニブの含有量が55%以下である比較例は開示されていないため、前記実施例が奏する効果は薬物負荷容量という技術的特徴の相違によるものであると認定することはできない。また、同明細書において、錠剤の配合成分は同様であるが薬物負荷容量が55%以上又は55%以下である場合、薬物負荷容量が55%以上のソラフェニブ錠剤がどのような予期せぬ効果を奏するかについて記載されていない。

弊所コメント

今回の控訴審におけるバイエルの主な戦略は、専門家証人の証言により第一審裁判所が下した判決の認定を覆すことだった。

現在、知的財産及び商事裁判所が取り扱う民事訴訟の審理実務において、裁判官は比較的証人の証言よりも書面による証拠を信用し採用する傾向にあるため、当事者双方が専門家証人の召喚を要請することは珍しく、本件はまさにそのケースに当てはまる。実際、バイエルは第一審の審理後半に、独バイエルに勤めるドイツ人研究開発員の専門家意見書を提出し、裁判所に当人の召喚を求めたが、裁判官は当該意見書の主張が採用に値しないとして、同社の請求を棄却した。

バイエルは控訴審において再度、台北医学大学の方教授を専門家証人として召喚することを裁判所に求めた。当該請求は認められたものの、裁判官は方教授の研究分野が本件特許と異なっていること、同氏の証言が他の技術文献により裏付けられていない上、科学理論に矛盾したものであることを理由に、当該証言を採用しなかった。一方、裁判官は健喬信元側の専門家・林教授の研究分野は本件特許と同一であり、また同氏の証言は他の技術文献により裏付けられているとして、当該証言を全面的に認めた。

台湾での医薬品特許訴訟の審理実務においては、今後、証拠方法として専門家により作成された専門家意見書を提出したり、専門家証人の召喚を要請するケースが増えることが予想される。特許権者側、後発医薬品メーカー側にかかわらず、証拠方法として専門家証人を利用する場合、彼らの証言を有効に活用し勝訴を勝ち取るため、本件判決で示された証言の採用基準に十分留意しなければならない。

 

 

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