中国 数値限定発明に関する実務上の判断傾向の分析

Vol.130(2023年7月12日)

数値限定発明は、「パラメータ発明」とも称され、物理・化学のパラメータにより技術的特徴を特定する発明を指す。特に材料分野では、発明を構造又は単純な化学式で定義することが難しいため、数値限定発明がよく見られる。しかし、パラメータで限定する方法に非常に多くの選択肢があり、且つ出願人が各種パラメータを新たに創設することも多いため、先行技術と比較する際には通常の発明と異なる方法で判断が行われる。本稿では、近年実際にあったいくつかの事件を通じて、中国における数値限定発明に関する実務上の判断傾向を分析する。

事例紹介

(1)使用するパラメータは当業者が明細書にある教示又は通常の技術手段により明瞭かつ確実に特定できるものでなければならない。

事例1:第CN101535366B号特許「光反射用熱硬化性樹脂組成物」(以下、本件特許)の無効審判請求事件1

本件特許請求項1は、以下の技術的特徴で限定されている。

「成形温度が100℃~200℃、成形圧力20MPa以下、及び成形時間60~120秒の条件でトランスファー成形した時に生じるバリ長さが5mm以下」

中国国家知識産権局の見解は以下の通りである。

本件特許請求項1において、バリ長さの測定条件が限定されているが、本件特許明細書にはバリ長さについて、如何なる説明や解釈もない。そのため、本件特許請求項1におけるバリ長さの測定条件に対する限定は、当該請求項に係る発明を明瞭かつ明確に示せておらず、当該請求項の請求範囲を明確に限定していないため、「記載要件」を満たしていない。

「バリ長さ」について、本件特許明細書【0072】において「成形時のバリ長さ」を定義する際に、「金型中心部のキャビティから、金型の上型と下型との合せ目の隙間に放射方向にはみ出した樹脂硬化物の最大長さ」という記載を用いている。この記載からでは、本件特許に記載の「バリ」が金型の6本のスリット内で流動する「スリットバリ」ではなく、特許権者が主張する金型の上型と下型との隙間にはみ出した、いわゆる「はみ出しバリ」を指すことを明確に特定できない。

また、技術的特徴としてパラメータを使用する際、使用するパラメータは当業者が明細書にある教示又は発明の属する技術分野における通常の技術手段により明瞭かつ確実に特定できるものでなければならない。一般に、請求項中の用語は発明の属する技術分野で通常理解されている意味として解釈すべきである。明細書にてある用語が特定の意味を持つと明記されており、且つ特許請求の範囲で当該用語が使われているというような特定の状況では、明細書における当該用語の説明は十分に明瞭でなければならない。

(2)進歩性を判断する鍵は、技術的特徴であるパラメータが構造及び/又は性能に顕著な変化や向上をもたらすか否かである。

事例2:第CN101678605B号特許「離型フィルム」(以下、本件特許)の無効審判請求事件2

本件特許請求項1は、以下の技術的特徴で限定されている。

「少なくとも一方の表面性状が、JIS B0601:2001に準拠する方法により、先端半径2μm、円錐のテーパ角60°の触針を用い、測定力0.75mN、カットオフ値λs=2.5μm、λc=0.8mmの条件にて測定される粗さ曲線の最大高さ粗さRzが0.5~20μm、かつ、粗さ曲線要素の平均長さRSmが50~500μmである」

本件特許請求項1と引用文献1における技術的特徴の相違点として、請求項で限定された特定条件で測定されたパラメータ(RzとRSm)及びその範囲が挙げられる。

しかし中国国家知識産権局は、下記のように認定している。

本件特許がRz、RSmという2つのパラメータを選択しその数値範囲を特定の範囲に特定する理由は、フィルム製品の性能を確保するためであり、この2つのパラメータの範囲を有する離型フィルムの構造実現に技術的な難しさがあるからではない。本件特許における離型性及び防シワ性の具体的な測定方法は引用文献1と異なるが、本件特許で採用されている上記の性能測定方法は、本技術分野における一般的な測定方法ではない。一方で引用文献1で採用されているのは、本技術分野における一般的な標準測定方法である。引用文献1が本件特許と同様にフィルムの防シワ性、離型性及び接着剤の流動性等の性能に着目したものであることを鑑みると、当業者であっても引用文献1に記載の性能と本件特許における離型性及び防シワ性との実質的な相違点を見出すことはできない。そのため、本件特許が異なるパラメータを離型フィルム製品の技術的特徴として限定されているとしても、このような限定方法の変更により、離型製品の性能が先行技術に対して顕著に変化したり、向上したりすることはない。

事例3:第CN108832075B号特許「リチウムイオン電池」(以下、本件特許)の無効審判請求事件3

本件特許請求項1は、以下の技術的特徴で限定されている。

「正極板、負極板、セパレーター及び電解液を含み、

前記正極板は、正極集電体及び正極フィルムを含み、

前記正極フィルムは、正極集電体の少なくとも1つの表面上に設置され、正極活物質を含み、

前記負極板は、負極集電体及び負極フィルムを含み、

前記負極フィルムは、負極集電体の少なくとも1つの表面上に設置され、負極活物質を含む、

リチウムイオン電池であって、

前記正極活物質は、LiaNixCoyM1-x-yO2の化学式を有する材料を含み、

式中、Mは、Al及びMnから選択された1つ又は2つであり、0.95≦a≦1.2、0<x<1、0<y<1、0<x+y<1であり、

前記負極活物質は、黒鉛を含み、

前記正極フィルムのOI値OIcと前記負極フィルムのOI値OIaは、関係式0.05≦OIa/OIc≦10を満たし、

正極フィルムのOI値OIcは、正極板のX線回折チャートにおける(003)回折ピークのピーク面積と正極板のX線回折チャートにおける(110)回折ピークのピーク面積との比の値であり、

負極フィルムのOI値OIaは、負極板のX線回折チャートにおける(004)回折ピークのピーク面積と負極板のX線回折チャートにおける(110)回折ピークのピーク面積との比の値であることを特徴とする、

リチウムイオン電池」

本件特許では正・負極フィルムのOI値というパラメータでその請求項を限定すると共に、正・負極フィルムのOI値が満たすべき関係も限定している(正極フィルムのOI値OIc及び負極フィルムのOI値OIaが満足する関係式は、0.05≤OIa/OIc≤10である)。

無効審判請求人の主な主張は下記の通りである。

(1) 本件特許明細書の実施例によれば、同種の材料における粒子径及び測定条件は同様であるが、対応するX線回折チャート及びこれにより算出した粉体のOI値は異なっている。即ち明細書における説明は不明瞭かつ不完全である。

(2) 本件特許請求項1に係るOIc及びOIaはそれぞれ正極フィルム及び負極フィルムの物理・化学パラメータであるが、当該正極フィルム及び負極フィルムは新たな物質構造を有する材料と関連性がないため、物理・化学パラメータで限定することはできない。特許権者は、引用文献との比較ができないような、非一般的なパラメータ(正・負極OI値の比の値)を創設し、発明を定義している。

これに対し、中国国家知識産権局は下記のように指摘した。

(1) 本件特許明細書【0022】において、「正、負極板の冷間プレスのプロセスパラメータ、例えば冷間プレス速度、冷間プレス温度、冷間プレス圧力、及び冷間プレス回数等のパラメータもフィルム中にある粒子の堆積配向指数に影響し、ひいてはフィルムのOI値にも影響する。そのため、極板の冷間プレスのプロセスパラメータを制御することによってフィルムのOI値を調整することもできる」と明記されている。明細書の実施例及び比較例で採用している測定条件、活物質の種類、及び粒子径は類似又は部分的に一致しているが、正、負極板の製造プロセスは異なる可能性がある。たとえ、明細書に具体的な冷間プレス速度、冷間プレス温度、冷間プレス圧力、及び冷間プレス回数等のパラメータの数値が記載されていなくても、明細書にはこれらのパラメータと極板のOI値との間に関係性があることが開示されており、且つこれらのパラメータは極板の製造プロセスでよく見られるものであるため、当業者であれば明細書の内容に基づき、これらのパラメータの組み合わせを適宜調整することにより、正、負極板のOI値を制御することができ、ひいては両者の比の値の関係をマッチングすることができる。

(2) OIa及びOIcはそれぞれ、負極フィルムにおける正極活物質の堆積配向指数、及び正極フィルムにおける負極活物質の堆積配向指数を表す。このようなフィルムにおける活物質の堆積配向指数は、活物質そのものの構造的特徴ではなく、活物質の電極フィルム上での存在状態を示すものである。つまり、OIa、OIcの数値はこのような存在状態を表し、OIa/OIcは正・負極フィルムにおける活物質の堆積配向指数の合致性を示している。そのため、本件特許におけるパラメータでの限定は合理的なものである。

続いて、新規性については下記の見解を示した。

引用文献1の目的は負極板の性能を改善することであり、同引用文献において配向指数の概念が言及されているが、それを計算する際に(004)回折ピークのピーク面積C004と(110)回折ピークのピーク面積C110との比の値を採用している。一方、本件特許では負極OIcを計算する際に(003)回折ピークのピーク面積C003と(110)回折ピークのピーク面積C110との比の値を採用している(OIc=C003/C110)。さらに引用文献1では、正極フィルム層における配向指数の概念や計算に関連する内容、更に正極フィルムと負極フィルムとのOI値の合致について、いずれも言及されていない。

引用文献2は負極フィルムの配向指数と性能の関連性を改善することに着目したものであり、正極フィルム層における配向指数の概念や計算に関連する内容、更に正極フィルム及び負極フィルムのOI値の合致について、いずれも言及されていない。当業者であっても引用文献2に基づき、引用文献2の技術方案から得られる製品が「正・負極フィルムのOI値の比の値OIa/OIcが0.05~10の範囲である」という特徴を備えていることを直接的かつ一義的に特定できないため、「本件特許請求項1で保護される電池製品は引用文献2に係る電池製品と同様であることを推定できる」という無効審判請求人の主張は採用できない。

よって、本件特許請求項1は引用文献1、2に対し新規性を有する。

また、進歩性については下記の見解を示した。

本件特許における技術方案の要は、OIa/OIc(即ち前記「比の値」)が0.05~10となるよう正・負極OI値の比の値の範囲を制御することにあり、これにより高速充電のプロセスにおいて、リチウムイオン電池の正極・負極の動力学的バランスが最適なものとなる。

しかし各引用文献では、それぞれ正極又は負極のいずれか一方に関する事項が開示されているにすぎず、他方の電極に関する内容や、正極フィルムと負極フィルムとのOI値の合致については如何なる言及もされていないため、各引用文献を組み合せる動機付けが存在しない。

これら2つの事件から、中国国家知識産権局の進歩性に関する判断基準において、係争特許が進歩性を有するか否かを判断する鍵は、当該パラメータという技術的特徴を採用することにより、構造及び/又は性能に顕著な変化や向上がもたらされるか否かであることが分かる。

弊所コメント

数値限定発明における技術的特徴の限定は構造又は組成による限定と異なり、参考となるような一般的な限定方法がない上に、様々な限定方法があり、且つ出願人が各種パラメータを新たに創設することも多い。よって、記載要件の判断において、以上の各事例から、中国国家知識産権局は、使用するパラメータは当業者が明細書にある教示又は通常の技術手段により明瞭かつ確実に特定できるものでなければならないこと、及び記載要件を満たすためには、明細書における当該パラメータに関する用語の説明が十分に明瞭でなければならないことを条件としていることが分かった。

一方、進歩性に関する判断について中国国家知識産権局は、引用文献で本件特許の技術的特徴であるパラメータが開示されているか否かを判断する際には、発明が解決しようとする課題、発明が奏する効果、及び当業者の通常手段をまとめて総合的に判断する必要があり、且つ進歩性を判断する鍵は、技術的特徴であるパラメータが構造及び/又は性能に顕著な変化や向上をもたらするか否かにあるとの見解を示した。

上記見解は特許権者に参考としてもらうために整理・分析したものである。中国での特許戦略を検討する際、数値限定発明に関する案件がある場合、関連する答弁や主張を行うにあたり、上記の実務的見解を参考にすることができる。

[1] 無効審判決定番号:第53229号(無効審判請求人:北京科化新材料科技有限会社、特許権者:昭和電工マテリアルズ株式会社)

[2] 無効審判決定番号:第58826号(特許権者:積水化学工業株式会社)

[3] 無効審判決定番号:第50123号(無効審判請求人:江蘇塔菲爾新能源科技株式会社、特許権者:寧徳時代新能源科技株式会社)

キーワード:特許 中国 判決紹介 新規性、進歩性 記載要件 化学

 

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