機械分野発明の進歩性判断に関する判例(単口ノズルヘッド及び直圧式両弁口自動スイッチノズルヘッド事件)

Vol.129(2023年6月8日)

台湾最高行政裁判所は最近、とある機械分野の特許案件での進歩性判断において、知的財産及び商事裁判所の見解を覆す判決1を下した。機械分野の特許案件において、請求項における部材の外観、構造、作用方法等の記載が比較的大まかで、先願において類似する部材が開示されている場合、当該請求項の記載方法により特許請求の範囲が非常に広くなっているため、先願との区別が困難なことがある。この場合、たとえ明細書及び図面の記載から両者の原理や受力方法が異なることが明らかであっても、当該請求項に係る発明が先願の発明に対し進歩性を有すると証明しにくい場合がある。また、仮に明細書に前記技術的特徴から得られる効果が明確に記載されていない場合、裁判所は前記技術的特徴の一部が先願で開示されていること、先願の発明が当該特許に係る発明と同一の作用・効果を有すること、当該特許に係る発明は効果の向上をもたらさないことを理由に、当該特許に係る発明が先願発明の簡単な変更であると認定する可能性は極めて高い。本件において、最高行政裁判所は先の理由から知的財産及び商事裁判所の認定を覆している。その内容を以下に紹介・分析する。

事件経緯

本件は、呉樹木(無効審判請求人)が「双余実業株式会社(BETO ENGINEERING AND MARKETING CO., LTD.)」(特許権者)が有する第I560384号特許「単口ノズルヘッド及び直圧式両弁口自動スイッチノズルヘッド」(以下、本件特許)に対して、無効審判を請求した事件である。台湾特許庁による審理の結果、本件特許請求項1~4は進歩性を有しないとし、これら請求項に対して請求認容審決を下した。特許権者はそれを不服として、訴願を経て行政訴訟を提起した。知的財産及び商事裁判所は本件特許請求項3が進歩性を有すると認定し、原処分における「本件特許請求項3に対する無効審判請求を認容する」部分を取消した2。無効審判請求人は当該判決を不服とし、更に最高行政裁判所に上訴を提起した。最終的に最高行政裁判所は、本件特許請求項3が進歩性を有しないと認定し、本件を知的財産及び商事裁判所へ差戻すという、知的財産及び商事裁判所が下した原判決を覆す 判決3を下した。

本件の主な争点は、引用文献2において本件特許請求項3の「各顎部の外表面に半径方向に広がるアーチ部が形成される」という技術的特徴が開示されているか否かである。

本件特許及び引用文献の主な技術的特徴

1.本件特許の技術的特徴

本件特許は、単口ノズルヘッド及び直圧式両弁口自動スイッチノズルヘッドを提供するものであり、請求項1及び3には下記の技術的特徴が記載されている。

〔請求項1〕

貫通する弁孔を有し、弁孔の両末端の間に供気口が接続し、頂端に半径方向に収縮する円環フランジ部が形成されている、本体と(特徴A)

本体内に設置され、本体弁孔の軸方向に沿って第一の位置と第二の位置の間で有限に往復移動ができ、頂端に近い外環面には前記円環フランジ部に対応する円環肩部が形成され、円環肩部から上には前記弁孔の外に伸ばすことができる比較的小口径のプレス部が形成され、内部に外環面と通じる流路が形成されている、弁栓と(特徴B)

弁孔と同軸配置され且つ半径方向に収束する収束孔を定義するための、それらの間に間隔を空けて収束溝が円環状に設けられた複数の顎部を有する、前記弁栓の底端部と接続する押輪部と(特徴C)

アノズルの挿込に供する第一挿込口を有する、前記収束孔中に設置された円環状の第一接続口と(特徴D)

を含む、単口ノズルヘッド。

〔請求項3〕

各顎部の外表面に半径方向に広がるアーチ部が形成される、請求項1に記載の単口ノズルヘッド。


本件特許図7(第一エアノズル91と接続前) 本件特許図8(第一エアノズル91と接続後)

2.引用文献での開示状況

引用文献2明細書第3頁第9行~第18行に、「…安全弁は手動でベル型部品に差し込み、その末端がゴム部品18の底部を圧迫し、前方密封を生じる。圧迫し続けることにより、ベル型部品が徐々にチャンバー9に入り、その開口を干渉する。開口が顎部をベル型部品の中軸に向かって押し動かし、安全弁が締め付けられる…」と記載されている。


引用文献2図4(安全弁から分離している時) 引用文献2図5(安全弁と接続している時)

知的財産及び商事裁判所の見解

知的財産及び商事裁判所は、本件特許請求項3の各顎部の外表面に半径方向に広がるアーチ部が形成されており、引用文献2の簡単な変更ではないため進歩性を有すると判定した。その理由は下記の通りである。

  1. 被告(台湾特許庁)及び参加人(無効審判請求人)は本件特許の「半径方向に広がるアーチ部」が引用文献2のベル型部品に相当するなどと主張しているが、引用文献2図4において、当該ベル型部品の外表面が概ね直線的なものであること、底端には階段状の外フランジ部が設けられていることが示されている。よって、引用文献2の部品は本件特許請求項3の前記構造的特徴に対応していない。
  2. また、本件特許図面及び明細書にある「各顎部におけるアーチ部のガイドにより、収束孔が自動的に第一接続口を半径方向に締め付ける」、「エアノズルを強力に固定するために、顎部は『直接』接続口を圧迫し、 半径方向に変形させる。このような構造関係により空気を送入する際に空気漏れを最低限に抑えることができる」という記載から、本件特許の「半径方向に広がるアーチ部」は「ガイド」作用により、エアノズルを締め付ける効果を向上させられることが分かる。一方、引用文献2図5においてベル型部品19の底端が階段状の外フランジ部を有することが示されているが、外フランジ部は概ね動きを止める作用のみで、ガイド作用はなく、且つエアノズルを締め付ける効果を向上させることもない。また、本件特許明細書の発明が解決しようとする課題から、「空気漏れ問題」を課題の要点としていることが分かる。両者の構造上の特徴、作用及び効果がいずれも異なる状況の下、引用文献2のベル型部品を基礎として、これを本件特許の「半径方向に広がるアーチ部」へ調整することは容易であるため、引用文献2の簡単な変更に当たると認定することはいささか困難である。

最高行政裁判所の見解

しかし、最高行政裁判所は本件特許請求項3は引用文献2の簡単な変更ではないことに疑問の余地があると認定した。その理由は下記の通りである。

  1. 引用文献2図4において、ベル型部品19は右から、ケーシング11と接続する最小口径端、次に斜め向きの階段部で接続される比較的大口径の顎部、最後に外に向かって突出する顎部の順に配置されていることが示されており、引用文献2に係るベル型部品の顎部外表面が半径方向に広がる様子が見てとれる
  2. 引用文献2明細書第3頁において、「…安全弁は手動でベル型部品に差し込み、その末端がゴム部品18の底部を圧迫し、前方密封を生じる。圧迫し続けることにより、ベル型部品が徐々にチャンバー9に入り、その開口を干渉する。開口が顎部をベル型部品の中軸に向かって押し動かし、安全弁が締め付けられる…」と記載されている。また引用文献2図4にはゴム部品の外側とベル型部品の内側との間に隙間があることが開示されており、図5にはベル型部品が圧迫されると前記隙間が消えることが開示されている。このことから、ゴム部品はベル型部品の顎部による収束制限(半径方向に圧縮)を受け、安全弁に対して強力固定や密封作用を有していることが見てとれる。
  3. 以上に基づき、引用文献2に係るベル型部品ではアーチ部を有することが示唆されており、引用文献2に係るベル型部品は階段部を有し、エアノズルと接続する際に前記階段部を圧迫し挟むような動きをするため、本件特許と類似する作用や機能を有する。なお、引用文献2明細書において、ベル型部品は好適なサイズの顎部を有する別のベル型部品と交換できると記載されている。
  4. 引用文献2には確かに本件特許請求項3の「各顎部の外表面が半径方向に広がる」という技術的特徴が開示され、また引用文献2は本件特許と同一の作用・効果を有し、本件特許は効果の向上をもたらさない。この場合、本件特許請求項3は引用文献2の簡単な変更ではないことに疑いの余地がある。
弊所コメント

弊所の分析によると、本件特許請求項3の「半径方向に広がるアーチ部」と引用文献2のベル型部品19の受力現象及びガイド作用は実質的に同一ではないが、本件において知的財産及び商事裁判所と最高行政裁判所との判決が異なった主な要因は、本件特許明細書及び請求項3での「半径方向に広がるアーチ部」に関する特徴の記述が不足しているほか、本件特許が効果の向上をもたらさないことから、引用文献2に係るベル型部品19との相違点を十分に証明することができなかった点にあり、その結果、最高行政裁判所により本件特許が引用文献2の簡単な変更に過ぎないと判断された。

本件特許請求項3の「半径方向に広がるアーチ部」について、前記半径方向に広がるという特徴とは具体的に、顎部563のアーチ部565が第一エアノズル91で第一接続口55の第一挿込口551に接続する際に、円環下端部573から押される力を受け、収束孔561が自動的に第一接続口55を半径方向に締め付けるようガイドし、第一接続口55が圧迫され、更に第一エアノズル91を締め付ける、というものである(本件特許図8を参照)。一方、引用文献2に係るベル型部品19が安全弁2に差し込まれると徐々にチャンバー9に入り、顎部19a、19bが中軸に向かって押し動き、締め付ける効果を奏する原因は、 ベル型部品19が受けた力ではなく、安全弁2によるゴム部品18の底部に対する圧迫にある。且つベル型部品19の外フランジ部は顎部19a、19bの動きを円環部21で止める作用のみを有し(引用文献2図5を参照)、顎部を収縮するようにガイドする作用を有しない。したがって、引用文献2に係るベル型部品19は本件特許請求項3の「半径方向に広がるアーチ部」が有する受力現象及びガイド作用を有しないことが分かる。

以上から、本件特許請求項3で「半径方向に広がるアーチ部」の外観や形状の詳細をより明確に限定し、ノズルヘッド50の組成構造、及び顎部563のガイドに対する前記アーチ部形状の協働作用を説明するとともに、明細書に当該技術的特徴から得られる有利な効果を記載し、当該効果と第一エアノズル91に対する第一接続口55の締め付け能力との関連性を証明することができれば、請求項3の技術的特徴が空気漏れを抑える能力を向上させることができる点、及びその動作の仕組みが引用文献2とは異なる上、さらに優れた効果を奏することから請求項3の技術的特徴が当業者であっても引用文献2の簡単な変更により完成できるものではない点を証明でき、当該請求項に係る発明の進歩性を強調することができると考えられる。

[1]最高行政裁判所111(2022)年上字第366号判決

[2]知的財産及び商事裁判所110(2021)年行専訴字第31号判決

[3]最高行政裁判所111(2022)年上字第366号判決

キーワード:台湾 特許 新規性、進歩性 判決紹介 無効審判  機械

 

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