引用文献の誤りのある記載は適格性のある開示内容として認められるか否かに関する台湾、中国、米国、欧州の実務紹介及び比較

Vol.126(2023年4月18日)

先行技術の記載内容に誤り又は矛盾があるため実施できない場合、これらを適格性のある先行技術として係争特許に係る発明の新規性や進歩性の否定のために引用できるか否かは特許審査の実務において重要な議題である。実務上の判断結果は大まかに2段階に分類できる。(1)第1段階としては、記載に誤りのある部分を適格性のある開示内容として認めないとする判断結果、(2)第2段階としては、第1段階の考えを基礎とし、訂正後の内容を先行技術の開示内容と見なす判断結果である。

誤り又は矛盾のある記載内容を適格性のある開示内容とすることができるか否かの判断について、各国の法規及び審査実務では異なる判断方法が採られており、近年において、台湾ではF. Hoffmann-La Roche AG v台湾セルトリオン事件、中国では最高人民裁判所(2021)最高法知行終83号判決で判断方法が示されている。

また、米国の司法機関では1970年のIn re Yale事件により「明らかな誤りのある情報は係争請求項を開示する基礎として用いることができない」という原則が確立され、最近CAFC(合衆国連邦巡回区控訴裁判所)はLG Electronics Inc. v ImmerVision, Inc.事件において、「明らかな誤り」についての概念をより詳しく説明している。

また、欧州特許庁の審査ガイドラインでは、先行技術に誤りのある場合についての手引きが最も具体的且つ明確に示されており、各種誤記の状況に応じた判定結果が示されている。

以下に台湾、中国、米国、欧州の関連する規定及び具体的な判例について比較分析を行っていく。

一、台湾

1. 台湾の専利審査基準

台湾現行審査基準においては、先行技術の記載に誤りがある場合についての判断基準は規定されておらず、第2篇第3章特許要件「2.2.2引用文献」の一節に以下のように規定されているに過ぎない。

「引用文献の開示内容は、その発明が属する技術分野における通常の知識を有する者が特許出願に係る発明を製造及び使用できるに足る程度のものでなければならない。例えば特許出願に係る発明が化合物であるとして、引用文献にはその存在の説明又はその名称若しくは化学式の記述がされているに過ぎず、当該化合物をどのように製造及び使用するかについて説明されておらず、且つその発明が属する技術分野における通常の知識を有する者が当該文献の内容又は文献公開時に知り得る通常知識から当該化合物をどのように製造又は分離するか理解できない場合、当該文献により、当該化合物は新規性を有しないと認定することはできない。」

裏を返せば上記規定は「引用文献に誤りのある記載が存在し、当該記載に基づき特許出願に係る発明を製造及び使用することができなくなる可能性がある場合には、当該引用文献において特許出願に係る発明が開示されていると認定してはならない。」とも解釈できると思われる。

2. 裁判所判例:F. Hoffmann-La Roche AG v台湾セルトリオン(知的財産及び商事裁判所2021年民専上字第31号判決)1

台湾知的財産及び商事裁判所は、本事件の第一審及び第二審のいずれにおいても引用文献に誤りが存在し、誤りのある内容を適格性のある開示内容として認定することはできないが、訂正後の内容を適格性のある開示内容として認定する、という見解を示している。

事件の概要

F. Hoffmann-La Roche AGは、台湾の審査基準において先行技術に記載された内容の誤り等の訂正について規定されておらず、本件訴訟では先行技術に形式上記載された内容、即ち「Rituximabの静脈投与量が100mg」で本件特許の特許要件について判断を行うべきであると主張した。

しかし、知的財産及び商事裁判所第一審の判決(2020年民専訴字第79号判決)では、証拠9に記載された引用文献リストには番号の飛びや誤記があったり、証拠9中に記載された投与量100mgは誤記であるため、証拠9中で明記された引用文献3(証拠11)に基づき投与量100mgを1000mgに訂正し、この訂正後の投与量と本件特許の技術手段が同一であるため、本件特許は進歩性を有しないと認定するとの見解が示された。F. Hoffmann-La Roche AGは当該判決を不服とし、上訴した。

第二審の見解

第二審は第一審の判決を支持し、証拠9の引用文献は証拠9で明確に言及された先行技術文献であり、証拠9で開示された内容の一部であるという見解を示している。

さらに第二審の判決中に以下のような見解が示されている。

証拠9の引用文献は合計3個のみであるが、引用文献番号は5番まであった。そのうち引用文献番号2番は空行であり、4番は「Abstract」の文字等があるのみで明らかな誤りであった。当業者は当該引用文献番号に飛びや誤記があると理解できるため、証拠9で開示されている技術内容の全体を理解するにあたり、証拠9の文章中で引用された内容とそれら引用文献の内容とを分析対比し、正確な対応関係を合理的に導き出せることは自明である。

また、証拠9において、一部の被験者は2又は3クール目のRituximab治療を受けた、その注射量は2週間間隔を空け100mgを2回、と開示されている。本件特許の再治療で投与された「注射量」(14日の間隔を空けて1000mgを2回投与)とは異なるが、当業者は、証拠9の「1クール目のRituximab治療は14日の間隔を空け低注射量の500mgの静脈内注射を2回、又は14日の間隔を開け高注射量の1000mgの静脈内注射を2回行う」という内容を参酌すれば、証拠9を基に2又は3クール目のRituximab治療で14日の間隔を開け100mgの注射量で静脈内注射を2回行う場合、再治療(2又は3クール目のRituximab治療)の注射量は1クール目の1/5又は1/10となり、1クール目の治療の効果を維持したいという再治療の目的に明らかに合致せず、誤記であることを容易に察知することができる。

証拠9ではRituximabの再治療(2又は3クール目のRituximab治療)の詳細について、証拠11を引用したと述べられており、証拠11では2クール目以降の治療は2週間の間隔をあけ2回1000mgのRituximabを投与したと開示されている。よって、当業者は証拠11で開示された2クール目以降の治療の注射量を参酌して、証拠9で開示された2クール目以降の治療の注射量100mgは1000mgの誤記であり、2週間の間隔をあけ1000mgの注射量で2回注射を行うと読み解くほうが正しいと理解できる。

3. まとめ

実施できない(再現性のない)開示内容は有効な先行技術にはなり得ないという概念は欧州や米国の特許実務において一般的に受け入れられている考え方である。台湾専利審査基準及びF. Hoffmann-La Roche AG v台湾セルトリオンの判決の中にも類似した概念が取り入れられている。

台湾専利審査基準では前記第1段階の判断結果のみ触れているが、F. Hoffmann-La Roche AG v台湾セルトリオンの判決において裁判所は、当業者が誤記であると明らかに理解できる状況としては、当該誤記が形式上の明らかな誤植である場合だけでなく、科学的合理性や技術事実に基づく実質上の誤記である場合も含まれると認定し、先行技術に記載の引用文献を参酌してその真意を判断する形となっており、前記第2段階の判断結果が採用されている。

二、 中国

2022年2月に中国最高人民裁判所知的財産権法廷が『裁判要旨要約(2021)』を公布した。その中で、中国最高人民裁判所「(2021)最高法知行終83号行政判決書」の要旨が摘録されている。当該要旨では、誤り又は矛盾のある記載内容を適格性のある開示内容とすることができるか否かの判断に関して、記載に誤りのある部分については適格性のある開示内容として認めないとの見解が示されている。つまり、当該要旨では前記第1段階の判断結果についてのみ言及されている。

1.最高人民裁判所知的財産権法廷が公布した『裁判要旨要約(2021)』

中国の専利法及び審査指南では先行技術の記載内容の誤りについての明文規定はなかったが、2022年2月に最高人民裁判所知的財産権法廷が『裁判要旨要約(2021)』を公布し、その第4項に「同一の先行技術文献中において矛盾する記載が存在する場合の開示内容についての認定」について記載されている。具体的には、後述の「(2021)最高法知行終83号行政判決」の判決要旨が引用されており、「同一の先行技術文献に記載された特定の技術方案の内容とそこに記載のその他関連する内容の間に矛盾が存在し、当業者が完全に文献を読んだ後に、公知の常識を組み合わせたとしても合理的に解釈できない、又はその正誤を判断できない場合は、当該先行技術文献は上述の特定の技術方案を開示していないと認定することができる。」と記載されている。

2. 裁判所判例:最高人民裁判所(2021)最高法知行終83号判決

事件の概要

中国特許庁は本件特許出願(出願番号:201510452769.1)の第183507号の複審決定において、本件特許出願は引用文献1(EP15189061A1)に対し新規性を有しないことを理由として、本件特許出願の拒絶査定を維持した。出願人は当該複審決定を不服とし、北京知的財産裁判所に対し取消訴訟を提起したが、北京知的財産裁判所は(2019)京73行初14577号行政判決において第183507号の複審決定を維持した。出願人は当該第一審の判決を不服とし、最高人民裁判所に上訴した。

本件の争点

本件の争点は「先行技術の明らかに矛盾する内容により本件特許出願の新規性を評価することができるか否か」である。

本件特許出願の技術手段は塗料中に「水不溶性」である塩基性硝酸ビスマスを使用することに関するものであるのに対し、引用文献1において開示されている技術手段は塗料中に「水溶性」金属硝酸塩を使用することに関するものであった。ところが、引用文献1での水溶性金属硝酸塩の例示において水不溶性の塩基性硝酸ビスマスとして知られている化合物が挙げられていた。このことから、引用文献1中の全体の技術手段(塗料中に「水溶性」の金属硝酸塩を使用すること)と矛盾する一部の技術手段(塗料中に「水不溶性」の塩基性硝酸ビスマスに属する化合物を使用すること)は先行技術として引用できるか否かが争点となった。

この点について中国特許庁は、引用文献1中の塩基性硝酸ビスマスに関する技術手段は誤りのある例示ではあるが、客観的にみて引用文献1は水不溶性の塩基性硝酸ビスマスを含む塗料について開示している、という見解を示した。

最高人民裁判所の見解

最高人民裁判所は中国特許庁の見解を支持せず、次のような見解を示している。

「出版物という開示方法により開示された先行技術中の技術方案の内容は当該出版物の客観的記載に準じるが、当該出版物の当該技術方案に関連する記載内容とその他関連する内容の間に前後で明らかな矛盾が存在し、且つ当業者が当該出版物に記載のその他の内容と当業者が理解している当該分野の通常知識を組み合わせたとしても合理的に解釈できない場合、当該技術方案は当該出版物により開示されていると認定してはならず、専利法意義上の先行技術を構成しない。」

3. まとめ

中国最高人民裁判所知的財産権法廷が公布した『裁判要旨要約(2021)』では前記第1段階の判断結果が示されるのみにとどまった。先行技術の記載内容を適格性のある開示内容として認めない条件としては、引用文献中に「自己矛盾する記載」が存在することである、と記載されている。しかし、すべての「矛盾する記載」が開示された内容を実施できなくさせるわけではなく、上記判決の引用文献1のように、水溶性金属硝酸塩の例示中に水不溶性の塩基性硝酸ビスマスに属する化合物が誤って記載されているが、塗料中に当該化合物を使用した技術手段が実施できないわけではない。ただこのような状況であっても、当該引用文献の記載内容が前後で矛盾するため、水不溶性である塩基性硝酸ビスマスを適格性のある開示内容として認めないという判断結果となった。

三、米国

米国司法機関は1970年のIn re Yale事件において、「明らかな誤りがある情報は係争請求項を開示する基礎として用いることができない」という原則を確立している。最近、CAFC(合衆国連邦巡回区控訴裁判所)がLG Electronics Inc. v ImmerVision, Inc.事件において、「明らかな誤り」の概念について更なる見解を示している。また米国も前記第1段階の判断結果についてのみ言及している。

1. 米国特許審査基準(Manual of Patent Examining Procedure、MPEP)

MPEPにおいて、引用文献に誤記がある場合はそれを適格性のあるものとして認めず、出願人は先行技術が実施不可能であることに対し立証責任を負うが、先行技術が明らかに実施不可能な場合には立証責任はない、と規定されている。

MPEP§2121の規定は以下の通りである。

「2121 先行技術

I. 先行技術は実施可能/使用可能であると推定される

引用文献が請求項に係る発明の全ての要件を明示的に予知又は自明化している場合、当該引用文献は実施可能であると推定される。このような引用文献が一旦発見されると、実施可能性の推定に反論する証拠を提供する責任は出願人側に転換する…

しかし、引用文献が表面上、使用可能でないと思われる場合、出願人は立証なしに使用可能性の欠如を理由に引用された先行技術について反論することができる…

MPEP§716.07も参照。」

上記規定から分かるように、先行技術が実施できないことの論点に関して、当該セクションでは§716.07が引用され、さらに以下の例が挙げられている。

「716.07 引用文献の実施不能性

…In re Yale, 434 F.2d 66, 168 USPQ 46 (CCPA 1970)(文献には誤記のため化合物の記載に誤りがあるが、当該誤記は当業者にとって自明であるという旨の学術文献共著者からの書簡は、誤植のある化合物は適格性のある開示内容でないことを示す説得力のある証拠である。)」

MPEPはIn re Yale事件の判例を引用する形で、先行技術内容の誤記についての主張理由例を示している。すなわち、引用文献中に当業者であれば一目瞭然と言える誤りがあることを証明できる場合(In re Yale事件の場合は誤植)、当該誤開示された部分の内容は適格性のある開示内容にはならない。

2. 裁判所判例

(1) In re Yale, 434 F.2d 666 (C.C.P.A. 1970)2

In re Yale事件の判例を受け、先行技術の誤記について以下の適用基準(以下、Yale基準)が確立された。

「先行技術に、当業者にとって一目瞭然であり、且つ頭の中で誤植として無視する、又は頭の中で正しい情報へ置換するような明らかな誤植又は類似する性質の明らかな誤りが含まれている場合、そのような誤った情報が主題を開示しているとは言えない…当該文献の残りの部分については、関連先行技術を開示していると言える。」

すなわち、先行技術文献において、当業者にとって一目瞭然で、且つ頭の中で誤植と見なして考慮しない、又は正しい情報へ置換するような明らかな誤植又は類似する性質の誤りが含まれている場合、その誤りのある情報は適格性のある開示内容にはならない。

(2) LG Electronics Inc. v ImmerVision, Inc., Case Nos. 21-2037; -2038 (Fed. Cir. Jul. 11, 2022)3

最近、CAFCはLG Electronics Inc. v ImmerVision, Inc.事件の判決において、再びYale基準を引用している。

事件の概要

原告LG Electronics Inc.(以下「LG社」)は、被告ImmerVision, Inc.(以下「ImmerVision社」)が所有する第6844990号米国特許(以下「本件特許」)の2つの請求項に対し、関連する技術的特徴が発明者Eijiroh Tada氏の第5861999号米国特許(以下「Tada特許」)に開示されていると主張し、日本の無効審判に当たる当事者系レビュー(Inter Partes Review、IPR)を請求した。

ImmerVision社の専門家証人は実験から、LG社が先行技術として引用するTada特許の実施例の数値データに誤記があることを発見し、さらに当該一部誤記は互換性のない別の実施例の内容を誤ってコピーしたことによるものであり、日本基礎出願書類中の正しい記載と一致していないことを見出した。正確な数値データを使用した場合、上記実施例に本件特許に関連する技術的特徴は示されないことが判明した。

米国特許公判審判部(Patent Trial and Appeal Board、PTAB)は上記IPR請求を受理し、IPR2020-00179及びIPR2020-00195決定において、上記誤記は当業者により自動的に無視、又は訂正される明らかな誤りであるとし、Yale基準に基づき、Tada特許には本件特許に関連する技術的特徴は開示されていないと認定した。

本件の争点

LG社はPTABの決定を不服としてCAFCに控訴し、主に以下2つの理由からTada特許中の誤記は明らかな誤りではない旨の主張を行った。

(i) Yale基準では「明らかな誤り」を「当業者が即時に発見できる誤り」としているが、ImmerVision社の専門家証人は10~12時間にも及ぶ実験と計算を経て、ようやくTada特許の誤りを特定している。またこの誤りは過去20年間1度も発見されていない。

(ii) Tada特許の誤りは誤植の域を超えるものであり、Yale基準の「明らかな誤り」は単純なスペルミスに限定すべきである。

裁判所の見解

CAFCは、Yale基準には誤りの発見に時間的要件がないこと、及びYale基準における誤植と本件におけるコピーアンドペーストの誤りに実質的な相違がないことを指摘し、LG社の上記主張を退け、最終的にPTABの見解を支持する判決を下した。

3. まとめ

米国司法機関は1970年のIn re Yale事件において「明らかな誤りのある情報は係争請求項を開示する基礎として用いることができない」という原則を確立している。Yale基準では「明らかな誤植又は類似する性質の誤り」で、且つ当業者がそれを「頭の中で誤植と見なして考慮しない、又は正しい情報へ置換する」場合においてのみ、その誤った情報は適格性のある開示内容として認められない、としており、一見すると厳格な適用基準が採用されているように見える。しかし、最近CAFCはLG Electronics Inc. v ImmerVision, Inc.事件において、「明らかな誤り」が存在するか否かについて、誤りの発見に要した時間や労力、プロセスの複雑度をその判断基準としない旨の見解を示している。

分析によれば、LG Electronics Inc. v ImmerVision, Inc.事件及びIn re Yale事件のいずれにおいても、誤りの発見は先行技術文献「そのもの」に基づき、この範疇内の検証から発見できる誤りとしている。言い換えれば、ここで言う「明らか」とは、「一見して分かる程度の『明らか』」という一般的な意味ではなく、文献そのものの内容の一貫性という意味合いがより強い。また、Yale基準を適用したLG Electronics Inc. v ImmerVision, Inc.事件の判決では、先行技術の開示内容を適格性のある内容として認めない、つまり前記第1段階の判断結果についてのみ言及されている。

四、 欧州

先行技術文献中の誤記に対して、欧州特許庁審査ガイドラインは最も明確かつ具体的な規定を打ち出している。まず、当業者が「直接的かつ一義的に誤りの存在を確認することができるか否か」に基づき、先行技術の適格性が否定される情事の発生有無を認定し、次に「存在する補正結果が唯一のものであるか否か」に基づき、第1段階及び第2段階の判断結果に細分化する。

1.欧州特許庁審査ガイドライン(Guidelines for Examination in the European Patent Office)

欧州特許庁は原則として引用文献における誤記を適格性のある開示内容として認めず、また審査ガイドラインは誤りの状況に応じて、判断結果を段階別に細分化している。

G部第IV章第9節において、先行技術文献に誤りが存在した際の審査方針が明確に規定されている。

「9. 先行技術文献中の誤記

先行技術文献には誤記が存在することがある。

誤記のおそれがある箇所を発見した場合、当業者が通常知識を利用し、

(i) 先行技術文献から、直接的かつ一義的に誤りの存在及び唯一可能な補正結果を知り得るか、

(ii) 先行技術文献から、直接的かつ一義的に誤りの存在を知り得るが、複数の可能な補正結果を導き出すことができるか、

(iii) 先行技術文献から、直接的かつ一義的に誤りの存在を知り得ないか、

により3つの状況が存在する。

先行技術文献と特許性の関連性を評価する際、

状況(i)の場合、開示内容は当該補正結果を含むものと見なす。

状況(ii)の場合、誤りのある段落の開示内容は考慮に入れることができない。

状況(iii)の場合、当初の文面による開示内容を考慮する。」

 

つまり、欧州特許庁審査ガイドラインの上記規定によれば、先行技術文献中の誤記は当業者の認知結果の違いに応じ、以下3つの対応状況が存在する。

(i) 直接的かつ一義的に誤りの存在、且つ唯一可能な補正結果を特定できる場合、当該補正結果は先行技術の内容と見なす。

(ii) 直接的かつ一義的に誤りの存在を特定できるが、補正結果が複数存在する場合、誤記は先行技術として考慮してはならない。

(iii) 直接的かつ一義的に誤りの存在を特定できない場合、文面による開示内容を先行技術と見なす。

 

2.裁判所判例

(1)T 412/914

引用文献中の不正確な教示は先行技術に含まれない。具体的には、先行技術文献公開の内容となるか否かは、その公開内容において実際に使用されている語句のほか、当該公開内容により当業者へ開示された技術的事実により決まる。仮にある陳述が完全に誤っている場合、それが本質的に不可能であるにせよ、他の資料にそれが誤りであることが示されているにせよ、公開されてはいるが、その陳述は先行技術の一部とならない。逆に、当業者がその陳述の誤りを発見できない場合、その陳述は先行技術の一部となる。

(2) T 230/015

文献の公開内容に不備があったとしても、当該文献の公開内容が実施不可能であることを明確に証明できない限り、又は当該文献の文面上公開されている内容に明らかな誤りがあり、且つ予期する技術的事実が示されていない限り、通常、当該文献は先行技術の一部となる。このような実施不可能又は誤りのある公開内容を先行技術の一部と見なすべきでない。

3. まとめ

先行技術文献中の誤記に対して、欧州特許庁審査ガイドラインは最も明確かつ具体的な規定を打ち出している。まず、当業者が「直接的かつ一義的に誤りの存在を確認することができるか否か」に基づき、先行技術の適格性が否定される情事の発生有無を認定し、次に「存在する補正結果が唯一のものであるか否か」に基づき、第1段階及び第2段階の判断結果に細分化する。このほか、T 412/91の事件において裁判所は、記載に誤りのある内容は明らかな誤植又は語句誤用のほか、技術的事実そのものに基づき判断しなければならず、科学的に不合理又は実施不可能な内容は適格性のある開示内容と見なすべきではないと指摘した。

五、 台湾・中国・米国・欧州の比較分析

台湾・中国・米国・欧州における関連規定及び裁判所判決ではいずれも、記載に誤りのある内容を適格性のある開示内容として認めず、また実務上判断結果はおおむね(1)記載に誤りのある部分を適格性のある開示内容として認めない第1段階、(2)第1段階を基礎として、訂正後の内容を先行技術の開示内容と見なす第2段階、という2段階に分類できる。実施不可能(又は再現不可能)な開示内容は有効な先行技術とならないという概念は、欧州や米国の特許実務において普遍的に受け入れられているが、台湾専利審査基準及びF. Hoffmann-La Roche AG v 台湾セルトリオン事件でも、類似の概念が導入されている。しかし、誤記があるからと言って必ずしも先行技術の実施可能性が喪失するわけではない。例えば、前記米国の裁判所判例LG Electronics Inc. v ImmerVision, Inc.事件のTada特許では、数値データの誤記により同時に実施例が実施できないという状況を招いた。しかし、中国の(2021)最高法知行終83号の引用文献1では、水溶性金属硝酸塩の事例に水不溶性の塩基性硝酸ビスマスに属する化合物が誤って記載されていたものの、塗料に当該化合物を用いる技術手段が実施不可能というわけではなく、本件の場合、引用文献に「矛盾した記載があること」によって、水不溶性の塩基性硝酸ビスマスが適格性のある開示内容として認められなかった。

このほか、上記中国及び米国の規定及び判決では、誤った記載内容を適格性のある開示内容として認めていないに過ぎず、つまり前記第1段階の判断結果を採用している。中国では引用文献中に「記載の矛盾」が存在するか否かを判断の必要条件としているのに対し、米国のYale基準では「明らかな誤り」に焦点が当てられており、一見すると非常に厳格な判断基準が設けられているように思われるが、LG Electronics Inc. v ImmerVision, Inc.事件において、「明らか」とは「一見して分かる程度の『明らか』」という一般的な意味ではなく、「文献そのものの内容の一貫性」であることが示唆されている。

欧州特許庁では、当業者が「直接的かつ一義的に誤りの存在を確認することができるか否か」に基づき、先行技術の適格性が否定される情事の発生有無を認定し、次に「存在する補正結果が唯一のものであるか否か」に基づき、第1段階及び第2段階の判断結果に細分化する。

台湾専利審査基準では前記第1段階の判断結果のみに言及しているが、F. Hoffmann-La Roche AG v 台湾セルトリオン事件において、裁判所は、当業者が誤記の存在を明確に察知できるのは、当該誤記が形式上の明らかな誤植である場合だけでなく、科学的合理性や技術的事実に基づく実質上の誤記である場合も含まれると認定し、さらに先行技術の引用文献を参照することでその真意を判断している。当該判決では前記第2段階の判断結果が採用されており、その趣旨も欧州のT 412/91事件と呼応している。

以上より、先行技術は特許性を評価する基礎であり、そして排除規則は先行技術の認定基準に対し重要な調節作用を担っている。台湾・中国・米国・欧州の特許実務ではいずれも先行技術における誤りのある記載を適格性のある開示内容として認めず、また当業者の視点を導入し、法令規則や判例という形でそれぞれ異なる適用範囲や適用結果を示している。

[1] 判決全文:https://judgment.judicial.gov.tw/FJUD/printData.aspx?id=IPCV%2c110%2c%e6%b0%91%e5%b0%88%e4%b8%8a%2c31%2c20220526%2c2

[2] https://cite.case.law/ccpa/58/764/

[3] https://s30.aconvert.com/convert/p3r68-cdx67/ahuaf-vr9ab.html

[4] https://www.epo.org/law-practice/case-law-appeals/recent/t910412eu1.html

[5] https://www.epo.org/law-practice/case-law-appeals/recent/t010230eu1.html

キーワード:特許 台湾 中国 米国  ヨーロッパ 侵害 新規性、進歩性 化学 医薬 機械

 

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