米国、中国、台湾における包袋禁反言に関する規定の相違、及び対応策分析

Vol.125(2023年3月1日)

多くの国では、特許権侵害訴訟における包袋禁反言に関する制度が設けられている。当該制度において、特許権者が出願から権利維持の過程において補正、意見書提出等(包袋)により行った限定又は除外が、特許可能性と関連し且つ結果として特許請求の範囲が減縮され、公衆にその権利範囲の減縮に対し信頼を持たせるに足る場合、信義誠実の原則を基に、特許権者が特許権侵害訴訟において当該限定又は除外と矛盾する主張をすることを許容する理由がない と規定されている。今回の文章では、米国、中国及び台湾における包袋禁反言に関する具体的な操作及び運用の規定上の相違について紹介し、対応策を提供する。

米国

米国裁判所の判例では、特許の出願経過情報(以下「包袋」ともいう)は特許請求項の解釈時及び均等論の制限事項とする時において作用が異なり、包袋に基づく請求項の解釈は文言侵害を確認する第一歩であるのに対し、包袋禁反言は、請求項に対し適切な解釈がなされた後文言侵害がないと認められた場合の均等論に対する制限として適用されるものであると明示されている1。但し、両者の基礎となる理論は実質上大差がないため、近年の裁判所判例における実際の応用においてあまり区別されなくなってきている。

1. 包袋が請求項の解釈に与える影響

特許出願経過において行った補正や意見書提出等はいずれも将来において請求項の解釈に影響を与える可能性があり、米国ではこの点について非常に厳格な判断基準が採用されている。以下、UCB, Inc. vs. Yeda Rsch. and Dev. Co., 837 F.3d 1256 (Fed. Cir. 2016)2の事件を例として説明する。

本件において、Yeda社の有する公開番号第US6090923A号の米国特許(以下「'923号特許」)で保護を請求する発明は、特定のヒト細胞毒素に結合するモノクローナル抗体である。本件の争点は、特許明細書においてマウスのモノクローナル抗体しか言及されていない場合、請求項1に記載のモノクローナル抗体にはキメラ抗体又はヒト化抗体が含まれているか否かである。Yeda社は、キメラ型モノクローナル抗体については'923号特許の優先権基礎案が出願された1984年に既に知られているため、請求項はこのようなキメラ抗体及びヒト化抗体をカバーするように解釈すべきであると反論した。

しかし、’923号特許の審査経過において、Yeda社は請求項を追加し、「ラット、ハムスター及びヒトの抗体並びにそのキメラ型」及び「マウスのモノクローナル抗体のキメラ型」及び「マウスでないものの」モノクローナル抗体について保護を請求することを試みたが、審査官はこれらの追加が新規事項の追加に該当すると認定し補正を認めなかった。これに基づき裁判所は、'923号特許の審査経過において、Yeda社及び審査官はいずれも「モノクローナル抗体」という用語にキメラ抗体又はヒト化抗体の意味が含まれることを認めておらず、Yeda社は補正においてキメラ型の保護を請求することに失敗し、審査官が当初明細書等の開示範囲を超えるとして補正を認めなかったことを黙認した以上、明細書の記載内容及び請求項を「キメラ抗体又はその均等物」をカバーするように解釈してはならないとの見解を示した。

この事例から、特許権者が考える当該用語の解釈が補正の動機から推知できるため、認められなかった補正内容も将来において請求項の解釈に対する制限となる可能性があることが分かる。またこの現象から、米国において出願経過が非常に重視されており、審査経過において行った対応はいずれも特許権者自身の請求項の解釈に対する考えの何らかの表示として解読される可能性があることが分かる。

2. 均等論における包袋禁反言による制限

同様に、補正請求や意見書提出等審査経過において米国特許庁(USPTO)に対して行った明確な主張は全て、特許権者が均等論に基づきすでに放棄した範囲について主張することの阻却事項となる。この概念は中国及び台湾とほぼ同一である。

3. 関連出願の包袋による影響

請求項の解釈について、分割出願の親出願の出願経過情報は子出願の請求項を解釈する時の内部証拠とすることができ、対応外国出願で当該国の特許庁に対して行った主張も米国出願の請求項の解釈に影響を与える可能性がある。

また、均等論について、連邦巡回区控訴裁判所(Federal Circuit)は、包袋禁反言の適用性を確定するにあたり、外国特許庁に対して行われた主張を考慮することもでき、一の請求項についてなされた論争及び補正により生じた包袋禁反言の効果は、関連特許の他の請求項の範囲に対しても適用できるとの見解を明らかにしている。

中国

1. 包袋が請求項の解釈及び均等論に基づく権利範囲の拡張に与える影響

中国北京市高級人民裁判所が定めた『専利侵害判定指南(2017)』第61条では、包袋禁反言は均等論の制限事項であることが明文規定されており、『最高人民裁判所による専利権侵害紛争事件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈(二)』3の第6条によれば、中国においても特許の出願経過情報、及び当該特許の関連分割出願の出願経過情報を請求項解釈の根拠としている。よって、中国においても実質的な補正及び意見書提出を含め、特許出願でなされた対応は全て、将来において請求項の解釈及び均等論に基づく権利範囲の拡張に制限をもたらす。また中国では、請求項の解釈における包袋の作用と均等論に対する制限における包袋の作用の区別は米国ほど明確ではない。

2. 関連出願の包袋による影響

前記『最高人民裁判所による専利権侵害紛争事件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈(二)』の第6条において、分割出願の包袋を請求項解釈の根拠とすることができると規定されている。しかし、同条で明文規定された分割出願の他に、ファミリーである特許出願、当該特許権者が同一時期に出願した他の関連出願、当該特許権者と関連する会社が後日出願した特許出願等、当該特許出願と関連する他の出願の明細書も全て請求項解釈の根拠とされる可能性がある。この点について、中国では関連出願の定義が米国よりも拡張されていると言える。

例えば、戴森技術有限公司(DYSON TECHNOLOGY LTD. )と蘇州発電機有限公司の間の特許権侵害紛争事件において、中国最高人民裁判所はファミリーである特許出願と本件特許の間には密接な関係があるため、当該ファミリーである特許出願の審査経過でなされた主張を本件特許の請求項の解釈に用いることができると認定している。

よって、優先権関係を有しない特許出願であっても、出願人(特許権者)が同一であれば(関連会社に過ぎない場合も同様)、互いに請求項解釈の根拠とされる可能性がある。このような規定は非常に厳格であり、中国において出願する時に特に注意すべき規定である。

3. 特許権者の防御手段

『最高人民裁判所による専利権侵害紛争事件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈(二)』第13条の規定によれば、中国では、特許権者が審査経過において限定補正を行うか又は意見書を提出することを試みたが、当該補正又は意見書における主張が審査官に認められなかった場合、当該補正又は主張により技術的手段は放棄されていないと認定される。この規定は上述した米国の事例とは若干異なり、米国ではこのような場合でも事件状況に応じ特許権者の全ての対応に反映された意思を推定する。一方、中国では当該対応が特許庁に認められなかった場合、技術的手段の放棄という法的効果は通常生じない。

4. 裁判所は自発的に包袋禁反言を適用可能

最後に、たとえ被疑侵害者が包袋禁反言を主張していないとしても、中国裁判所は既に判明した事実に基づき、包袋禁反言により均等論に対し必要な制限をかけ、特許権の保護範囲を合理的に確定することができる。この点も中国が米国及び台湾と大きく異なる点である。

台湾

1. 包袋が請求項の解釈及び均等論に基づく権利範囲の拡張に与える影響

台湾最新版専利侵害判断要点(2016年版専利侵害判断要点4)によれば、特許権者が出願経過又は権利維持過程において行った補正、訂正又は意見書提出により、特許権の範囲が限縮された場合、限縮した内容(放棄した内容)について、後日均等論により主張することは認められない。したがって、包袋禁反言は均等論の制限事項の一つである。

また「2016年版専利侵害判断要点」によれば、出願から権利維持の過程において、出願人又は特許権者が拒絶理由又は無効理由を解消するために請求項の用語又は技術的特徴に対し限縮的な解釈を行った場合、当該包袋を請求項解釈の根拠とすることができる。

2. 関連出願の包袋による影響

請求項の解釈について、台湾専利侵害判断要点において、請求項の解釈に用いる内部証拠には、出願の明細書、請求の範囲、図面及び出願経過情報が含まれ、更に関連出願及びその出願経過情報が含まれると規定されている5。この規定は米国の規定と類似しており、請求項解釈の根拠には当該出願と直接関連する他の出願が含まれるが、同一出願人の同一時期又は異なる時期の他の出願は含まれないことを明らかにしている。

但し均等論について、台湾専利侵害判断要点第四章第1.4点の規定によれば、特許権者が同一の発明について異なる国において特許出願を行った場合、各国の特許審査制度及び審査基準はすべて同じというわけではなく、得られた特許権の範囲も必ずしも同一とは限らないため、包袋禁反言の各特許権に対する制限は、特許権者によって各国の特許出願経過及び特許権維持過程においてなされた補正、訂正又は応答の状況に応じて異なることになる。従って、包袋禁反言が適用されるか否かの判断においては、特殊な状況を除き、原則として、対応外国出願の包袋を参照すべきではないとされている。この規定は米国の規定と異なる。

以上の台湾の規定をまとめると、以下のとおりである。国によって特許審査基準が異なるため、他の国でなされた限定補正又は応答が当該国で下された拒絶理由を解消するためのものに過ぎず、対応台湾出願について当該限定補正又は応答がなされていない場合、原則として当該国の包袋を参照すべきではない。但し、もし対応台湾出願についても当該外国出願と同一の限定補正がなされた場合、当該対応外国出願でなされた補正と同一の補正を行うことで台湾出願の審査時間を短縮させるのが目的であることが明らかであるため、たとえ対応台湾出願で補正理由が明確に説明されていなくても、当該補正により包袋禁反言が適用される。

弊所コメント

以上より、包袋禁反言の規定に関して、特許権者にとって米国及び中国の規定はいずれも比較的厳格であるのに対し、台湾の規定は比較的寛容である。また、台湾において包袋禁反言の適用に関する判例の数は比較的少ないのが現状である。

特許権者側は、審査で応答を行う際には文言の選択に注意しなければならず、且つ反論の中心を拒絶理由が解消できる程度に収めればよく、発明における他の技術的手段を完全に説明することは好ましくない。拒絶理由と無関係な技術について説明しすぎると、結果として将来権利行使の時に包袋禁反言が適用される可能性がある。また、出願時に行った補正が新規性、進歩性、明確性等の特許可能性と関係がない場合、将来において当該補正が特許可能性のためになされたものであると直接「推定」され、包袋禁反言が適用されることを回避するために、応答時にこの点について特別に説明することが好ましい。

一方、被疑侵害者側にとって、包袋禁反言の主張は有力な防御手段である。係争特許の出願経過を念入りに確認する他、さらに係争特許の関連出願、例えばファミリーである出願、分割出願の親出願、対応外国出願等の審査経過を確認することができる。また中国では、さらに当該特許権者による他の出願の出願経過を検討し、係争特許請求項の解釈及び均等論適用に対し制限をかけるよう主張することができる。

[1] Southwall Techs., Inc. v. Cardinal IG Co., 54 F.3d 1570, 1578 (Fed. Cir. 1995)

[2] 判決全文:http://cafc.uscourts.gov/sites/default/files/opinions-orders/15-1957.Opinion.9-6-2016.1.PDF

[3] https://www.court.gov.cn/zixun-xiangqing-282641.html。

[4] https://topic.tipo.gov.tw/patents-tw/cp-746-871864-17e71-101.html。

[5] 「2016年版専利侵害判断要点」第9頁第2.5.1点。

キーワード:特許 台湾 中国 米国  化学  医薬  機械  侵害

 

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