台湾特許 コンピューターソフトウェア関連発明に係る請求項の解釈(指紋認証方法及び装置事件)

Vol.124(2023年2月2日)

請求項の解釈は請求項に記載された文字に基づくことを優先すべきであり、明細書、図面、及び出願時の技術常識を参酌することができる。但し、コンピューターソフトウェア関連発明に係る技術内容は直観的なものではない場合が多く、且つ請求項の記載は明確性、簡潔性、サポート要件を満たすため、新しい技術用語を定義することが多い。よって、特許を審査する際に技術内容の複雑性により、特許請求の範囲の解釈が広すぎて出願人が実際に保護したい発明の内容とは異なることがある。

台湾知的財産及び商事裁判所は、発明の名称を「指紋認証方法及び装置」とする台湾特許の無効審判事件において、特許請求の範囲の解釈で更に明細書に記載された発明の目的を参酌し、台湾特許庁による審決が覆した1

事件経緯

本件は、台湾特許第I517057号「指紋認証方法及び装置」(以下、本件特許)に対して無効審判が請求された事件である。本件特許の特許権者である「イージステクノロジー(株)(神盾股份有限公司)」(出願人、原告)は、台湾特許庁(被告)の審決を不服として訴願を提起したが、棄却決定が下されたため、知的財産及び商事裁判所に行政訴訟を提起した。知的財産及び商事裁判所による審理の結果、引用文献2及び3の組み合わせが本件特許請求項1~2、4~8、10~13が進歩性を有しないことを証明できないと認定され、訴願決定及び台湾特許庁による審決が覆された(知的財産及び商事裁判所110(2021)年行専訴字第5号判決)。

本件特許及び引用文献における主な技術的特徴

1.本件特許に係る技術内容

従来のスワイプ式指紋認証装置において、まずはスワイプデータの全てのフレーム(frame)を再構成することで、指紋画像(image)を生成し、その画像を登録データとしてから、画像同士を照合することで指紋を認証する。指紋画像を再構成する途中、指紋画像は歪み(distortion)が生じやすく、指紋認証が失敗することが多い。 本件特許が解決しようとする主な課題は、指紋認証速度を向上させるために、いかにしてスワイプデータのフレームにより画像を再構成することを不要とするかである。

本件特許請求項1の内容は次の通りである。

「複数のスワイプデータを取得するステップと、
 前記スワイプデータごとに複数のフレームから複数の有効フレームを選出し、且つ各前記スワイプデータにおいて前記有効フレームの数が前記複数のフレームの数よりも少ないステップと、
 複数の登録データの一つとして、前記スワイプデータごとの前記有効フレームに基づき係るアレイを生成するステップと、
 指が当てられているデータを取得するステップと、
 前記指が当てられているデータを前記複数の登録データと照合するステップと、
 を含む、指紋認証方法。」
 

図1:本件特許に係る技術内容

2.引用文献の内容

(1)引用文献2:中国特許出願公開CN1450494A「小型指紋センサにより指紋認証を実現する指紋認証システム」

引用文献2に係る発明は、第1指紋センサにより第1指紋の第1部分の第1指紋データを読み取り、前記第1指紋データをデータベースに登録し、且つ第2指紋センサにより第2指紋の第2部分の第2指紋データを読み取る指紋登録部と、前記第2指紋データを前記第1指紋データと照合し、前記第1指紋が前記第2指紋データと同一か否かを確認する指紋照合部と、を含む指紋認証システムである。



図2:引用文献2に係る技術内容

(2)引用文献3:米国特許出願公開US2014/0003677A1「Fingerprintsensing and enrollment」

引用文献3に係る発明は指紋検知及び登録方法である。



図3:引用文献3に係る技術内容

本件の主な争点

本件の主な争点は、下記の通りである。

1. 台湾特許庁による審決において、本件特許請求項1に記載された「複数の登録データの一つとして、前記スワイプデータごとの前記有効フレームに基づき係るアレイを生成するステップ」の解釈には誤りがあるか否か。

2.引用文献2及び3が本件特許請求項1に記載された「複数の登録データの一つとして、前記スワイプデータごとの前記有効フレームに基づき係るアレイを生成するステップ」を開示しているか否か。

台湾特許庁の見解

台湾特許庁の見解は、下記の通りである。

本件特許請求項1に記載された「複数の登録データの一つとして、前記スワイプデータごとの前記有効フレームに基づき係るアレイを生成するステップ」について、「フレーム」、「アレイ」及び「登録データ」の間の関係を字面通りに解釈した結果、フレームを登録データとするために、フレームを再構成し、画像を生成するプロセスを行う必要があるか否かについては限定されていない。本件特許明細書【0004】において、スワイプデータのフレームにより画像を再構成することなく、「指紋認証速度を向上させる」効果又は目的を有することが確かに説明されているとしても、本件特許明細書に記載された登録データの画像を再構成しないという態様により本件特許請求の範囲の解釈を制限してはならない。

これにより、台湾特許庁が認定している引用文献2、3及び本件特許請求項 1による開示状況の対照は下表に示す。

本件特許請求項1 引用文献2 引用文献3
複数のスワイプデータを取得するステップと、前記スワイプデータごとに複数のフレームから複数の有効フレームを選出し、且つ各前記スワイプデータにおいて前記有効フレームの数が前記複数のフレームの数よりも少ないステップと、 引用文献2明細書第14頁第27~28行、第17頁第15~16行に記載されている。  
複数の登録データの一つとして、前記スワイプデータごとの前記有効フレームに基づき係るアレイを生成するステップと、 (開示されていない) 引用文献3図1では、複数のフレームにおいて、選出された第2、3、5のフレームが指の指紋に対応することが開示されている。当該開示内容は、スワイプデータの有效フレームに基づき生成された係るアレイに相当し、本件特許請求項1における当該技術的特徴に対応できる。
指が当てられているデータを取得するステップと、前記指が当てられているデータを前記複数の登録データと照合するステップと、を含む、指紋認証方法。 引用文献2明細書第17頁第25~26行に記載されている。  

台湾知的財産及び商事裁判所の見解

1.台湾特許庁による請求項1の解釈について

台湾特許庁による請求項1の特許請求の範囲の解釈には誤りがある。

本件特許請求項1に係る引用文献との相違技術的特徴「複数の登録データの一つとして、前記スワイプデータごとの前記有効フレームに基づき係るアレイを生成するステップ」及び「前記指が当てられているデータを前記複数の登録データと照合するステップ」において、「アレイ」、「複数の登録データの一つ」、「前記指が当てられているデータを前記複数の登録データと照合するステップ」という用語は請求項における疑問のある用語であるため、特許明細書に記載された発明の目的、先行技術に存在する未解決の課題、技術上の作用、効果等の項目を参酌することにより「読込禁止の原則」に違反することはない。本件特許明細書第9頁【0025】に記載された「従来の指を当てて登録し、且つ指を当てて照合する方法と異なり、本発明に係る指紋認証方法によれば、…スワイプデータのフレームは画像を再構成することなく登録データを生成でき…無用のデータを大量に登録することを免れ得るため、指紋認証の効率を向上させることができる」という内容を参酌することにより、本件特許は複数のフレームを取得した後、前記複数のフレームがそのまま「アレイ」となり、そして「登録データ」となり、「アレイ」及び「登録データ」に対し更なる組み合わせ又は処理(例えば、一枚の画像に組み合わせること)が行われることはないことが分かる。仮に複数の「フレーム」により生成した「アレイ」を、画像の再構成により「登録データ」を形成する場合は、逆に本件特許に係る発明の目的に違反することとなる。

2.引用文献2及び3による本件特許請求項1の開示について

引用文献2及び3は本件特許請求項1に記載された「複数の登録データの一つとして、前記スワイプデータごとの前記有効フレームに基づき係るアレイを生成するステップ」を開示していない。

台湾特許庁は、引用文献2における「画像の再構成」が下位技術概念であり、本件特許の上位技術的特徴である「アレイ」に対応できると主張するが、本件特許請求項1における「アレイ」と引用文献2における「画像の再構成」の関係は、同族や同種類の総括概念に属さず、複数の技術的特徴が類似した本質を有する総括概念にも属さない。「アレイ」に関する内容は「画像の再構成」によって暗示又は教示されておらず、両者は上位下位関係を有しない。

引用文献2における「登録データ」は、一部又は全ての切り取られた画像により構成された指紋全体の画像であり、指が当てられているデータは複数の切り取られた画像により構成された指紋画像と照合する。引用文献3における「登録データ」は、一枚又は複数枚の順番に配列された2D指紋画像により生成した一枚の統合画像(unified image)であり、複数枚の2D指紋画像はそのまま登録データとして直接に次の指紋認証プロセスにおける「指紋画像」と照合するではなく、複数枚の2D指紋画像により再構成された一枚の統合画像を次の指紋認証プロセスにおける「指紋画像」と照合する。引用文献2及び引用文献3において取得された複数の「フレーム」(上記「切り取られた画像」及び「2D指紋画像」)はそのまま登録データとするではなく、いずれも複数の「フレーム」により一枚の画像を形成してから「登録データ」とし、引用文献2及び3の技術手段はいずれも本件特許と異なる。よって、引用文献2及び3はいずれも本件特許請求項1に記載された「複数の登録データの一つとして、前記スワイプデータごとの前記有効フレームに基づき係るアレイを生成するステップ」という技術的特徴を開示していない。

弊所コメント

本件における最大の争点は、本件特許請求項における「アレイ」等の技術用語の解釈である。

専利審査基準において、請求項を解釈する際は、原則として請求項における用語に対して最も広範で、合理的かつ明細書と一致する解釈を付与しなければならないと規定されているが、本件において、知的財産及び商事裁判所は特許査定された請求項の用語が複数の意義又は上位概念を示す意義を含む場合、無効審判で提出された意見書又は出願経過において、特許権者が明らかに本件特許明細書に記載された内容により権利範囲を下位概念まで限縮する又は一部の権利範囲(意義)を放棄するとの主張又は意思表示をしていれば、発明の目的に沿った、合理的で明細書と一致する解釈になるべく、当該用語は明細書に記載された具体的な下位概念に限縮し、又は一部の意義を除外しなければならないと指摘している。

本件において、台湾特許庁は本件特許請求項を最大範囲となるように解釈することに執着し、明細書に記載された発明の目的を見落とし、且つ請求項の解釈を行う背景を誤認し、特許権者が読込禁止の原則(専利侵害判断要点2.4.3.2を参照)に違反していると抗弁するが、知的財産及び商事裁判所は特許無効審判においては専利審査基準が適用されるべく、特許権侵害訴訟における請求項の解釈(特許権の解釈)と混同してはいけないと指摘している。

また、知的財産及び商事裁判所は次の見解を示している。
 特許権者には特許請求の範囲における記載用語又は記載形式を上位概念で記載し、特許に係る発明をできる限り保護する権利があり、請求項の解釈において、必要であれば明細書や図面等の内部証拠により特許権者が有すべき権利範囲を公平に決める。これにより、特許制度本来の趣旨が達成される。

[1] 知的財産及び商事裁判所110(2021)年行専訴字第5号判決

キーワード:特許 台湾 新規性、進歩性 電気 無効審判 判決紹介

 

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