中国 半導体発明の進歩性判断に関する事例(研磨パッド材料事件)

Vol.123(2023年1月10日)

2022年6月23日、中国国家知識産権局は第56742号無効審判審決を下した。当該審決において、ダウ・グローバル・テクノロジーズ・エルエルシー(DOW GLOBAL TECHNOLOGIES LLC (US)、以下「ダウ」)及びローム・アンド・ハース・エレクトロニック・マテリアルズ・シーエムピー・ホウルディングス・インコーポレイテッド(ROHM & HAAS ELECTRONIC MATERIALS CMP HOLDINGS INC (US)、以下「ローム・アンド・ハース」)が共有する出願番号第201510512498.4号特許「ポリウレタン研磨パッド」は無効とされた。本件において、明細書における実験データによる発明の効果の証明に関し、中国国家知識産権局はより厳しい判断基準を採用した。本件より、中国では、実験データに請求項に記載の全ての制限条件が含有・記載されていない場合、当該実験データは当該請求項に係る発明の効果を十分に証明できる実験データとして認められない可能性があることが分かる。

事件経緯

ダウ及びローム・アンド・ハースは、2015年8月19日に中国国家知識産権局に対し発明の名称を「ポリウレタン研磨パッド」とする特許出願をした(本件特許、出願番号第201510512498.4号)。中国国家知識産権局は、2020年2月28日に本件特許について特許査定を下し、公告した。その後、自然人王維秀は本件特許における全ての請求項に係る発明は進歩性を有しないとして、本件特許について無効審判を請求した。中国国家知識産権局は2022年6月23日に本件特許における全ての請求項を無効とする第56742号無効審判審決を下した。

本件特許と引用文献4における技術解析

本件特許に係る発明は、低い欠陥レベルで金属除去速度が加速された平坦化研磨パッドである。請求項1の内容は以下の通りである。

半導体、光学及び磁性基板の少なくとも1つを平坦化するのに適した研磨パッドであって、前記研磨パッドが、H12MDI/TDIとポリテトラメチレンエーテルグリコールとのプレポリマー反応から形成されるイソシアナート末端反応生成物から形成される注型ポリウレタンポリマー材料を含み、前記イソシアナート末端反応生成物が、8.95~9.25重量パーセントの未反応NCOを有しており、前記イソシアナート末端反応生成物が、4,4’-メチレンビス(2-クロロアニリン)硬化剤で硬化され、102~109パーセントの前記4,4’-メチレンビス(2-クロロアニリン)硬化剤由来のNH2対前記イソシアナート末端反応生成物由来のNCOの化学量論比を有しており、前記注型ポリウレタンポリマー材料が、非多孔性状態で測定すると、30℃及び40℃でトーションフィクスチャーで測定される250~350MPaの貯蔵剪断弾性係数G’、並びに40℃でASTMD5279に従いトーションフィクスチャーで測定される25~30MPaの損失剪断弾性係数G”を有しており、そして前記研磨パッドが、平均径20μmの中空ミクロスフェアを含み、20~50容量パーセントの空隙率及び0.60~0.95g/㎤の密度を有している、研磨パッド。

引用文献4(CN101077569A、特許権者はローム・アンド・ハース)において、従来技術の中で「平坦化と欠陥率研磨性能との改善された組み合わせで酸化物/SiNを研磨するのに適した研磨パッド」が要望されていることが開示されている。また、引用文献4の実施例1において、研磨パッド材料の製造過程及び性能評価が記載されている。

引用文献4における実施例データと本件特許請求項1に係る請求の範囲を比較した結果は下記の表の通りである。

  本件特許請求項1 引用文献4実施例
プレポリマー H12MDI/TDIとポリテトラメチレンエーテルグリコール Chemtura製のAdiprene™ LF750D
NCO 8.95-9.25wt% 8.75-9.05
硬化剤:
NCOの化学量論比
102-109% 105%
G' 250MPaから350MPaまで -
G” 25MPaから30MPaまで -
空隙率 20容量パーセントから50容量パーセントまで 計算によると28.08%
密度 0.60g/㎤から0.95g/㎤まで 0.780

これにより、本件特許請求項1に係る発明(以下「本件発明1」)と引用文献4に係る発明(以下「引用発明4」)との相違点は以下の2点にある。

(1)ポリマー材料を形成するためのプレポリマーが異なる。本件発明1においてはH12MDI/TDIとポリテトラメチレンエーテルグリコールとのプレポリマー反応から形成されるイソシアナート末端反応生成物を含むもの(即ちAdiprene L325)が採用されているのに対し、引用発明4においてはTDIとPTMEGとを含む混合物であるChemtura製のAdiprene™ LF750Dポリウレタンプレポリマーが採用されている。

(2)引用文献4においては、本件特許請求項1において限定された非多孔性状態で測定したG’及びG’’の数値が開示されていない。

中国国家知識産権局の見解

中国国家知識産権局は、引用文献4において開示された内容に対し、上記の二つの技術的特徴の相違点は当該技術を熟知している者が容易に想到できるものであり、故に本件特許に係る発明は進歩性を有しないと認定した。具体的な理由は以下の通りである。

(1)本件特許の明細書においては、実施例の表1に示すパッド1-4を技術手段として採用しており、パッドA-Mと比較することによって、本件特許の技術手段における研磨の効果はより優れていることが説明されている。


しかし、表1においてはパッド1-4のプレポリマー、プレポリマー中のNCOの重量パーセント、及び化学量論比などのパラメータが開示されているに過ぎず、非多孔性状態で測定したG’及びG’’の数値、並びに密度値が開示されていない。表1だけではパッド1-4が本件特許請求項1の範囲内にあることが確定できない

(2)そして、本件特許の表8においてはパッド試料AA-IIの非多孔性状態で測定したG’及びG’’の数値、並びに密度値が開示されているが、化学量論比のみ記載されており、プレポリマー及びプレポリマーの中にあるNCOの含有量は明確に開示されていない。表8だけではどのパッド試料が本件特許請求項1の範囲内にあるか確定できない


(3)さらに、表1及び表8において記載されたパッド試料の番号は異なっており、表8において選択されたプレポリマーが明確に記載されていない場合、表8におけるパッド試料は必ず請求項1の範囲内にあるプレポリマーによって製造されたことは確定できない。したがって、表1と表8は対応性を有しておらず、本件特許は請求項1に係る研磨技術が予期せぬ効果を奏することを証明できる確実な実験データを有しない。

(4)また、プレポリマー材料の選択について、引用文献4明細書第8頁において「Chemtura製のAdiprene(登録商標)プレポリマーLFG740D、LF700D、LF750D、LF751D、LF753D、L325である」と選択可能なプレポリマーがさらに列挙されており、故に当業者はL325を採用する動機がある。即ち上記の技術的特徴の相違点(1)は引用文献4によって開示されている。そしてG’及びG’’は原料のジイソシアネート、ポリアルコール、硬化剤並びにそれらの用量及び化学量論比によって決定され、故に技術的特徴の相違点(2)も当業者が知ることのできる特徴である。

(5)最後に、特許権者は「本件発明1はタングステン金属の除去に関するものであり、引用発明4は金属の除去に関して一切関わりを持たないものである」と主張した。しかしながら、本件特許は本件特許において特定された技術的特徴によってどのような予期せぬ効果を奏し得るかを証明できる証拠を有しないため、当該技術を熟知している者であれば引用文献4において開示された内容によって原料や化学量論比などのパラメータを選択することで、従来技術とは異なる研磨パッドを獲得することができる。

弊所コメント

本件において、本件特許明細書における主な問題は、請求項1における全ての制限条件を含んだ実験データが記載されていないことである。本件特許の表1における実施例は、プレポリマー、プレポリマー中のNCOの重量パーセント、及び化学量論比などのパラメータが請求項1の範囲内にあるときに、発明の効果を奏し得ることが示されており、表8における実施例は、G’、G’’及び密度値が請求項1の範囲内にあるときに、発明の効果を奏し得ることが示されている。しかし、このようなデータの示し方では、発明の効果を奏するために「プレポリマー、プレポリマー中のNCOの重量パーセント、及び化学量論比」及び「G’、G’’及び密度値」の両方を同時に満たさなければならないというわけではなく、「プレポリマー、プレポリマー中のNCOの重量パーセント、及び化学量論比」又は「G’、G’’及び密度値」のいずれか一方が請求項1の範囲内にあれば発明の効果を奏し得るように読み取れる。

しかしながら、本件発明1と引用発明4との主な相違点はG’及びG’’の数値に対する限定である。もし本件特許明細書に記載の実験データは請求項1における全ての条件を同時に満たしたものによって作成されたものであれば、当該実験データは本件特許請求項1に係る発明の進歩性を証明できる。しかしこのようなデータが不足している場合、技術的特徴の相違点である「G’及びG’’の数値」の発明の効果に対する貢献を証明することは難しい。当業者は引用文献4の実施例における開示内容に従い、プレポリマー材料をL325に変更すれば、本件発明を完成することができ、完成したものが本件発明の効果を奏し得ることも予想できる。

また、特許権者は本件発明及び引用発明4は用途及び効果に相違点があり、引用文献4は金属の除去について言及していないことを主張した。しかし、中国及び台湾における用途限定物の新規性及び進歩性判断は日本よりかなり厳しい。中国専利審査指南第二部分第三章3.2.5において、もし当該用途は製品自身の固有の特性によって決まるものであり、用途特徴も製品の構造及び/又は組成上の変化を暗示していないのであれば、当該用途特徴で限定された製品請求項は引用文献の製品に比べて新規性を具備しないと規定されている。また、台湾専利審査基準においても、該用途の限定が保護を請求する物自体に対して影響を与えず、単に物の目的又は使用方法の記述である場合、物が新規性又は進歩性を満たすか否かの判断に対し影響を及ぼさないと規定されている1 。したがって、本件特許請求項1において金属除去速度を加速する用途があると限定されているが、当該用途限定は保護を請求する物自体に対して影響を与えないため、進歩性判断に影響を及ぼす特徴にはならない。

本件の場合、本件発明は引用文献4において開示された多数の材料の中からL325を選択し、製造工程における多数のパラメータの中から特定のパラメータを選択してなすものであると言える。しかしこのような選択発明の観点から見ても、主な問題点は依然として本件特許は当該選択によって予期せぬ効果を奏し得ることを証明できないことである。したがって、たとえ本件特許及び引用文献4で主張された効果が異なるとしても、関連するデータが不足している場合においては、当該相違点は当業者が自身の要求に応じて普通に選択でき、容易に完成できるものであり、進歩性を有しないと見なされる。

[1] 台湾現行専利審査基準第 2篇第 1章 2.5.4

キーワード:中国 特許 電気 化学 無効審判 判決紹介

 

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