台湾 特許請求の範囲の解釈に関する判例(プリント配線基板事件)

Vol.121(2022年11月23日)

特許請求の範囲に関する解釈は、特許の有効性と、特許権侵害行為が成立するか否かとを判断する最初のステップであり、最も重要で紛争になりやすいステップでもある。台湾において、請求項を解釈する際、もし出願人が明細書においてある用語について明確に定義している場合、当該用語は定められた定義に解釈される。しかし定義していない場合、当該用語をどう解釈するかは、訴訟において主な争点となることが多い。台湾知的財産及び商事裁判所2021年行専訴字第21号判決において、裁判所は下記の原則について、改めて強調した。請求項解釈の基本原則は請求項に記載された文字に準ずることであり、明細書や図面あるいは一部の実施形態で開示されているが請求項に記載されていない内容を、請求項に導入することはできない。

事件の概要

本件は、「易華電子股份有限公司(JMCエレクトロニクス)」(無効審判請求人、訴訟参加人)が「頎邦科技股份有限公司(チップボンド・テクノロジー)」(特許権者、原告)が有する第I397963号特許「プリント配線基板、その製造方法および回路装置」(以下、本件特許)に対して、無効審判を請求した事件である。台湾特許庁による審理の結果、「請求項3~8について無効審判の請求を認容する」という審決が下された。特許権者は、当該審決を不服とし、行政訴訟を提起したが、台湾知的財産及び商事裁判所は、原告の請求を棄却し 、本件特許における請求項3~8に対する無効審判認容審決を維持した。本件の主な争点は、独立項である請求項3における「突出している」構造に関する技術的特徴の解釈である。

本件特許と引用文献の主な技術的特徴

本件特許の技術的特徴

本件特許に係る発明は、マイグレーションによる短絡が発生しにくいプリント配線基板を提供する。請求項3に記載された技術的特徴は下記の通りである。

  1. 絶縁フィルムと、該絶縁フィルムの少なくとも一方の表面に形成された配線パターンとを有し、該配線パターンは、絶縁フィルム表面に形成された基材金属層と、該基材金属の表面に形成された導電性金属層とからなり、
  2. 上記導電性金属層は下端部を有しており、且つ上記基材金属層は側端部と上端部を有しており、
  3. 該配線パターンの幅方向の断面における基材金属層の上端部が、該基材金属層の表面に析出した導電性金属層の下端部から幅方向に突出して形成されており、
  4. 上記配線パターンの幅方向に突出して形成されている基材金属層からなる配線パターンの基材金属層の上端部の表面の少なくとも一部が不働態化されている
  5. ことを特徴とするプリント配線基板。

また、本件特許の図6は下記の通りである。

引用文献において開示された内容

引用文献5(日本特開第2002-289650号)において、本件特許の請求項3の技術的特徴A、B、及びEが開示されている。引用文献4(日本特開第2003-188495号)において、技術的特徴Dが開示されている。この二点について、当事者双方は争っていない。

しかし本件特許の請求項3の技術的特徴Cについて、引用文献5の明細書段落番号【0025】において、下記の技術内容が開示されている。「図1において、まず、ポリイミド樹脂フィルム1上にニッケルスパッタ層2を介して設けた銅箔3をエッチングによりパターニングして銅リード8を含む配線パターンを形成する(図1(a))。このときリード側面8aには、銅のエッチングの際に、銅がエッチングされることで、銅リード8下方からニッケルスパッタ層2の一部がはみ出し部2aとして残る。」

引用文献5の図1(a)は下記の通りである。

よって、本件の争点は、本件特許の請求項3の技術的特徴Cである「突出している」構造が、引用文献5において開示されているか否か、という点である。

原告の主張

頎邦科技股份有限公司(原告)が主張した内容は、下記の通りである。

本件特許の請求項3における「突出している」構造は、「『基材金属層の側端部』と、導電性金属層の幅方向に突出して形成されている『基材金属層の上端部』とを組み合わせた構造である」と解釈すべきであり、且つ当該「突出している」構造は、特定された組み合わせ構造(プラットフォーム構造)であり、予期せぬ効果を奏し得る。一方、引用文献5に記載された「はみ出し部」は銅をエッチングした後の「構造が特定されていない金属残留物」である。両者を混同してはならない。

知的財産及び商事裁判所の見解

本件特許の請求項3における「突出している」構造は、本件特許の明細書において明確に定義されていない。請求項3において、下記のように記載されている。「…該配線パターンの幅方向の断面における基材金属層の上端部が、該基材金属層の表面に析出した導電性金属層の下端部から幅方向に突出して形成されており、…」当業者は、前述の文字の客観的意味から、次のように理解することができる。金属層の上端部が幅方向に突出して形成されているのは、配線パターンの幅方向の断面から観察すると、基材金属層の上端部の幅が導電性金属層の下端部の幅より広いためである。したがって、本件特許の請求項3における「突出している」構造は、「配線パターンを幅方向に切断し、その断面において基材金属層の上端部の幅が、導電性金属層の下端部の幅より広い」構造であると解釈すべきである。

本件特許の明細書及び図面を更に参酌することにより、以下のことがわかる。本件特許のプリント配線基板の配線パターンにおける基材金属層13の上端部26が導電性金属層20の下端部から幅方向に突出しているのは、基材金属層13は導電性金属層20よりエッチングされにくい、即ち導電性金属層20はエッチングされた部分が比較的多いため細くなるのに対し、基材金属層13はエッチングされた部分が比較的少ないためである。それ故、本件特許の明細書及び図面を参酌しても、本件特許の請求項3の「突出している」構造は、「配線パターンを幅方向に切断し、その断面において基材金属層の上端部の幅が、導電性金属層の下端部の幅より広い」構造であると解釈すべきである。

原告は、「突出している」構造に関する解釈において「基材金属層の側端部」を考慮すべきであると主張する。しかし、請求項3には、側端部が突出しているか否か、どのように突出しているかについては記載されておらず、上端部と側端部との特徴の関係性についても記載されていない。よって、「突出している」構造に関する解釈は基材金属層の側端部を考慮すべきではない。また、本件特許の図6において「基材金属層の側端部23」と示されているとしても、当該図面は単に本件特許の実施形態又は具体例を例示しているに過ぎず、請求項を解釈する際、図面に記載された特徴によって請求項で限定された範囲を制限してはならない。したがって、原告の主張は採用できない。

原告は、本件特許の請求項3の「突出している」構造という技術特徴は意図的に形成されており、当該構造は本件特許が先行技術と比べ予期せぬ効果を奏し得る主因であり、先行技術に記載されたリードをエッチングした後の残留物と混同してはならないと主張する。しかし、当該構造が意図的に製造されたか否かは請求項の解釈に影響を与えず、明細書に記載された製造方法は単に実施形態の例であり、他の製造方法を排除するものではない。

以上より、本件特許の請求項3は当業者が引用文献4、5の組み合わせに基づき容易に完成できるものであり、進歩性を有しない。

弊所コメント

台湾専利法第58条において、「特許権の範囲は、特許請求の範囲を基準とし、特許請求の範囲の解釈時には、明細書及び図面を参酌することができる。」と規定されている。また、台湾専利侵害判断要点において、請求項解釈に関する原則として次のように明記されている。「実施形態又は実施例は、単に出願人が認める発明を実現する好ましい形態又は具体的な例示に過ぎず、クレームの解釈においては、クレームの内容を単に明細書又は図面に記載された具体的な実施形態又は実施例のみに解釈してはならない。」。これにより、明細書又は図面において開示された特定の特徴を用いて請求項の範囲を更に限縮訂正していない場合、請求項に記載された文字が十分に明確であれば、一部の図面又は特定の実施例において開示された特徴を用いて請求項を解釈することはできない。

本件において、図1(g)、図2(f)、図5及び図6に記載された基材金属層の突出している構造は特許権者(原告)が主張したプラットフォーム構造であるが、図3及び4においてはいずれもプラットフォーム構造ではない。このように、図1(g)、図2(f)、図5及び図6に記載された基材金属層の突出している構造は単に一部の実施例に過ぎず、これをもって特許請求の範囲を限定することはできないことが分かる。加えて、本件特許の請求項に係るプリント配線基板は必然的に特許権者が主張するプラットフォーム構造を有するということについて、当業者は明細書における突出している構造に関する記述及び製造方法により直接的且つ一義的に知ることができない。したがって、本件訴訟において特許権者は請求項3の「突出している」構造に関する解釈に関する主張を行ったが、裁判所はこれを採用しなかった。

また、特許権者は、突出している構造は意図的に形成されたものであり、引用文献5に記載されたエッチングした後の金属残留物とは異なると主張したが、請求項に記載された文字には、当該突出している構造は意図的に形成されたものであるかについて限定する記述がない。したがって、意図的に形成された突出している構造は予期せぬ効果を奏し得るか否かは、当然ながら本件の検討範囲には含まれないとされた。

以上より、特許明細書の作成は慎重に行うべきであるという点の重要性が、本件を通じてもう一度浮き彫りになった。請求項に記載する文字は緻密に考える必要があり、限定が多すぎると特許権の範囲が狭くなり、侵害行為を阻止することが難しくなる。一方、限定が少なすぎると、本件のように特許権が無効になる可能性がある。本件において特許権者は請求項について限縮訂正を行わず、突出している構造について特定の実施例を用いて限定解釈することを試みたが、これは実に難しいことであり、最終的に特許無効の結果となった原因でもある。

キーワード:台湾 特許 新規性、進歩性 電気 化学 無効審判

 

登入

登入成功