台湾 「リード化合物の選択」及び「化合物の構造を変更する動機」の判断原則の確立に関する判例(米Millennium Pharmaceuticals, Inc.・台湾武田薬品工業v.中化合成生技事件)

Vol.119(2022年10月18日)

薬物の治療効果に影響を与える最も肝心な要素は薬物の有効成分であり、製薬会社は、新薬研究開発の初期段階において大量の資源及び時間を投入し活性化合物の選別及び改良を行う必要がある。 これに応じ、化合物に係る特許は医薬品関連特許の布石における最も初期の段階における特許となり、医薬品関連特許の中核となる。ここで、医薬化合物関連特許の進歩性判断において、「リード化合物の選択」及び 「化合物の構造を変更する動機」の判断は重要な役割を果たす。アメリカの連邦最高裁判所はリード化合物の選択を非常に重視し、多くの事例においてその判断原則を蓄積してきた1。 これに対し台湾では、審査基準において化合物の構造を変更する動機について明確に規定されておらず、主に化合物の構造が類似するか否かに基づき進歩性の判断が行われる。つまり構造が類似しない場合は、当該化合物は進歩性を有すると認定され、構造が類似し且つ用途も類似する場合は、原則として当該化合物は進歩性を有しないと認定される。但し、当該化合物が予期せぬ効果を奏することが証明された場合は、進歩性を有すると認定される(台湾専利審査基準第二編第13章)。 このような判断原則は、中国における審査実務と同様である。しかし台湾知的財産及び商事裁判所は近日、米Millennium Pharmaceuticals, Inc.・台湾武田薬品 v. 中化合成生技股份有限公司(Chunghwa Chemical Synthesis & Biotech Co. Ltd. )の事件2において、アメリカの判例における見解を参酌し、 「リード化合物の選択」及び「化合物の構造を変更する動機」の判断原則(Lead Compound Analysis,LCA)を具体的に確立した。以下、本判決の要点を紹介する。

事件の概要

東莞光距電子有限公司(原告)は第CN206834412U号実用新案「ネットワークプラグ上蓋の自動位置決め構造」(以下、「本件実用新案」)の実施権者であり、「寧波普能通訊設備有限公司」(被告)が製造、販売、販売の申出を行っている製品は本件実用新案権を侵害するとして、中国浙江省寧波市中級人民裁判所(以下、「第一審裁判所」)に訴訟を提起した。第一審裁判所は原告の請求を棄却する判決を下し 、原告はこれを不服として上訴した。最終的に、中国最高人民裁判所は第一審判決を取消し、被告に対し権利侵害行為の停止、及び経済損失10万人民元及び権利保護のための合理的費用5万人民元の賠償を命じる判決を下した。

本件特許の主な技術的特徴

  • 本件特許1請求項1の式(Ⅰ)化合物

  • 式中、Z1及びZ2はそれぞれ独立して…であるか、又はZ1及びZ2はボロン酸錯化剤に由来する部分を共に形成し、且つ環Aは、1~2の塩素またはフッ素原子によって置換されたフェニル基から選ばれる、式(I)の化合物。

  • 本件特許2請求項1の式(Ⅱ)化合物

  • 【本件の主な争点】

    当業者は、証拠1のD.3.174化合物をリード化合物として選択する動機を有し、慣行的実験を通じて簡単な修飾をすることで本件特許1の式(Ⅰ)化合物を容易に完成させることができるか否か、証拠1は本件特許1が進歩性を有しないことを証明するのに十分か否か?

    証拠1のD.3.174化合物 本件特許1の式(Ⅰ)化合物

    証拠1のD.3.174化合物は本件特許2が進歩性を有しないことを証明するのに十分か否か?

    証拠1のD.3.174化合物 本件特許2の式(Ⅱ)化合物

    原告の主張

    証拠1(TW200529810A)の表F-1によると、約143種の化合物が最適なHEP及びMOLT4阻害活性を同時に示す(何れも+++に分類)一方、化合物D.3.174について、MOLT4測定結果は「+++(EC50値が200nM未満)」であるが、HEP測定結果は「++(IC50値が100nM未満)」に過ぎず、最適なHEP阻害活性「+++」を有するものではない。よって、当該技術を熟知する者はリード化合物として当該143種の同時に最適なHEP及びMOLT4阻害活性を有する化合物の中から選択するはずであり、最適な阻害活性を有しない化合物D.3.174を更なる研究開発のためにリード化合物として選択する動機も理由もない。

    知的財産及び商事裁判所の見解

    知的財産及び商事裁判所は、証拠1は本件特許1が進歩性を有しないことを証明するのに十分であると認定した。理由は以下の通りである。

    (1)当業者は、証拠1で開示された化合物を参考にして、D.3.174化合物をリード化合物として選択し、証拠1の教示に基づき一般の慣行的実験を通じて簡単な修飾により本件特許1の式(I)化合物を容易に完成させるための合理的な動機を有する。

    当業者が証拠1で開示された化合物を参考にして、一般の慣行的実験を通じ本件特許1の式(I)化合物を容易に完成させる「合理的な動機」を有するか否かを判断するには、化合物間の構造類似性に加え、類似の薬理活性を持つか否か又は治療しようとする疾患の類似性も考慮する必要がある。もし構造類似性の条件だけが満たされ、薬理作用の類似性を考慮せず判断した場合、その判断結果は容易に後知恵に陥ってしまう。

    したがって、証拠1の実施例における化合物の薬理活性データの結果に基づき、化合物の構造と効果の関係を検討し、HEP及びMOLT4のいずれに対しても阻害活性を持つリード化合物を、構造類似性を比較する起点として選択すべきである。証拠1のD.3.174化合物は、MOLT4の細胞分析においてEC50値の結果は「+++」、HEP測定結果は「++」と示されているため、HEP及びMOLT4に対し阻害活性を有することは明らかであり、当業者はD.3.174化合物をリード化合物として選択する合理的な動機があるといえる。また、D.3.174化合物と本件特許1の式(I)化合物の構造上の相違点について、証拠1において全て構造修飾の可能性があることを示している。よって、当業者は証拠1の教示によれば一般の慣行的実験を通じてD.3.174化合物を簡単な修飾をして本件特許1の式(I)化合物を完成させることができる。

    (2)リード化合物として使用できるのは、最適な阻害効果を持つ化合物のみに限らず、証拠1の明細書に明確に開示され活性を有すると記載されている化合物であればいずれも証拠1に潜在能力を持つ化合物として認められ、当業者はそれらをリード化合物の選択肢の一つとして選択する合理的な動機を有する。

    原告は、D.3.174化合物のHEP阻害効果が最適ではなく、D.3.174化合物は証拠1で開示されている最適なHEP及びMOLT4阻害活性を同時に有する143種の化合物ではないため、当業者であれば当該143種の化合物の中からリード化合物を選択するはずであり、D.3.174化合物を選択する動機はないと主張する。

    しかし、証拠1に記載された活性データによると、特定の化合物は、HEP(IC50)値及びMOLT4(EC50)値が「+」の基準を満たせば、活性があると認定され、かかる化合物はいずれも証拠1において潜在能力を持つ化合物であり、当業者が更なる研究開発のためにリード化合物として選択する合理的な動機を有する選択肢の1つである。D.3.174化合物のHEP測定結果は最適ではないが、その活性にはまだ改善の余地があるため、当業者であれば阻害活性がより高まる化合物を合成するために、D.3.174化合物をリード化合物として選択し更に修飾・研究する合理的な動機を有する。したがって、「HEP及びMOLT4のいずれの測定結果においても最適な阻害効果を有する化合物のみがリード化合物として選択される合理的な動機がある」という原告の主張は認められない。

    また、知的財産及び商事裁判所は、証拠1のD.3.174化合物は本件特許2が進歩性を有しないことを証明するのに不十分であると判断した。理由は以下の通りである。

    D.3.174化合物の右下の環状ジヒドロキシボランエステル構造はケトン基C(=O)の構造を有しないのに対し、本件特許2請求項1の式(Ⅱ)化合物中の証拠1の当該環状ジヒドロキシボランエステル構造に対応する部分におけるケトン基は、本件特許2が優れたプロテアソーム阻害剤を得るために不可変な固定構造である。証拠1にはD.3.174化合物について環状ジヒドロキシボランエステル構造に対しケトン基による修飾を行うことに関する示唆又は提案がなく、環状ジヒドロキシボランエステル構造がケトン基の構造を有することを開示する実施例もない以上、証拠1は本件特許2の請求項1が進歩性を有しないことを証明するのに不十分である。

    弊所コメント

    本件において、知的財産及び商事裁判所は、アメリカ連邦最高裁判所の見解を導入し、リード化合物の選択の原則として、「構造の類似性と薬理作用の類似性」を同時に有する必要があることを確立し、薬理作用の類似性を有さず構造類似性のみ有する化合物を比較の起点とする場合、容易に後知恵に陥ってしまうと指摘した。また、「当業者がリード化合物として選択する合理的な動機を有すると言えるのは、最適な効果を持つ化合物のみに限らない。たとえその効果は多数の化合物の中で最適であるとは言えないとしても、薬理活性のある化合物であれば潜在能力のある化合物として認められ、当業者はより高い活性を持つ化合物を見つけるため、それをリード化合物として選択し更に研究する合理的な動機を有する。」とも指摘した。

    また本件では、請求する化合物が、類似する構造を有する公知化合物に比べ予期せぬ効果を奏する点を証明することの重要性が示されている。原告はMOLT4細胞分析のEC50データを提出したが、知的財産及び商事裁判所は、証拠1のD.3.174化合物のデータと比べてその差異は大きくなく、予期せぬ効果を奏する点を証明することはできないと判断した。

    台湾では近年、医薬品関連発明の進歩性判断において、裁判官がアメリカの判決における理論をますます重視している傾向にある。したがって、特許権者又は無効審判請求人のいずれであっても、訴訟において勝訴となる確率を上げるために、アメリカの判決における理論を採用し正面又は反面から答弁を行うことが考えられる。

    [1] Yamanouchi Pharmaceutical v. Danbury Pharmacal, 21 F. Supp. 2d 366 (S.D.N.Y. 1998);Otsuka Pharm. Co., Ltd. v. Sandoz, Inc., 678 F.3d 1280 (Fed. Cir. 2012);Takeda Chem. Indus., Ltd. v. Alphapharm Pty., Ltd. (Fed. Cir. 2007);Bristol-Myers Squibb Company v. Teva Pharmaceuticals USA, Inc., No. 2013-1306 (Fed. Cir. June 12, 2014)。

    [2]知的財産及び商事裁判所110(2021)年民専訴字第19号判決。

    キーワード:台湾 特許 新規性、進歩性 判決紹介 侵害 化学 医薬

     

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