中国2023年度十大拒絶査定不服審判・無効審判事件に選ばれた「ポリウレタン研磨パッド事件」の紹介

Vol.147(2024年12月10日)

技術の発展に伴い、機械や化学などの分野の技術を同時に組み合わせた製品の研究・開発が一般的になっている。そのため、特許請求の範囲における技術的特徴の特定方法も、従来の機械構造による特定に限られず、化学分野でよく見られる性能やパラメータの特徴などの特定方法も含まれることが一般的になった。このような案件において、特許請求の範囲の解釈や各技術的特徴が進歩性判断に与える影響については、単に従来の機械分野または化学分野の案件に対する判断方法を用いるだけでは足りず、分野を跨いだ判断が必要となる。
 
本記事で紹介する事件に係るポリウレタン研磨パッドは、化学分野及び機械分野に跨る研究成果であり、本件は中国特許庁により2023年度十大拒絶査定不服審判・無効審判事件の1つに選ばれている。中国特許庁は、本件において「請求項中の配合成分及び物理的性能に関する複数の技術的特徴に相互作用関係があるか否か、それらを進歩性評価において全体的に考慮すべきか否か」及び「請求項中の各物理的性能パラメータの特徴が限定作用を有するか否か」などの点について、非常に詳細な分析を行っており、高い参考価値を有する。

事件の概要

ある匿名の自然人(以下「無効審判請求人」)が、「ローム・アンド・ハース・エレクトロニック・マテリアルズ・シーエムピー・ホウルディングス・インコーポレイテッド」と「ダウ・グローバル・テクノロジーズ・エルエルシー」(以下「特許権者」)の所有する中国第CN104416454B号特許「ポリウレタン研磨パッド」(以下「本件特許」)に対して、無効審判を請求した。これに対し、中国特許庁は特許権が有効である旨の審決(第564483号無効審判審決)を下した。

中国特許庁は当該審決において、以下の通りに指摘した。
進歩性評価において、請求項中の組成や含有量パラメータを含む複数の技術的特徴が1つの全体的な技術的特徴として考慮されるか否かは、当該複数の技術的特徴が技術的課題の解決に対して共同で作用しているか否かによって判断される。もし、請求項中の物理的性能パラメータの特徴が特定の配合を有する製品の測定結果から得られたものである場合、測定自体は当該製品を新しい製品にするものではないため、その物理的性能パラメータが組成や含有量以外のその他の特徴を限定するとは見なされない。
本件特許は、研磨パッドの均一性及び熱安定性という技術的課題を解決しているが、先行技術には当該技術的課題に対する適切な技術的示唆がなかったため、進歩性が認められた。

本件特許、無効理由の証拠及び争点

本件特許に係るポリウレタン研磨パッドは、化学機械研磨パッド(以下「CMP研磨パッド」という)であり、優れた化学的及び機械的性能を有している。製造過程では研磨液と併用され、ウエハの研磨に広く使用されており、産業チェーンの上流製品である。

また、本件特許の請求項1及び請求項5の研磨パッドの材料は同一であり、異なる点はパラメータ特徴の数値のみである。本件特許の具体的な技術的特徴は、請求項1を例に示すことができる。

本件特許請求項1
「半導体基板、光学基板及び磁性基板の少なくとも1つを平坦化するのに適した研磨パッドであって、前記研磨パッドは、ポリプロピレングリコールとイソシアネート末端反応生成物を形成するためのトルエンジイソシアネートとのプレポリマー反応から形成されるキャスト成形ポリウレタンポリマー材料を含み、前記トルエンジイソシアネートは、5重量%未満の脂肪族イソシアネートを有し、前記イソシアネート末端反応生成物は、5.55~5.85重量%の未反応NCOを有し、
前記イソシアネート末端反応生成物は、4,4’−メチレン−ビス(3−クロロ−2,6−ジエチルアニリン)硬化剤で硬化され、前記イソシアネート末端反応生成物及び4,4’−メチレン−ビス(3−クロロ−2,6−ジエチルアニリン)が、100~112%のNCOに対するNH2の化学量論比を有し、
該硬化ポリマーは、非多孔性状態で測定すると、ねじり固定具を使用して20℃と100℃の間で測定するときのtanδは0.04~0.10(ASTM 5279)であり、
室温でのヤング率は140~240MPa(ASTM-D412)であり、
室温でのショアD硬度は44~56(ASTM-D2240)である、研磨パッド。」

[図1:異なる硬化剤で硬化した研磨パッド材料の硬度に対するヤング率の曲線図]

[図2:異なる硬化剤で調製した研磨パッドポリマーの0~100℃におけるtanδの比較]

 

無効理由の証拠は以下の通りである。

証拠1:公開日2007年2月14日、中国特許出願公開明細書(公開番号:CN1914241A)
証拠2:「PTMG系CPUEの力学性能及び耐溶剤性能に対する鎖延長剤の影響」、著者:陳暁東、易玉華、ジャーナル『プラスチック工業』第40巻第8号、第65~68頁、2012年8月、写し
証拠3:公開日2007年11月28日、中国特許出願公開説明書(公開番号:CN101077569A)
証拠4:「MCDEAがポリウレタンエラストマーの耐摩耗性に与える影響」、著者:胡奉偉、葛鉄軍、『革新瀋陽文集』第262~266頁、2009年8月、写し
証拠5:公開日2000年9月6日、中国特許出願公開説明書(公開番号:CN1265618A)
証拠6:公開日2011年2月2日、中国特許出願公開説明書(公開番号:CN101961854A)

 

本件の主な争点は以下の2点である。

1. 請求項が配合成分に関する技術的特徴と性能パラメータに関する技術的特徴で構成されている場合、進歩性の評価において、それらを全体的に考慮すべきか否か。

2. 成分に関する技術的特徴の相違点に加え、パラメータ特徴に関する研究による技術的貢献が本件特許を先行技術と十分に差別化し、進歩性を証明するに足りるか否か。

無効審判請求人の主張

無効審判請求人は、以下のように主張した。

本件特許の請求項は進歩性を有しない。証拠1(中国特許出願公開番号CN1914241A)は、本件特許に最も類似している先行技術であり、ポリウレタン研磨パッドに関する技術を開示している。証拠1で解決しようとする課題は、研磨パッドの流込み位置によって密度及び気孔率が不均一になることである。

本件特許請求項1と証拠1の相違点は以下の通りである。

1. 本件特許及び証拠1の硬化剤がそれぞれMCDEA及びMOCAで、硬化剤の種類が異なる。

2. 証拠1において、本件特許で特定される研磨パッドの物理的性能パラメータが開示されていない。つまり、本件特許で追加的に限定されている「硬化ポリマーの非多孔性状態で測定して得られる物理的性能パラメータ(即ちtanδ、ヤング率、ショアD硬度)」が、証拠1には開示されていない。

しかし、2つの相違する技術的特徴は硬化剤の種類が異なる点に限られ、本件特許請求項中の物理的性能パラメータは請求項の保護範囲を限定するものではない。これは、研磨パッドの構造と組成が同一である場合、研磨パッドが必然的に有する性能であると考えられるためである。

証拠1~4はそれぞれ、MCDEAを硬化剤としてポリウレタン研磨パッドに使用する技術的示唆を有しているため、本件特許請求項1は、証拠1、証拠1・2の組み合わせ、証拠1・2・3の組み合わせ、証拠1・4の組み合わせ又は証拠1・3・4の組み合わせにより、進歩性の欠如が証明され、本件特許請求項2~8も同様に進歩性を有しない。

特許権者の主張

これに対して、特許権者は、以下のように主張した。

本件特許における硬化剤に関する特徴及びその他の配合成分に関する特徴は同一の技術手段であり、進歩性を判断する際にはこれらを1つの全体として考慮すべきである。本件特許は、まさにその配合成分の組み合わせにより、同時に平坦化及び銅ディッシング特性が改善されるという技術的効果を奏するほか、無効審判請求人が提出した証拠にはいずれも、この点に関する技術的示唆が示されていないため、本件特許は進歩性を有する。

つまり、無効審判請求人が立証する事実について厳格に判断するべきであり、請求項の各特徴を1つの全体として考慮する場合、配合成分に関する技術的特徴及びパラメータ特徴は、同一の先行技術によって完全に開示されていなければならない。

中国特許庁の見解

中国特許庁は審理の結果、無効審判請求人の主張を採用せず、本件特許は進歩性を有すると判断したが、本件特許請求項1中の複数の技術的特徴が進歩性評価において1つの全体として考慮すべきではないと認定した。詳細な理由は以下の通りである。

請求項中の成分や含有量パラメータを含む複数の技術的特徴を進歩性評価において1つの全体的な技術的特徴として考慮すべきか否かの判断は、当該複数の技術的特徴が技術的課題の解決に対して共同で作用しているか否かを判断する必要がある。

本件の場合、硬化剤の種類が製品のその他の成分や含有量が進歩性評価において1つの全体的な技術的特徴として考慮されるか否かは、これらが全体的な関連性を有しているか否かにより判断される。

本件特許の明細書には、研磨パッドの配合成分、性能及び奏する技術的効果に関する複数の実験データ(実施例及び比較例を含む)が示されている。明細書の表1、表2及び図1は、実施例及び比較例の非多孔性状態の配合物とそれらの物理的性能を示しており、図2は異なる硬化剤を選択した時における研磨パッド製品の異なる温度でのtanδの変化を示し、硬化剤が特定の温度範囲内で製品の化学的安定性に及ぼす影響を反映している。

表2が示すように、研磨パッドの上記成分と含有量範囲がいずれも請求項1が限定する範囲内(即ち、配合物1及び2)にある場合にのみ、ショア硬度及びヤング率がそれぞれ44~56(ASTM-D2240)、140~240 MPa(ASTM-D412)の範囲内の研磨パッドが得られる。しかし、これはショア硬度及びヤング率が成分や含有量の変化に伴って変動することを示しているに過ぎず、進歩性評価において関連する特徴として一体的に考慮できるか否かは、技術的課題の解決に対してこれらが共同で作用しているか否かを判断する必要がある。

本件特許において、請求項の範囲内に含まれる実施例が配合物1及び2のみであり、両者のの違いは活性NH2及びNCOの化学量論比が異なるという点のみである。表4~表7では、配合物1がウエハ研磨に使用された際の効果が記載されているが、比較例であるサンプルE-4及びL-1は、ポリオール基本骨格、イソシアナートプレポリマー、未反応NCOの量、硬化剤、及び活性NH2とNCOの化学量論比など、配合物1と異なる点が多いため、このような限られたデータでは、進歩性評価において、請求項1中の成分と含有量に関する特徴及び物理的性能パラメータの特徴を関連する特徴として一体的に考慮できることを示すには不十分である。

以上に基づき、請求項中の成分や含有量パラメータを含む複数の技術的特徴が全体的な関連性を有しているか否か、ひいては進歩性評価において1つの全体的な技術的特徴として考慮されるか否かの判断は、当業者の視点から、上記成分や含有量パラメータを含む複数の技術的特徴が技術的課題の解決に対して共同で作用しているか否かを分析する必要があり、もし明細書の実施例及び比較例から得られるデータが上記判断を行うのに不十分である場合、上記特徴は進歩性評価において一体的に考慮すべきではない。

また、性能パラメータは製品の物理的構造特徴をアウトプットする表現であるため、性能パラメータの請求項の保護範囲を限定する作用を簡単に否定することはできないが、一方で性能パラメータの特徴は測定によって得られるもので、製品固有の特性であるため、請求項に対する影響を明確にするには明細書と併せて考慮する必要がある。

本件特許の物理的性能パラメータは、研磨パッドに使用される特定の配合を有するポリマーを測定して得られたものである。請求項1及び5において、研磨パッドの配合成分は完全に同一であるが、性能パラメータの範囲が異なっている。これは、研磨パッドの配合成分や含有量が一定の範囲で変動することに伴い、物理的性能パラメータも必然的に変動するためである。したがって、性能パラメータが研磨パッドの配合成分に一定の影響を及ぼすことは明らかである。

しかしながら、上記物理的性能パラメータによる請求項の限定作用は、製品の配合成分や含有量に関する特徴のみを反映しており、実際には、本件特許明細書の表1、表2及び図1の記載によると、研磨パッドの配合成分と性能パラメータの関係は非常に複雑である。そのため、明細書には研磨パッドの具体的な形成技術や条件が研磨パッドの物理的性能にどのように影響を与えるかについて明確な説明がされていない状況では、本件特許の上記物理的性能パラメータが成分や含有量以外の他の特徴を限定するとは認められない。

弊所コメント
従来の機械製品の請求項では、部品間の作用関係が明確であるため、付加される技術的特徴が製品の技術的効果や実際に解決される技術的課題に与える影響の判断は比較的直感的に行える。しかし、化学分野及び機械分野に跨る製品の請求項においては、製造方法及び性能に関する特徴が製品に与える影響はそれほど直感的でない。そのため、当業者の視点から、請求項を正確に理解し、付加される技術的特徴が先行技術に対してもたらす実際の貢献を客観的に判断することが必要である。さらに、化学分野は実験科学であるため、多くの場合、実験データを通じて検証・分析することが求められる。
 
請求項におけるパラメータ特徴は、物理的及び化学的特性のパラメータを用いて発明に係る物質を特定することを意味する。一般的な物の発明は、化学名、分子式、構造などの特徴によって特定されるが、パラメータによって特定された物が必ずしも新しい物質の発明であるとは限らない。中国の『専利審査指南』第2部第3章3.2.5節では、「…性能やパラメータの特徴を含む製品の請求項については、請求項中の性能やパラメータの特徴が、保護を請求する製品に特定の構造及び/又は組成を備えていることを暗示しているか否かを考慮しなければならない。…」と規定されている。
 
本件において、中国特許庁は、パラメータ特徴の保護範囲に対する実質的な限定作用、明細書での開示程度、進歩性の評価においてどのようにその他の特徴と一体的に考慮すべきかの判断等について指針を示した。
 
具体的に、中国特許庁は以下のように認定した。
まず、進歩性評価において、請求項中の成分や含有量パラメータを含む複数の技術的特徴を1つの全体的な技術的特徴として考慮すべきか否かの判断は、当該複数の技術的特徴が技術的課題の解決に対して共同で作用しているか否かを判断する必要がある。次に、本件特許の明細書が性能やパラメータの特徴が製品の固有特性に与える影響を説明する十分な実施例及び比較例を提供していないため、これらの物理的性能パラメータが請求項の保護範囲を限定する作用を有するとは認められない。しかし、本件特許は研磨パッドの均一性及び熱安定性を向上させるという技術的課題を解決しており、引用文献には当該技術的課題に対する解決策が示されていないため、本件特許請求項は依然として有効である。
 
一般的に、硬化剤の種類の相違は小さな差異と見なされ、進歩性が否定される場合が多い。しかし、本件特許の明細書では、パラメータに関する実験・研究を行い、発明全体の技術的効果を検証していた。そのため、中国特許庁は、本件においてパラメータ特徴による限定の意義を全否定することなく、パラメータで特定された物の表現形式に基づいて、その特許請求の範囲を過度に拡大解釈することもなく、本件特許の請求項範囲がもたらす技術的貢献を合理的に認定した。また、中国特許庁は、明細書においてパラメータ特徴が製品の固有特性に与える具体的な影響を示す十分な実験データが開示されているか否かを考慮すべきであると指摘した。
この見解は、化学及び機械分野に跨る発明の出願人にとって、非常に参考となるものである。
 

 

 

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