台湾 部材の機能が記載された「Wherein Clause」の進歩性判断に関する判例(波長変換部材及び光源モジュール事件)

Vol.140(2024年4月23日)

 最近、台湾知的財産及び商事裁判所は2023年度行専訴字第30号判決において、台湾特許出願第109128366号「波長変換部材及び光源モジュール」に対する経済部の訴願決定及び台湾特許庁の拒絶査定を取り消し、本件特許出願が進歩性を有すると認定した。
 
 本件おいて、台湾知的財産及び商事裁判所は以下の見解を示した。
「機能が記載された『Wherein Clause』1 の請求項における部材の進歩性を判断する際に、たとえ引用文献における部材の外観、材質、及び構造がいずれも本件請求項における部材と類似しているとしても、本件特許出願で限定された当該部材の機能が引用文献における部材の機能と異なる場合、又は引用文献の部材を変更すると引用文献における当該部材が奏する機能に悪影響を与えてしまう場合、本件特許出願の前記「Wherein Clause」は実質的な限定作用を有する。この場合、本件特許出願で限定された部材の構造が引用文献と類似しているという点のみから、当業者であれば引用文献の当該部材を簡単に変更することで、本件特許出願における部材に係る発明を容易に完成できると認定してはならない。」

事件経緯

台達電子工業股份有限公司(原告)は、2020年に台湾特許庁(被告)に発明「波長変換部材及び光源モジュール」(出願番号:109128366。以下、本件特許出願)について特許出願し、審査の結果、拒絶査定を受けた。原告はこれを不服とし、再審査を請求したが、再審査においても拒絶査定を受けた。原告は更に訴願を提出したが、経済部が2023年4月13日に経訴字第11217301740号決定でその訴願を棄却したため、原告は知的財産及び商事裁判所に行政訴訟を提起した。

台湾知的財産及び商事裁判所による審理の結果、裁判所は本件特許出願が進歩性を有すると認定し、台湾特許庁の原処分及び経済部の訴願決定を取り消した。

本件特許出願請求項1の技術的特徴

 本件特許出願請求項1において、以下の内容が記載されている。
 
「軸線を中心に回転するように配置された基板と、
前記基板上に設置された蛍光粉末層と、
前記基板上に設置され、かつ10ppi~500ppiの空孔密度又は5%~95%の体積空孔率を有する通気ブレードと、を含み、
前記通気ブレードの通気孔は、前記基板が回転する際に気流を通過させて微小渦流を生じるように配置される
波長変換部材。」
 
 本件の争点は、引用文献1の「放熱層」、「組み立て孔」が本件特許出願請求項1の「通気ブレード」に対応するか否かという点にある。
 
本件特許出願図3
引用文献1図2

 

台湾特許庁の主張

  1. 引用文献1の放熱層3は本件特許出願請求項1の通気ブレード123に対応する

引用文献1図2に記載された波長変換部材(20)と本件特許出願の波長変換部材(図3)の断面図から、両者の外観は同一であることが分かる。また、本件特許出願明細書[0024]において、「通気ブレード123の材料は、金属、セラミック、及びガラスのいずれかを含む」と記載されており、引用文献1においても、放熱層の材料がセラミックであることが記載されている。よって、本件特許出願及び引用文献1で使用する材料をいずれもセラミックにすることができるため、両者を同一視することができる。

 

  1. 引用文献1の放熱層3は、その外見又は機能に関わらず、本件特許出願に係る「対流」を利用することにより気流を生じさせる「ブレード」に対応する

本件特許出願において、微小渦流は「通気孔」により生じることが記載されているが、引用文献1においても、放熱層3が「通気孔」を有する部材であることが開示されており、かつ引用文献1に記載された「気孔率」は本件特許出願請求項1の「空孔率」に相当する。よって、当業者であれば波長変換部材が作動する際に、前記放熱層3により微小渦流が生じ得ることを合理的に予期できる。

更に、引用文献1において、波長変換部材が蛍光体層により光源に対し波長の変換を行うことが開示されているため、当業者は変換部材が作動・回転する際にこの放熱層により気流が生じると理解できる。よって、引用文献1における放熱層3の通気孔により、波長変換部材が作動する際に微小渦流が生じることを予期できる。

したがって、引用文献1の放熱層3はその外見又は機能に関わらず、本件特許出願に係る「対流」を利用することにより気流を生じさせる「ブレード」に対応する。

 

  1. 引用文献1の「組み立て孔」は、本件特許出願請求項1の「通気孔」に相当する

本件特許出願請求項1において、通気孔の出所が限定されていないため、引用文献1において、ブレード本体の気孔の他に、配置された組み立て孔も本件特許出願請求項1の通気孔に相当すると考えられる。また、変換部材が回転する際に生じた気流がブレード本体の「気孔」を通過できるほか、前記気流の一部が前記配置された「組み立て孔」を通過することにより放熱の目的を達成する可能性も排除できない。原処分は上記を理由に下したものであり、誤りはない。

台湾知的財産及び商事裁判所の見解

しかし、台湾知的財産及び商事裁判所は、引用文献1の「放熱層」と「組み立て孔」がいずれも本件特許出願請求項1の「通気ブレード」に対応せず、「前記基板が回転する際に気流を通過させて微小渦流を生じる」という技術的特徴が開示されていないと認定した。その詳しい理由は以下の通りである。

  1. 引用文献1明細書第3頁と、引用文献1明細書第11頁に記載された「放熱層3としては、例えば、緻密質セラミック層が挙げられる。緻密質セラミック層の気孔率は20体積%未満であり、15体積%以下が好ましく、特に10体積%以下であることが好ましい。緻密質セラミック層の気孔率が高すぎると、熱伝導率が低下して、放熱性が低下しやすくなる。」という内容から、引用文献1で採用されている放熱層は「熱伝導」で放熱の効率を向上させるもので、かつ放熱層の気孔率が低くければ低いほどいいことが分かる。
  2. 一方、本件特許出願では「熱対流」を利用し、微小渦流により放熱の効率を向上させているため、引用文献1の「放熱層」材料本体が有する「気孔」と、本件特許出願の「通気ブレード」内に微小渦流を生じるため特別に配置された「通気孔」は、原因と目的がいずれも異なる。よって、引用文献1における放熱層の「気孔」は、「前記基板が回転する際に気流を通過させて微小渦流を生じる」という機能を有しない。
  3. 更に、当業者であれば引用文献1で開示された「気孔率が高すぎると、熱伝導率が低下する」ことに関連する内容を見た後、放熱効率を向上させる目的を達成するために、熱伝導放熱用の材料として「気孔率が低い」緻密質セラミック層又は他の材料を選択する可能性が高い。よって、当業者であっても、放熱層の気孔率が低くければ低いほどいい「放熱層」を、更に簡単な変更又は修飾をすることで、熱対流により放熱効率を向上させる方法、即ち気流を通過させるための通気孔を有する「通気ブレード」を採用するようにすることを容易に想到できず、本件特許出願請求項1に係る発明を容易に完成することはできない。
  4. 被告は、引用文献1に記載された「気孔率」が本件特許出願請求項1の「空孔率」に相当し、当業者であれば波長変換部材が作動する際に前記「放熱層」により微小渦流が生じることを合理的に予期できる等と主張している。しかし、引用文献1の波長変換部材が作動・回転する際に、気孔率が低すぎる又は不十分である場合、開示された「放熱層」において、気流が気孔を通過し微小渦流が生じる現象が必ずしも発生するとは限らない。よって、引用文献1の「気孔」が「前記基板が回転する際に気流を通過させて微小渦流を生じる」という機能を有することが実質的に示唆されていない。
  5. また、引用文献1図8で開示された「組み立て孔」は、気流を通過させて放熱する機能を有していない。もし前記組み立て孔が顕著な放熱機能を有している場合、気孔率を減少させることにより熱伝導の効率を向上させる引用文献1の放熱層の設計方針に反することは明らかである。よって、引用文献1の「組み立て孔」は本件特許出願請求項1の「通気ブレード」及び「前記通気ブレードの通気孔は、前記基板が回転する際に気流を通過させて微小渦流を生じるように配置される」という技術的特徴に対応しない。
弊所コメント
 本件特許出願請求項1は、通気ブレードの配置関係と材料の性質を限定した後、さらに前記通気ブレードの機能について、「前記基板が回転する際に気流を通過させて微小渦流を生じる」との限定を行った。よって、本項の記載表現は実質上、米国特許審査基準に記載されている「Wherein Clause」(MPEP 2111.04)において部材の機能が記載されたもの、即ち「請求項において、技術的特徴に関する構造、材料、又は工程が完全に記述されている場合に、さらに請求項の末尾に一部の技術的特徴又は請求項の全体が奏する特定の機能を記述する語句」に類似している。
 
 なお、機能の記載された「Wherein Clause」が限定作用を有するか否かについて、台湾では、2016年版専利侵害判断要点の「Whereby Clauseを含むクレームの解釈」において、以下のように記載されている。
「Whereby Clauseを含むクレームの解釈において、前記Whereby Clauseがクレームで限定された範囲に対し限定作用を有するかどうかは、個別の案件における特定の事実に応じて決定しなければならない。前記Whereby Clauseが特許出願に係る物の構造又は特許出願に係る方法の工程に対し影響や変更をもたらす場合、前記Whereby Clauseがクレームで限定された範囲に対し限定作用を有し、前記Whereby Clauseを無視してはならない。一方、Whereby Clauseが達成しようとする機能又は結果を表現するものに過ぎない場合、クレームで限定された範囲に対し限定作用を有しない。」2
しかし、台湾専利審査基準においては、Whereby Clauseの進歩性判断について特に規定されておらず、また、機能が記載されたWherein Clauseについては、2016年版専利侵害判断要点及び専利審査基準のいずれにおいても規定されていないため、実務上、紛争に発展しやすい。例えば、本件のように、裁判所が台湾特許庁の見解を覆すこともある。
 
 本件において、台湾特許庁が示した見解は、物の構造と材質が同一であれば、同一の作用を奏するため、更なる機能限定は請求項に影響を及ぼさない、という用途限定発明に対する従来の見解に近い。そのため、本件において、台湾特許庁は、本件特許出願請求項に記載された通気ブレードの配置方法や材質がいずれも引用文献の放熱層(基板上に設置されてかつ5%~95%の空孔率を有する)で実際に開示され、引用文献の部材配置も本件特許出願に記載された機能を奏することが明らかであるため、本件特許出願の通気ブレードは実質的に引用文献の放熱層で開示されていると認定した。
 
 しかし、裁判所は以下のように認定している。
「本件特許出願のWherein Clauseに記載された機能は、実質的に限定作用を有する。引用文献において、高空孔率を採用すると熱伝導を阻害することが教示されているため、当業者には引用文献における放熱層の空孔率を向上させ、前記空孔率で完全に異なる熱の伝わり方(熱対流)を達成する動機がないことは明らかである。よって、本件特許出願の通気ブレードは引用文献の放熱層と同一ではなく、当業者は簡単な変更により本件特許出願の通気ブレードを得ることはできない。」
 このように、裁判所は、部材の定義及び進歩性の有無を評価するために、本件特許出願の機能が記載されたWherein Clauseを含めて考慮する必要があるとし、台湾特許庁と相反する見解を示した。
 
 また、本件において、引用文献で教示された部材の機能が本件特許出願とほぼ正反対で、かつ本件特許出願の「熱対流による放熱」という機能を実現しようにすると、逆に引用文献の求める「熱伝導による放熱」という機能の実現が妨げられてしまう状況にあったため、本件特許出願の機能の記載されたWherein Clauseが進歩性判断の根拠となったことは注目に値する。しかし、引用文献と本件特許出願それぞれの求める機能が実際に衝突することも、互いに干渉することもなく同時に存在できる場合、機能の記載されたWherein Clauseが進歩性判断の根拠として採用できるかどうかは、異なる判断結果となる可能性がある。よって、特許出願人は答弁の際に、機能の記載されたWherein Clauseに関する主張を活用できる可能性があることも留意されたい。
 

[1] "wherein" clausesについては、米国特許審査基準(MPEP)2111.04で規定されている。https://www.uspto.gov/web/offices/pac/mpep/s2111.html

[2] 2016年版専利侵害判断要点2.7.5.2

 

 

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