台湾 単一文献内の複数の発明を組み合わせる動機付けに関する認定基準を示した判例(はんだ合金無効審判事件)

Vol.91(2021年6月24日)

進歩性の審査において、発明特定事項が複数の引用文献において別々に開示されており文献を組み合わせる態様が多数存在する場合、特許権者は当該態様は多くの証拠を恣意的に組み合わせたものであると主張することが多い。しかし裁判所はどのような状況の場合にこれら証拠の組み合わせ態様は当業者が論理的な分析、推理又は一般的な作業、実験により結果を得られるものであると認定するのか、どのような状況の場合に当該態様は恣意的な組み合わせであって文献を組み合わせる動機付けがないと認定するのか、という問題は長年にわたって特許業界における論争の重点とされてきた。従来、台湾ではこの点においてあまりにも緩く、化学分野においては特に顕著であり、複数の引用文献から発明に係る化学組成を寄せ集めることができれば、当業者は複数の引用文献を組み合わせる動機付けを有すると認定されていた。しかし本件(知的財産裁判所2020年行専訴第4号)において裁判所は、台湾特許庁の見解を覆し、複数の引用文献を組み合わせる動機付けの認定において指標的意義を樹立したことから、本件は注目する価値がある。

事件の概要

本件は「シンガポール・アサヒ・ケミカル・アンド・ソルダー」が「恆碩科技股份有限公司」(特許権者、原告)の有する第I576195号「はんだ合金」特許権(以下、本件特許)に対し請求した無効審判事件である。台湾特許庁は請求認容審決を下したため、特許権者はそれを不服として、知的財産裁判所に行政訴訟を提起した。知的財産裁判所は文献1、2の組み合わせでは本件特許請求項1、2に係る発明(本件発明1、2)の進歩性を否定できないとし、原処分を取消す判決を下した。

本件の争点は文献1の各実施例では多数の組み合わせ態様が開示されているが、当業者は本件発明1、2が定義する組み合わせ態様に合うものを選択する動機を有するかという点をどのように証明できるのか、という点にある。

本件特許と引用文献の主な技術的特徴

本件特許の内容は以下の通りである。

【請求項1】

スズ、銀、銅、ビスマス、ニッケル及びゲルマニウムを含む耐高温エージング高強度鉛フリーはんだ合金であって、

前記はんだ合金の総量100wt%に対して、

前記銀の含有割合が、4~5wt%であり、

前記銅の含有割合が、0.2~0.8wt%以下であり、

前記ビスマスの含有割合が、1~7wt%以下であり、

前記ニッケルの含有割合が、0.005wt~0.06wt%以下であり、

前記ゲルマニウムの含有割合が、0.005~0.02wt%以下であり、

残余が前記スズであることを特徴とする耐高温エージング高強度鉛フリーはんだ合金。

【請求項2】ウエハレベルパッケージに用いられることを特徴とする、請求項1に記載の耐高温エージング高強度はんだ合金。

本件発明は上記各元素が適切な比率で添加されて形成された新しい材料組成であり、材料を高温環境でエージングした後も材料の強度と硬度を向上、維持でき、同時に界面強度と抗酸化性を向上させて優れた鉛フリーはんだ合金のデザインを形成し、高温の熱循環という過酷な環境下でのウエハレベルパッケージングに好適である。

また、文献1はUS2010/0297470「鉛フリーはんだ合金(Lead-free solder alloy)」、文献2はUS6176947B1「鉛フリーはんだ(LEAD-FREESOLDERS)」である。下表は本件発明1、文献1及び文献2が開示する元素の状況を整理したものである。

文献2明細書第3欄37~49行において、銀の含有割合が2~4.5wt%であり、銅の含有割合が0.2~2.5wt%であり、ビスマスの含有割合が0~5wt%であり、インジウムの含有割合が0~12wt%であり、アンチモンの含有割合が0~2wt%及びスズの含有割合が76~96wt%である、高耐疲労性及び高湿潤性を有する鉛フリーはんだ合金が開示されている。 (文献2はニッケル及びゲルマニウムを含有しているかどうかは開示していない。)

    スズ
Sn

Ag

Cu
ビスマス
Bi
ニッケル
Ni
ゲルマニウム
Ge
リン
P
アンチモン
Sb
Co/Fe/Mn/Cr/Moの1つ In/Znの1つ
本件発明1        
文献1 請求項1 × × × × × ×
請求項4 × × × ×
請求項5 × × × ×
請求項7 × × × ×
文献2 × ×    

(〇:必須、△:選択、×:記載なし)

無効審判請求人の主張

無効審判請求人は次のように主張した。

文献1要約欄の記載のみによって、含有割合が多くとも4wt%の銀(Ag)、0.1~3wt%の銅(Cu)、多くとも5wt%のビスマス(Bi)、多くとも0.5wt%のニッケル(Ni)、0.001~0.1wt%のゲルマニウム(Ge)と残余がスズである鉛フリーはんだ合金を得ることができ、これは本件発明1の範囲と重複する。また、文献1請求項4、5、7記載の銀(Ag)、ニッケル(Ni)、ビスマス(Bi)はいずれも列挙された元素の最初にあり、文献1の表1及び表2の実施例では文献1の要約から選出可能な個別成分であるAg、Ni及びBiを開示しているため、当業者であれば先行技術の鉛フリーはんだ合金を改良しようとする際、当然に最初に挙げられたAg、Ni及びBiを選び実験を試みるはずである。よって、「文献1の要約と実施例」又は「文献1請求項1、4、5、7」だけを組み合わせる、修飾する、置換する又は転用する等の方法により、本件発明1を完成させることができるため、文献1又は文献1、2の組み合わせにより本件発明1が進歩性を有しないことを十分証明できる。

知的財産裁判所の見解

無効審判請求人は、文献1請求項1、4、5、7で開示された内容を組み合わせることで本件発明1が進歩性を有しないことを証明できると主張するが、文献1請求項1、4、5、7の各技術内容の組み合わせにより本件発明1を容易に完成できるかどうかを考量する必要があり、同一の引用文献(文献1)中に各実施例が共通して記載されているということのみをもって、当業者は必然的にそれらを容易に組み合わせることがきると認定してはならない。

文献1について、本件発明1の銀、銅、ビスマス、ニッケル、ゲルマニウム全ての成分を同時に有する実施形態又は実施例は存在せず、また本件特許の各実施例及び文献1の実施例からもわかるように、組成の成分と比率が異なると性質に対し異なる影響をもたらす。よって、当業者は文献1請求項1、4、5、7の三種類の異なる実施態様を組み合わせた場合に、どのような種類の性質が得られるのか、耐高温エージングの効果を奏するのかを予測することができない。

本件発明は銀、銅、ビスマス、ニッケル、ゲルマニウム、スズの6種類の成分を同時に含むことを必要としている。文献1請求項1、4、5、7では銅、ゲルマニウム、スズの三種類を開示し、請求項4は更に銀を開示し、請求項5は更にニッケルを開示し、請求項7は更にビスマスを開示している。よってこれらを組み合わせた場合、本件発明1における6種類の元素が開示されたことになるといえる。しかし、文献1請求項4では銀又はアンチモンのうち少なくとも1つが選択され且つ総量が多くとも4wt%であると開示され、請求項5ではニッケル、コバルト、鉄、マンガン、クロム又はモリブデンのうち少なくとも1つが選択され且つ総量が多くても5wt%であると開示され、請求項7ではビスマス、インジウムと亜鉛のうち少なくとも1つが選択され且つ総量が多くとも5wt%であると開示されている。つまり、請求項4の「銀」は2つの選択肢のうちの1つであり、請求項5の「ニッケル」は6つの選択肢のうちの1つであり、請求項7の「ビスマス」は3つの選択肢のうちの1つである。本件特許請求項1の発明を完成させようとする場合、上記選択の過程において銀、ニッケル、ビスマスを「都合よく」選ぶ必要がある。 こうした元素の選択のほかに、選ばれた各成分の重量比率も本件特許の範囲内でなければならないのは言うまでもない。文献1請求項4、5、7では多種多様の選択が開示されている状況下において、当該選択方法は多種の成分の組み合わせが含まれ、各種成分の組み合わせもまた多様な重量比率の可能性を有する。はんだ合金使用時には金属化合物の形成や金属の結晶の析出及び固溶強化等の複雑な作用にかかわることに基づけば、成分の置換又は比率の僅かな変更はいずれも最終性質に重大な影響を与え、長時間、高温環境下でのエージング後の結果に対しても明らかな差異が生じる。よって、当業者であっても引用文献1が開示する内容に基づき、本件発明1と元素の種類が同一で成分比率も類似するはんだ合金を容易に完成させられるとは考え難い。

更に、文献1請求項4、5の目的は機械的強度を改善する点にあり、請求項7の目的は融点を降下させる点にあるため、それぞれが解決したい課題は同一ではない。示唆と開示が不足する状況において、当業者が文献1請求項4、5、7の三種類の実施例を組み合わせて本件発明の「長時間、高温環境下でエージングした後も同様の強度を有する」鉛フリーはんだを完成させる合理的動機を有すると認定することはできない。よって、文献1は本件発明1が進歩性を有しないことを証明できない。

文献2はニッケル及びゲルマニウムを含有するかどうかを開示しておらず、文献1の成分組成と明らかな差異がある。また、文献2は材料が長時間、高温環境下でのエージング後も同様の強度を維持するという特性を有するかどうかも開示していない。したがって、当業者が文献1及び文献2の成分比率の範囲を選択してそれらを組み合わせる合理的動機を有すると認定することはできない。よって、文献1、2の組み合わせは本件発明1が進歩性を有しないことを証明するには不十分である。

 

弊所コメント

化学分野の発明ではある製品や物資に対して一定条件に基づく測定後の数値データや特性を発明特定事項とする場合がある。ここで当該データや特性の進歩性を否定する際に、当該データや特性については実際に測定を行わずに、間接的な証拠や換算に基づいて当該データや特性と対比したとしても、その結果は相手や裁判所から疑義を受ける可能性が出てくる。本件において、本件発明1の各成分は文献1の異なる実施例を組み合わせたものであるため、過去に本件発明1の鉛フリーはんだと同一の成分に基づき、本件発明1と同一の鉛フリーはんだを作り出せたという事実を示す証拠は存在しない。

本件の判旨に基づけば、仮に無効審判請求人が提出した証拠において本件発明1の6種類の元素が開示され、成分比率が重複している若しくは示唆がされている、又は単一の証拠において4~5種類の元素を混合させた実施例が開示され他の証拠では残りの元素を添加した効果等が開示されているのであったなら、本件特許の鉛フリーはんだと先行技術の類似度は予測できる調整範囲まで高くなるため、当業者が完成できると認定された可能性がある。しかし、本件において実際には無効審判請求人が提出した証拠は、個別の実施例を自ら組み合わせたものであり、添加された成分間でどのような相互作用が生じるのか、又は添加された成分の作用は過去に数多く実験され、相当程度の予測をすることができる等に関する証拠が存在しなかったため、証拠や文献の寄せ集めと認定されている。本件に類似するような状況においては、審査官又は裁判官に当該無効理由の合理性を認定させるのは難しいと考えられる。

キーワード: 台湾 特許 判決紹介 新規性、進歩性 無効審判 化学

 

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