台湾 商標の使用に関する最高裁判例(台湾亜太植牙医学会APAID事件)

Vol.87 (2021年4月14日)

商標の使用の定義について、台湾商標法では第5条において「商標の使用とは、販売を目的とし、以下の状況の1つを有するものであって、関連消費者にそれが商標であると認識させるに足りるもの、を指す。」と規定されている。よって、商標の使用と言えるためには、販売を目的とした使用であることが必要であると解される。ここで本条の立法理由によれば、本条は商業性質を有する商標の使用行為を規範することを目的とし、「販売を目的とし」とはTRIPS協定第16条第1項における「in the course of trade」と類似する概念であって、「in the course of trade」は「商業上」に対応することから、「販売目的」は有償の販売行為や譲渡行為にも限らない、とされている。商標権者が販売促進や宣伝を通して、商標と商品役務との間に密接な関係を持たせることによって、関連消費者が当該商標を認識することができ、そして当該商標により商品役務の出所を区別できるようになった場合、当該商標の使用は販売を目的とした使用に該当すると認定される。

本件は商標の使用に関する認定が問題となった事例であり、「非営利目的の使用は商標の使用に該当しない」という知的財産裁判所の判断を最高行政裁判所が是正したものである1

事件の概要

台灣亞太植牙醫學會(以下、亞太植牙)の有する登録商標「 」(本件商標)に対して、台灣亞州植牙醫學會(以下、亞州植牙)が異議申立てを行い、取消決定が下された。本件はその取消訴訟である。本件は一度最高行政裁判所まで行き差戻し判決が出され、知的財産裁判所による2回目の判決を経て、再度最高行政裁判所による判決が出されている。今回は2回目の知的財産裁判所判決及び最高行政裁判所判決を取り上げる。

審理では主に本件商標は亞州植牙の先行商標(引用商標)の意図的な模倣(第30条第1項第12号)に該当するかが争われた。本号の適用要件として、先行商標が登録商標の出願日よりも先に使用されていることが必要であることから、先行商標が先に商標として使用されているかが争点となった2

本件商標 先行商標(引用商標)

知的財産裁判所の見解

商標法第5条は「商業性質」を有する商標の使用行為を規範することを目的としており、商標の使用と言えるためには「商業取引過程における使用」及び「関連消費者がそれを商標であると認識させるに足り、一般商業取引慣習を満たすこと」という要件を充足するか否かを証明する必要がある。

APAID(Asia Pacific Academy of Implant Dentistry)国際会議の関連資料において、引用商標は会議を運営主催する特定団体であることを示すために使用されており、会議の参加者に対し引用商標がAPAID組織の標識であると認知させていることから、引用商標は役務の出所を示すものであると認められる。しかし、引用商標のこうした学術会議の役務における使用は、「商業取引過程における使用」に基づくものであるか否かについて検討する必要がある。商業行為の多くは営利目的であり、契約自由の原則に基づき、営利目的でなく商品や役務の提供を行う行為は非営利性行為であることから、非営利目的による標識の使用は、商標法が規定する「商業取引過程における使用」という要件を満たさない。APAIDは口腔インプラント学に関する教育、研究、訓練の改善及び推進、並びに国際学術交流を目的として会議を運営主催いること、また亞州植牙自身もAPAIDは著名な「公益性機構」であると認めていること、提出された資料からはAPAIDが営利目的で役務を提供しているとは見受けられないといった事情を考慮すれば、営利性の商業における使用であるとは証明されないため、引用商標の使用は商標法における商標の使用であるとは認められない。

最高行政裁判所の見解

商標法第5条規定の商標の使用に関し、「販売を目的とし」とはTRIPS協定第16条第1項における「in the course of trade」と類似する概念である。よって「販売を目的とし」の意義は実質的に「取引過程(in the course of trade)」と同一であり、行為の主観的な取引意図ではなく客観的な取引状態に基づき判断すべきである。商標法第5条第1項の条文には「販売を目的とし(行銷之目的)」と規定されているに過ぎず、営利性商業取引に限るとは規定されていない。立法理由では本条は商業性質を有する商標の使用行為を規範することを目的とするとされているところ、「商業」は商標使用の形態の一つを例示しているに過ぎず、「商業」という文字にとらわれ、これを営利行為に限定したうえで商標の使用を認定してはならない。商標の使用の認定は有償か無償かによって異なることはなく、営利性行為に限定せず取引過程に重点を置くべきである。

原審では、商標法第5条における商標の使用に関して、「商業行為の多くは営利目的であり、契約自由の原則に基づき、営利目的でなく商品や役務の提供を行う行為は非営利性行為であることから、非営利目的による標識の使用は、商標法が規定する「商業取引過程における使用」という要件を満たさない」と解釈し、本件引用商標の使用は営利性を有する商業取引における使用ではないため、商標の使用とは認められないと認定している。これは商標の使用に対して不要な制限を課した不当な認定である。

弊所コメント

本件では商標の使用に関し、非営利目的による使用は「商業取引過程における使用」という要件を満たさないため商標の使用には該当しないとした知的財産裁判所判決の判断を、最高行政裁判所が是正した事件である。最高行政裁判所は営利行為に限定すべきではなく、取引過程に重点を置くべきであるという見解を示した。

台湾では商標の使用について、「販売を目的とし(行銷之目的)」という語句の解釈が問題となるケースが少なくない。この「販売を目的とし(行銷之目的)」という語が商標法に規定されたのは1983年改正からであるが、それ以前の1972年には既に「商標の使用とは、商品又はその包装若しくは容器に商標を用いて、市場に販売することを指す」と規定されていた。「市場に販売」という語の指す範囲が狭すぎたことから、1983年の改正時に各種取引過程における使用態様を広く網羅させるために、「販売を目的とし(行銷之目的)」と表現が変更された。そして2011年の商標法改正時に、TRIPS第16条第1項を参考にして「販売を目的とし(行銷之目的)」という語を「取引過程」へと変更することも検討されたが、「販売を目的とし(行銷之目的)」という語は実務で長らく使用され定着しており、別の語句を用いた場合に混乱をもたらす恐れがあるという理由で、採用に至らなかった。ただ2011年の法改正検討時から、「販売を目的とし(行銷之目的)」とは厳密な販売目的の行為に限るものではなく、有償の販売行為や譲渡行為にも限らないという解釈、運用がされており、商標法逐条釈義においても「『販売を目的とし』の意義は実質的に『取引過程(in the course of trade)』と同一であり、有償か無償かによって異なることはなく、行為が商業性質を有するか否かに基づいて個別に判断をすべきである。」と記載されている。別の事件においても知的財産裁判所は、現実に利益を得たか又は営利目的であるかを要しない、と判断している3

本件の知的財産裁判所では、商業性質という語を営利目的に限ると限定解釈をし、非営利目的による使用は商標の使用に該当しないと認定したが、最高行政裁判所は営利行為に限定して商標の使用を認定してはならず、有償か無償、営利目的か非営利目的かを問わず、商業取引過程における使用か否かを判断すべきであるという判断を示した。

[1] 最高行政裁判所2020年度判字第670号、知的財産裁判所2018年度行商更(一)字第1号。

[2] 他の要件は商標が同一又は類似する、商品役務が同一又は類似、そして先行商標使用者と契約上又はその他関係によって前記商標の存在を知ったこと、である。

[3] 知的財産裁判所2013年民商上字第3号判決。

キーワード:商標 台湾 判決紹介

 

 

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