台湾における医療AI・IoT発明の発展動向及び出願戦略

Vol.86(2021年3月22日)

近年人工知能(AI)技術の発展は世界中で進んでおり、世界知的所有権機関(WIPO)公布の統計資料1によっても、AI関連特許の出願件数は指数関数的成長を示していることが分かる。そして、ここ数年はコロナ禍によって医療分野関連特許の出願件数が伸びており、台湾においても台湾特許庁公布の資料によりこうした傾向が示されている2。こうした社会的経済的背景の下、AIと医療技術を組み合わせた医療AI・IoT発明が、技術研究開発の対象として注目されてきている。台湾ではAI関連特許の出願件数のうち、医療分野に関する出願は工業及び製造業分野に次ぎ2番目に多い3

以下ではまず全世界の医療AI・IoT発明の出願動向について分析した上で、医療AI・IoT発明の出願が台湾の審査でよく直面する特許要件の問題を検討する。また台湾における医療AI・IoT発明に関する審査基準改訂動向や医療AI・IoT発明を出願する際の注意点についても合わせて述べる。

医療AI・IoT発明の出願動向

出願人に基づく分析

医療AI・IoT発明に関する統計分析4によれば、全世界における医療AI・IoT分野発明の出願件数トップ10の出願人は、電子科学技術分野の企業が5社(シーメンス、フィリップス、ゼネラル・エレクトリック、サムスン、富士フィルム)、情報ソフトウェア分野の企業が2社(IBM、マイクロソフト)、医療機器分野の会社が2社(HeartFlow、メドトロニック)、そして学術研究機関1校(アメリカのカリフォルニア大学)となっている。また各企業間における共同研究開発も行われており、例えばシーメンスとIBM、GEヘルスケアとHeartFlow等が共同研究開発を行っている。

次に台湾における医療AI・IoT発明の出願に関しては、学術研究機関による出願件数が合計出願件数の過半数を占めており、企業による出願件数は34%、自然人による出願件数は13%となっている。このうち企業による出願件数トップ2の出願人はHTC及びフォックスコン・テクノロジー・グループである。この結果は、上述した全世界の出願人分布結果と異なり、また世界五大特許庁への出願動向とも著しく異なる。例えば米国特許商標庁(USPTO)、欧州特許庁(EPO)及び日本特許庁(JPO)に対する医療AI・IoT発明の出願人は電子科学技術分野の企業が中心となっており、中国国家知識産権局(CNIPA)に対する医療AI・IoT発明の出願人は情報ソフトウェア分野の企業が最も多い。こうした統計結果から、台湾において医療AI・IoT関連技術はまだ発展途上の段階にあると考えられる。将来的には各企業が産学連携、技術移転又はライセンス等によって学術研究機関と連携することで、研究開発成果を様々な形で発展させることが期待される。

技術分野に基づく分析

技術分野の面からみれば、台湾での医療AI・IoT発明の出願動向は全世界におけるそれと殆ど差は見られない。台湾でにおける医療AI・IoT発明に係る出願は、生理情報の計測における診断のための測定分野に応用されるものが最も多く、次いでデータ計算及び医療データ管理分野に応用されるものが多い。そして、機械学習を用いたデータ処理及び画像認識に応用される技術に関する発明の出願件数も多い。多くの出願においては従来の医療検査に代えて新たなAI技術を用いることで、データ処理、生理情報の計測、画像処理、画像認識、遺伝子検査、医療及びバイオの情報等に重点が置かれている。ここで、コンピュータ支援診断及び診療に関する特許においては、乳房部位における腫瘍又は石灰化病変等の場所の判定に応用されるものが最も多く肺部位に応用されるものが次いで多い点、そして脳や腸の部位に対する治療診断技術の発明も、画像認識及び画像分割技術等の発展につれ出願件数が多くなってきている点5は注目に値する。

台湾における医療AI・IoT発明の審査実務

特許適格性について

AI関連発明は一般的に、計算モデルやアルゴリズムに基づいたものであるため抽象的なアイディアであると見なされやすい。また、医学分野で度々応用される診断方法や治療方法の発明も保護対象の例外とされ、台湾専利法第24条の規定により特許適格性を有しないと認定される恐れがある。よって、台湾において医療AI・IoT発明はこのような問題に直面することになる。

台湾専利法第24条の規定によれば、人間又は動物を診断、治療又は手術する方法の発明は保護対象とはならない。また、ここでいう診断方法の定義について専利審査基準では次のように規定されている。「診断方法について、次の3つの条件を全て満たす場合に限り、保護対象でないものに該当する。(1)当該方法が生命を有する人間や動物体を対象とする方法であること、(2)疾病に関する診断であること、及び(3)疾病の診断結果の獲得を直接の目的とすること。」6。したがって、人間や動物体から取り出したサンプルに対してin vitroで検査又は処理を行う方法、疾病の診断と無関係の方法、人間又は動物の特性を測定するに過ぎない方法、得られる情報が中間結果に過ぎずそれによって疾病の診断結果を直接知ることができない方法等の発明は、台湾専利法における保護対象となる。

台湾特許庁はAI関連発明を対象とした審査基準を公表していないため、AI関連発明が特許適格性を有するか否かの判断においては「コンピュータソフトウエア関連発明審査基準」が適用される。「コンピュータソフトウエア関連発明審査基準」によれば、特許適格性の判断では発明が「技術的思想」及び「技術的効果」を有するか否かを基準とするとされている。コンピュータプログラムを実行する時、プログラムとコンピュータとの間における通常の物理現象を超えた技術的効果が得られる場合、課題を解決する手段は全体として技術的思想を有することとなり、当該発明は自然法則を利用した技術思想の創作でなければならないという専利法第21条の規定を満たすものとなる。これより、台湾におけるAI関連発明に対する特許可能性の判断基準は、EPOにおける「which also stipulates that a computer program is patentable when having a technical character, which may be defined if the computer program produces a "further technical effect" when run on a computer.」7という判断基準と類似していることが分かる。ただし、EPOでは請求対象が「コンピュータプログラム(製品)」である場合に限って技術的効果の有無を論じる必要があると規定されているのに対し、台湾ではこのような基準は記載されていない。

台湾におけるAI関連発明の出願において拒絶となったものの多くは、新規性又は進歩性を有しない、請求項の記載が不明確等の理由に基づいており、単に特許適格性を有しないという理由で拒絶された事例は比較的少ない。これまでの経験によれば、明細書において出願に係る発明が医療上、診断上優れた優れた効果を奏すると強調すれば、一般的に特許適格性要件が指摘されることはあまりない。また、中国に比べて台湾では診断方法に対する特許適格性の判断は寛容であるが、出願に係る発明が「診断方法」であると判断されることを回避するために、診断方法を実施するための機器や装置等の「物」を請求の対象とすることも1つの方法である。

AI技術の進歩性について

「コンピュータソフトウエア関連発明審査基準」によれば、コンピュータソフトウエア関連発明の発明特定事項が「技術分野における転用」、「公知発明特定事項の付加又は置換」、「人間が行う作業方法のシステム化」又は「既存のハードウェア技術が実行する機能のソフトウェア化」に過ぎない場合や、「技術性に貢献していない」発明は進歩性を有しないと認定される8。発明特定事項が「技術性に貢献していない」か否かに関して、発明特定事項が技術性を有する場合は「技術性に貢献している」と認定し、発明特定事項が技術性を有しない場合は、当該発明特定事項が技術性を有する発明特定事項と協働した後に技術性に貢献するか否かを考慮しなければならない。技術性を有しない発明特定事項が技術性を有する発明特定事項と協働した後も技術性に貢献しない場合、当該発明は公知技術の組み合わせに過ぎないものと見なされ、進歩性を有しないと認定される。また、発明特定事項が技術性に貢献しないものであっても、当該発明特定事項を削除すると、課題を解決する技術手段全体が破壊され解決しようとしている課題が解決できなくなるか否かを検討しなければならない。もしそうであるなら、当該発明特定事項は技術性に貢献していないとはいえないため、公知技術と見なしてはならない。

今後の審査基準改訂動向

特許適格性に関し、現在台湾におけるコンピュータソフトウエア関連発明審査基準は主に米国、欧州及び日本における特許適格性に対する過去の判断方法を組み合わせたものであるといわれる。台湾では2004年に専利法について大規模改正が行われ、EPOの法規を参考に「技術的思想」という概念が導入された。そして2008年に「技術的効果」という概念が導入され、2014年に米国における当時の実務見解を参考に、発明が「アイディアに過ぎない」場合は技術的思想を有しないものとすることが明文で規定された。しかし、米国では後に判例9に基づき特許適格性に対する判断基準を改正している。つまり台湾の審査基準の内容は米国の従来の基準や欧州における基準の一部を参考にして作成されたものであるといえる。

よって、台湾における現在の審査基準は不明確であり、AI関連発明の特許適格性に対する判断基準にもばらつきが見られるという声が出ている10。加えて、現在の審査実務では進歩性判断において「技術的効果」が強調されすぎている、特許適格性と進歩性の概念を混同すべきでなく独立して審査すべきである、という意見もあった。これを受けて、台湾特許庁は「コンピュータソフトウェア関連発明審査基準」の改訂案を公表予定11であり、日本特許庁(JPO)の現行審査方法を参考にして、発明が「ソフトウエアによる情報処理がハードウエア資源を用いて具体的に実現されている」か否かに基づき判断するという審査方法を導入する方向で検討されている。また進歩性の判断手順についても改訂が検討され、IoT/AI等の新たな科学技術に関する発明の審査例及び説明、並びにAI技術を医療に応用した発明における審査上の注意点などを追加する方向で検討されている。

まとめ

各主要特許庁への出願件数の数字から医療AI・IoT発明が急速に成長していること、そして台湾でも医療AI・IoT発明の出願件数はかなり成長していることがわかる。しかし、医療AI・IoT関連の発明は特許適格性において議論となりやすいため、各国へ出願する際には当該各国の特許適格性判断基準における相違に注意しなければならない。台湾では、診断方法に対する判断標準は他国に比べ寛容ではあるが、発明の定義を満たすか否かについては審査基準や判断手法において曖昧なところがある。さらに将来的には審査基準の改訂が予想されるため、最新の動向を引き続き注視しなければならない。

[1] WIPO Technology Trends 2019 – Artificial Intelligence. World Intellectual Property Organization.

[2]「COVID-19國際上具潛力治療藥物之我國相關專利資訊」https://www.tipo.gov.tw/tw/cp-85-873260-f17e4-1.html

[3] 李清祺 「我國人工智慧相關專利申請概況及申請人常見核駁理由分析」 台湾特許庁。

[4] 薛力豪、鍾佩昕、黃昱綸.「智慧醫療專利技術分析」 知的財産権月刊 VOL.258 (2020)。

[5] 馮昱豪、陳浩民 「以電腦輔助診斷技術為核心之智慧診療專利趨勢分析」 知的財産権月刊 VOL.258 (2020)。

[6] 専利審査基準2-2-9。

[7] Section 3.6, Chapter II, Part G: Programs for computers. (2019) Guidelines for Examination. European Patent Office.

[8] コンピュータソフトウエア関連発明審査基準2-12-10~2-12-11。

[9] Alice Corp. v. CLS Bank International, 573 U.S. 208 (2014).

[10] コンピュータソフトウエア関連発明審査基準改訂草案公聴会。

[11] 朱浩筠 「從各國軟體專利審查實務反思 我國軟體專利審查基準之修改方向」 台湾特許庁 (2020)。

 

キーワード:台湾 特許 新規性、進歩性 法改正

 

 

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