台湾 選択発明の進歩性判断(モノマー、ポリマー及びフォトレジスト組成物事件)

Vol.111(2022年5月24日)

選択発明とは、先行技術において既に知られている比較的大きい群又は範囲から、特定的に開示されている個別成分、サブセット又は下位範囲を選択する発明であり、化学及び材料の技術分野においてよく見られる。そして選択部分(発明)の進歩性は、当該選択部分が予期せぬ効果を奏するか否かにより判断する。先日、台湾知的財産及び商業裁判所は、韓国のローム・アンド・ハース・エレクトロニック・マテリアルズ韓国会社による特許出願拒絶査定の取消訴訟において、 選択発明に係る「予期せぬ効果」の判断基準を示した 1。なお、日本の裁判所は選択発明や数値限定発明の進歩性判断において異なる性質の効果を認める事例が少なくないが(知財高裁平成17年(行ケ)第10091号、知財高裁平成19年(行ケ)第10298号、知財高裁平成24年(行ケ)第10373号等)、台湾では選択部分が異なる性質の効果を奏するとしても、審査において当該効果は当業者が通常予期できる範囲のものであると判断し、進歩性を否定する事例が多い。つまり、選択発明に係る「予期せぬ効果」の認定において、台湾は日本に比べ厳しい傾向にあり、出願人は特に注意すべきである。

事件経緯

韓国のローム・アンド・ハース・エレクトロニック・マテリアルズ韓国会社(以下、ローム・アンド・ハース)は発明の名称を「モノマー、ポリマー及びフォトレジスト組成物」とする特許出願をした(出願番号106128653、以下 ‘653特許)。審査及び再審査において台湾特許庁は、’653特許が進歩性を有さないと判断し、拒絶査定を下した。ローム・アンド・ハースはこれを不服として訴願及び取消訴訟を提起したが、台湾知的財産及び商事裁判所も’653特許は進歩性を有さないと判断し、原処分を維持する判決を下した。

‘653特許と引用文献1の技術内容

‘653特許の発明(以下、本件発明)は新型ポリマー及び前記新型ポリマーを含むフォトレジストを提供する。前記新型ポリマーは、下記の式(IIB)の構造を含む:

式(IIB)において:X、X’及びX“は単結合と-CH2-から選択されるそれぞれ同じまたは異なるリンカーであり、R、R'及びR”はそれぞれ独立して、水素または非水素置換基である。

この発明内容により、本件発明は、強化した撮像能力を有する新型フォトレジスト組成物を提供する。

引用文献1(TW 201234109A)は、塩基反応性基を含む1種以上の材料を含み、前記材料は前記塩基反応性基を含むモノマーの重合により得られる、半導体製造工程に用いるフォトレジスト組成物(以下、引用発明1)を開示している。また前記モノマーは、以下の式(II)で示すモノマーであっても良いと開示されている。

式(II)において、nは2以上の整数であり、Rfは少なくともアルファ炭素がフッ素化されているフルオロ、もしくはペルフルオロアルキル基、例えば1~8個のフッ素原子を有するC1-20アルキルである。

また、引用文献1の明細書の記載によれば、前記モノマーが複数の塩基反応性部分、より典型的には2もしくは3個の塩基反応性部分(nは2もしくは3モノと対応できる)を有する塩基反応性基でも良いと開示している。また、2つの塩基反応性部分を有するモノマー24、25などを具体的に例示している。モノマー24の構造は以下のとおりである。

以上より、引用文献1は本件発明の主な技術特徴を開示していることがわかる。ただ、引用文献1におけるモノマー24において同一構造の塩基反応性部分を1つ多く有する(nが3の場合)、本件発明(請求項1)における式(IIB)と対応するようになる。

知的財産及び商事裁判所の見解

知的財産及び商事裁判所は、引用文献1により本件発明は進歩性を有さないと判断した。その理由は以下の通りである。

引用文献1ではモノマーが典型的には2もしくは3個の塩基反応性部分(nは2もしくは3モノと対応できる)を有する塩基反応性基でも良いと開示されている。また、引用文献1明細書の記載「本発明のフォトレジスト組成物については、1以上の塩基反応性基を含む好ましい材料は、塩基反応性基を含む1種以上の繰り返し単位を含む樹脂である。…本発明のレジストの成分の好ましい塩基反応性基は、塩基(例えば、水性アルカリ現像剤)での処理の際に、1以上のヒドロキシ基、1以上のカルボン酸基、1以上のスルホン酸基および/またはレジスト塗膜層をより親水性にすることができる1以上の他の極性基を提供することができる。」「本発明の特に好ましいフォトレジストは、フォトレジスト組成物から形成されるレジストレリーフ像に関連する欠陥の低減を示すことができる。」等によれば、当業者は、前記フォトレジスト組成物の組成(樹脂成分、繰り返し単位等)を調整することによって、前記フォトレジスト組成物の効能を上げることを当然に理解出来るはずである。

また、本案明細書は、具体的な実施例又は比較例で前記差異が予期せぬ効果を奏することを証明してない。したがって、当業者は引用文献1で開示された前記技術内容によって、フォトレジスト組成物の組成(例えば、モノマーの塩基反応性部分の数)を調整し、最適化テスト等の簡単な試験によって本件請求項1の発明を容易に完成でき、また、その効果は合理的に予想できるものである。

ローム・アンド・ハースは本件特許明細書【0047】、実施例、表1などの記載によって、請求項で限定された式(IIB)化合物は「小分子量に比べ大きな後退水接触角が示される」という予期せぬ効果を有すると主張する。しかし、

【0047】には単に「過剰に高い第1のポリマーの含有量は、典型的には、パターン劣化をもたらす」と記載されているにすぎない。また先行技術と比べてより良い効果及び予期せぬ効果は、請求項を構成する全ての技術特徴によって、必然的に効果を直接奏するものでなければならない。ローム・アンド・ハースが主張する予期せぬ効果は、明細書の実施例に記載された3つの塩基反応性部分を有するポリマー7に係るものであるが、ポリマー7の3つの塩基反応性部分は同一の炭素と結合しておらず、そのうちの2つの塩基反応性部分だけが同一の炭素と結合しているに過ぎない。ポリマー7は、請求項1、14で記載された式(IIB)によって限定された技術特徴とは合致しない。したがって、請求項を構成する全ての技術特徴によって、必然的に効果を直接奏するものであるという原告の主張は証明されない。

「予期せぬ効果」とは、奏される効果が顕著に向上すること(量的な変化)又は新しい効果を奏すること(質的な変化)を含み、当業者にとって出願時に効果が予期できないものである。本件発明においてフォトレジスト(ポリマー)の塩反応性部分の数を調整することにより(例えば、2から3へ変える)、表面張力(例えば接触角)などの性質的な変化を引き起こすが、これは当業者が知っていることである。よって、本件発明は当業者が効果を予期できない質的な変化を奏するとは言えない

また、当該効果の「量的な変化」について、出願人当業者が当該効果の数量やレベル等に対して一般的に期待している数値等のデータを提出しておらず、また表1の内容に対応するような関連データ資料も存在しない。原告は実施例や表1等のデータ資料にのみ基づき、本件発明で奏される効果が顕著に向上し且つ当該効果は当業者が予期せぬものであると主張するが、これは認められない。

弊所コメント

選択発明の進歩性判断は、台湾専利審査基準第二篇第三章第3.5節に規定されている。同規定によれば判断のポイントは、「選択された下位群、下位範囲等が予期せぬ効果を有するかどうか」である。この予期せぬ効果とは、量的な変化と質的な変化を含み、選択した部分が先行技術に比べて量的な変化又は質的な変化を生じ、且つ当業者は前記効果を予想し得ない場合、発明は容易に完成出来ず、進歩性を有すると認定され得る。

しかし、選択部分の有利な効果の証明においては、当該効果と採用した資料との明確な関連性が必要である。具体的には実施例と比較例から単一の変量を抽出することで、出願に係る発明で選択した部分は選択されていない部分に比べ確かに予想せぬ効果を奏すると証明することが好ましい。一方、実施例と比較例の間の変量と選択部分との関連性が明確ではない又は発明内容と矛盾するような場合、選択部分の予期せぬ効果を主張することは難しい。本件において出願人は、ポリマー7を用いて好ましい効果を有することを証明しようとしたが、ポリマー7の構成は請求項に記載の発明内容とは異なっていたため、選択部分は引用文献1に比べ優れた効果を有することが証明できず、進歩性を支持する強力な理由とすることはできなかった。

また本件判決では、「質的な変化」と「量的な変化」が予期せぬ効果を奏するか否かの判断基準を改めて述べている。すなわち、選択部分が先行技術に比べより量的な変化を有すると主張する場合、複数の実施例と比較例のデータを用いて、選択部分のデータが効果において顕著に増加することに加え、選択部分の端点値が臨界的意義を有することを証明する必要がある。

「質的な変化」が予期せぬ効果を奏するか否かの判断に関して、台湾の基準は日本の基準より厳しい傾向にある。台湾専利審査基準第二篇第三章第3.4.2.3.1節では、「出願に係る発明が新たな効果を奏するとしても、その効果が当業者にとって出願時に予期できるものであれば、それは予期せぬ効果ではない。」と規定されている。つまり、異なる性質の効果を認める傾向にある日本の裁判例(知財高裁平成17年(行ケ)第10091号、知財高裁平成19年(行ケ)第10298号、知財高裁平成24年(行ケ)第10373号等)と異なり、台湾では選択部分が異なる性質の効果を奏しても、当業者が合理的に予期できるため、進歩性を否定することが度々みられる。このような判断は本件においても採用されており、選択発明の効果が当業者に知られているような場合、質的な変化を有すると認められる可能性は低くなる。

まとめると、台湾では選択発明の進歩性判断基準は通常の発明に比べ厳しく、通常は充分なデータを用いて発明の効果を証明し、さらに選択発明と当該データとの間に直接的な関連性を明確に有することが必要である。つまり、明細書内容を充実させることも特に重要となり、仮に明細書に記載された実施例が不足したとしても、中間処理時等に実験成績証明書等の資料を提出し、選択部分が進歩性を有すると証明することが好ましい。

[1] 知的財産及び商事裁判所 110(2021)年度行専訴字第24号

キーワード:台湾 特許 新規性、進歩性 化学 判決紹介

 

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