台湾 半導体発明の進步性認定に関する判例(ウェハ薄化プロセス事件)

Vol.98(2021年10月18日)

発明が進歩性を有すると主張する際、特許権者は通常、自身の発明のうち先行技術とは異なる内容に基づき主張を強化することで、両者の技術的手段の差別化を図ることが多い。しかし、明細書自体の記載が、当該主張を支持するに十分でない場合や矛盾がある場合、特許権者は不利な地位に陥る可能性がある。こうした点に関し、2020年度民専上字第36号民事判決では、明細書の記載が不十分であるため権利の有効性が否定されており、参考に値する。

なお、以前のWisdom News Vol.83において、本件の一審判決(台湾 阻害要因の認定に関する判例(ウェハ薄化プロセス事件))1 を紹介している。一審判決において裁判所は、先行技術の記載からは阻害要因を認定できないとして、本件特許は進歩性を有さず無効理由を有するとし、原告敗訴の判決を下している。原告は第一審判決を不服とし控訴し、控訴審において特許の有効性に関する別の戦略を打ち出したが、依然として本件特許は進歩性を有しないと認定される判決が下されている。

事件の概要

本件は専利第I588880号「ウェハ薄化プロセス」(以下、本件特許)の特許権者である原告(昇陽國際半導體、Phoenix Silicon International Corp)が、被告(宜特科技)の会社ホームページに記載されている当該ウェハ薄化を採用した「TAIKO研磨プロセス」が本件特許の権利範囲に含まれるとして、侵害排除及び損害賠償を請求した事件の二審である。被告は本件特許の請求項1、2に係る発明は進歩性を有しないと主張したところ、知的財産裁判所は2021年5月20日の判決において、被告の主張を認め本件請求項1、2は進歩性を有しないと認定した。

本件特許の技術的特徴及び証拠の開示状況

本件特許の発明はウェハ薄化プロセスに関する発明であり、ウェハに対しTAIKO研磨プロセスを行った後、ウェハ中央の研磨した部分に対してエッチングプロセスを行うものである。

本件請求項1記載の発明(ウェハ薄化プロセス、本件発明1)の内容は以下の通りである。

TAIKO研磨 ウェハ研磨工程 A)
ウェハが第一予定厚さまで研磨されるように前記ウェハの一面を研磨する工程であり、前記ウェハの外周部の数mmが研磨されないままとし、
化学的ウェットエッチング
エッチング工程 B)
前記ウェハが前記第二予定厚さまでエッチングされるように、前記第一予定厚さまで研磨されたウェハの一面についてエッチングを行い、
当該エッチング工程Bは以下を含む
1)化学的ウェットエッチング
2)第一回のウェハ洗浄
3)第一回のウェハ乾燥

4)前記ウェハのエッチングされた面の粗さを増加させるために、前記ウェハについて再びウェットエッチングを行う表面粗さエッチングと、

5)前記ウェハについて洗浄を行う第二回のウェハ洗浄と、
6)前記ウェハについて乾燥を行う第二回のウェハ乾燥と、
7)酸性液体で前記ウェハについて洗浄を行うウェハ酸洗浄と、
8)前記ウェハについて洗浄を行う第三回のウェハ洗浄と、
9)前記ウェハについて乾燥を行う第三回のウェハ乾燥と、を有し
前記酸性液体がフッ化水素酸であり、前記第一回のウェハ洗浄、前記第二回のウェハ洗浄及び前記第三回のウェハ洗浄の工程は純水で洗浄する方法で行い、
前記第一回のウェハ乾燥、前記第二回のウェハ乾燥及び前記第三回のウェハ乾燥の工程は遠心脱水方法で行い、
前記ウェハ薄化プロセスは上記アルファベット順及び数字順に従って行う、ウェハ薄化プロセス。

本件発明1の上記TAIKO研磨プロセスは先行技術によって開示されていることから、主な争点は本件発明1のウェハのエッチング工程が進歩性を有するか否かにある。

証拠の主な開示状況

証拠 開示状況
引用文献14
(US2008/0045015A1)
TAIKO研磨 + 化学的ウェットエッチング
引用文献1
(US2010/0009519)
TAIKO研磨 + 化学的ウェットエッチング
引用文献24
(WO2005/036629)
化学的ウェットエッチング
「グラインデイング(研削)によって、深さ20μm程度のダメージ層(破砕層)が形成されており、このようなダメージ層があると抗折強度(曲げ試験によって破断に至る時に発生する内部応力値)等の機械的特性が著しく劣ってしまう。…(略)…。ダメージ層は、別途事前に(本発明方法における粗エッチング処理を施す前に)、鏡面化処理用の薬液によるエッチング処理によって除去しておいてもよい。」(明細書第5~6頁)
引用文献26
(US4,294,651)
化学的ウェットエッチング
「基板上に残留した研磨材料を除去するために、当該研磨を行った半導体基板に対しエッチング加工を行うことで、当該基盤から応力を受けた表面薄層を除去することができる」(明細書第1欄)

原告(昇陽國際半導體)の主張

原告は、先行技術において「TAIKO研磨工程の後に、ウェハの厚さを更に減少させるために、再度エッチング工程を行う」ことに関する示唆開示はされていないと主張した。その理由は以下の通りである。

本件発明は、エッチング技術によりウェハを所望する厚さまで減少させるウェハ薄化に関するものであるのに対し、引用文献はいずれも、研磨後に残留したダメージ層をエッチングによって除去する応力緩和に関するものであり、両者は異なる。

本件特許請求項1の「予定」は事前に規定又は決定されることを指すが、請求項1「ウェハが第一予定厚さまで研磨されるように、前記ウェハが前記第二予定厚さまでエッチングされるように」という用語は、目的を有する二段階の薄化プロセスであることを反映している。

引用文献1において、TAIKO研磨によりウェハに対して特定の薄化処理を行うことで生じるダメージ層の厚さは非常に薄いと教示されているため、TAIKO研磨プロセス後にダメージ層を除去する目的でエッチング工程を行うのであれば、ウェハの厚さを実質的に減少させることはできない。

引用文献24に記載の発明はウェハ全体の研磨であってTAIKO研磨ではない。また、引用文献24に記載のダメージ層の厚さ(20㎛)は太鼓研磨によって生じるダメージ層の厚さではない。

知的財産裁判所第二審の見解

知的財産裁判所は原告の主張を退けた。その理由は以下の通りである。

本件発明の目的について

請求項1及び明細書のいずれにおいても、第一予定厚さ及び第二予定厚さの具体的な数値範囲が明確に定義されていない。また、明細書では「第二予定厚さは700~10±4㎛」と定義されているに過ぎず、実質的な厚さの影響については定義されていないため、本件発明のウェットエッチングの主な目的がウェハの厚さを減少させることであるかは区別できない。

また、「薄化プロセス中に生じるウェハの内応力を効果的に減少させるために、ウェハに対して再度エッチングプロセスを行う」「本発明はウェハに対し一度の研磨及びエッチングを行うだけで、薄化プロセスにおいて生じるウェハの内応力を有効的に減少させる」という明細書の内容を参酌すると、明細書ではウェハ研磨後に生じる内応力によってウェハが破片するため、エッチングプロセスによって応力を緩和すると示されているが、当該エッチングプロセスが厚さを減少させる目的を有するとは明確に定義されていない。

TAIKO研磨によって一定厚さの損傷層が生じることが証拠の内容からわかるため、先行技術の教示において採用される技術的手段も実質的にウェハの厚さを減少させることが分かる。

引用文献1の記載内容からは、厚さT2が約200㎛から半導体ウェハ10までの総厚さであること、厚さT3が約150㎛以下であること、及びT3<T4<T2であることがわかるに過ぎず、応力緩和によってダメージ層を除去することがウェハ中央の厚さに影響を与えないということは推測できない。また引用文献14では「ウエーハ1の裏面にエッチングを施して凹部1Aの底面4aおよび内周面5aを僅かの厚さ除去するエッチング処理を行う」と記載され、エッチングによってある程度の厚さを除去することが開示されている。そして引用文献3、24、17によればダメージ層は少なくとも8~20㎛であることが分かり、引用文献14のエッチングによる除去によって生じる機械損傷は少なくとも8~20㎛である。よってこれら厚さの減少はウェハの厚さに対し実質的な影響を与えるといえる。つまりこれら引用文献の内容から、TAIKO研磨によって一定の厚さのダメージ層が生じ、後のエッチング工程によってウェハの厚さを実質的に減少させることができると認められる。

TAIKO研磨と従来の研磨で損傷層において差異はない

TAIKO研磨と従来のウェハ全体の研磨における差異は、TAIKO研磨ではウェハ中央部分のみを研磨するし、ウェハ周縁構造については1回り残す点である。その他の研磨条件(研削ヘッドの粒径、回転速度、ダウンフォースなど)については特に制限はなく、いずれもプロセスにおける要求に応じて選択と調整を行う。よって、従来のウェハ全体の研磨における機械条件及び生じるダメージ層は、同様にTAIKOプロセスにおいても応用が可能である。ダメージ層はTAIKOリング構造によって相違があるのではなく、応力緩和のためにウェットエッチングによって表面ダメージ層を除去する必要があり、これは本件発明のエッチングプロセスの目的と同一である。

引用文献24ではウェハ全体の研磨、ウェットエッチング、表面粗さエッチング、洗浄及び乾燥等の工程が開示されており、TAIKO研磨に関しては開示されていないが、当業者であればウェハ全体の研磨とTAIKO研磨の技術について、相互に置換することは困難ではない。

弊所コメント

本件特許権者の主張は明細書の記載と合わない内容があり、また明細書の内容もそれほど詳細なものとはいえなかったことが、特許権者敗訴となった主な理由の一つである。

本件特許の明細書では冒頭において以下のように記載されている。「本発明の目的は、薄化プロセスにおいて生じるウェハの内応力を有効的に減少させるために、ウェハに対し研磨プロセスを行った後、エッチングプロセスを行う、ウェハ薄化プロセスを提供することにある。」。この説明からは、本件特許においてエッチング工程を行う主な目的が、先行技術において開示されている「応力緩和」である、又は訴訟において特許権者が主張した「ウェハの厚さを減少させること」であると確認することは難しい。更に、エッチング工程によって達成される「予定厚さ」について、本件特許明細書には関連する記載がほとんどなく、「当該第二予定厚さの範囲は700~10±4㎛」とあるように、最大値と最小値の差が数十倍という極めて広い範囲が記載されているに過ぎない。このように明細書の記載が不十分であるため、特許権者は訴訟において「第二予定厚さまで減少させる重要性」を主張したが、裁判官を説得させることはできなかった。

この事例から、明細書の記載内容の重要性が見て取れる。明細書において発明の効果を完全に記載し、技術的手段と発明の効果との間には相即不利の関係性があることを説明した上で、実施例や比較例を用いて発明の効果を実証すれば、審査段階や権利主張時の無効の抗弁に対する反論において、進歩性が認められやすくなる(ただし発明が狭く解釈される恐れがないとは言えない点には注意)。本件において、被告が提出した証拠には「TAIKO研磨プロセス後においてもエッチングを行い厚さを更に減少させる」という技術的思想は明確に開示されていなかったが、この技術的思想は本件特許権の明細書において支持されているとは言えなかったため、原告の主張が弱まり敗訴となったと思われる。

なお本件は特許権者である昇陽國際半導體が本件二審判決を不服として最高裁判所に上告していたが、先日最高裁判所は上告を棄却する判決を下したため(最高裁判所2021年台上字第2700号)、本件特許は無効で確定した。

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