台湾と中国 特許における訂正制度の相違及び対応策

Vol.95(2021年8月30日)

特許権について第三者から有効性を疑われた場合、特許権に係る発明と引用文献との技術的内容の相違点について攻防を展開する他、請求項について訂正を行うことも特許権者にとって重要な防御手段である。但し、特許権は公益と私益の調和を図る必要があり、特許が登録となった後に権利範囲を任意に変更する行為は社会の公共的利益に影響を及ぼすおそれがあることから、各国の特許庁は訂正について厳格な規定を設けている。台湾と中国はいずれも中国語を公用語としている国であるが、訂正に対する規定は大きく異なる。とはいえ、2017年に台湾と中国の審査基準/審査指南の改訂版が公表され、いずれにおいても認められる訂正態様の規定がある程度緩和されている1。今回は台湾と中国における訂正制度の相違について紹介しつつ、当該訂正制度における実務上の対応策も検討する。

訂正の時期的要件(台湾)

台湾では、訂正のできる時期が中国より多くなっている。訂正の時期的要件は無効審判が係属しているか、民事侵害訴訟が係属しているかによって、規定が異なる。以下に紹介する。

無効審判が係属していない2

登録公告から、権利消滅までは、いつでも訂正を行うことができる。

無効審判の係属中3

無効審判の審理中は以下の場合に限り、訂正を行うことができる。

(A)答弁通知で指定された期間内

(B)補充答弁の期間内(請求人が理由補充した際)

(C)訂正請求を認めない旨の通知で指定された期間内

また無効審判の行政訴訟中の訂正に関しては、無効審判請求人より新たな証拠が提出された場合、認容審決がされていない請求項について、訂正を行うことができる。

民事侵害訴訟の係属中

民事侵害訴訟が係属している場合、いつでも訂正を行うことができる。なお民事訴訟係属中に無効審判が請求された場合は、上で述べた(A)から(C)の期間中であっても訂正を行うことができる。

訂正の時期的要件(中国)

中国では、訂正のできる時期は台湾に比べ少なく、無効審判の審理中に限り訂正を行うことができる4。なお無効審判の審理中であっても、訂正の目的によってはさらに時期が制限される。


訂正の対象、態様及び制限(台湾)

台湾では、無効審判が係属しているか、民事侵害訴訟が係属しているかによって訂正の時期的要件は異なるものの、認められる訂正の態様及び制限は訂正を行う時点によらず同一である。訂正の対象、態様及び制限は下表に示す通りである5

訂正の対象 明細書、特許請求の範囲又は必要な図面
訂正の目的
(態様)

以下のいずれかに限る。

  • 請求項の削除
  • 特許請求の範囲の減縮
  • 誤記又は誤訳の訂正
  • 明瞭でない記載の釈明
訂正の制限 当初明細書、特許請求の範囲又は必要な図面に記載した事項の範囲内においてしなければならない(誤訳の訂正は除く)。
公告時の特許請求の範囲の実質上拡張又は変更をしてはならない。

なお「外的付加」による訂正について、以前の専利審査基準では公告時の特許請求の範囲の実質上変更に該当するため認められない、と規定されていた。(専利審査基準第二編第九章4.1に、実質上変更にあたる訂正の例(4)「訂正により、訂正前の特許請求の範囲に記載された技術特徴の下位概念にあたる技術特徴又は限定された技術特徴ではないものが追加された。」と規定されていた)。後の2017年に改訂された現行の審査基準では、「技術特徴を追加した結果、訂正前の請求項の発明の目的が達せられない場合、公告時の特許請求の範囲の実質上変更に該当する。」と規定され、制限が緩和された。

また「各請求項の発明の目的」の判断に関し2017年に改訂された現行の審査基準において次のように規定されるようになった。「発明の属する技術分野における通常知識を有する者の立場から、各請求項に記載された発明全体を対象とし、明細書に記載された発明が解決しようとする課題、課題を解決する技術手段及び先行技術と比べた効果を参酌して、当該発明の具体的目的を認定する。訂正前と訂正後の請求項に係る発明を比較し、訂正後の請求項に係る発明が訂正前の請求項に係る発明の目的を『達成できない』又は『減損する』場合、それは公告時の特許請求の範囲の変更に属する。」。従って、「外的付加」の訂正によっても依然として訂正前の請求項に係る発明の目的が達せられるのであれば、公告時の特許請求の範囲の実質上変更に該当しないため、その訂正は認められることになる。

訂正の対象、態様及び制限(中国)

台湾と異なり、中国では特許請求の範囲についてのみ訂正を行うことができ、明細書について訂正を行うことはできない。よって、認められる訂正の対象については、中国の規定は台湾の規定よりも厳格である。また、更正の態様について、中国では2017年に公表された審査指南において規定が緩和され、請求項と技術方案の削除の他、請求項の更なる限定と明らかな誤りの訂正も認められるようになった6

訂正の対象 特許請求の範囲のみ
訂正の目的
(態様)

以下のいずれかに限る。

  • 請求項の削除
  • 技術方案の削除
  • 請求項の更なる限定(一定期間に限る)
  • 明らかな誤りの訂正(一定期間に限る)

(2017年審査指南改訂前)

以下のいずれかに限る。

  • 請求項の削除
  • 技術方案の削除
  • 請求項の合併
訂正の制限
  • 請求項の請求対象の名称を変更してはならない。
  • 特許査定時の請求項と比較して、特許権の保護範囲を拡張してはならない。
  • 当初明細書及び特許請求の範囲に記載された範囲を超えてはならない。
  • 一般的に、特許査定時の特許請求の範囲に記載されていない発明特定事項を追加してはならない。

上述したように、中国では無効審判の審理中に限り訂正を行うことができるが、認められる訂正態様は無効審判の中の各時点によって異なる。

時期 認められる訂正の目的(態様)
無効審判審理中の以下の3つの期間

  • 無効審判請求書に対する答弁期間
  • 請求人が追加した無効審判理由又は請求人が補充した証拠に対する答弁期間
  • 請求人は言及していないが専利復審委員会から追加された無効審判理由又は証拠に対する答弁期間
  • 請求項の削除
  • 技術方案の削除
  • 請求項の更なる限定
  • 明らかな誤りの訂正
審決前の上記3つの答弁期間以外の期間。
  • 請求項の削除
  • 技術方案の削除

ここで、請求項の更なる限定について、中国専利審査指南では以下の2つの要件を同時に満たす場合に限り、請求項の更なる限定の規定を満たすと規定されている。

1.請求項に、他の請求項に記載の1つ又は複数の発明特定事項を補足すること。

2.訂正後の請求項によって保護範囲が縮小すること。

よって、中国では明細書の記載内容で請求項を限定する訂正は認められない。これに対し、台湾では明細書の記載内容で請求項を限定する訂正は認められることから、台湾の規定は中国の規定に比べ柔軟性が高いといえる。

具体的事例による台湾・中国の比較

これまでの紹介から分かるように、認められる訂正の態様において中国の規定は台湾の規定に比べかなり厳格であり、中国では他の請求項に明確に記載された内容に基づく訂正でなければ、認められない。以下、具体的事例を挙げて説明する。

当初明細書に下位概念が明示的に記載されている場合

〔請求項〕

ヒドロシラン及び有機酸の存在下、第二級アミンを、50~100℃の温度でアルデヒド類化合物と反応させる第三級アミンの製造方法。

〔訂正後の請求項〕

ヒドロシラン及びギ酸の存在下、第二級アミンを、50~100℃の温度でアルデヒド類化合物と反応させる第三級アミンの製造方法。

〔明細書〕

本発明は、第三級アミンを製造する新しい有効な方法として、第二級アミン類及びアルデヒド類化合物で第三級アミン類を製造する方法を提供する。この方法における反応は、ルイス酸の存在下、ヒドロシランでアルデヒド類化合物と第二級アミンとを反応させ、該ルイス酸は、例えばギ酸……等の有機酸であってもよい。

  台湾 中国
訂正の認否 認められる 認められない
理由 訂正内容は、請求項における「有機酸」を「ギ酸」へと訂正することであり、当該「ギ酸」は明細書に記載されている「有機酸」の下位概念であるため、当該訂正は特許請求の範囲の減縮に該当し、認められる。 訂正前その他の請求項には「ギ酸」は記載されていないため、当該訂正は請求項の更なる限定に該当せず、認められない。

明細書又は図面に記載された、下位概念ではない発明特定事項の追加(外的付加)

〔請求項〕

車椅子(10)に二つ一組のペダル(20)が枢支され、前記ペダル(20)の両側はそれぞれ対合部(21)及び枢転部(22)であり、前記枢転部(22)は車椅子に枢支され、前記二つのペダル(20)の対合部(21)は重なり合うことで対合する、車椅子。

〔訂正後の請求項〕

車椅子(10)に二つ一組のペダル(20)が枢支され、前記ペダル(20)の両側はそれぞれ対合部(21)及び枢転部(22)であり、前記枢転部(22)は車椅子に枢支され、前記二つのペダル(20)の対合部(21)は重なり合うことで対合し、枢転及び伸縮が可能なテーブル(30)が肘掛けに設けられた、車椅子。

〔明細書〕

本考案は、使用者の両足が車椅子に座る際に滑り落ちることを回避するとともに、使用者に広い両足載置空間を提供するために、……車椅子(10)にペダル(20)が枢設され、当該ペダル(20)が互いに対合することができる車椅子を提供することを目的とする。……車椅子(10)の肘掛けには、物を置く場所を供し利用者が食事をしたり、何かを書いたり、他の仕事を完成させたりする際に便利な枢転及び伸縮が可能なテーブルが設けられている。

  台湾 中国
訂正の認否 認められる 認められない
理由 訂正後の請求項では、使用者の両足が滑り落ちることを回避する、及び両足を置く広い空間を提供するという訂正前の請求項に係る発明の目的は依然として達せられる。当該訂正は公告時の特許請求の範囲の実質上拡張又は変更には該当せず、認められる。 訂正前その他の請求項には「テーブル(30)」は記載されておらず、かつ保護範囲は当該訂正により縮小していないため、当該訂正は請求項の更なる限定に該当せず、認められない。

「除くクレーム(Disclaimer/ Negative limitation)」とする訂正

〔請求項〕

陽イオンとしてNaイオンを含有する無機塩を主成分とする鉄板洗浄剤。

〔訂正後の請求項〕

陽イオンとしてNaイオンを含有する無機塩(ただし、陰イオンがCO3イオンの場合を除く。)を主成分とする鉄板洗浄剤。

〔引用発明〕

引用発明には、陰イオンとしてCO3イオンを含有する無機塩を主成分とする鉄板洗浄剤が開示されており、具体例として陽イオンをNaイオンとした例が記載されている。

  台湾 中国
訂正の認否 認められる 認められない
理由

新規事項追加に該当しないと例外的に見なす。

しかし台湾では、このような除くクレームによる訂正を行えるのは、単一の引用発明と重なる部分又は特許の保護対象でないものを除外する(disclaimer)場合に限られる。

訂正前その他の請求項には関連発明特定事項は記載されていないため、当該訂正は請求項の更なる限定に該当せず、認められない。

請求項を新たに追加する訂正、請求項の合計項数を増加させる訂正

  台湾 中国
訂正の認否 認められない 認められない
理由

公告時の特許請求の範囲の実質上拡張に該当するため、認められない。

しかし、複数の請求項を引用する独立項又は複数の請求項に従属する従属項において、当該引用する請求項又は従属する請求項を減少させ残りの請求項を書き下して記載する場合は、例外的に認められる。

元の特許請求の範囲を限定・縮小する目的を実現していないため、「更なる限定」に該当せず、認められない。
弊所コメント

訂正は無効審判又は侵害訴訟で無効の抗弁が提出された際の重要な防御手段であり、台湾において2017年に改訂された審査基準で訂正の客体要件が緩和されたことは、権利者にとって有利な改正である。

台湾において、無効審判又は侵害訴訟における攻防の重要なポイントは「当該請求項の発明の目的は何か?」及び「訂正後の請求項は訂正前の当該請求項に係る発明の目的「全て」が達せられるか?」という点になる。審査基準では、各請求項に係る「発明の目的」の判断は、当業者の立場から各請求項に記載された発明全体を対象とし、明細書に記載された発明が解決しようとする課題、課題を解決する技術手段及び先行技術と比べた効果を参酌して、当該発明の具体的目的を認定する、と規定されている。しかし、知的財産局は公聴会において、明細書に記載された内容を判断の絶対的基準とはしないことを強調していた。一方で、現在の実務では明細書の記載は依然としてある程度の作用を有すると思われる。加えて、拒絶理由通知の対する意見書や無効審判での答弁書において、先行技術との相違を明らかにするために述べた発明の目的も、内部証拠として用いられ、発明の目的の判断にも一定の影響を与えることになる。よって、明細書作成や意見書、答弁書作成においてはこれらのメリットデメリットを総合的に考慮しなければならない。

一方、中国における訂正関連規定は台湾の規定に比べかなり厳格であり、特に中国では特許請求の範囲についてのみ訂正を行うことができ、明細書について訂正を行うことはできない。また、明細書の記載内容で請求項を限定する訂正も認められない。これに対し、台湾では明細書の記載内容で請求項を限定する訂正は認められることから、中国の規定は台湾の規定に比べ柔軟性が低いといえる。よって、中国で特許出願する時の策として、出願時に実施例に記載した詳細な内容を一部の請求項に追加することが考えられる。この場合、当該請求項の保護範囲は狭くなるが、当該追加内容は後の訂正の根拠となり、訂正における柔軟性を前もって確保することができる。

中国の審査指南で規定されている可能な訂正態様は非常に限定されているが、実務上、中国裁判所は近年その判断基準を徐々に緩和する傾向にある。特に数値限定発明について、ここ数年明細書に記載された上下限値に基づく請求項の数値範囲の訂正が認められた判例が数件ある。例えば(2017)京行終4464号判決が挙げられる。この判決において、訂正前の請求項1には「前記ホーン(3)の外端面の最大輪郭寸法(2)が300 mm以上1500 mm以下である」と記載されており、「1500 mm以下」を「1500mm未満」へとする訂正が行われた。裁判所は、当該上限値は当初特許請求の範囲及び明細書に明確に記載されており、訂正後の数値範囲は依然として当初特許請求の範囲及び明細書に記載された数値範囲内であるため、当初明細書及び特許請求の範囲に記載された範囲を超えておらず、当初の保護範囲を拡張するものでもないとして、当該訂正は審査指南の規定に反するものではないと認定した。

また、(2019)最高法知行終19号の判決において、裁判官は「無効審判の審理中における特許請求の範囲の具体的な訂正態様に対する制限は、特許請求の範囲に対する訂正が『当初明細書及び特許請求の範囲に記載された範囲を超えてはならない』及び『原特許の保護範囲を拡張してはならない』という2つの法律標準を満たす立法目的を実現させることに着目するとともに、行政審査行為の効率と特許権者の貢献に対する公正な保護を両立させるべきであり、具体的な訂正態様をあまり厳しく制限すると、訂正態様に対する制限が単に特許権者による請求項作成が不当であることに対するペナルティとなるため、不適切である」と明確に指摘した。

以上より、中国特許庁は将来的に訂正に関する規定をさらに緩和することが期待されると思う。但し現段階では、各国で最も安定した権利範囲が取得できるように、依然として各特許庁の規定に応じて布石・戦略を調整しなければならないと考える。

[1] 台湾2017年版「訂正審査基準」の改訂ポイント紹介はWisdomニュース【Vol.31】(台湾2017年版「訂正審査基準」の改訂ポイント紹介及び対策提案)を参照。

[2] 台湾専利法第67条。

[3] 台湾専利法第74条。

[4] 中国専利法実施細則第69条第1項。

[5] 台湾専利法第67条。

[6] 中国専利審査指南第四部分第三章4.6。


キーワード: 台湾 特許 中国 新規性、進歩性 記載要件 化学 医薬 機械 無効審判 侵害 訂正

 

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