中国 特許実務上の機械分野に関する使用環境特徴の活用策について

Vol.110(2022年5月9日)

「使用環境特徴」として解釈することは、中国の侵害判断における独特な請求項の解釈方法である。専利権侵害判断の流れにおいて、被疑侵害対象は、解析後の対象特許の請求項に記載された技術的特徴を全て含まなければ侵害を構成せず、これを「権利一体の原則」という。よって請求項を書く際に、技術的特徴を多く記載することはできるだけ避け、必須な技術的特徴のみ記載するのが一般的である。しかし審査段階において、新規性、進歩性、明確性の拒絶理由を解消し権利化させるために、請求項に更に技術的特徴を追加しなければならないことがしばしばある。

しかし侵害の有無を判断するに際し、被疑侵害対象の態様は必ずしも対象特許の請求項に記載された全ての技術的特徴を含んでいるわけではない。この状況を受け、訴訟の攻防において、請求項に記載されているが被疑侵害対象には表れない又は存在しない技術的特徴について、請求項を解釈する際にそれに関連する技術的特徴の限定作用を「緩和する」という解釈方法が生み出された。中国の侵害判断におけるこのような独特な請求項の解釈方法は、「使用環境特徴とする解釈」という。よって、将来専利権を行使する際のリスクを効果的に回避できるように、明細書等の作成段階や拒絶理由通知に対する応答段階から使用環境特徴について慎重且つ正確に検討・選択する必要がある。

使用環境特徴に関する規定

使用環境特徴とは、中国最高人民裁判所の(2012)民提字第1号民事判決書で初めて提起された概念である。この判決書において、使用環境特徴とは、請求項における発明の使用背景又は使用条件を説明するための技術的特徴を指すと定義された。その後、2017年に、北京市高級人民裁判所による『専利権侵害判定指南(2017)』において、使用環境特徴に関連する規定がまとめられ、第24条第1項から第3項に以下の通り規定された。

「請求項に記載された使用環境特徴は、専利権の保護範囲に対し限定作用を有する。 被疑侵害技術的解決手段が請求項に記載された使用環境に適用できる場合、被疑侵害技術的解決手段は請求項に記載された使用環境特徴を具備していると認定すべきであり、被疑侵害技術的解決手段が実際に当該環境特徴を使用していることを前提としない。

但し、当該技術的解決手段が当該使用環境特徴にしか適用できないと専利書類が明確に限定し、被疑侵害技術的解決手段が他の使用環境にも適用できることを証明する証拠がある場合、被疑侵害技術的解決手段は専利権の保護範囲内に含まれない。

被疑侵害技術的解決手段が、請求項において使用環境特徴が限定する使用環境に適用できない場合、被疑侵害技術的解決手段は専利権の保護範囲内に含まれないと認定しなければならない。

主題名称とは異なり、使用環境特徴とは、請求項において発明又は考案の使用背景又は条件を説明するためのものであり、かつ、当該技術的解決手段と接続又は連携の関係を有する技術的特徴をいう。」

つまり上記規定において、「使用環境特徴」は限定作用を有し(第24条第1項前半)、主題名称(保護対象)とは異なり使用環境特徴とは、請求項において発明又は考案の使用背景又は条件を説明するためのものでありかつ、当該技術的解決手段と接続又は連携の関係を有する技術的特徴をいう(第24条第3項後半)と明文規定されている。

使用環境特徴の認定

使用環境特徴は、保護対象から独立し保護対象と何らかの関係を持っている技術的特徴である。保護対象を確定した後、それに基づき、請求項における保護対象自身の構造ではなく、その取付位置又は接続構造等の使用背景又は使用条件を説明する技術的特徴について、使用環境特徴であると認定することができる。一方、請求項における保護対象自身の構造が有する構成要素又は製品内部の異なる部品間の取付関係/接続関係については、使用環境特徴であると認定してはならない。

侵害の判断フロー

上記『専利権侵害判定指南(2017)』第24条第1項から第3項の規定を侵害の判断フローとしてまとめ、以下に示す。

ステップ1(S1):被疑侵害技術的解決手段は、請求項に記載された使用環境に適用できないか否か。

ステップ2(S2):当該技術的解決手段が当該使用環境特徴にしか適用できないと専利書類(当初明細書等及び審査包袋)が明確に限定しているか否か。

ステップ3(S3):被疑侵害技術的解決手段が他の使用環境にも適用できることを証明する証拠があるか否か。

【使用環境特徴に関する侵害判断の流れ図】

事例の概要

本件は、中国において使用環境特徴という概念を用いて侵害対比を行う規則が確立された初めての事例であり、株式会社シマノが寧波市日騁工貿有限公司に対して提起した特許権侵害訴訟事件において、中国最高人民裁判所が下した再審判決(最高人民裁判所(2012)民提字第1号民事判決書)である。

本件特許の技術内容

本件特許請求項1の技術内容は次の通りである。

リヤディレーラ(100)を自転車車体フレーム(50)に連結する自転車用のリヤディレーラ用ブラケットであって、

前記リヤディレーラは、ブラケット体(5)と、チェンガイド(3)を支持するための支持体(4)と、前記支持体(4)と前記ブラケット体(5)とを連結するための一対のリンク体(6,7)とを備え、前記自転車車体フレームは、自転車車体フレームのリヤフォークエンド部(51)のディレーラ取り付け用延出部(14)に形成されている連結手段(14a)を備え、前記リヤディレーラ用ブラケットは、

ほぼL字形の板状体でなるブラケット(8)と、

前記ブラケット(8)の一端の近傍に設けれているとともに、前記リヤディレーラ(100)の前記ブラケット体(5)を前記ブラケット(8)に第1軸芯(91)まわりで回動可能に連結するための第1連結手段(8a)と、

前記ブラケット(8)の他端の近傍に設けられているとともに、前記ブラケット(8)を前記自転車車体フレーム(50)の前記連結手段(14a)に連結するための第2連結手段(8b)と、

前記ディレーラ取り付け用延出部(14)に接触することにより、前記リヤディレーラ(100)を前記リヤフォークエンド部(51)に対して所定の組付け姿勢になるようにするための姿勢決め手段(8c)とを含み、

前記第1連結手段(8a)及び前記第2連結手段(8b)は、前記ブラケット(8)が前記リヤフォークエンド部(51)に取り付けられている際、前記第1連結手段(8a)による連結点が前記第2連結手段(8b)による連結点よりも下方かつ後方に位置するように配置することを特徴としている、自転車用のリヤディレーラ用ブラケット。」

本件特許請求項1に係る保護対象は自転車用のリヤディレーラ用ブラケットであり、当該請求項において、自転車用のリヤディレーラ用ブラケット自身の構造について限定しているほか、リヤディレーラ及び自転車車体フレームの構造並びにそれらと自転車用のリヤディレーラ用ブラケットとの連結関係についても限定している。このような限定は、実質上本件特許請求項1における使用環境特徴を構成する。

【本件特許の選択図】

【本件特許に係る発明とその使用環境の概略図】
(緑色丸枠で囲まれた部品が本件特許請求項1に係る保護対象である)

争点及び裁判所の見解

本件について第一審裁判所と第二審裁判所ともに、被疑侵害製品が本件特許請求項で限定されているリヤディレーラ及び自転車車体フレームの具体的な構造をも具えている場合に限り、本件特許権の保護範囲の侵害となる、と認定した。

その後、本件について特許権者より上訴が行われ、中国最高人民裁判所により再審理が行われた。中国最高人民裁判所は、第一審裁判所、第二審裁判所の認定を覆し、次の見解を示した。

使用環境特徴による保護範囲への限定作用について

本件特許の保護対象は「自転車用のリヤディレーラ用ブラケット」であるが、請求項1においては、当該リヤディレーラ用ブラケットの構造特徴について限定しているとともに、当該リヤディレーラ用ブラケットの連結対象であるリヤディレーラ及び自転車車体フレームの具体的な構造についても限定している。これらリヤディレーラ用ブラケットが連結するリヤディレーラ及び自転車車体フレームに関する特徴は、実際にはリヤディレーラ用ブラケットの使用背景及び使用条件を限定しており、使用環境特徴に該当し、請求項1に係る保護対象のリヤディレーラ用ブラケットに対し限定作用を有する。

本件被疑侵害製品を本件特許請求項1で限定された自転車車体フレームに用いるのが必然であるか否かについて

本件被疑侵害製品の特定の構造により、当該製品と本件特許請求項で限定された自転車車体フレームとの特定の対応関係が確定された。被疑侵害製品は、リヤディレーラから離れたボルト孔の位置の近くに板の表面から上方に延出した突起部があり、客観的には自転車車体フレームのリヤフォークエンド部の特定の位置と合わせて使用しなければ姿勢決め作用を実現できない。

また、被疑侵害者は、被疑侵害製品がリヤフォークエンド部の延出部を有しない自転車車体フレームに取り付け可能であることを証明するために、被疑侵害製品と車体フレームのリヤフォークエンド部との間にワッシャ―を加えることで被疑侵害製品の突起部でできた隙間を埋めているものの、被疑侵害製品の販売時にはワッシャ―を付けていない。このような取付方法は一般的な工業生産方法ではなく、姿勢決めの効果にも影響を及ぼす。自転車車体フレーム関連業界における強制的な基準に基づけば、リヤフォークエンド部の延出部を有しない自転車車体フレームに被疑侵害製品を取り付ける方法は一般的な工業生産方法ではなく、姿勢決めの効果にも影響を及ぼすことから、リヤフォークエンド部の延出部を有する車体フレームに被疑侵害製品を取り付ける方法を選択することはほぼ必然的である。したがって商業上、本件被疑侵害製品を本件特許請求項1で限定された自転車車体フレームに用いることは必然である。

本件被疑侵害製品は本件特許の保護範囲に含まれるか否かについて

本件において、被疑侵害製品が当該リヤディレーラ用ブラケットの構造特徴を備えていることが当事者双方より確認されたことに加え、自転車車体フレームについて、本件被疑侵害製品は商業上本件特許請求項1で限定された自転車車体フレームに用いることは必然であるため、本件特許請求項1に記載の自転車車体フレームに関する環境特徴を具えている。同時に、被疑侵害製品は本件特許請求項1に記載のブラケットに関する構造特徴及びリヤディレーラに関する使用環境特徴を具えている。よって被疑侵害製品は、本件特許請求項1に記載のリヤディレーラ用ブラケットの取付け後の位置特徴を除く全ての特徴を具えている。

以上により、中国最高人民裁判所は最終的に、被疑侵害製品は本件特許の特許権を侵害していると判断した。

まとめ

「権利一体の原則」を満たさない状況の下、もし対象特許の発明の技術的特徴のうち被疑侵害対象には表れない又は存在しない技術的特徴を使用環境特徴として解釈できれば、原告(特許権者)の立証責任及び立証難易度を軽減できる。上述したように、今回まとめた侵害の判断フローにおいて、「対象特許に係る発明」と「被疑侵害対象」の使用環境特徴における関係を天秤の両側として捉えることができる。「対象特許に係る発明」を当該環境特徴に用いることが「必然である」場合、「被疑侵害対象」は当該環境特徴に用いることが「必然である」場合に限り、侵害となる。一方、「対象特許に係る発明」を当該環境特徴に用いることが「できる」場合、判断基準は緩和され、「被疑侵害対象」は当該環境特徴に用いることが「できれば」(必然でなくとも)、侵害と判断される。「対象特許に係る発明」について、明細書の記載内容及び図面によって当該発明を限定された使用環境特徴に用いることが「必然である」か否かを判断できるものの、「被疑侵害対象」については、対象特許請求項で限定された使用環境に用いることが「必然である」か否かという点は、事例によって判断方法が異なるおそれがあり、また場合によって訴訟に係る当事者双方に対し立証が求められる可能性もあることから、立証の難易度が勝敗の鍵となると考えられる。

科学技術が著しく発展している現在、単一の技術が単一の製品に対応することは少なくなり、一つの製品に複数の技術が含まれ、当該複数の技術についてそれぞれ特許権によって保護されている可能性がある。このような前提の下、特許の請求項において使用環境特徴を記載せざるを得ない状況は避けられないが、このような特許権に対する侵害は、特許技術に製品を対応させるというような単純なものではない。よって、一般的な侵害対比で使用される「権利一体の原則」はそれほど実用的ではなく、「使用環境特徴」とする請求項の解釈方法は、事件の必要に応じて生まれた新たな法的解釈方法である。

また、明細書等の作成段階において、発明が解決しようとする課題から出発して、独立請求項における必須な技術的特徴を確定すべき点に注意すべきである。独立項に記載した使用環境特徴が必須な技術的特徴であるか否かについては、発明が解決しようとする課題を具体的に併せて総合的に確認する必要があり、使用環境特徴をできる限り慎重に採用することで、将来的に負う可能性のあるリスクを低減することにも合わせて留意すべきである。



キーワード:特許 中国 新規性、進歩性 機械 判決紹介 無効審判

 

 

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