台湾 半導体発明の進歩性判断に関する判例(半導体製造プロセス装置及びそのO形リング事件)

Vol.107(2022年3月10日)

数値限定は半導体、化学、材料、メカニズム、バイオ医薬品などに関連する技術分野の発明においてよく見られる。より広い権利範囲を取得するため、組成比率、サイズ、温度、周波数、パラメーターなどの数値が単一値で示されることはほぼなく、通常は範囲を限定する形で請求項に記載される。請求項に記載された数値範囲が先行技術に記載の数値範囲と部分的に重複している場合、現行の専利審査基準によれば、発明が進歩性を有するためには、出願人はその数値範囲が先行技術に対して予期せぬ効果を奏することを証明する必要がある(台湾特許審査基準第二編第三章第3.5節)。近日、TSMC(台湾積体電路製造股份有限公司)の所有する特許権に対し請求された無効審判事件において、知的財産及び商事裁判所は数値限定請求項の進歩性判断について詳細な見解を示している。

事件の概要

本件は「TSMC(台湾積体電路製造股份有限公司)」(原告、特許権者、被請求人)の有する第I503920号特許「半導体製造プロセス装置及びそのO形リング」(以下、本件特許)に対して請求された無効審判事件である。台湾特許庁より請求容認審決が下された後、原告は訴願 を経て知的財産及び商事裁判所に行政訴訟を提起するが、同裁判所は台湾特許庁の原審決を維持する判決を下し、原告の請求を退けた。

本件の争点は「証拠1~7の組み合わせにより、本件特許請求項1~11、13~21、23~30、32が進歩性を有しないことを証明できるか否か」である。以下では、本件特許請求項1及び数値限定発明である請求項3、4、7、8、13の進歩性判断に焦点を当て解説していく。

本件発明と各証拠の技術的特徴

本件特許請求項1

「ウェハの搬送に用いる装置であって、

サセプタ本体、液体供給ユニット、キャリア素子及び交換可能なO形リングを含み、 前記キャリア素子は前記サセプタ本体上に設けられ、且つウェハを搬送するための上表面及び側面を含み、

前記液体供給ユニットは前記サセプタ本体内に設けられ、前記キャリア素子上表面のウェハに液体を供給するのに用い、

トレンチは前記キャリア素子の側面に形成され、且つ前記サセプタ本体と前記キャリア素子の接続部に位置し、

前記交換可能なO形リングは前記トレンチ内に設けられ、且つ前記液体供給ユニットが供給する前記液体は前記O形リングにより密封され、前記O形リングの断面は矩形を呈している、

半導体製造プロセス装置。」

本件特許請求項3、4

本件特許請求項3、4は請求項1に従属し、それぞれ「前記トレンチはトレンチ幅を有し、前記O形リングはO形リング幅を有し、前記トレンチ幅に対する前記O形リング幅の比率は1.00~1.20の間にある」、「前記トレンチはトレンチ中心直径を有し、前記O形リングはO形リング中心直径を有し、前記トレンチ中心直径に対する前記O形リング中心直径の比率は0.95~1.00の間にある」という技術的特徴で更なる限定を行っている。

本件特許請求項7、8

本件特許請求項7は請求項6に従属し、「前記第二導角部はO形リングの底面に位置し、前記O形リングの半径方向幅に対する前記O形リング底面の半径方向幅の比率は0.70~0.90の間にある」という技術的特徴で更なる限定を行っている。本件特許請求項8は請求項5に従属し、「前記第一導角部はO形リングの上面に位置し、前記O形リングの半径方向幅に対する前記O形リング上面の半径方向幅の比率は0.70~0.90の間にある」という技術的特徴で更なる限定を行っている。

本件特許請求項13

「…前記O形リングの断面は矩形を呈し、前記O形リングは半径方向幅及び垂直方向厚さを有し、前記半径方向幅と前記垂直方向厚さの比率は1:0.8~1:4の間にある、半導体製造プロセス装置。」

証拠1(本件特許明細書【先行技術】に記載の文献)

証拠1では、キャリア素子12、サセプタ本体11、液体供給ユニット13を具える半導体製造プロセス装置が開示されている。またサセプタ側面にはトレンチ14が設けられており、この発明特定事項は本件特許請求項1「…前記サセプタ本体と前記キャリア素子の接続部に位置し、…半導体製造プロセス装置」に対応する。しかし「O形リング」という技術的特徴は開示されていない。

証拠3(中国公開特許第101286469号「ボイド形成防止構造及びプラズマ処理装置」)

証拠3では、本件特許O形リングのような交換可能な素子を用いた密封部材が開示されている。

本件特許及び証拠1及び3で開示されている技術内容をまとめると下表になる。

本件特許 証拠
証拠1
証拠3

台湾特許庁、知的財産及び商事裁判所の見解

本件特許における数値限定請求項について

請求項1に従属する請求項3~4では証拠で開示されていないO形リングとトレンチ幅及び中心直径の比率範囲に更なる限定を行い、請求項7~8ではそれぞれ証拠で開示されていない導角位置及び導角を含むO形リング上面・底面とO形リング全体の半径方向幅の比率範囲を限定し、請求項13では請求項1との唯一の相違点である「前記O形リングは半径方向幅及び垂直方向厚さを有し、前記半径方向幅と前記垂直方向厚さの比率は1:0.8~1:4の間にある」という技術的特徴を追加している。

しかし、本件明細書にはこれらの数値範囲がどのような特異性を有するのか何の説明もされておらず、また明細書及び図面その他部分にも、これらの数値範囲が他の数値範囲に対してどのような作用効果を奏するのかを示す関連図表が記載されていない。本件特許請求項3、4、7、8で限定されている比率範囲は、当業者であればトレンチとO形リングを実際に配置し、定型作業における簡単な変更から容易に得ることができる。よって本件特許請求項3、4、7、8、13は進歩性を具えない。

商業的成功と本件特許の技術的特徴との因果関係について

原告は、本件特許は静電チャックの交換に多額の費用がかかるという業界が抱える長年の問題を解決できるほか、本件特許の公告日以降に本件特許と類似する製品が市場に出回り始めたことを踏まえると、本件特許が商業的成功を具えていることは明らかであり、進歩性を有すると認定されるべきである、と主張している。

本件特許より先に公開されている証拠2では「接着層811の側面がプラズマ等により浸食され、パーティクルが発生したり、さらに、浸食が進むと静電吸着用電極804a,804bとプラズマとの間で絶縁破壊を生じたりする虞があった・・・ヘリウム等の熱伝導性ガスが漏れ出し」「凹部114内に配置された環状の保護部材105を有し・・・板状体102とガードリング115の隙間から入り込むプラズマにより、ベース部材107がプラズマに晒され難いように距離を保つことができるとともに、接着剤層111にプラズマが直接晒され難いように保護することができる。」と記載されており、浸食性気体によるチャック損耗の課題解決方法が示されていることがわかる。また証拠3開示内容から、耐腐食性のあるO型リングを密封部材とすることは本件特許の出願日以前に周知であったこともわかる。したがって、本件特許が業界における長年の問題を完結したとは言えない。

また、商業的成功は販売スキルや広告宣伝といったメーカーのビジネス戦略から生じる可能性もあり、商業的成功を理由に進歩性不備の判断を克服しようとする場合、特許実施品の売り上げが同じ性質を持つ製品の売り上げを上回っているか、市場を独占しているか、競合他社の製品に取って代わるものであるかについて証明しなければならないほか、特許実施品の商業的成功が当該特許の技術特徴によるものであることも立証しなければならない。原告は商業的成功と本件特許の技術的特徴との因果関係を証明していないため、上記主張は採用するに足りない。

阻害要因について

原告は、証拠2の保護部材105は硬質材料からなり、本件特許で使用する弾力性のある「O形リング」とは概念や物理的特性上相反するものであるため、本件特許にとって「阻害要因」である、と主張している。

しかし「阻害要因」とは、関連引用文献において出願に係る発明を排除する示唆又は提案が明確に記載されている又は実質的に暗示されていることを指し、これには引用文献において出願に係る発明の関連技術特徴を組み合わせることができないと開示されている、又は引用文献で開示された技術内容に基づき、当業者がこれらの技術内容で採られているルートに沿うことを妨げられることを含む。証拠2明細書「保護部材105の材料はフッ素樹脂からなることが好ましい。プラズマに対する耐食性があることからパーティクルの発生が少なくなる。テフロン(登録商標)樹脂は…好適である」「保護部材105は、セラミックスからなることが好ましい。…より高い耐食性が得られることから…」といった記載によれば、保護部材にテフロン樹脂やセラミック材料を用いるのはこれらの材料が持つ耐腐蝕性のためで、その硬度や弾力性のためではない。さらに証拠2において、保護部材に硬質材料以外の代替材料を使用してはならない、又は可撓性材料の使用を排除すべきとの開示はない。よって、証拠3及び5で開示されている弾力性のあるO形リングを証拠2の凹槽に設けられた保護部材の代わりとして用いることは可能で、この代替において技術的な困難や技術的特徴が相反し組み合わせられない状況もないため、阻害要因は存在しない。

弊所コメント

TSMC(原告)は本件特許の複数の請求項で数値限定を用いているが、その数値で限定された特徴により本願発明が先行特許に対して確かに予期せぬ効果を奏することを証明する実施例及び比較例を明細書に記載していなかった。

本件で原告が敗訴となった原因は、訴訟対策が各証拠を組み合わせる動機に焦点を当てたものであったこと、訴訟段階において数値限定請求項が予期せぬ効果を奏することを証明する実験データを提出しなかったことにある。

台湾の専利審査基準及び裁判実務によると、出願人が出願日以降に進歩性の補佐的証明資料として実験データを提出することを認めているが、その前提として実験データで証明しようとする効果は出願時の明細書又は図面に記載されている、又は直接的かつ一義的に知り得るものでなければならないとされている 。そのため、今回TSMC(原告)が訴訟段階で実験データを補充提出していれば、数値限定請求項の進歩性が認められたかもしれない。

出願に係る発明に数値限定を含む請求項がある場合、その発明効果を支持するに十分な実験データを明細書に可能な限り記載すべきであり、でなければ実験データを補充し進歩性を主張する機会を維持するため、少なくとも数値的特徴から得られる効果を記載することが望ましい。

キーワード:台湾 特許 新規性、進歩性 化学 判決紹介 無効審判

 

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