台湾 医薬関連発明の進歩性判断に関する判例(抗ウイルス併用療法のための組成物及び方法事件)

Vol.104(2022年1月19日)

台湾の貽康薬業股份有限公司がギリアド・サイエンシズ(GILEAD SCIENCES, INC.)の有する特許権「抗ウイルス併用療法のための組成物及び方法」(本件特許)に対して請求した無効審判事件において、知的財産及び商事裁判所は2021年8月、一部請求項に係る発明を無効と認定する判決を下した1。なお、本件特許は抗HIV予防薬「TRUVADA(ツルバダ)®」の対応特許である。

近年台湾における医薬関連発明の審理動向を見ると、後発医薬品メーカーが先発医薬品の特許権に対し請求した無効審判において、その請求が成立する確率は非常に高くなっている。医薬関連発明では、活性成分が先行技術で開示され、成分比率などのパラメーターのみが相違する場合、台湾特許庁や裁判所は「(相違点である)異なる技術的特徴は、本分野の当業者であれば一般的な作業及び簡単な実験から容易に完成することができるため、発明は進歩性を有しない」と判断する場合が多いが、薬理試験の方法及び試験データを提供し、異なる技術的特徴によりその医薬組成物が予期せぬ効果を奏することを証明できれば、この限りではない。本件において知的財産及び商事裁判所は、医薬関連発明に係る進歩性の判断基準に関する具体的な見解を示しており、その内容を以下に紹介する。

事件の概要

ギリアド・サイエンシズ(特許権者、被請求人、訴訟原告)の有する第I355270号本件特許に対し、貽康薬業股份有限公司(審判請求人、訴訟参加人)は進歩性不備を理由に無効審判を請求した。台湾特許庁による審理の結果、請求認容審決が下されたため、原告は知的財産及び商事裁判所に行政訴訟を提起するが、同裁判所は台湾特許庁の原審決を維持し、原告の請求を棄却する判決を下した2

本件発明の内容

本件特許請求項1に係る発明(本件発明)の内容は以下の通りである。

(1A)感染した動物におけるHIV感染の症状又は影響を治療又は予防するための薬学組成物であって、

(1B)テノホビルジソプロキシルのフマル酸塩(略称TDF)と、

(1C)エムトリシタビン(略称FTC)とを含み、

(1D)TDFとFTCの比は約1:50~約50:1の重量比であり、

(1E)前記薬学的組成物は錠剤の形態である

ことを特徴とする薬学組成物。

証拠2(BioWorldにて公開された「Gilead, Triangle Plan Merger: $464M Deal Paris HIVDrugs」)において、本件発明の活性成分であるTDFとFTCが開示され、これらを配合剤とすることが提案されている。本件発明との相違点は、証拠2にはTDFとFTCの組成比例(即ち1D)についての明確な開示がない点である。

本件の主な争点は証拠2が対象特許請求項1の進歩性不備を証明するに足るか否か、である。

原告(特許権者)の主張

TDFとFTCはpKa値が低く、加水分解しやすいという性質を具えている。また、TDFはpH7~8の時に最も不安定となり、FTCはpH7.2の時に最も安定する。このように、両者固有のpH依存性及び安定性が相反するものであるため、当業者であってもこれらを用いて単一の錠剤を製造する動機は存在しない。

本件発明は相乗的な抗ウイルス効果を具え、また無効審判段階で提出したTDFとFTCの配合剤に関するデータから、前記配合剤がHIV-1野生株・変異株に対して、予想以上に強力な相乗的抗HIV活性を有することが分かる。よって、本件発明は先行技術に対して予期せぬ効果を奏する。

知的財産及び商事裁判所の見解

知的財産及び商事裁判所は、証拠2は本件特許請求項1の進歩性不備を証明するに足るものであるとの判断を下した。理由は以下の通りである。

証拠2の開示内容について

証拠2では、TDFとFTCを用いて単一の錠剤を製造する内容が開示され、また薬剤の治療効果を高めるために医薬組成物の成分比率を調整することは、当業者であれば実際の需要に応じた簡単な実験(例えば成分比率の最良化試験)から完成でき、その効果も合理的に予期し得る。さらに同証拠において、TDFとFTCには重複する薬剤耐性・変異原性がなく高い互換性を具えているため配合剤を製造できるという明確な記載があることから、当業者からすれば当該成分により単一の錠剤を製造することを試みる動機が当然に存在する。さらに、CMC(chemistry, manufacturing and control package)や生物学的同等性試験を通じて、配合剤は人の各成分に対する曝露程度(exposure)を同一にさせ得ることを示すだけでよく、生物学的同等性試験は4週間程度で完了でき手間のかかるものではないことを示唆している。

TDF及びFTCから単一の錠剤を製造することについて

TDF及びFTCのpKa値や容易に加水分解しないpH値の値域が重複していないことのみをもって、これら成分を混合させると必ず安定性や分解を原因として、単一の錠剤を製造できないとは言い難い。薬学組成物の安定性は、組成成分の相性、薬剤耐性・変異原性、加工適性、pH値など様々な要素から考慮されるものであり、ある要素(例えばpH値)において薬剤の成分同士が多少相容れないとしても、当業者は他の要素を調整することで、その要素から受ける影響を適度に緩和し、合理的安全性を具える薬剤を製造することができる。また、安全性試験は医薬品の登録・販売申請における必須項目であるが、当業者であれば前記薬学組成物を実用化するため、先に述べた要素を総合的に考慮し、簡単な実験(例えば成分、組成、比率、pH値などの最良化試験)から本件発明を容易に完成させることができる。

本件発明の進歩性について

「予期せぬ効果」には、新たな性質が生じる又は数量上の顕著な変化が含まれる。ここで後者の量的変化について、本件では原告が提出した証拠には効果の量的レベルに対する当業者の一般的な期待値などのデータが十分に証明されておらず、前記証拠内容から本件発明が効果の量的変化において当業者が予期し得るものに比べ特に優れたレベルにあるか確認することは困難であり、当該効果の量的変化が顕著であり予期できない程度まで達したと認定できないことは言うまでもない。原告が無効審判段階で提出したデータにおいて試験の対象となったものは主に、TFV(プロドラッグであるTDFではない)とFTCの組成物であり、前記データに記載の効果が果たして本件発明の技術的特徴から直接得られたものであるかの認定が困難である。さらに、前記試験で用いられているのはTFVとFTCが特定の濃度で配合された組成物であるが、本件特許の薬学組成物において二成分は約1:50~約50:1という広範にわたるものである。薬効の強さと成分濃度の相関関係が不確かであるため、当業者であっても前記データのような特定濃度における効果のみによって、本件発明における広範な数値範囲内のいずれにおいても本件発明の効果を奏するとの確証を得ることはできないのであるから本件発明は予期せぬ効果を奏すると認めることはできない。

弊所コメント

本件において原告が敗訴となった主な原因は、本件発明の「TDF及びFTC」が既知成分であったこと、原告が提出したデータでは「TDFとFTCの重量比が約1:50~約50:1」という技術的特徴から本件発明が予期せぬ効果を奏すると証明できなかった点にある。

現行の専利審査基準第二編第13章医薬関連発明では、「特許出願に係る組成物が2以上の既知の成分から限定され、それらの成分の組み合わせが新規であり、且つ予期できぬ効果をもたらす場合、特許出願に係る発明は進歩性を有する。逆に、治療効果の向上や副作用の低減など、医薬分野における周知の問題を解決するため、当業者が2種以上の成分の最良の組合せを試み、一般的な作業により得られるものである場合、当該発明は進歩性を有さない」と規定されている。

本件の場合、証拠2に「TDFとFTCを用い単一の錠剤を製造できる」と開示されていたことを踏まえると、本件特許に係る成分の組合せは新規ではない。また、「二成分の比が約1:50~約50:1の重量比」について、本件特許明細書に「二成分の組み合わせは相乗的な抗ウイルス効果を有する」と記載されていたことに基づき、原告は無効審判段階で、当該効果に関する実験データを適法に提出することができる(出願日以降の実験データ補充に関する規定はWisdomニュースVol.94を参照)。しかし、原告が提出した実験データは特定濃度の成分が配合された組成物に関するものに過ぎなかったため、請求項に記載された数値範囲ではこの範囲外に比べて効果の相違が量的に顕著であることを証明できず、また同データには請求項に記載の効果の量的レベルに対する当業者の一般的な期待値を証明していなかったことから、前記効果の量的変化が顕著であり、予期し得ない程度に達していることを証明できなかった。

本件では医薬品特許の訴訟段階において、発明が先行技術に比べ予期せぬ効果を奏する点を証明するために提出する実験データの重要性が示されている。請求項に係る発明が数値限定に関するものである場合、出願人・権利者は可能な限り数値範囲の境界値を含むデータを提供し、その数値限定が臨界的意義を有することを証明する必要がある。医薬品特許権者にとっても、今回裁判所が示した見解は留意に値する。

[1] 知的財産及び商事裁判所2020年度行専訴字第60号。

[2] 知的財産及び商事裁判所は請求項1、3~6、14~16、18~23、26~32、37~39に係る発明は無効であるという審決を下した(特許権者は無効審判段階で請求項2、7~13、17、24~25、33~36、40~41を削除する訂正を行い認められているため)。

キーワード:台湾 特許 新規性、進歩性 判決紹介 化学 医薬 無効審判

 

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