進歩性判断における実験データ補充提出の認定に関する台湾と中国の比較

Vol.94(2021年8月9日)

技術効果の認定は、対応する技術手段が進歩性を有するか否かを決定するための重要な根拠となる。出願人は、請求する技術手段が従来技術に対して予期せぬ効果を有することを証明するために、実験データを補充することによって進歩性に係る問題を解消することが多い。そのため、出願日以降において実験データの補充が受けられるか否かは、進歩性の判断の結果に対して直接的な影響を与える。特に、中国では2021年1月に改訂施行された専利審査指南において、より寛容な規定へと変更されたため、その後の発展が注目されている。以下、台湾と中国との規定について比較又は分析をし、策略として見解を提出する。

台湾の認定基準

専利審査基準の規定

台湾の審査基準の規定では、出願人が出願日以降に進歩性の補佐的証明資料として実験データを提出することを認めているが、その前提として実験データで証明しようとする効果は、出願時の明細書又は図面に記載されている又は直接的かつ一義的に知ることができるものでなければならないとされている。

2004年版専利審査基準において、「出願人が補佐的証明資料を提供する場合、補佐的証明資料を参酌して判断することができる。」と規定されているが、「請求項に記載の発明が進歩性を有するか否かを判断する際、その発明を理解するために、明細書、図面及び出願時の公知知識を参酌することができる。」とも規定されている。(2004年版専利審査基準第2篇第3章第2-3-21頁)また、更に次のように規定されている。「補充、補正後の発明の効果は、出願時の明細書又は図面に記載されたもの、又は当業者が直接的且つ一義的に知り得るものでなければならない。従って新しい効果の追加、又は異なる効果への変更となる補充、補正は、通常、出願時の明細書又は図面で開示された範囲を超えることになる。…元来有する数値の範囲、実験データについての補正、または当該数値範囲の測量方法、使用基準、設備、器具に対する説明について、当業者が、出願時の明細書又は図面に記載された技術内容から直接的又は一義的に知り得るものであれば、補充、補正によって当該効果を証明することが可能である。但し、出願時の明細書において、ある効果に関する実験データが記載されていない場合、新しい実験データの補充は出願時の明細書又は図面で開示された範囲を超えていることになるため、当該新しい実験データを引用することによってその効果を立証することは認められない。」(2004年版専利審査基準第2篇第6章第2-3-21頁)

専利審査基準は2004年から数回の改訂がされているが、上述の補充実験データの原則については改訂がされていない。つまり、出願人は追加実験データによって「明細書又は図面で記載されていない効果」を証明しようとしても、当該データの提出は認められない。

ここで注目すべき点は、実際の審査において台湾特許庁は出願時の審査に対する補充実験データの判断は比較的緩やかである。台湾特許庁は、特許査定前に補充提出された実験証拠に対して、その内容に基づき審査を行うことが一般である。これに対し、無効審判においてはより厳しい視点で判断を行う、即ち上述審査基準の規定に厳密に沿って審査が行われる。

最新の台湾裁判所見解について

台湾知的財産裁判所は近年、補充実験データの判断基準について二件の判決で同様な認定を下している。これより、知的財産裁判所においては統一された見解が形成されたと理解でき、以下に詳細を説明する。

事例1(液晶媒体事件)

本件は、JNC株式会社がドイツのメルクパテント会社(以下、メルク)の特許に対して請求した無効審判の審決取消訴訟である。メルクは訴訟中に補充実験データを提出し、本件特許が進歩性を有すると主張したところ、裁判所は次のように指摘した。

「本件特許明細書において、発明は-30℃及び-40℃での優れた低温安定性、改良した信頼性(特に長時間での操作後に画面焼き付きを有しない)などの効果が示されているが、明細書などの書類において、低温安定性の試験が実施されているのは一部の実施例のみでおり、且つ信頼性改良という効果が確実に奏されることを証明する試験方法又は実際に測定されたデータなどの内容も存在しない。そのため、当業者は本件特許明細書に記載の内容のみでは、本件特許に係る発明が低温安定性、改良した信頼性などの効果を奏することを確認できず、これら効果は本件特許に係る発明が必然的に備える有利な効果であると見なすことはできない。また本件特許明細書において、従来技術(例えば、証拠2-3、5-8等)との比較が釈明されておらず、本件特許の発明及び従来技術、それぞれの発明によって奏される効果の相違は明らかにされていないため、本件特許に係る発明が当該従来技術で開示されたものと比べ、より優れた低温安定性、改良した信頼性などの性質又は効果を確実に奏するとは言えない。原証3(請求人が補充した証拠)では一部の実施例と信頼性の比較例に関する測定データが補充されているが、該データは原告が本件訴訟段階で自ら提出した実験データであり、この実験は本件特許の出願日後に出されたものであり、且つ原告が一方的に行った試験である他、そのデータの信憑性に対して参加人(特許権者)からも反論が出されていることから、この実験データによって本件特許が確実に有利な効果を奏することが証明されるとは認められない。」

事例2(分散アゾ染料混合物事件)

本件は、台湾の千旺股份有限公司がドイツのダイスター・カラーズ・ディストリブューションの特許に対して請求した無効審判の審決取消訴訟である。ダイスター・カラーズは無効審判段階で補充実験データ(原証9及び原証10)を提出し、本件特許に係る発明は織物にシェード(shade)性能などの効果を与えるため進歩性を有することが証明されると主張した。

本件における知的財産裁判所の見解は事例1と同様であり、「該データは原告が本件の無効審判段階で自ら提出した実験データであり、原告が一方的に行った試験である他、本件特許明細書における全ての実施例では良好な堅牢度又は昇華堅牢度を有することのみが説明されており、シェード性能に関する記載は全くされていないと認定した。よって、当業者であっても出願時の明細書で開示された内容によりシェード性能という効果を直接的かつ一義的に推知することができないため、当該実験データは採用できない」、と判断している。

上述した裁判所の見解においても、「補充実験データで証明しようとする効果は、出願時の明細書又は図面で記載され、又は直接的かつ一義的に知ることができる効果でなければならない。」という基準が適用されている。また、「補充実験データは当業者であれば出願時の明細書又は図面により又は直接的かつ一義的に知ることができる効果であるか否か」を判断する基準について、出願時の明細書において、ある効果に対して文字のみで単に記載され、効果に関する特定の実施例及び定量的な実験データが記載されていない場合、裁判所は当業者が出願時の明細書又は図面により又は直接的かつ一義的に推知することができると認めないことがわかる。

中国の認定基準

中国国家知識産権局(China National Intellectual Property Administration,CNIPA)は従来補充実験データの認定に対して厳密な基準を採用していたが、2021年に大きな変化があった。以下にその内容を紹介する。

2010年版《専利審査指南》の認定基準について

2010年版《専利審査指南》第2部第10章第3.4節において以下の内容が規定されていた。

「明細書で充分に公開されているか否かを判断する場合は、元説明書及び権利要求書に記載された内容を基準とする。出願日以降に補充提出された実施例や実験データは考慮しないものとする。」

しかし、実際の審査実務において、元明細書で効果に係るデータが記載されていた場合、一部の審査官は、請求に係る発明は従来技術より優れた効果を有することを証明するために出願人が提出した最も近い従来技術との比較実験データを認めていた。また裁判所においてもこのような事例が見受けられていた。例えば最高人民法院(2014)行提字第8号行政判決書(Warner Lambert Co LLC-嘉林薬業股份有限公司)、北京市高級人民法院(2018)京行終6345号行政判決書(Astrazeneca-信立泰製薬股份有限公司)において、補充実験データによる主張が認められている。

2017年版《専利審査指南》の認定基準について

2017年の《〈専利審査指南〉の改訂の決定について》により、審査指南の内容が大幅に変更がされ、以下の内容が規定された。「明細書で充分に公開されているか否かを判断する場合は、元説明書及び権利要求書に記載された内容を基準とする。審査官は出願日以降に補充提出された実験データを考慮しなければならない。補充提出された実験データで証明しようとする技術効果は、当業者が出願公開の内容により知り得るものでなければならない。」。

しかしその後においても、中国国家知識産権局は審査実務において、「補充提出された実験データで証明しようとする技術効果は、当業者が出願公開の内容により知り得るものでなければならない。」という点に対し、厳格な基準を採用して判断を行っていた。即ち、明細書において「実験データが明確的に記載されている」場合に限り、出願時に公開された内容により得られる技術効果であると認めていた。これに対し、実験データが明確的に記載されておらず、効果しか開示されていない場合、これは「断言式記載」に属し、これらの技術効果を依拠として補充提出された実験データは認めないという傾向が強かった。例えば、北京市高級人民法院(2017)京行終2470号行政判決書(Boehringer Ingelheim Pharma GmbH & Co. KGによる無効審判の行政訴訟)では、Boehringerは証拠1を提出し、本件特許に係る化合物は予期せぬ技術効果を有することが証明されると主張したが、証拠1で証明しようとする技術効果について、本件特許の明細書では単に「特異な強い効果を有する他、βアドレナリン受容体に高度な選択性という特性がある」という内容が記載されているに過ぎず、これ以外に効果が支持される実験資料は全く提供されていないため、明細書に記載の技術効果は、断言又は宣言であるとみなされるに過ぎないと、裁判所は認定した。

また、医薬分野の化合物に関する無効審判審決について、2012年から2019年までの事件のうち、出願人が補充実験データ(反証)を提出して進歩性又は記載要件を証明しようとした案件は計9件であったが、このうち出願人から提出された補充実験データが認められたものは僅か1件(第37539号判決)であり、他の8件(第20147、22284、33101、33102、33103、33591、36902、39131号判決)では何れも採用されていない。

2021年版《専利審査指南》の認定基準について

2020年8月24日、最高人民法院審判委員会第1810回会議で、《最高人民法院の特許査定行政案で適用される法律に関する若干問題の規定(一)》が通過し、該司法解釈は2020年9月12日から施行された。この第10条において、「薬品出願の出願人から出願日以降に提出された補充実験データで、該資料によって出願が専利法第22条第3項、第26条第3項等の要求を満すと主張するものは、人民法院は審査しなければならない。」と規定された。

2021年1月15日より、中国国家知識産権局は改訂後の《専利審査指南》を施行した。第3.5節における補充実験データに係る規定も再度変更され「出願日以降に補充提出された、専利法第22条第3項、第26条第3項等の要求を満すための実験データは、審査官は審査しなければならない。補充提出する実験データで証明しようとする技術効果は、当業者が出願公開の内容により得られるものでなければならない。」という内容に改訂された。

更に、第3.5.2節において具体的な事例が2つ追加された。例1では「明細書において化合物の製造実施例、血圧低下作用、及び血圧低下活性を測定する実験方法が記載されているが、実験結果のデータは記載されていない」場合、血圧低下効果を示すデータが補充提出され証明する効果は「出願書類によって得ることができる」と認定され、そのデータは進歩性の判断において審査されなければならない、とされている。

この例1によれば、中国国家知識産権局は補充実験データを受け入れるか否かの判断基準を緩和する傾向がうかがえる。過去の審査実務においては一般的に、明細書において単に技術効果が定性的に記載され、定量的なデータがない場合、その効果は「明細書の記載に基づき得ることができない」と認定されていた(断言式記載)。しかし、2021年版《専利審査指南》では、上述の例1に基づき明細書において技術効果に関する定量的な実験データが記載されていなくても、当業者からすれば出願書類によって得ることができる場合、当該技術効果を支持するために、出願人又は特許権者は実験データを補充提出することが可能であると思われる。

弊所コメント

台湾における補充実験データに対する認定基準は、従来から変更されておらず、明細書において対応する効果が明確的に記載されていた場合は、補充実験データの提出が認められる。これに対し、中国では補充実験データの認定について従来は相当に厳格な基準が採用されていたが、2017年版《専利審査指南》により、「明細書において対応する効果が明確的に記載されていた場合、補充実験データが認められる」と緩和されたが、実務上この規定の運用において、「断言式記載」という要求が追加されており、即ち元明細書において「実験データが明確的に記載された」という状況に限り補充提出された実験データが認められる。しかし、2021年に施行された専利審査指南改定版はその規定をより緩和したことから、今後の審査実務において該規定がどのように運用されるかは、注視に値する。

出願人側からすれば、出願後に補充実験データを提出する機会を確保するために、明細書を作成する際は効果に係る記載を軽視してはならない。一方、無効審判の請求人側からすれば、当該効果は当業者が明細書の記載により得られるものではないと主張することで補充実験データの提出を阻止することが効果的であり、これは重要なポイントとなる。

キーワード: 台湾 特許 中国 新規性、進歩性 記載要件 化学

 

登入

登入成功