台湾 意匠権侵害判断における「三者比較法」の適用要否に関する判例(スーツケース侵害事件)

Vol.89(2021年5月24日)

台湾における意匠の類否判断ではまず物品が同一/類似であるか否かが判断され、物品が同一/類似である場合、外観が同一/類似であるか否かの判断に進む。ここで外観の類否判断では全体観察・総合判断の原則が適用され、異同分析法に基づき外観の類否が行われる。異同分析法とは、両意匠の共通特徴と相違特徴を考慮し、相違特徴が注意を引きやすい部位又は特徴であるか否かに基づき、相違特徴が被疑侵害対象の全体視覚印象に影響を与えるに足りるか否かを判断する方法であって、両者の相違特徴が微細なもの(minor difference)であり視覚印象に混同が生ずる場合は、両者の外観は類似すると認定される。

そして全体観察・総合判断及び異同分析法では外観の類否が明らかに判断できない場合は、三者比較法(three-way comparison)に基づき判断することができる。三者比較法とは登録意匠、被疑侵害対象、公知意匠の三者を同時に比較する方法であり、公知意匠を用いて、登録意匠の属する分野における公知意匠の状態及び三者の間の類似度を分析し、被疑侵害対象が全体の外観において登録意匠と類似するか否かの補助的判断を行う。具体的には被疑侵害対象と登録意匠間の外観の類似程度が、登録意匠と公知意匠間の類似程度より高い場合、被疑侵害対象と登録意匠の外観は類似であると判断される。一方、被疑侵害対象と登録意匠間の外観の類似程度が、登録意匠と公知意匠間の類似程度より低い場合、被疑侵害対象と登録意匠の外観は類似ではないと判断される。

三者比較法(three-way comparison)を適用すべきか否かに関し、侵害判断要点では「全体観察及び総合判断の方法により、被疑侵害対象が全体の外観において登録意匠と明らかに類似する、又は両者の差異が十分明らかである(sufficiently distinct)ため明らかに非類似である(plainly dissimilar)と認定できる場合は、公知意匠による三者比較法を考慮することなく、両者は全体の外観において類似する又は非類似であると直接に認定することができる。」と規定されている。

本件において、原告は三者比較法を適用して意匠の類否判断を行うべきであると主張したが、裁判所は「三者比較法はあくまで意匠の外観類否判断における補助判断方法に過ぎず、本件意匠と本件製品の外観の相違特徴は両者の外観を明らかに区別できるため、三者比較法を適用する必要はない」と述べ、三者比較法の適用に関する見解を再度明らかにした。

事件の概要

本件は、第D171154号「スーツケース」に係る意匠(以下、本件意匠)の意匠権者であるXが、意匠権侵害を理由に、Yが販売するスーツケース製品(以下、本件製品)の販売差止め及び損害賠償を求めた事件である。知的財産裁判所の一審は、本件製品は意匠権の権利範囲に属さないと認定し、原告敗訴の判決が下された1。なお本件はその後原告が控訴しているが、控訴審においても原審と同様の判断がされている2

本件意匠と本件製品の比較

本件意匠 本件製品

本件意匠と本件製品の共通特徴は以下のa~eである。

特徴a:スーツケース前面に角が丸い長方形を上下2つ有する。

特徴b:スーツケース底面に計4つのキャスターがある。

特徴c:スーツケース側面に垂直線状のファスナーが2本ある。

特徴d:スーツケース上面にアーチ状のトップハンドルがある。

特徴e:スーツケース後面にㄇ形のキャリーハンドルがある。

本件意匠 本件製品

本件意匠と本件製品の相違特徴は以下のf~jである。

特徴f:本件意匠のスーツケース前面の長方形2つは表面がフラットであるが、本件製品のスーツケース前面の長方形2つは3本の溝及び2本の浅く凹む溝を有する。

特徴g:本件意匠のスーツケース後面は表面がフラットであるが、本件製品のスーツケース後面は3本の溝及び2本の浅く凹む溝を有する。

特徴h:本件意匠のスーツケース前面の側面は斜線及び垂直のデザインであるが、本件製品の前面の側面は階段状の凹部となっている。

特徴i:本件意匠上部にある長方形の側面には斜線状のファスナーがあるが、本件製品上部にある長方形の側面には曲線状のファスナーがある。

特徴j:本件意匠のスーツケース前面の2つの長方形の周縁には溝がないが、本件製品のスーツケース前面の2つの長方形の周縁にはがある。

知的財産裁判所の見解

両者の外観類比について

特徴a~eについて、これらはスーツケース製品において一般的に用いられる基本構造である。そして本件意匠明細書における意匠の説明の記載内容から、本件意匠の通常使用時に容易に見て取れる部分の特徴は2つあり、1つ目はスーツケース正面の上下に2つの長方形を有し、上下2つの長方形の4つの角は丸く弧形で、上下の長方形の間に間隔がありそれぞれは接しない点であり(デザイン特徴1)、2つ目はスーツケース前面の上部にある長方形の側面は傾斜線状のファスナーであり、下部の垂直線状のファスナーとデザインが合っている点である(デザイン特徴2)。このうち、デザイン特徴2すなわち、特徴h「本件意匠のスーツケース前面は傾斜及び垂直のデザインである」及び特徴i「本件意匠上部にある長方形の側面には傾斜線状のファスナーがある」は、本件意匠が公知意匠と明らかに異なる特徴である。この点は被告提出の証拠(公知意匠)からも示される。

しかし、特徴h「本件意匠のスーツケース前面は傾斜及び垂直のデザインである」及び特徴i「本件意匠上部にある長方形の側面には傾斜線状のファスナーがある」について、本件製品と本件意匠ではそのデザインは明らかに異なる。よって本件意匠と本件製品とでは全体の外観において明らかな差があり、一般消費者がスーツケース製品を選択購入する観点に立てば、混同を生じる視覚的印象を生じるとは言えず、両者の外観は同一又は類似であるとは認められない。

原告は「本件製品の側面のラインはいずれも斜線+直線であり、外観に明らかな差異があるとは言えない」と主張する。しかし、公知意匠(被告証拠1から7)では前方に2つの長方形の袋体が設けられ、袋体の側面に上下2つの垂直ライン又はファスナーを有する点を主な特徴とする意匠が示されており、また公知意匠(被告証拠8から11)ではスーツケース上面前側面に曲線ライン又はファスナーを有する点を主な特徴とする意匠が示されている。これに対し本件意匠ではこうした公知意匠における垂直ラインデザイン及び曲線ラインデザインに取って代わり、上部側面長方形を斜線形状とするデザインを採用し、下部長方形の垂直ラインファスナーと組み合わせることに特徴がある。一般消費者が側面から本件製品スーツケースの上下のファスナーを観察して見て取れるのは「曲線+直線」で、本件意匠のスーツケースの側面のラインから見て取れるのは「斜線+直線」であり、両者は明らか相違し、僅かな相違ではない。よって原告の主張は認められない。

両者の外観類比について

原告は「三者比較法」の補助判断を用いて本件製品と本件意匠の外観類否を判断すべきであると主張する。専利侵害判断要点において、「いわゆる三者比較法は、被疑侵害品対象と登録意匠が類似するかどうかを判断する補助的分析方法であり、公知意匠を用いて、登録意匠の属する分野における公知意匠の状態及び三者の間の類似度を分析し、被疑侵害対象が全体の外観において登録意匠と類似するか否かの補助的判断を行う。全体観察及び総合判断の方法により、被疑侵害対象が全体の外観において登録意匠と明らかに類似する、又は両者の差異が十分明らかである(sufficiently distinct)ため明らかに非類似である(plainly dissimilar)と認定できる場合は、公知意匠による三者比較法を考慮することなく、両者は全体の外観において類似する又は非類似であると直接に認定することができる。ただし、被疑侵害対象と登録意匠が類似しないことが明らかではない場合(not plainly dissimilar)、特に両者が類似するか否かを判断し難い時は、当事者の主張または個別案件の状況により、当事者が提出した公知意匠または出願包袋における公知意匠に基づき、登録意匠の属する意匠分野における公知意匠の状態を分析し、三者比較により分析、判断することができる。」と規定されている。

本件は一般消費者が商品を選択購入する際の観点を用いて、本件製品と本件意匠全体の視覚的な外観を総合的に判断した結果、両者の外観における特徴の相違は、既に本件製品の全体の外観と本件意匠に明らかな違いを生じさせるのに十分であり、混同をもたらす視覚的な印象は生じないため、三者比較法によって補助判断をする必要はない。

更に、本件意匠のスーツケースの外観デザインは相当成熟した意匠の分野であり、この種の商品においては主にスーツケースのボディ表面に重点を置いてデザインの変化を作るため、本件製品と本件意匠との間の局所的な差異(small differences)であっても容易に全体の視覚的な印象に影響を及ぼすことは明らかである。

弊所コメント

三者比較法に関し、審査基準の規定にもあるように被疑侵害対象と登録意匠の全体の外観が明らかに類似している場合又は明らかに類似していない場合、公知意匠を考量した三者比較法を用いる必要はないとされている。本件において、被告は公知意匠を提出して反論をしており、また本件製品と本件意匠の外観には確かに差異が存在するといった事情もあることから、原告は裁判官の心証を「被疑侵害対象と登録意匠が類似しないことが明らかではない(not plainly dissimilar)」へと導き、何とか三者比較法を使用させようとした意図が酌み取れる。

しかし、裁判所は「スーツケース商品の外観のデザインは相当成熟した意匠の分野である。成熟した意匠分野とは商品が長年にわたり無数の商品デザインが世に出されていることであり、成熟した分野の商品では外形の主要素が大体同一となり、局所的な差異(small differences)であっても容易に全体の視覚的な印象に影響を及ぼすことは明らかである」と述べ、本件のスーツケースにおける両者の外観の相違(特に特徴h及びi)は、本件製品の全体の外観と本件意匠に明らかな違いを生じさせるのに十分であり、混同をもたらす視覚的な印象は生じないと認定した上で、三者比較法の適用を否定した。意匠の外観類否判断において、審査基準には三者比較法が規定されてはいるが、本件は常にこの方法が適用されるわけではないことを改めて示した事件といえる。

意匠の類否判断の主体は消費者であり、一般的に意匠の類否判断において主観的な要素を除くのは難しい。また司法院公表の統計資料に基づけば、意匠権に基づく民事侵害訴訟において原告の勝訴率自体も特許や実用新案に比べて低い。よって、意匠権に基づく侵害訴訟提起については、自己の権利の有効性や意匠の類否判断を事前に詳細に検討すべきである。さらに意匠の物品が本件のスーツケースのように成熟している分野の場合は特に注意すべきである。

[1] 知的財産裁判所2019年民専訴字第98号。

[2] 知的財産裁判所2020年民専上字第38号。

 

キーワード:意匠 新規性、進歩性  判決紹介 台湾 侵害

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