台湾 周知技術や技術常識の立証に関する判例(艶消仕上げポリイミドフィルム事件)

Vol.88(2021年5月4日)

複数の発明特定事項を含む発明において、ある発明特定事項が先行文献では開示されていない場合、当該発明特定事項は周知技術や技術常識である、又は当該発明特定事項は周知技術や技術常識を参酌すれば容易想到であると主張される場合がある。本件は無効審判の審決取消訴訟であり、「前記ベースフィルムの絶縁耐力は1400V/milより大きい」という発明特定事項を明確に示す引用文献が存在しない状況で、この発明特定事項が周知技術又は技術常識であるか否かが争点の一つとなった事例である。

事件の概要

アメリカのデュポン(以下「デュポン」)は発明の名称を「艶消仕上げポリイミドフィルム及びそれに関連する方法」とする特許第TWI519576号(以下本件特許)の特許権者である。デュポンは、台湾のポリイミド生産会社である達邁科技(Taimide Tech. Inc.,、以下「達邁科技」)が本件特許権を侵害するとして、侵害訴訟を提起した。その後達邁科技は本件特許に対して無効審判を請求したところ、維持審決が下された。本件はこの審決取消訴訟である。訴訟において知的財産裁判所は達邁科技の主張を退け、原審決を維持する判決を下した1。なお、前記侵害訴訟は現時点で未だ知的財産裁判所において審理中である2

なお、本件特許のファミリーである中国特許権(CN103788652B)に対しても無効審判が請求され、実施可能要件違反(中国専利法第26条第3項)により無効審決が下されている。本件台湾特許においても進歩性違反に加え実施可能要件違反及びサポート要件違反が達邁科技より主張されているが、台湾の知的財産裁判所は本件特許が実施可能要件及びサポート要件を満たすと判断している。中国特許権の特許請求の範囲の内容は本件台湾特許権のものとは同一ではなく一部相違点があり3、また両国の特許要件に関する判断基準も異なるとはいえ、両国で異なる結論が出されたことは注目に値する。

本件特許の内容及び引用文献との対比

本件特許の請求項1(本件発明)の内容、及び本件発明と引用文献との対比表を以下に示す。

本件発明の内容

ベースフィルムであって、

A.前記ベースフィルムの71~96重量パーセントの量の化学的に転化されたポリイミドであって、前記化学的に転化されたポリイミドは、

a.前記ポリイミドの二酸無水物の全含量を基準として、少なくとも50モルパーセントの芳香族二酸無水物と、

b.前記ポリイミドのジアミンの全含量を基準として少なくとも50 モルパーセントの芳香族ジアミンとから誘導されている化学的に転化されたポリイミド;

B.前記ベースフィルムの2~9重量パーセントの量で存在するカーボンブラック;および

C.顆粒ポリイミドの艶消剤

を含み、当該ベースフィルムの絶縁耐力は1400V/milより大きいことを特徴とする、ベースフィルム。

 

表1 本件発明と引用文献との対比表

  発明特定事項 開示している引用文献
A A.前記ベースフィルムの71~96重量パーセントの量の化学的に転化されたポリイミドであって、前記化学的に添加されたポリイミドは、 a.前記ポリイミドの二酸無水物の全含量を基準として、少なくとも50モルパーセントの芳香族二酸無水物と、 b.前記ポリイミドのジアミンの全含量を基準として少なくとも50 モルパーセントの芳香族ジアミンとから誘導されている化学的に転化されたポリイミド; 文献2(US5,939,498)
文献7(日本特開平8-20721)
B B.前記ベースフィルムの2~9重量パーセントの量で存在するカーボンブラック 文献4(US5,031,017)
C C.顆粒ポリイミドの艶消剤 文献5(日本特開平6-192446)
文献7(日本特開平8-20721)
文献甲証3(CN101010603A)
D 当該ベースフィルムの絶縁耐力は1400V/milより大きい なし

知的財産裁判所の見解

原告(達邁科技)は「ベースフィルムの絶縁耐力は1400V/milより大きいという点は技術的特徴A、B、Cの構成から導き出される必然の結果である。甲証5と甲証6の内容からポリイミドが高い絶縁耐力を有するという内容は本分野において周知技術であることがわかる。また証拠4においてカーボンブラックの添加量を減少させると同時に酸化チタンの含有量を増加させることで、ポリイミドフィルムの絶縁耐力を維持することが開示されている。よって各引用文献を組み合わせた後のポリイミドベースフィルムにおける絶縁耐力は1400V / milより大きいはずである。」と主張する。

しかし、文献2、文献4、文献5、文献7及び甲証3においてはポリイミドベースフィルムの不透明性や滑らかさの特性を高めることに重点が置かれており、ポリイミドベースフィルムの成分組成を調整して絶縁耐力を1400V/mil以上に高めることに関する示唆や提案が示されているとは言い難い。また原告は「技術的特徴A〜Cを組み合わせたベースフィルムが技術的特徴Dの性質を有する」ことは本分野の周知技術、通常知識であるという点を立証していないため、各引用文献を組み合わせることで本件発明を完成できるとは認められない。

また、「ベースフィルムの絶縁耐力は1400V/milより大きい」という内容について、本件特許明細書の実施例/比較例の内容から、含有量の高い艶消剤(30重量パーセント以上)を含むポリイミドベースフィルムでは、その絶縁耐力は1400V/milより大きくなっていない。例えば比較例6は本件発明の技術的特徴AからCを満たすものであるが、艶消剤の含有量が30重量パーセントと高いため絶縁耐力は813V/milとなっており、本件発明における「ベースフィルムの絶縁耐力は1400V/milより大きい」という技術的特徴Dを満たしていない。よって、「ベースフィルムの絶縁耐力は1400V/milより大きい」という内容は技術的特徴A、B、Cの構成から導き出される必然の結果であるとはいえない。

さらに証拠4に関し、カーボンブラックの添加量を減少させると同時に酸化チタンの含有量を増加させることで、ポリイミドフィルムの絶縁耐力を維持することが確かに開示されてはいるが、証拠4では酸化チタンの含有量は80%を超えてもよいという具体的な提案もされている。これに対し本件発明は、艶消剤の含有量は低い(30%より低い)という制限を実質的に含むものである。よって当業者は証拠4の示唆に基づき、艶消剤の含有量を制限する即ち艶消剤の含有量を低くする方法を採ると同時に、高い光沢値及び高い絶縁耐力を有するポリイミドベースフィルムを完成できるとは考えられない。

弊所コメント

達邁科技は、「ベースフィルムは1400V/milの絶縁耐力を有する」という特徴Dは、特徴A〜Cを満たすベースフィルムが当然に有する性質であると主張するも、台湾特許庁及び裁判所のいずれもこの主張を退けている。特徴Dを明確且つ具体的に開示する先行文献が存在しないことから、達邁科技は「ポリイミドが高い絶縁耐力を有する」という点を開示している文献に基づき、特徴Dは周知技術であると主張しているが、本件発明の他の特徴A~Cについてこれらを同時に開示している文献もなく多数の文献を組み合わせる必要があり、さらに特徴Dについてもある意味間接的に開示している文献しか存在しないため、進歩性の判断に関する裁判官の心証に影響を与えたと思われる。進歩性判断において一般的に文献の数が多ければ多いほど、進歩性違反の主張は認められにくいのが実情である。

化学分野の発明ではある製品や物資に対して一定条件に基づく測定後の数値データや特性を発明特定事項とする場合がある。ここで当該データや特性の進歩性を否定する際に、当該データや特性については実際に測定を行わずに、間接的な証拠や換算に基づいて当該データや特性と対比したとしても、その結果は相手や裁判所から疑義を受ける可能性が出てくる。例えば、本件のように対象発明の各成分はそれぞれ異なる証拠が開示しているに過ぎず、即ち過去に本件発明と同一の成分に基づいて本件発明と同一のベースフィルムを製造したという事実を示す証拠は存在しないという状況においては、特徴B、Cの成分は各成分間で相互作用を生じずベースフィルムの性質に変化をもたらさないというような場合を除き、特徴Dの絶縁耐力は本分野の周知技術や技術常識であるという主張は裁判所に否定されやすい。

もし、単一の証拠において本件発明の特徴A〜Cが開示されているならば、当該単一証拠において特徴Dが開示されていないとしても、特徴A〜Cを備えるベースフィルムを製造することができるため、「ベースフィルムは1400V/milの絶縁耐力を有する」という特徴Dは、特徴A〜Cを満たすベースフィルムが当然に有する性質であるという主張も理に適うものと言える。或いは特徴B、Cの成分は各成分間で相互作用を生じず、又はこれら成分の添加に関する作用は過去に多くの実験でその結果が実証されているのであれば、複数の関連証拠を提出することも効果的である。そうではない場合、多くの証拠を挙げてある特徴は周知技術や技術常識であると主張したとしても、当該主張には一定のリスクが存在することになる。

[1] 知的財産裁判所2019年行専訴第68号。

[2] 知的財産裁判所2020年民專訴字第106号。

[3] 中国出願(CN103788652B)の請求項1の内容は次の通り。「ベースフィルムであって、

A. ベースフィルムの71~96重量パーセントの量の化学的に転化されたポリイミドであって、前記化学的に転化されたポリイミドは:
a.ポリイミドの二酸無水物の全含量を基準として、少なくとも50モルパーセントの芳香族二酸無水物と、
b.前記ポリイミドのジアミンの全含量を基準として少なくとも50 モルパーセントの芳香族ジアミンとから誘導されている化学的に転化されたポリイミド;
B. ベースフィルムの2~9重量パーセントの量で存在し、チャネル型カーボンブラック、ファーネスカーボンブラック、又は1%以上の揮発分を有するカーボンブラックから選ばれる、低伝導率カーボンブラック;
C.a.ベースフィルムの1.6~10重量パーセントの量で存在し、3~10マイクロメートルのメジアン粒径を有する、顆粒ポリイミドの艶消剤;を含み、
Micro-TRI-Gloss光沢計を用いて測定した60度光沢値が2~35であり、両面は艶がない、ベースフィルム。」

キーワード:台湾 特許 新規性、進歩性 判決紹介 化学 無効審判

 

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