台湾 択一的記載形式/マーカッシュクレームに対する訂正判断に関する判例(セルロースファイバの製造方法事件)

Vol.85(2021年3月9日)

マーカッシュクレーム(Markush Type Claim)などに代表される択一的記載形式の性質について、中国や台湾ではマーカッシュクレームが概括した技術的解決手段であるのか(概括論)、それとも多数の並列した具体的な化合物の集合体であるのか(並列論)という2つの説が存在する。中国では近年の最高人民裁判所判決1において裁判所は概括論を採用し、マーカッシュ形式クレームに記載の要素を一部削除するという訂正は認めないと判断しているが、台湾では専利審査基準の規定によれば、マーカッシュクレームは多数の並列した具体的な化合物の集合体であるという「並列論」が採用されていると解される。

しかし台湾の専利審査基準では、マーカッシュクレームについて認められる訂正態様が明確に規定されていないため、マーカッシュクレームに対する訂正の認否が争点となる事例は少なくない。本件「セルロースファイバの製造方法事件」も択一的形式で記載されたクレームに対する訂正の認否が争点となった事例であり、裁判所は並列した選択肢の一部を削除する訂正は、実質上の特許請求の範囲の拡張に該当しないという見解を示した2。以下に紹介する。

事件の概要

オーストリアのレンチング アクチェンゲゼルシャフト(参加人、以下「レンチング社」)は、発明の名称を「セルロースファイバの製造方法」とする第I183025号(本件特許)の特許権者である。レンチング社は本件特許の請求項1に対して訂正を行い、台湾特許庁より認められた。聚泰環保材料科技股份有限公司(原告、以下「聚泰社」)はレンチング社が行った本件特許の請求項1に対する訂正は実質上の特許請求の範囲の拡張に当たるため不適法であるとして無効審判を請求したが、台湾特許庁は請求棄却審決を下した。本件はその取消訴訟である。最終的に知的財産裁判所は原告の請求を棄却した。

本件発明の内容及び主な争点

訂正前

乾式/湿式紡糸法によって水性第3アミンオキサイドの紡糸可能溶液を処理することによってリオセルタイプのセルロースファイバを製造する方法であって、分子量が少なくとも5×105のセルロース及び/又は別のポリマーの含量が、溶液の質量をベースとして、0.05質量%~0.70質量%である溶液を紡糸のために使用することを特徴とする、上記方法。

訂正後

乾式/湿式紡糸法によって水性第3アミンオキサイドの紡糸可能溶液を処理することによってリオセルタイプのセルロースファイバを製造する方法であって、分子量が少なくとも5×105のセルロース及び/又は別のポリマーの含量が、溶液の質量をベースとして、0.05質量%~0.70質量%である溶液を紡糸のために使用することを特徴とする、上記方法。

原告の主張

訂正前の本件請求項1には溶液に「セルロース及び/又は別のポリマー」が含まれると記載されているが、択一形式の記載要件を満たさず、「セルロース及び/又は別のポリマー」は「セルロース及び別のポリマー」と解釈すべきである。よって、溶液には「セルロース」のみが含まれるとする本件訂正は実質上の特許請求の範囲の拡張に該当するため認められない。訂正前の本件請求項1の記載は択一形式の記載要件を満たさないという点について、審決では本件訂正の認否とは関連がないとしているが、これは違法である。

具体的には、専利審査基準の規定によれば、択一形式の記載方法としては「及び」「又は」の2種類しか挙げられておらず、「及び/又は」は含まれていない。また同基準には、択一形式により化合物の発明を特定する場合、並列した各選択肢は類似の性質を有するものでなければならないと規定されているが、本件発明における「セルロース」と「別のポリマー」との間には如何なる共通する重要な化学構造要素があるのか判断できず、類似の性質を有するものではない。たとえ「セルロース」と「別のポリマー」が類似の性質を有するとしても、「セルロース」はポリマーの下位概念であるから「セルロース」と「別のポリマー」は上位下位概念の関係にあり、択一形式の記載においてこれらを選択肢として並列した場合、明確性要件を満たさないため、本件請求項1の記載は択一形式の記載要件を満たさない。

また、「別のポリマー」が削除されると、ドープの長鎖分子の含量が0.05質量%より低くなり、本件発明は目的や効果を達成できなくなるため、本件訂正は実質上の特許請求の範囲の拡張に該当する。

知的財産裁判所の見解

本件訂正は特許請求の範囲の減縮に該当する

本件訂正では請求項1に記載の「セルロース及び/又は別のポリマー」が「セルロース」へと訂正されているが、当業者であれば、訂正前の発明では溶液に(A)「セルロース及び別のポリマー」、(B)セルロース、(C)別のポリマーという3つの状況があると特定されていることは当然に理解できる。そして、「分子量が少なくとも5×105のセルロース及び/又は別のポリマーの含量が、溶液の質量をベースとして、0.05質量%~0.70質量%である溶液」という発明特定事項から「及び/又は別のポリマー」を削除することは、当該発明特定事項を上記(A)、(B)、(C)という三つの状況から(A)及び(C)の状況を削除して(B)のみの1つの状況に減縮する、即ち請求項1に係る発明の範囲を三つの発明から一つの発明に減縮するものであり、特許請求の範囲の減縮に該当する。また本件明細書には「分子量が少なくとも5×105(=500,000)のセルロース及び/又は別のポリマーの含量が、溶液の質量をベースとして、0.05質量%~0.70質量%、特に0.10質量%~0.55質量%、好ましくは0.15~0.45質量%である溶液」という記載、及び「本発明はさらに水性第3アミンオキサイドのセルロース紡糸可能溶液の使用に関し、この溶液は、最大で1dtexの力価を有するセルロースファイバを製造するために、分子量が少なくとも5×105のセルロースの含量が、溶液の質量をベースとして、0.05~0.70質量%、特に0.10~0.55質量%、好ましくは0.15~0.45質量%である。」という記載から、本件明細書において上記発明特定事項(A)、(B)、(C)に実質的に対応する記載がされている。よって、本件訂正は特許請求の範囲の減縮に当たり、また訂正後の内容も本件請求項1又は明細書に記載されていることから、実質上の特許請求の範囲の拡張にも当たらない。

択一形式の記載方法について

原告の主張する審査基準の内容は「択一形式とは、1つの請求項に一群の発明を記載し、該発明群の発明は、請求項に記載された択一形式における各選択肢からそれぞれ限定を加え、『又は』、『及び』によって複数の選択肢の具体的な特徴を並列する者を指す。例えば例えば『特徴A、B、C又はD』、『A、B、C及びDからなる物質群から選択される1種の物質』。」であると思われる。審査基準において「例えば」と記載されているように、ここでは択一形式の記載において認められる2種の記載方法が示されているに過ぎず、他の記載方法を排除するものではない。本件における「及び/又は」という記載方法は審査基準に示されていないが、記載が明確で簡潔という原則を満たせば、当該記載は専利法や審査基準の規定に反しないと認定すべきである。よって原告の主張するような、択一形式の記載において「及び/又は」を用いてはならないというわけではない。

特許請求の範囲の記載方法を誤って用いており審査基準に示されていない記載方法となっていたとしても、審査基準で例示された記載方法を無理やり当てはめて意味を解釈するのではなく、専利法や他の関連規定に反しないという前提の下、最も原意に沿う記載方法へと修正することを認めるべきであって、特許権者による訂正を認めない又は当該訂正は専利法の関連規定に反すると認定すべきでないことは言うまでもない。

発明の目的や効果について

訂正前後の発明がその目的や効果を達成できるか否かは、明細書の記載が実施できるかという実施可能要件又は特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明の記載によって支持されているかというサポート要件の問題である。原告はこうした実施可能要件やサポート要件によって無効審判を請求していないのであるから、被告(台湾特許庁)はこの点について判断することは困難であり、ましてや実施可能要件やサポート要件の結果によって本件訂正が要件を満たすか否かについて判断を下す必要があるはずもない。

なお原告は「訂正後の発明がその目的を達するか否かは、訂正の要件の判断でも考慮すべき事項であり、本件訂正後の発明はその目的を達しないため実質的拡張に該当する」とも主張する。ここで、原告が主張する訂正の認否における発明の目的の考慮について、これは審査基準に記載の認められない訂正の態様のうち「請求項に技術特徴を導入した結果、訂正前の請求項に係る発明の目的が達せられなくなる」という態様を指すものと思われる。しかし、本件訂正は上記(A)、(B)、(C)という三つの状況から(A)及び(C)の状況を削除して(B)のみの1つの状況に減縮する態様であり、技術特徴を導入する者ではないため、訂正前後の発明における目的を考慮する必要性はない。

弊所コメント

マーカッシュクレーム(Markush Type Claim)などに代表される択一的記載形式に関して、台湾の審査基準では特許請求の範囲の記載方法の箇所に「択一形式とは、1つの請求項に一群の発明を記載し、該発明群の発明は、請求項に記載された択一形式における各選択肢からそれぞれ限定を加え、『又は』、『及び』によって複数の選択肢の具体的な特徴を並列する者を指す。例えば例えば『特徴A、B、C又はD』、『A、B、C及びDからなる物質群から選択される1種の物質』。択一形式で総括する際は、並列させる各選択肢は類似する本質を有していなければならず、上位概念の特徴で総括した内容と下位概念の特徴を並列してはならない。また請求項に並列させた各発明は単一性の規定を満たさなければならない。」3と規定されているが、択一形式の記載に対する訂正については審査基準に特に規定されていない。

本件では、特許権者レンチング社がまず本件原告聚泰社に対し侵害訴訟を提起しており、侵害訴訟の審理中に本件訂正がされたことから、本件原告が本件訂正は専利法に反するとして無効審判を請求したという経緯がある。原告としては何としても本件訂正を阻止すべく、多くの観点から主張を展開しているがそのいずれも裁判所から退けられている。

本件はいわゆる典型的なマーカッシュ形式クレーム(A,B,C及びDからなる群より選ばれる…」)ではなく選択肢が列挙された択一的記載形式のクレームに対する訂正の認否が問われた事件であるが、裁判所は択一形式による請求項の記載について、明確性、簡潔性等の要件を満たす限り、専利法や審査基準における請求項の記載形式に関する規定には反しないと認定すべきであると述べている。また原告は審査基準において「及び」と「又は」しか挙げられていないため、「及び/又は」という記載は記載要件を満たさないと主張したが、裁判所は「及び」と「又は」はあくまで例示に過ぎず、「及び/又は」を排除するものではないと原告の主張を退けている。

本件において裁判所は、択一的記載形式のクレームに対し、並列した選択肢を一部削除する訂正は、特許請求の範囲の減縮に該当し、実質上の特許請求の範囲の拡張には該当しないという判断を改めて示した。これは従来の裁判所実務4を踏襲したものであり、新たな見解を示したものではない。ただ、上述したように中国では近年の最高裁判決によって、無効審判段階において選択肢の一部の選択肢を削除する訂正は認められないという見解が明確にされた。台湾でも中国のように新たな実務見解が示される可能性もあり、今後の動向を注視しなければならない。

[1](2016)最高法行再第41号(第一三共特許無効審判事件)。

[2] 知的財産裁判所2020年行専訴字第16号。

[3] 専利審査基準2-1-12。

[4] 知的財産裁判所2012年行専訴字第2号など。

キーワード:台湾 特許 判決紹介 化学 侵害  訂正

 

 

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