台湾 阻害要因の認定に関する判例(ウェハ薄化プロセス事件)

Vol.83(2021年2月2日)

進歩性の判断手順に関し、台湾では2017年7月1日に専利審査基準が改訂され「阻害要因」について米国法の認定基準が導入された。即ち「阻害要因が存在する」とは、出願に係る発明を排除する示唆又は教示に関する内容が関連引用文献において「明確に記載されているか実質的に暗示されている」ことを指し、この場合に限り阻害要因を適用する、とされている。よって引用文献において出願に係る発明を排除する示唆又は教示が明確に記載又は実質的に暗示されていない場合、阻害要因を主張したとしても主張が認められない恐れがある。今回紹介する事例は阻害要因に関する認定がされた最新の事件1であり、実務上参考に値するものと思われる。

事件の概要

原告X(昇陽國際半導體、Phoenix Silicon International Corp)は発明の名称を「ウェハ薄化プロセス」とする特許第I588880号(本件特許)の特許権者である。本件はXが、被告Y(宜特科技)の行為が自身の本件特許権を侵害するとしてYを訴えた事件である。知的財産裁判所は本件特許の請求項1及び2に係る発明は進歩性を有しないというYによる無効の抗弁の主張を認め、Xの訴えを棄却した。

本件発明の内容

審理の対象となる訂正後の本件請求項1に係る発明(本件発明1)の内容は以下の通りである。

「ウェハ研磨工程A)とウェハエッチング工程B)とを含むウェハ薄化プロセスであって、

ウェハ研磨工程A)は、ウェハが第一予定厚さまで研磨されるように前記ウェハの一面を研磨する工程であり、1)送達材料の検査(発明特定事項A1)、2)ウェハのフィルムへの貼り付け(発明特定事項A2)及び3)ウェハ研磨(発明特定事項A3)の工程を含み、

前記送達材料の検査工程においては、研磨を行うウェハについて検査手続きを行い、

前記ウェハのフィルムへの貼り付け工程においては、前記研磨を行うウェハをフィルム体に貼り付け、

前記ウェハ研磨工程においては、前記ウェハの前記フィルム体を貼り付けていない一面について前記ウェハが前記第一予定厚さに達するまで研磨を行い、前記ウェハの外周部の数mmが研磨されないままとし、(発明特定事項A)

ウェハをエッチングする工程B)は、前記ウェハが第二予定厚さまでエッチングされるように、前記第一予定厚さを有する前記ウェハの研磨された面に対してエッチングを行う工程であり、(発明特定事項B)

前記エッチングを行う工程B)は、

1)前記ウェハが前記第二予定厚さまでエッチングされるように、前記第一予定厚さまで研磨されたウェハの一面についてエッチング液を用いてウェットエッチングを行う化学的ウェットエッチングと、(発明特定事項B1)

2)前記ウェハについて洗浄を行う第一回のウェハ洗浄と、(発明特定事項B2)

3)前記ウェハについて乾燥を行う第一回のウェハ乾燥と、(発明特定事項B3)

4)前記ウェハのエッチングされた面の粗さを増加させるために、前記ウェハについて再びウェットエッチングを行う表面粗さエッチングと、(発明特定事項B4)

5)前記ウェハについて洗浄を行う第二回のウェハ洗浄と、(発明特定事項B5)

6)前記ウェハについて乾燥を行う第二回のウェハ乾燥と、(発明特定事項B6)

7)酸性液体で前記ウェハについて洗浄を行うウェハ酸洗浄と、(発明特定事項B7)

8)前記ウェハについて洗浄を行う第三回のウェハ洗浄と、(発明特定事項B8)

9)前記ウェハについて乾燥を行う第三回のウェハ乾燥と、を有し、

前記酸性液体がフッ化水素酸であり、前記第一回のウェハ洗浄、前記第二回のウェハ洗浄及び前記第三回のウェハ洗浄の工程は純水で洗浄する方法で行い、前記第一回のウェハ乾燥、前記第二回のウェハ乾燥及び前記第三回のウェハ乾燥の工程は遠心脱水方法で行い、

前記ウェハ薄化プロセスは上記アルファベット順及び数字順に従って行う、ウェハ薄化プロセス(発明特定事項B9)。」

原告Xの主張

引用文献14及び24の組み合わせ、引用文献14、24及び25の組み合わせ又は引用文献14及び26の組み合わせにより本件発明1は進歩性を有しないという被告Yの主張に対して、原告Xは引用文献間には阻害要因が存在すると反論した。原告X主張の主な内容は以下の通りである。

引用文献24において「保護膜の貼り付けを要することはプロセスにおける欠点である」と記載されている。この記載は、引用文献14に記載の膜の貼り付け工程及び本件発明特定事項A2のフィルム貼り付け工程と矛盾していることから、引用文献24と引用文献14及び本件との間には阻害要因が存在する。

引用文献14及び引用文献24でのエッチング工程で使用されるエッチング液はいずれも酸性エッチング液であるのに対し、引用文献25における酸洗浄はアルカリエッチングと合わせて行われていることから、引用文献14及び引用文献24と引用文献25との間には阻害要因が存在する。

引用文献26では「研磨プロセスには課題が存在するため、これに代えてエッチングプロセスを採用し研磨プロセスと類似する程度の粗さを得ることができる」と開示されている。よって当業者は引用文献26と引用文献14における研磨プロセスとを組み合わせることは考慮するはずがない。よって引用文献26と引用文献14との間には阻害要因が存在する。

知的財産裁判所の見解

阻害要因(teaching away)とは、米国の特許司法実務において創設された概念であり、技術又は安全等の理由で先行技術が伝えるメッセージにより、当業者が出願に係る発明の内容を完成させることを妨げ、反対若しくは否定するか、又は出願に係る発明の内容とは全く反対の方向へと当業者を導くことを指す。すなわち、先行技術で開示された技術内容によって当業者がその考えを捨てるか、又は当業者が出願に係る発明の内容を完成させることを妨げる(阻害要因存在)ことを指す。よって、出願に係る発明の内容は先行技術における示唆の因果関係に存在すべきではなく、これによって当該出願に係る発明は特許進歩性の認定において有利となる。しかし科学的原理又は応用される技術分野に基づき、先行技術と出願に係る発明では、採用される技術手段において構造的特徴、設定条件又は使用範囲に相違が存在すると判断する場合、科学又は技術は実験や『試行錯誤』を積み重ねることによって進展するため、先行技術におけるいわゆる少数説が科学界で否定された極端な錯誤であり出願に係る発明の内容を妨げ・反対・否定するか又は反対方向へと導く場合に限って、先行技術において出願に係る発明に対する阻害要因が存在すると認めることができるのであって、そうではない場合は先行技術と出願に係る発明との間に存在する発明特定事項に相違があったとしても、先行技術に阻害要因が存在するとは言い難い。出願に係る発明とは相違のある先行技術や、いわゆる少数説が積み重ねた実験又は試行錯誤はあくまで見解の異なる示唆又は知識であって、当該先行技術又は少数説が当然に阻害要因の効果を奏し、出願に係る発明の内容が進歩性を有する推論に有利なものであるというわけではない。(当裁判所2012年行専訴字第113号判決趣旨を参照、最高行政裁判所2014年判字第406号判決により上告棄却確定)。

阻害要因とは、関連引用文献において出願に係る発明を排除する関連示唆又は提案が明確に記載又は実質的に暗示されていることを指す。これには、出願に係る発明の関連技術特徴を組み合わせることができない、又は引用文献で開示された技術内容に基づき、当業者が当該技術内容で採られているルートに沿うことを妨げられることを含む(最高行政裁判所2019年判字第55、470号判決趣旨を参照)。

引用文献24では「スピンエッチングは浸漬式のウェットエッチングと比して、エッチングを要しない面に対する保護膜形成等が不要となる利点がある。」と開示されている。そして引用文献14では、スピンエッチング時にウェハのエッチングを要しない面に保護膜を形成するという技術内容が開示されている。これより、スピンエッチングプロセスにおいて当業者が需要に応じてウェハのエッチングを要しない面に保護膜を形成するか否かを試みる実験動機があることは、客観的合理的に期待されることである。よって引用文献14及び引用文献24の内容からは、技術又は安全等の理由で先行技術が伝えるメッセージにより、当業者がスピンエッチング時にウェハのエッチングを要しない面に保護膜を絶対に形成しないことを妨げ、反対若しくは否定するか、又は全く反対の方向へと当業者を導くとは認めることはできない。

引用文献25において、HFの水溶液を用いて酸洗浄を行うことで金属汚染を除去するウェハ表面処理工程が開示されている。当業者は、引用文献14及び引用文献24におけるエッチング工程を行った後、金属汚染を除去する必要があれば、引用文献25で開示されたHFの水溶液で酸洗浄を行うウェハ表面処理工程を行うことを当然に考慮できる。当業者であっても引用文献25の内容を理由として、引用文献14及び引用文献24のエッチング工程の後にHFの水溶液を用いて酸洗浄を行い金属汚染を除去する技術ルートを採用しないよう妨げられるということはない。即ち、引用文献25には、引用文献14及び引用文献24を組み合わせることに対する阻害要因は存在しない。

引用文献26において、プリエッチングプロセス及びエッチングプロセスにより研磨後と同程度の粗さを得ることができると開示されている。また「半導体基板の研磨面に残留する研磨剤や歪層を除くため半導体基板をエツチングする作業が不可欠であって、そのため研磨によって得られた砂粒面が或る程度滑面化することが避けられず、また作業は煩雑で長時間を要する。更に近年半導体基板の直径が75~100〔mm〕と大型化して来たので上述のような研磨法では半導体基板を損傷する危険性が増大し、作業は益々困難になってきた」とも開示されている。引用文献26では、シリコン基板の厚さ200μmに対しエッチング液A及びエッチング液Bで処理をすることで、基板の背面は均一で細かい粗さを有している。さらに、引用文献26において研磨プロセスに代えてエッチングプロセスを使用するのは表面砂粒面化の工程のみである。引用文献26においては、その他の工程で研磨を行ってはならない(例えば、研磨でウェハの厚さを減少してはいけない)と当業者を引き留めるか又はその考えを捨てさせるような内容は開示されていないことから、当業者であれば引用文献26の内容から、エッチング処理と研磨は当然に組み合わせて応用できるとわかるはずである。

弊所コメント

阻害要因に関し、台湾の審査基準では2013年当時の審査基準において、明文規定はされていないが、関連する規定は存在していた。そして2017年7月1日の審査基準改訂によって、米国MPEPに基づいて阻害要因が明文規定されることとなった。2017年改訂後(即ち現行規定)の審査基準における阻害要因に関する主な内容は以下の通りである。

「阻害要因とは、出願に係る発明を排除する示唆又は教示に関する内容が関連引用文献において明確に記載されているか実質的に暗示されていることを指す。ここには、引用文献において出願に係る発明とは組み合わせることができないと開示されている、又は引用文献の開示内容によって当業者は当該技術内容で採用されているルートに沿うことが妨げられることが含まれる。…(略)…。また関連先行技術が特許出願に係る発明に対し阻害要因を有するか否かを判断する際に、関連先行技術の実質内容について判断しなければならない。例えば、特許出願に係る発明がエポキシ樹脂プリント基板材料であり、先行技術においてポリアミド樹脂プリント基板材料が開示されており、さらにエポキシ樹脂材料は安定性及び可撓性を有するが、ポリアミド樹脂材料に比べ劣ることが開示されている。これより、先行技術の実質内容ではエポキシ樹脂をプリント基板材料として用いてはならないとは記載されていない。即ち、先行技術の実質内容によれば、特許出願に係る発明を排除する示唆又は教示は記載されていないため、当該先行文献には特許出願に対する阻害要因は存在しない。」

これに対し、日本の審査基準では阻害要因の例として(i)主引用発明に適用されると、主引用発明がその目的に反するものとなるような副引用発明、(ii)主引用発明に適用されると、主引用発明が機能しなくなる副引用発明、(iii)主引用発明がその適用を排斥しており、採用されることがあり得ないと考えられる副引用発明、(iv)副引用発明を示す刊行物等に副引用発明と他の実施例とが記載又は掲載され、主引用発明が達成しようとする課題に関して、作用効果が他の実施例より劣る例として副引用発明が記載又は掲載されており、当業者が通常は適用を考えない副引用発明、の4つが挙げられている。

両国の阻害要因に関する審査基準規定内容からわかるように、台湾の審査基準では上記日本における(iii)に類似する内容のみが規定されており、(i)(ii)(iv)については関連する規定は記載されていない。一般的に台湾では、引用文献記載の発明と出願に係る発明(又は別の文献に記載された発明)と組み合わせることについて、引用文献において出願に係る発明の使用が明確に排除されている場合でない限り、阻害要因の主張が認められる可能性はあまり高くない。阻害要因に関する審査基準の規定が不十分であるため、引用文献において単にある技術内容よりも好ましい技術内容が存在する、又はある技術内容は効果において多少劣ると記載されているに過ぎないにもかかわらず、阻害要因を主張する事例も多く見られる。

本件も同様に、引用文献において出願に係る発明や他の引用文献に記載された発明が明確に排除されていないと裁判所から認定された事例である(本件は控訴審においても同様の結論が出されている2)。そもそも上述したように阻害要因の適用要件は比較的厳しい(明確な排除が必要)という点を認識した上で、引用文献において出願に係る発明等が明確に排除されていないのであれば、阻害要因を主張するのではなく代わりに、文献を組み合わせる動機を欠く点や発明の有利な効果という観点から主張を行うことが好ましい。

[1] 知的財産裁判所2019年民専訴字第88号。

[2] 知的財産裁判所2020年民専上字第36号。

キーワード:台湾 特許 新規性、進歩性 判決紹介 化学 侵害

 

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