台湾特許 審決取消訴訟段階で提出された証拠が採用され無効と認定された(回路基板製造プロセス事件)

Vol.100(2021年11月15日)

易華電子股份有限公司(無効審判請求人、原告)は頎邦科技股份有限公司(特許権者、訴訟参加人)が有する第I595820号特許「回路基板のパターン化プロセス及び回路基板」(以下、本件特許)に対して、進歩性不備を理由に無効審判を請求した。台湾特許庁による審理の結果、「請求項1、8~10は無効、請求項2~7、11~15は有効」とする審決が下されたため、審判請求人は知的財産裁判所に行政訴訟を提起した。知的財産裁判所は台湾特許庁による原審決を一部覆し、「請求項2~5(製造工程)及び11~13(回路基板)は無効、請求項6、7、14、15は有効」という判決を下した。

知的財産裁判所がこのような判断を下した背景には、原告が訴訟段階で提出した新たな証拠が大きく関係している。

本件特許の技術的特徴

本件特許は従来の回路基板パターン化プロセスにおける課題、特に底板に異物が吸着して接着剤(例えば非導電性ペースト、導電性ペースト等の充填接着剤)と底板との間の接合強度に影響を与えることによる、パッケージ構造の信頼性の低下を解決するためになされたものであり、その技術内容を簡略化すると以下の図の通りである。


まず、従来の回線基板の製造工程と同様に、底板に各層を形成し、次にこれに対してエッチングを複数回行う)。その後、本件特許の主な技術的特徴でもあるが、エッチングにより第一~三溝を設けて回線に接続層を形成する。第一載置部と第二載置部との間に第一水平距離D1を、第一載置部と回線との間に第二水平距離D2を具える。

本件は請求項2~7(回路基板製造工程の発明)及び請求項11~15(回路基板の発明)に係る発明の進歩性が争点となっているが、以下では回路基板製造工程の発明に焦点を当て解説していく。

本件請求項1及び請求項2の内容は次の通りである。

請求項1

底板と、結合層と、回路層とを含むパターン化する回路基板を有し、前記結合層は前記底板と前記回路層との間に位置され、前記底板は活性層及び未活性層を有し、前記底板は活性化処理を経て前記活性層が形成され、前記結合層の一部が前記活性層中に嵌入されることで、前記結合層が嵌入される前記活性層が混合層として形成される、パターン化する回路基板の提供工程と、 フォトレジスト層により前記回路層がマスクされるフォトレジスト層の形成工程と、

複数の開口部が形成され、これら前記開口部から前記回路層が露出される前記フォトレジスト層のパターン化工程と、

前記フォトレジスト層によりマスクされ、これら前記開口部から露出される前記回路層が除去され、前記回路層に複数の回路が形成され、隣接する2つの前記回路の間には第一溝を有し、前記第一溝から前記結合層が露出される、前記回路層のパターン化工程と、

前記フォトレジスト層の除去工程と、

これら前記回路をマスクとし、これら前記第一溝から露出されると共に前記活性層に嵌入される前記結合層が除去され、これら前記回路の下方に位置される前記結合層に複数の第一載置部が形成され、隣接する2つの前記第一載置部の間には第二溝を有し、前記第二溝から前記混合層が露出される前記結合層のパターン化工程と、

これら前記第一載置部によりマスクされ、これら前記第二溝から露出される前記混合層が除去され、これら前記第一載置部の下方に位置される前記混合層に複数の第二載置部が形成され、隣接する2つの前記第二載置部の間には第三溝を有し、前記第三溝から前記未活性層が露出される前記底板のパターン化工程と、を含み、

前記底板がパターン化された後には、これら前記回路にエッチングが施され、前記第一溝が拡大し、前記第一載置部の表面が露出されることを特徴とする回路基板の製造方法。

請求項2

各前記第一載置部は第一外囲面を有し、各前記第二載置部は第二外囲面を有し、前記第二外囲面と、前記第一外囲面に沿う縦方向延長線との間には横方向浸食溝が形成され、前記横方向浸食溝は前記第一載置部の下方に位置されると共に前記第三溝に連通され、前記第二外囲面と前記縦方向延長線との間には第一水平距離を有することを特徴とする、請求項1に記載の回路基板の製造方法。

各証拠で開示されている技術的特徴

原告は無効審判段階で証拠1~6を、訴訟段階で証拠7~9を提出している。以下は判決結果に影響を与えた証拠及びその技術内容である。

証拠1の技術内容

証拠1はTWI306367「フレキシブル配線基板とその製造方法」であり、「回路層のパターン化—結合層のパターン化—フォトレジスト層の除去」というステップが開示されている。

明細書には「厚さ38µmのポリイミドフィルムの絶縁フィルム1の上に…Ni/Crメタライズ層3と…銅箔層4が形成されたフレキシブル配線基板用材料を用いた。ポリイミドフィルム1には、メタライズ層3を形成する際のスパッタリング法で、厚さ20nmの表面変質層2が生じる。」と記載されており、さらに「メタライズ層はスパッタリング法により形成されるが、形成時に表面変質層が生じる。即ち、ポリイミドフィルムの表面に活性化処理を施し、活性層を形成した後、スパッタリング法を用い、前記フィルムの表面にニッケル/クロムなどのメタライズ層(本件特許の結合層に相当)を形成するが、その際にメタライズ層の一部がポリイミドフィルムの活性層に嵌入するため、表面変質層(本件特許請求項2の混合層に相当)が生じる。」等内容の記載がある。

    図1(d)拡大図

証拠4の技術内容

証拠4はTW I395531「プリント配線基板、その製造方法および半導体装置」であり、以下のプリント配線基板の製造方法が開示されている。

「ポリイミドフィルムに活性処理を行い、スパッタリング法によりニッケル/クロム合金の基材金属層を形成し、基材金属層の表面に銅又は銅合金を析出させることにより導電性金属層を形成する。」。また証拠4において、第2処理液を用いて絶縁フィルム11の表面を通常1~100nm、好ましくは5~50nmの深さに溶解除去しているが、絶縁フィルム11の表層に残留するCrを絶縁フィルムの表層と共に除去した後に残るポリイミドフィルムは、本件特許の技術的特徴「未活性層が露出される」に相当する。

                図3(4)

証拠8の技術内容

証拠8はJP4720521「フレキシブル配線基板およびその製造方法」である。

図2(g)において、残留する金属拡散層3は銅めっき層41を載置する第二載置部として用いられ、下地メタライズ層11及び銅メタライズ層22は銅めっき層41を載置する第一載置部として用いられている。また第一載置部は第一外囲面を、第二載置部は第二外囲面を具え、第二外囲面は第一外囲面の縦方向延長線との間に第一水平距離を有し、その内側には横方向浸食溝が形成され、前記横方向浸食溝は下地メタライズ層11の下方に位置されると共に溝に連通することが示されている。この技術内容は、本件特許請求項2の技術的特徴に相当する。

                図2(g)

本分野における通常知識

以下の2点は本分野における通常知識として認定されている。

1.「回路層のパターン化→フォトレジスト層の除去→結合層のパターン化」という手順について、順序を「回路層のパターン化→結合層のパターン化→フォトレジスト層の除去」へと変えること。

2.回路基板の製造工程において、後続の製造工程で回路を形成しやすくするため、予め底板の表面に活性化処理を施すこと。

本件特許の技術的特徴 証拠1+通常知識 証拠4 証拠8
底板(活性層及び未活性層)    
混合層    
結合層    
回路層    
フォトレジスト層    
第一、二、三溝の形成のパターン化    
横方向浸食溝、第一水平距離
(請求項2)
   
回路のエッチングによる第一溝の拡大
(請求項3)
 
接続層の形成
(請求項4)
第二水平距離
(請求項5)
   
D2>D1
(請求項6)
     
D2-D1=28~158nm
(請求項7)
     

知的財産裁判所の見解

知的財産裁判所はまず本件特許明細書の記載要件について、専利法第26条第1項の規定を満たすと判断した。次に、原判決で請求不成立となった本件特許請求項2~7、11~15について、本件特許請求項2~5、11~13の進歩性は否定したが、本件特許請求項6、7、14、15は進歩性を有すると認定し、台湾特許庁とは異なる見解を示した。

明確性要件について

原告は横方向浸食溝の大きさが極めて小さく接着剤表面張力が横方向浸食溝に浸入できない場合は本件発明の課題が解決されない、と主張する。

しかし本件特許では、回路基板及びガラス基板をパッケージングする際、接着剤として異方性導電性ペースト(ACF)を使用しているが、異方性導電性ペーストは樹脂と導電性粒子を主成分とし、樹脂の表面張力はその成分組成、温度、添加剤などによりコントロールできるため、当業者であれば、適切な成分の異方性導電性ペーストを選択して横方向浸食溝に浸入させることで、底板と接着剤間の接着力を高める効果を得ることができる。

原告はまた、本件明細書にはエッチング液として過マンガン酸カリウム又は水酸化ナトリウムしか記載されておらず、横方向浸食溝における他の製造工程パラメーター(フィルム材料の厚さ、エッチング液の濃度やエッチング温度など)が記載されていないため、当業者は横方向浸食溝を形成できないと主張する。

しかし本件特許において、エッチング液が過マンガン酸カリウム又は水酸化ナトリウムであること、エッチングがなされる底板の材質はポリイミドであることが示され、さらに本件特許により達成されるエッチングの結果として、第三溝から底板の未活性層が露出されるまで、第三溝から露出する混合層を除去することが記載されている。また原告も、引用文献7及び8は本件特許に関連する先行技術文献で、エッチング液によりフレキシブル基板上へ回路パターンを形成するという技術内容が開示されていると主張している。したがって当業者であれば、異なるエッチング液の性能に基づき、一般的な作業及び実験を通じ、横方向浸食溝を形成する製造工程パラメーター(フィルム材料の厚さ、エッチング液の濃度やエッチング温度)を構成することができ、これを本件特許の発明に応用することができる。

本件特許請求項2と証拠1との比較

当業者であれば通常知識を基に、証拠1の「回路層のパターン化→結合層のパターン化→フォトレジスト層の除去」というプロセスを、本件特許請求項2の「回路層のパターン化→フォトレジスト層の除去→結合層のパターン化」へ変更することは容易であり、本件特許請求項2の「底板は活性化処理を経て活性層及び未活性層を形成する」という技術的特徴は、証拠1におけるポリイミドの底板と通常知識を組み合わせることで得ることができる。さらに予めポリイミドフィルムの片面へ活性化処理を施すことは、本分野ではよく用いられる手段である。

また、証拠1の「メタライズ層はスパッタリング法により形成されるが、形成時に表面変質層が生じる。即ち、ポリイミドフィルムの表面に活性化処理を施し、活性層を形成した後、スパッタリング法を用い、前記フィルムの表面にニッケル/クロムなどのメタライズ層を形成するが、その際にメタライズ層の一部がポリイミドフィルムの活性層に嵌入するため、表面変質層が生じる。」という記載は、本件特許請求項2の技術的特徴「前記結合層の一部が前記活性層中に嵌入されることで、前記結合層が嵌入される前記活性層が混合層として形成される」に相当する。つまり、証拠1の表面変質層は本件特許請求項2の混合層に相当する。

このほか、証拠1ではエッチング液により露出したメタライズ層を溶解し、パターン化したメタライズ層が形成され、当該複数のメタライズ層の間には溝を有することが示されており、「配線基板をパターン化する際、エッチング液を用いてメタライズ層、表面変質層を除去し、複数の第一載置部、第二載置部、及び隣接する2つの載置部の間に位置する溝を形成する」という内容が開示されていると言える。即ち、これは本件特許請求項2の技術的特徴「前記第二溝から前記混合層が露出される…これら前記第二溝から露出される前記混合層が除去され、これら前記第一載置部の下方に位置される前記混合層に複数の第二載置部が形成される」に相当する。

本件特許請求項2と証拠8との比較

証拠8明細書第0031段において、「絶縁信頼性を得るために、金属拡散層2をポリイミドのみからなる深さに達するまで除去する。金属拡散層2の除去には、従来技術と同様に、過マンガン酸塩と水酸化アルカリ金属からなる溶液を使用することができる」と記載されているが、これは本件特許請求項2「未活性層が露出される」に相当する。

また、証拠8図2(g)において、残留する金属拡散層3は銅めっき層41を載置する第二載置部として用いられ、下地メタライズ層11及び銅メタライズ層22は銅めっき層41を載置する第一載置部として用いられている。また第一載置部は第一外囲面を、第二載置部は第二外囲面を有し、第二外囲面は第一外囲面の縦方向延長線との間に第一水平距離を有し、その内側に横方向浸食溝が形成され、前記横方向浸食溝は下地メタライズ層11の下方に位置されると共に溝に連通することが示されている。この技術内容は本件特許請求項2の技術的特徴に相当する。

本件特許請求項6、7、14、15が進歩性を有する理由(主に請求項6、7)

本件特許請求項6及び7は、直接又は間接的に本件特許請求項2~5に従属する従属項である(なお本件判決の争点となった請求項2~7(回路基板製造工程の発明)及び請求項11~15(回路基板の発明)に係る発明のうち、請求項2~7における製造工程の発明特定事項は、回路基板の発明である請求項11~15に対応する)。本件特許請求項2~5は証拠1、4、8及び通常知識によりその進歩性が否定されるが、本件特許の第一水平距離は第二載置部が有する第二外囲面と第一載置部の第一外囲面に沿う縦方向延長線との間の水平距離によって限定されている。ここで証拠4には混合層や第二載置部について開示されていないことから、第一水平距離についても開示されていないことになり、そのため隠蔽メッキ層外囲面と基材金属層外囲面の縦方向延長線との間に形成される水平距離から、長短や差値を比較することができない。よって証拠4には本件特許請求項6及び7で限定される技術特徴は開示されていない。

証拠8には第一水平距離D1が、証拠4には第二水平距離D2がそれぞれ開示されているものの、同一文献内で開示されている訳ではないため、長短を比較することは必然的に不可能である。

弊所コメント

原告は無効審判段階で証拠1~6を提出し、本件特許の全ての請求項について無効としようと試みたが、台湾特許庁は請求項1、8~10のみ無効とする審決を下した。その後、訴訟段階において原告は新たに証拠7~9を提出したところ、証拠8が有力な証拠となり、最終的に本件特許請求項6、7、14、15以外の請求項が無効と判断された。

台湾では知的財産案件審理法が2008年7月1日に施行され、一定要件の下、行政訴訟の段階において、同一の無効理由について新たな証拠を提出できると規定されている 。同法施行から現在に至るまで13年が経過し、訴訟段階において台湾特許庁による審決を覆す逆転判決が出された事件の多くは、訴訟時に新しい証拠が提出されていたことが、統計より明らかとなっている。一般に訴訟は比較的迅速に審理が行われるため、ここで審判請求人から新しい証拠が提出されると、特許権者は十分な反論ができず、結果として審判請求人勝訴の判決となる可能性が高い。また知的財産裁判所判決で審判請求人が勝訴した場合、特許権者は最高行政裁判所に上告することができるが、同裁判所は法律審であり、認定済みの事実に基づいた法律判断のみが行われることから、特許権者が逆転勝訴となる可能性は10%以下である。つまり、審判請求人としては、この制度を上手に利用することで、請求成立の可能性を高めることができる一方、特許権者としては新証拠の提出にも対応できるよう、何らかの対策を立てておく必要がある。

本件において原告は、本件明細書は記載不備の無効理由を有すると主張している。確かに本件明細書は比較的簡潔に記載されていたが、省略された内容の多くは当業者に一般的に知られる技術内容であった。無効審判の対象となる発明が成熟した技術分野に属している場合、明らかに不合理な誤りや過誤がない限り、先行技術文献から容易に反証を得ることができるため、記載不備により無効とすることは難しい。特に台湾の審査実務上、台湾特許庁又は裁判所が記載要件違反を理由に特許権を取消すことは稀である。

本件特許の進歩性に関して、原告は訴訟段階で新たな証拠を提出することで多くの請求項を無効とさせることに成功したが、請求不成立となった請求項もいくつかある。原告は当業者であれば本件発明を容易に想到できるという主張を主に展開したが、先行技術文献に記載の技術内容についてもっと踏み込んだ言及をするほか、技術面での教示を指標に先行技術文献の調査を行い、有力な先行技術文献を見つけていれば、さらに良い結果が得られていたかもしれない。

キーワード:台湾 特許 新規性、進歩性 判決紹介 化学 無効審判

 

 

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